召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第1話:これがわたしのお仕事です

 海というテリトリーにおいて無力な人間にとって、サメの脅威性はわざわざ語る必要はないかと思いますが、少なくとも自分より大きな肉食獣が、独自のテリトリーで自分よりも素早く動けるとすれば、それだけで恐怖に値します。しかしそんなサメでも捕食対象にされることがあるとすれば、それはシャチだと言われています。サメと同じく海に生きる肉食獣であり、サメよりも体が大きく、速く動けるからです。武器という後付けのサポートアイテムがない自然界では、サイズの差はそのまま力関係に大きな影響を与え、そのまま優劣に直結することも少なくありません。まして、ほとんどの種類が群れというコミュニティを作らないサメは、自分よりも強い生物と対峙した場合、自分ひとりでどうにかするしかないため、賢く大きく素早いシャチは、サメにとっては明確な天敵となります。――とあるサメを除いては。

 メガロシャーク。稚魚の時点で成牛相当。幼魚で十歳児前後~一般的なホワイトシャーク二頭分。成魚は貿易船よりも遥かに大きくなるというのですから、生命の神秘とはすばらしいものです。特に召喚士によって幼魚から使役されて十分な「奉納」を得ている場合、モンスターとしての「ランク」が他の同種よりも遥かに高くなり、まるで山のように大きくなるとまで言われています。

 

「召喚士シルヴィアが求める。獰猛なる牙を持つ者よ、清らかなる深淵より来たれ。召喚、メガロシャーク!」

 

 わたしの相棒のメガロシャークは、同種では小柄な方だったのでしょう。奉納を惜しんだことは一切ありませんが、体は貿易船よりやや小さいくらいです。

 奉納というのは、契約を遂行・続行するにあたって必要な貢ぎ物のことです。多くの場合は物を要求されますが、高位のモンスターになると歌や舞など、モンスターの「ランク」に直接影響を与えるような行為を要求されることもあるそうです。例としましては、ユニコーンに対して「蹄を持つものへの感謝を捧げる詩」を奉納するなどが挙げられます。感謝というものは「信仰」の一種ですので、モンスターのランクを維持・昇格させる大事な要素です。もっとも、それを直接要求するということは、ユニコーンもまたそれに見合った働きをしなければならないということでもありますが。

 ともかく、わたしのメガロシャークもまたそういった奉納を要求してきますし、わたしはそれを支払ってなお、この子は小柄な方だということです。決して、奉納を怠ったなどという不名誉はありえません。というか、そんなことをしたら契約の不履行によってメガロシャークから報復を受けます。ようは、足りない分の奉納を取り戻すために、相応のリスクをわたしは負わなければならないということですね。具体的には……さすがに期限を三日も超えて奉納を納めないとなれば、腕の一本くらいは確実に持っていかれるでしょう。

 

「今日の「大カジキ(ラージマーリン)」は随分と荒れていますねぇ……」

「ここのところ、厄介な海のモンスターが沖の方で暴れてるみてぇでな、小せぇのが怯えてこっちに逃げてきてるらしい。ラージマーリンみてぇなデカいはデカいが、キングクラーケンとかメガロシャークみてぇなのと比べたら常識的なデカさの魚はみんな、エサになる魚を追いがてら避難の意味もあってこっちに来てるんじゃねぇかな」

「キングクラーケン……前に対峙した時はさすがにメガロシャークもびっくりしてましたね。つい普段以上の働きをさせてしまったので、追加の奉納としてキングクラーケンのエンペラを捧げることになりましたし、わたしとしても体のどこかしら一部くらいは奉納品として要求されるかと思っていましたから」

「ほー、オレにゃあ召喚術のことにはさっぱりだが、ルヴィーがそう言うんならマジで危険な橋を渡らせちまったみてぇだな。こっちも生活が懸かってるとはいえ、すまねぇな」

「いえいえ、これもビジネスですから。こちらもお金をいただいている以上は、それに見合うお仕事はこなしますよ」

 

