召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第22話:刃を持てない剣士

 翌朝。あのルカという青年と別れた後、野宿を覚悟してアンの借りた宿へと向かうと、彼女はわたしを見つけるなり安堵の表情を浮かべて「仕事探しお疲れさま」と言って宿の中へと手を引いてくれました。お仕事はまだ見つかっていませんが、と訊ねれば、「探すだけでもけっこう疲れるもんでしょ。ちゃっちゃと寝て、明日も頑張んなさい」と、わたしの自省を強引に終わらせました。アンのこの世話上手というか、気遣い上手なところは、彼女生来のものなのでしょうか。環境次第では、間違いなく人誑しとなっていたことでしょう。

 ともあれ、アンは普段カバンの奥深くにしまっている第一級薬物取扱許可証と国家魔法士検定合格証の金属プレートをペンダントのように首から下げて、薬売りとして商売を始めたようです。旅の魔法士ということもあり、薬の材料に限りがあることを前置きして平民でも買いやすい価格設定をした結果、昨日だけでもそれなりの売れ行きだと言います。

 実は、薬屋は必ずしも魔法士が経営しているとは限りません。本来、薬屋とは魔法士が作った薬を売るための仲介役だからです。人と接することに抵抗のない魔法士はこれを両立しますが、そうでない魔法士のために、薬と仲介料を合わせた価格設定をして売っているのが薬屋、というわけですね。

 薬の効果については、魔法士が手順を損なわなければ必ず一定である、というのはアンの弁でした。曰く「再現性のない魔法は魔法じゃないから」とのこと。彼女ら魔法士にとって、薬を作ることも魔法の範疇なのだといいます。つまり、定められた手順に従えばかならず定められた効果を得られる、ということだそうで、薬屋が複数の魔法士と契約していて、同じ種類の薬を別の魔法士から受け取っていても、それらの効果は常に一定なので問題はない、とのことでした。魔法ってすごいんですねぇ……。

 

 さて、そろそろ現実逃避はやめましょう。

 アンも説明要求の視線をこちらに突き刺してきます。待ってください、これは本当にわたしに非がありますか?

 ……アンがわたしに理不尽な怒りを向けるわけがないので、おそらくわたしが悪いのでしょう。

 

「よかった。ここで合っていたようだな」

「どうして、ここを?」

「あの後、奴らと奴らの仲間を全員衛兵に突き出した。俺も本来なら同じようお縄を頂戴すべきなのだろう。だが、それはできない。俺にはまだすべきことがある」

「すべきこと……。今までの被害者のみなさんにお詫び行脚でも?」

「それは今朝の内に全て済ませてきた」

 

 ああ、道理で服がボロボロな上に髪も乱れていると思いました。彼の腕前なら、仮に昨夜の者どものような手合いが10人や20人いてもこうはならないはずです。

 しかし……昨日のやりとりで彼が用心棒の心意気を取り戻したところまでは、確かにわたしも立ち会いましたし、杖を返していただくまでその場に留まりました。とはいえ、ならず者たちと手を切るだけでなく、その徒党すべてを一人で相手取り、それらを衛兵に突き出した上でのお詫び行脚とは、素直というか律儀というか……あるいは自罰的とも言えるでしょう。

 ですが、そういった義理に正しくあろうとする姿勢はわたし個人としても嫌いではありません。問題は、だからといってどうしてわたしたちの宿の前で、おそらくはわたしを待っていたのか、という点です。

 

「オレはこの街に生まれ、この街で育った。だから、お前がプリオナスの人間でないことは知っている。旅行者か、冒険者か。それ自体はどちらでもいいか、だからこそお前に頼みがある」

「頼み……?」

「オレを、用心棒としてお前の旅に同行させてくれ」

 

 その真剣な眼差しには、昨夜では感じられなかった熱を煌々と滾らせていて、わたしはほとんど答えを出していながらも、冷静にアンの方へと視線を直しました。

 

「事情の委細と経緯は後で説明しますが、彼は剣士のルカ。かなりの腕であることは、昨夜それを見たわたしが保証します」

「……腕利きの剣士はもちろんほしいわ。詳しいことはわかんないけど、こいつが律儀そうなタチなのも今の会話でなんとなくわかる。ただ、こいつに下心がないって保証は? 別に己惚れるつもりはないけど、あたしらだって女よ? こいつが腕利きの剣士ならなおさら、あたしらを襲わないって言いきれる?」

「安心してほしい。お前たちはオレの好みじゃない」

「はったおすわよ」

 

 うーん、別にそう見られたいわけではありませんが、こう面と向かって「魅力的に映らない」と言われるとそれなりに悔しい気持ちにはなりますねぇ。

 

「では二人に安心してもらえるように、女の趣味でも語ればいいのか?」

「微塵も興味ないけど、確かにそれが一切あたしたちに掠りもしてないなら一定の安心感はあるわね」

「人並みに肉付きがよく、胸の大きい女が好みだ」

「……確かに、あたしは童顔で小柄だし、シルヴィは美人顔で長身だから顔と身長で判断すると絶対どっちかに引っかかるから、そこに触れないっていうのは英断だわ。でもあんたの言い方だと「痩せすぎの胸なし」って聞こえるんだけど、そこについては理解してる?」

