召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第19話:空とぶサメ

 決着はいっそ哀れなほど早々につきました。

 彼らも彼らで、山賊として長年に亘り培われてきた技術や直感は、確かに多くの村民や冒険者にとって恐れるに相応しいものでした。が、それにしても相手が悪かったと言えましょう。

 召喚士――召喚術とは、魔法的な視点から言えば「空間接続魔法」であるようにも見える、とはアンの談です。確かに、今までそういう考え方をしたことはありませんでしたが、召喚陣を描き召喚獣を住処から呼び出すという技術を魔法的に解析すると「異なる空間を繋ぎ、離れた場所に存在する物体を取り出している」ということになるのでしょう。

 わたしはサメしか召喚できない召喚士。ともすれば、サメとしか契約できない召喚士ということでもあります。

 しかし……もしも契約の必要がないものを取り出すというだけなら、それを召喚とは呼べるでしょうか。……いいえ、召喚とは「(まね)き、()ぶ」からこそ召喚なのです。故に召かず、喚ばれていないものを別の空間から取り出す行為を召喚とは呼びません。なので……こういうことはできるはずだと、アンに教わりました。

 アンの幻影魔法によって無数の「わたし」が投影され、召喚術によって周囲一帯からありったけの石を抱え、それらを力いっぱいに投げつける……たったそれだけ、といえばそれだけなのですが、召喚術の鍛錬の一環として鍛え抜いたわたしの筋力や、幻影魔法(ミラー)によって四方八方から石を投げつけられる視覚的恐怖、そして反撃を行おうとしても幻影魔法(ミラー)は幻影と本体の位置を任意のタイミングで入れ替えることができる性質を持つことで、ほとんど一方的に攻撃し続けられる状況に、あちらが白旗を上げました。

 

「山賊のみなさんは?」

「日が落ちた頃に解除される拘束魔法(バインド)防膜魔法(バリア)を張っておいたから、死にはしないし追いかけてもこないでしょ。野犬とか不幸犬に囲まれたら……まぁ、頑張ってねって感じだけど」

 

 そう話しながら、わたしたちは互いの魔法と召喚術に対するそれぞれの知見を述べました。

 たとえば、幻影魔法(ミラー)はわたしの召喚獣に対しても有効なのか。幻影はどの程度の数まで投影可能なのか。複数の本体を対象に発動可能なのか。それに対して、アンが「人間だけじゃなくどんな生き物にも使えるし、生き物でない物体を対象にすることもできる。幻影の数は魔法士にもよるけど、あたしの場合は最大で48まで投影可能。本体はひとつしか対象にとれない。幻影と本体はいつでも場所を入れ替えることができるけど、常に同じ動きしかできない」ということでした。

 つまり幻影魔法(ミラー)とは「分身を作る魔法」ではなく、水鏡に映された影のように「同じ動きをする幻」を作り出すものということになります。そして、これらはあくまで幻に過ぎないため実体がなく、攻撃も防御もできない代わりに、いつでもどの幻影とでも本体を入れ替えることができる、と。

 わたしとしては、この魔法の本質が「幻影を作り出すこと」の他に、もうひとつあるように感じたので、それをアンに確認しました。

 

「この幻影魔法(ミラー)によって投影される幻は、どこにでも投影可能なのですか?」

「あたしの視界内で、幻影の全体像が障害物とかに阻まれていないなら可能ね」

「ということは、たとえばここから向こう側の崖に移動しようとした時、橋を探さずとも幻影を向こう側に投影して、位置を入れ替えてしまえば渡れるということですね?」

「……その発想はなかったわね。確かに可能だと思う。あと、高所に移動したい時とか、あるいは潜入にも使えそう。……いいわねシルヴィ! こういうのよ! あたしこういう話がしてみたかったの! 冒険魔法士って言うと、みんな戦うために魔法を使ってばかりじゃない? でもあたし、魔法はそもそも人々の生活をより豊かにするためにあると思うのよね! だからこういう、既存の魔法の使い方をちゃんと見つめなおして、教科書通りなだけじゃない色んなことをやってみたいの!」

 

 突如として興奮に息を荒げながらわたしの手を両手で握りしめるアンに、わたしは少しばかり困惑しつつも、内容はともかくその気持ちだけはなんとなしに理解できました。

 彼女が魔法や魔道具に並々ならぬ想いを寄せているのは、わたしがサメに対して抱く想いと似たものなのでしょう。そう思うと、サメの話をしている時のわたしもこれほど興奮しているのかと、少々お恥ずかしい気持ちにもなりますが、それをアンに告げるのは憚られました。だって、こんなにも楽しそうに話し続けるアンは、きっとそうそう見られるものではないはずです。

 彼女はその幼げなお顔立ちや、可愛らしい小柄な背丈も相俟って誤解されるかもしれませんが、わたしよりも遥かに思慮深く、情け深い女性です。見た目に対し、まだまだ未熟なわたしの心を労り慈しむように、アンはいつも周囲に気を配り、わたしの心身を守り続けようとしてくれている。だから――彼女はほとんど自分のことを口にしない。

 この旅が「わたしの(ブルノ)を探すための旅」ということを、わたし以上に重く受け止めている彼女は、自分の想いや事情をほとんど語らないことによって、わたしがわたしの目的を見失わないように、その道に迷い惑うことのないように配慮してくれています。わたしとしては、もちろんブルノのことも大事ですが、今となってはアンと共にする旅路もわたしの心の大切な部分を形成する一部になっています。

 だから、本当は彼女のことをもっと知りたい。魔法や魔道具に対する情熱も、どんな食べ物が好きで、何を趣味としているのか。もっともっと、色んな彼女が見たい。

 

