決着はいっそ哀れなほど早々につきました。
彼らも彼らで、山賊として長年に亘り培われてきた技術や直感は、確かに多くの村民や冒険者にとって恐れるに相応しいものでした。が、それにしても相手が悪かったと言えましょう。
召喚士――召喚術とは、魔法的な視点から言えば「空間接続魔法」であるようにも見える、とはアンの談です。確かに、今までそういう考え方をしたことはありませんでしたが、召喚陣を描き召喚獣を住処から呼び出すという技術を魔法的に解析すると「異なる空間を繋ぎ、離れた場所に存在する物体を取り出している」ということになるのでしょう。
わたしはサメしか召喚できない召喚士。ともすれば、サメとしか契約できない召喚士ということでもあります。
しかし……もしも契約の必要がないものを取り出すというだけなら、それを召喚とは呼べるでしょうか。……いいえ、召喚とは「
アンの幻影魔法によって無数の「わたし」が投影され、召喚術によって周囲一帯からありったけの石を抱え、それらを力いっぱいに投げつける……たったそれだけ、といえばそれだけなのですが、召喚術の鍛錬の一環として鍛え抜いたわたしの筋力や、
「山賊のみなさんは?」
「日が落ちた頃に解除される
そう話しながら、わたしたちは互いの魔法と召喚術に対するそれぞれの知見を述べました。
たとえば、
つまり
わたしとしては、この魔法の本質が「幻影を作り出すこと」の他に、もうひとつあるように感じたので、それをアンに確認しました。
「この
「あたしの視界内で、幻影の全体像が障害物とかに阻まれていないなら可能ね」
「ということは、たとえばここから向こう側の崖に移動しようとした時、橋を探さずとも幻影を向こう側に投影して、位置を入れ替えてしまえば渡れるということですね?」
「……その発想はなかったわね。確かに可能だと思う。あと、高所に移動したい時とか、あるいは潜入にも使えそう。……いいわねシルヴィ! こういうのよ! あたしこういう話がしてみたかったの! 冒険魔法士って言うと、みんな戦うために魔法を使ってばかりじゃない? でもあたし、魔法はそもそも人々の生活をより豊かにするためにあると思うのよね! だからこういう、既存の魔法の使い方をちゃんと見つめなおして、教科書通りなだけじゃない色んなことをやってみたいの!」
突如として興奮に息を荒げながらわたしの手を両手で握りしめるアンに、わたしは少しばかり困惑しつつも、内容はともかくその気持ちだけはなんとなしに理解できました。
彼女が魔法や魔道具に並々ならぬ想いを寄せているのは、わたしがサメに対して抱く想いと似たものなのでしょう。そう思うと、サメの話をしている時のわたしもこれほど興奮しているのかと、少々お恥ずかしい気持ちにもなりますが、それをアンに告げるのは憚られました。だって、こんなにも楽しそうに話し続けるアンは、きっとそうそう見られるものではないはずです。
彼女はその幼げなお顔立ちや、可愛らしい小柄な背丈も相俟って誤解されるかもしれませんが、わたしよりも遥かに思慮深く、情け深い女性です。見た目に対し、まだまだ未熟なわたしの心を労り慈しむように、アンはいつも周囲に気を配り、わたしの心身を守り続けようとしてくれている。だから――彼女はほとんど自分のことを口にしない。
この旅が「わたしの
だから、本当は彼女のことをもっと知りたい。魔法や魔道具に対する情熱も、どんな食べ物が好きで、何を趣味としているのか。もっともっと、色んな彼女が見たい。
「だから魔法って――って、ごめんごめん。しゃべりすぎちゃったわ。いっつもシルヴィのサメトークを遮ってるくせに、自分のことになったらこれだから、反省しなきゃね」
「いいえ。もっと聞かせてください。アンのこと……アンの知ってる魔法や、好きなもののこと。わたし、もっとアンを知りたいです」
「あはは……それはそれで気恥ずかしいからなぁ。とにかく、他にも何か思いつかないか言ってみてよ。前に話した魔法、全部ちゃんと覚えてる?」
◆
「これはいいですねぇ。移動がだいぶ楽になります」
「
これまで、わたしが何度も願って已まなかった「空を移動する召喚獣」……これをまさかわたしとアンの協力によって叶うとなれば、今度こそわたしも興奮してたまりません。
「
「しかも航行速度は対象の移動速度に依存ということですが、遊泳時のメガロシャークの最高速度はシャチをも超えますからね」
わたしは思い付きで「飛行魔法でメガロシャークを飛ばせたりしませんか?」と言っただけに過ぎませんが、エラ呼吸であるメガロシャークは本来、地上・空中では呼吸がままなりません。それを彼女に伝えると「エラ呼吸って何?」「どうやって呼吸するの?」「何が死因に繋がるの?」と続けざまに問いかけてきたことで、それらをひとつひとつクリアしていきました。
まず、エラ呼吸とは水中で動き続けることで口から水を取り込み、酸素を取り入れて残りの水と二酸化炭素をエラから吐き出すものです。サメはこのためのエラ穴が五対に存在しており、水の中を動くことでしか呼吸ができません。しかし、酸素そのものは空中にもあるから大丈夫では、とわたしが告げると――。
『空中と水中じゃ酸素の濃さが違うからダメね。空中の酸素は水中のおよそ20倍だから……まずは酸素中毒を防ぐ膜をメガロシャークの口内に作りましょう』
酸素に濃さとかあるんですね……さすがここは本職の魔法士、
その後、
『動き続けてる間は二酸化炭素を放出できるってことなら、そこは問題ないわね。酸素中毒の心配もケアした。他に何か問題は?』
『サメに限った話ではありませんが、できる限り体温を一定に保った方がいいでしょう。ほとんどの魚類は変温動物ですが、メガロシャークは恒温動物で常に水温よりも5~10度ほど高い体温を維持しています。今の時期の海はおよそ水温20~23程度。つまりメガロシャークは体温28~33が理想ということになりますが……』
『……まず体温に影響を与えるのは「気温」と「湿度」なんだけど、体感温度となるとここに「風速」が関係してくるのね? で、今は
『少なくとも人間は寒さを感じると実際の体温も低下し、免疫力が弱まり病気になりやすくなります。もし人間の子供と同等の知性を持つメガロシャークもそうだとすれば……』
『そう。だから体温はともかく、体感温度をできるだけ下げないようにしなきゃいけないから……』
こうして、体温・体感温度・酸素濃度などの問題をクリアしつつ、一時間ごとに帰還させて従来通りエラ呼吸による休憩を与えることで、メガロシャークの安全面に考慮した移動が可能になったというわけです。
あぁ~、やっぱりメガロシャークの背中はたくましく力強く、幾度とこの大きな体に惚れ直したかわかりませんが、海の王者である上に空にまで至ったとなればもはや『
「……シルヴィ、メガロシャークの背中にうっとりするのはいいけど、その顔よそで絶対しない方がいいわよ」
「おっと、失礼……。……えへへ」
「やめなさいって」