 メガロシャークとラージマーリンの対決を見守りながら船長のハンスさんと話していると、およそ10分程度の攻防の末、メガロシャークの勝利で決着。大きいとはいってもカジキですから、さすがにメガロシャークの敵ではありません。というか、海というフィールドにおいてメガロシャークに敵うようなモンスターなど居るはずがありません。もしも居るとすれば、それは神話級の何かでしょう。北方などに伝わるヨルムンガンドなどは、メガロシャークでも怯えるような海蛇(サーペント)だと聞きますが、さすがに実在は疑わしいですね。

 漁師のみなさんとの取り決めで、今回のラージマーリンのように「トラブル解決のために仕留めたモンスター」はメガロシャークのおやつになります。ただ、ここで食べてしまうとラージマーリンの血がこの一帯に広がってサメが寄ってきてしまいますので、メガロシャークには獲物を咥えたまま帰還――つまりは召喚を終えて元の住処である深海へと帰ってもらいます。

 

「召喚士シルヴィアが認める。メガロシャーク、帰還」

 

 わたしがそう唱えて「召喚杖」と呼ばれる指揮棒(タクト)サイズの杖を振るうと、空に巨大な召喚陣が現れて、メガロシャークはその中へと消えていきました。

 

「しかし、いつ見ても見事なもんだな。そんな小さな棒ひとつで、あんなデカいサメを従えちまうなんて、召喚士なんてのはモンスターの王みてぇなもんじゃねえのか?」

「従えるだなんてそんな……。そもそも召喚術というものは「力のない人間」が「力のあるモンスター」に相応の代償を払ってお願いを聞いてもらうものですから、王だなんてありえません。むしろ、あちらが提示した条件をこちらが満たさなければ契約すらできませんし、力を借りられるのも契約した範囲だけ、支払った奉納に見合うだけの話です。キングクラーケンの時のように、必要に応じて契約以上の働きをした召喚獣には、追加報酬となる奉納を行う必要だってあるわけですから、かなりモンスター側に優位性をとられたビジネスですよ」

「なるほど、ビジネスねぇ。ならまぁ、実際の上下はともかくとして書類上の立場は対等にならぁな」

 

 トラブルのあったポイントを避けるように船を少し移動させて、周囲のサメがラージマーリンの血に誘き寄せられている間に漁が再開されました。5の月となる今、この辺りの海域では特に春の初ガツオが狙い目だそうです。わたしが一般的な大きさのサメと契約していれば、その子にお願いして追い込み漁の真似事もできたかもしれませんが、残念ながらわたしの契約している召喚獣の中で、海で活動できるサメはメガロシャークだけです。他にも二頭のサメと契約してはいますが、片方は火山の溶岩の中を住処としていますし、もう片方はお墓に居る……はずです。歯切れが悪いのは、その子はフラっと住処を変える浮浪癖のようなものがあるので、今もまだお墓に定住しているか怪しいというだけです。もちろん、召喚にはちゃんと応じてくれるので問題はありません。

 朝早くに出発して、暴れん坊のラージマーリンによるトラブルが起きたのは日が昇りきった頃。いつもは網を使った漁をしていらっしゃいますが、今の時期は先程も申し上げました通り初ガツオが狙いですので、みなさん竿を持って一本釣りに勤しんでいらっしゃいます。わたしはトラブルが起きなければ船内の休憩室で休んでいいと言われていますから、ゆったり携行ポットのお茶を頂きながらその景色を見せていただいています。すごいですね一本釣り。初ガツオのシーズンに入った先月あたりから何度も見ていますが、さっきからまるで雨あられのようにぴょんぴょんと釣り上げられたカツオが船内の生け簀へと運ばれていく様子はとても面白くて、ついつい見入ってしまいます。ぴょんぴょんと、というのはカツオが跳ねて、という意味ではなく、カツオそのものが本当に宙に投げ飛ばされているんです。比喩とかではなく。漁師のみなさんが針に掛かったカツオを引っ張り上げると、そのまま宙に浮いて後ろにある滑り台のようなものにカツオが落ちて、すーっと生け簀へと入っていくんです。すごいですよね。あれちゃんと狙ってやってるんですよ?