「だから魔法って――って、ごめんごめん。しゃべりすぎちゃったわ。いっつもシルヴィのサメトークを遮ってるくせに、自分のことになったらこれだから、反省しなきゃね」

「いいえ。もっと聞かせてください。アンのこと……アンの知ってる魔法や、好きなもののこと。わたし、もっとアンを知りたいです」

「あはは……それはそれで気恥ずかしいからなぁ。とにかく、他にも何か思いつかないか言ってみてよ。前に話した魔法、全部ちゃんと覚えてる?」

 

 

 

 

「これはいいですねぇ。移動がだいぶ楽になります」

飛行魔法(フライト)で自分じゃなく召喚獣を飛ばすっていうのは、確かに盲点だったわね」

 

 これまで、わたしが何度も願って已まなかった「空を移動する召喚獣」……これをまさかわたしとアンの協力によって叶うとなれば、今度こそわたしも興奮してたまりません。

 

飛行魔法(フライト)は対象の重量を無視して飛行を可能にするけれど、重心移動とか慣性制御とか複雑な魔法式と高度なコントロールを必要とするから常にひとつしか対象にとれないのがネックだったけれど……確かにメガロシャークくらいのサイズなら足場も広くて安定しているし、何より数人乗ったくらいじゃビクともしないから最適だわ」

「しかも航行速度は対象の移動速度に依存ということですが、遊泳時のメガロシャークの最高速度はシャチをも超えますからね」

 

 浮遊魔法(フロート)との明確な違いは「対象が生き物か物体か」だそうで、浮遊魔法であれば速度も方向も魔法士の意思で好きなように動かせるようですが、浮かせる物体の重量と消費魔力が比例するらしく、長距離移動する場合は重量を無視できる飛行魔法(フライト)で飛んだ方が合理的と言えます。さらにこれが召喚獣(モンスター)である場合は、賢い上に力も強く、何より召喚士がある程度の制御も可能なため、進行方向や移動速度を全て対象に委ねてしまう飛行魔法(フライト)のデメリットを軽減することに成功している、と。

 わたしは思い付きで「飛行魔法でメガロシャークを飛ばせたりしませんか?」と言っただけに過ぎませんが、エラ呼吸であるメガロシャークは本来、地上・空中では呼吸がままなりません。それを彼女に伝えると「エラ呼吸って何?」「どうやって呼吸するの?」「何が死因に繋がるの?」と続けざまに問いかけてきたことで、それらをひとつひとつクリアしていきました。

 まず、エラ呼吸とは水中で動き続けることで口から水を取り込み、酸素を取り入れて残りの水と二酸化炭素をエラから吐き出すものです。サメはこのためのエラ穴が五対に存在しており、水の中を動くことでしか呼吸ができません。しかし、酸素そのものは空中にもあるから大丈夫では、とわたしが告げると――。

 

『空中と水中じゃ酸素の濃さが違うからダメね。空中の酸素は水中のおよそ20倍だから……まずは酸素中毒を防ぐ膜をメガロシャークの口内に作りましょう』

 

 酸素に濃さとかあるんですね……さすがここは本職の魔法士、元素(エレメント)に対する理解は一般的なそれを大きく上回ります。

 その後、防膜魔法(バリア)の魔法式を流用・アレンジして作り出した『濾過魔法(フィルター)』によって、空気から得る酸素を20分の1に希釈することに成功しました。

 

『動き続けてる間は二酸化炭素を放出できるってことなら、そこは問題ないわね。酸素中毒の心配もケアした。他に何か問題は?』

『サメに限った話ではありませんが、できる限り体温を一定に保った方がいいでしょう。ほとんどの魚類は変温動物ですが、メガロシャークは恒温動物で常に水温よりも5~10度ほど高い体温を維持しています。今の時期の海はおよそ水温20~23程度。つまりメガロシャークは体温28~33が理想ということになりますが……』

『……まず体温に影響を与えるのは「気温」と「湿度」なんだけど、体感温度となるとここに「風速」が関係してくるのね? で、今は明々蝉(ストロングシカーダ)が鳴いてるから気温35以上はあるってことになる。リンコドンの夏の平均湿度はけっこう低くて、今はどうかわかんないけど例年の平均通りなら30前後。ここまでなら体温33でも過ごしやすい気温・湿度だと思うんだけど、問題は風速よね。馬と同じくらいの速度(70km/hくらい)で移動するなら、体感温度は実際の温度から17程度マイナスしなきゃいけない』

『少なくとも人間は寒さを感じると実際の体温も低下し、免疫力が弱まり病気になりやすくなります。もし人間の子供と同等の知性を持つメガロシャークもそうだとすれば……』

『そう。だから体温はともかく、体感温度をできるだけ下げないようにしなきゃいけないから……』

 

 こうして、体温・体感温度・酸素濃度などの問題をクリアしつつ、一時間ごとに帰還させて従来通りエラ呼吸による休憩を与えることで、メガロシャークの安全面に考慮した移動が可能になったというわけです。

 あぁ~、やっぱりメガロシャークの背中はたくましく力強く、幾度とこの大きな体に惚れ直したかわかりませんが、海の王者である上に空にまで至ったとなればもはや『空の王者(ドラゴン)』さえ怖くはありません。我が愛しのメガロシャークを超える王者などありません! ありはしないのです! あぁ……かわいくてかっこいいわたしのメガロシャーク……。

 

「……シルヴィ、メガロシャークの背中にうっとりするのはいいけど、その顔よそで絶対しない方がいいわよ」

「おっと、失礼……。……えへへ」

「やめなさいって」

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