「事実だろう」

「シルヴィ、やっぱこいつ採用するしないに関係なくはったおしていいわよね?」

 

 まぁ世の男性が全てとは言いませんが、おおよそ胸のふくよかな女性を好まれることはよくあることですからね……。

 それに、アンはどうかわかりませんが、わたしとしては動きやすいのでこの体型にこれといったコンプレックスはありませんし、彼の好みになりたいとも思っていないので構いませんよ。

 

「そうですねぇ……剣士の仲間が欲しいと思っていたことは事実ですし、彼がわたしたちを手籠めにしようとする理由もこれといってないわけですから、ひとまず仲間にするにあたって反対する理由はないと思いますよ。個人的な感情は、各々で解決してもらうことになりますが」

「あっそ。まぁ言いたいことは色々あるけどシルヴィがそう言うならいいわ。そもそも、あたしもシルヴィの旅に同行してる身だし」

「そういえば、旅の目的を聞いていなかったな。どういう理由であれ、前言を取り下げるつもりはないが、聞かせてもらってもいいか?」

 

 確かに、彼が「用心棒」としてわたしたちの仲間に加わるとすれば、この先の旅路で最も危険なポジションを任されるのは彼です。

 アルターリの規模や戦力は未だにまったくわかっていませんが、聞く限りでは大の大人が徒党を組んでも相手取ろうとしないばかりか、幾度と王家と衝突をしているらしい、ということもアルターリの底知れない恐ろしさを強調します。少なくとも、国を脅かす存在として明確に王家と敵対しながら、今に至るまで組織が健在となれば、一国の戦力と対等か、そうでなくともそれに準じる力を持っているわけですからね。

 

「では、少々お時間をいただきまして……」

 

 

 

 

「なるほど、アルターリか」

「何かご存知ですか?」

「ああ。オレの父はかつて宮廷騎士団に務めていてな。アルターリとの死闘は、父にとって人生で最も濃密な恐怖を味わった経験として聞かされたことがある」

 

 宮廷騎士というのは、確か王家直属の精鋭騎士のことでしたね。そう思えば、なるほど彼の剣術はその父に仕込まれたものなのでしょう。

 ともすれば『用心棒』という肩書きへのこだわりの意味もうっすらと見えてくる気がします。

 

「……宮廷騎士? え、ちょっと待って。まさか……あんた名前は?」

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。これはすまない、改めて名乗らせてもらおう。剣士のルカ・リーシナだ。例のならず者ども曰く、そうした手合いには「英雄殺し」の名で通っているらしい」

「き……宮廷騎士の息子の、リーシナ……? 英雄殺しって、じゃあ……あんたの父親は……!」

「その様子では、父を知っているようだな。おそらくは想像の通り。オレの父はマトヴェイ・リーシナ。かつて「最強の宮廷騎士」の名で知られ、この街では英雄として称えられていた」

 

 英雄……ですか。

 なるほど、あれほどの悪党に手を貸しはせずとも同じ徒党に名を連ねておきながら、こうして宿の前の長椅子に腰かけて話していても、街の住人の中には彼に手を振って気軽に声をかける者もいるのは、そういった事情からでしたか。彼がこの街に生まれ育ったことを加味しても、信頼が底についていない理由の一端が、なんとなしにわかります。

 

「だが……そんな父を宮廷騎士団から追いやってしまったのもオレだ」

「そういえば、さっき英雄殺しがどうって言って……」

「経緯は省くが、オレが父さんの腕を斬り落としてしまったんだ。もちろん意図的にじゃない。事故には違いない。だが、オレはそれから……刃を持てなくなってしまった」

「……ん? 刃を持てない? え、剣士でしょあんた。剣は?」

「持てない。剣はおろか、刃があるものは剣に限らず包丁やハサミでも握れないんだ。握ろうとすると手が震えて落としてしまう」

 

 それはまた、難儀な……。ということは、昨夜あの場面で杖を貸したわたし、かなりファインプレーでしたね。

 しかし刃を持てない剣士とは……これはまた奇妙な。わたしがアンに目配せすると、アンは苦笑いしながらも、今までで一番満足そうな表情で、こちらに声をかけてきました。

 

「人のこと言える立場じゃないけど、またクセのある仲間を増やしたわね、シルヴィ」

「似た者同士、互いに引かれ合う運命にあったのかもしれませんね」

 

 そんな言葉を合図に、わたしたちの意見はようやく正しい意味で合致しました。

 

「じゃ、せっかくだしあたしも名乗っておくわ。あたしは「攻撃魔法の使えない魔法士」アンナ・アクロフ」

「わたしは「サメしか召喚できない召喚士」のシルヴィア・(アッシュ)・アークバイトです」

「……なるほど。ではオレはさしずめ……「刃を持てない剣士」というところか」

 

 よろしく、という言葉は、示し合わせず重なりました。

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