 ともあれ、一時はラージマーリンの対処に追われたものの、今日はそれ以上トラブルらしいトラブルもなく撤収作業に入り、わたしは船員のみなさんに労いのお茶を配りながら港への帰路を共にしました。

 

「ルヴィーさん!」

「あら、どうしましたか? なにかトラブルでも?」

「いえ、実はそろそろ初ガツオのシーズンも終わりで、明日からは普段の漁に戻ろうかって話なんですけど」

「おや、では今日が今シーズン最後だったんですね。あのカツオが飛ぶ光景はなかなか楽しいものでしたが、次回からはまた網で?」

「はい。で、今日は終盤にしては特に当たりがよかったんで、今夜は仲間たちで打ち上げってことになったんで、せっかくならルヴィーさんも誘おうと船長が……」

 

 打ち上げ、ですか。実はわたしがこの港町で暮らすようになったのは去年のちょうど今頃で、あの頃はまだ用心棒としての信頼も低かった下積み時代でしたので、今のようにこんな大きな船には乗せてもらえませんでした。なので、当然ですがこうしてカツオ漁の打ち上げに誘っていただくのも今回が初めてということになります。

 きっと、今日釣ったばかりの新鮮な初ガツオを頂けるのでしょう。しかし……。

 

「申し訳ありませんが、今日はトーマスさんのお家にお呼ばれしてますので……」

「そうなんですか。でも、せっかく美味いカツオ料理がいっぱい出るのに、いいんですか?」

「そう言われると惹かれるものもありますが、トーマスさんのお家にはお世話になっていますし、コニーさんの料理もカツオに負けないくらい美味しいので、お気遣いなく」

「わかりました。船長にもそう伝えておきます。じゃ、今日はどうもお疲れさまでした!」

 

 そう言って船員の方が船長さんに伝えに行って数分と待たない内に、船は港へと到着。

 わたしは船長さんの元に向かい、打ち上げに参加できないことを謝ってからトーマスさんのお家へと足を向けました。

 

 トーマスさんは、わたしがこの「海風と潮騒の町・スフィルナ」に訪れて最初に仲良くなった漁業ギルドの会計士さんで、地理をまったく知らないわたしのために奔走し、家を見つけたり仕事を探したりしていただいたりと、わたしがこの町に慣れるまではとにかくお世話になり、今では奥様のコニーさんや娘のティーナちゃんとも仲良くさせていただいています。……一度、コニーさんに不倫を疑われたこともありましたが、わたしが「トーマスさんは身なりも性格もとてもすばらしい男性だと重々承知の上で申し上げますと、わたしの好みの男性像は少なくともわたしより腕っぷしの強いお方です」と申し上げましたところ、その疑いはさっぱりと晴れました。

 実は召喚術というのは魔法と違って、魔力ではなく精神力を用いて行うものですので、精神鍛錬の一環としてほとんどの召喚士は格闘術を学びます。なので、当然ながら召喚士の名家に生まれたわたしもその例に洩れず、並の大人の方でしたら大人しくしていただける程度の力は持ち合わせています。以前、コニーさんが素行のよろしくない殿方に迫られているところを見かけてしまい、彼女の目の前でその方々にお灸を据えさせていただきましたので、わたしの実力については理解いただけていたのでしょう。

 加えて、トーマスさんはお仕事の関係上、基本的にテーブルワークですので、荒事には慣れていらっしゃらないそうです。というか、()()()()()かつて荒事になっても自分を顧みず奥様を庇ってくれたトーマスさんに惚れ込んでいるそうで……もしやわたし、あの時は気付いていませんでしたが惚気のスパイスとして巻き起こった痴話喧嘩に巻き込まれてました?

 

「今日は何をご馳走していただけるのでしょう。コニーさんの料理はどれも美味しいですけれど、特に先月お邪魔した時に味見のためにと頂いたあの魚介のスープなどは思わずお代わりしてしまって……食い意地の張った卑しい女と思われたりしませんでしょうか……。自制・自戒は女性の嗜みですし、改めなければなりませんね……」

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