「これが、オレの剣……」
「材料が廃材まみれだから出来はアレだけど、刃がいらないってことなら刃毀れとか気にしなくてよかったのは助かったわ。あたし鍛冶はさっぱりだから」
アンに頼まれていたもの――金属製の廃材と少量の布・木材を集めるのに、さほど時間は必要としませんでした。
量が量なので三回ほど往復はしたものの、アンの仕事の早さと精度は見事でした。彼女曰く「それらの廃材を錬金術によって複数の鋼鉄のインゴットに変換したのち、それら全てのインゴットと木材で剣の形に整えただけ」とのことですが、今までの経緯からしてそれが並の魔法士の技量で為せるものではないことを、わたしはうっすらと理解していました。
「切っ先がないのも、ルカの「刃が使えない」の範囲を考慮した上でのデザインですか?」
「それもあるし、この双剣は剣先同士を合わせることで大剣状態になるのよ。手数は双剣状態で、威力は大剣状態でってことね。まぁ製造工程からすれば大剣状態で作ったのを二分割した感じだから、どっちかといえば大剣状態が基本なんだけど、持ち歩きやすさとか使い回しを考えるなら双剣状態を基本戦術に組み込むほうが合理的だと思うわ」
「そうだな。オレも剣技を鍛える一環で肉体鍛錬はしているが、まだまだ大剣を扱うには不出来な部分も大きい。双剣も熟練を必要とするが、こちらは技巧でどうにかなるだろう」
と言うものの、肉体鍛錬は召喚士としての精神鍛錬の一環としてわたしもそれなりにこなしていますが、ルカの肉体はそんなわたしから見ても素晴らしい仕上がりと言えるでしょう。
無意味な贅肉がないのはもちろん、彼の剣技を遮るような無駄な筋肉もない。まさしく「剣技に最適化された筋肉」の付き方をしています。加えて、それらの筋肉がまるで肉の鎧のように鍛え上げられているため、おそらくほとんどの打撃は彼にまともなダメージを与えられずに終わるでしょう。前衛として敵に肉薄する彼が、金属鎧と同等の頑強さを誇りながらも遥かに軽いそれを身に纏い、岩も鉄もスラリと斬り裂く双剣を振るう。敵の目にはさぞかし恐ろしい存在に映るであろうことは想像に難くありません。
しかし……。
「ところで、ルカはこれを投げて使うつもりですが……」
「そうそう、大事なとこ説明してなかったわね。この剣――『フライテイカー』は投げた後、一定距離まで離れるとルカの魔力を辿って戻ってくるのよ」
「魔力を? オレに魔法の才はなかったはずだが……」
「あー……そっか、魔法学校に通ってないから普通はそういう認識なのよね。えーっと……まず一般的に「魔法士しか魔力を持たない」って言われてるあれ、実際はあんまり正しくないのよね。厳密に言うと「普通は魔法にできるほどの魔力がないから魔法士にはなれない」が正解。だから魔法が使えないくらいの魔力なら誰でも持ってるわ。動物やモンスターだってね」
ただ、と一拍おいて。
「だとしてもルカの魔力の無さには驚いたけどね。それなりに熟達した魔法士って目の前にいる相手の魔力は何もしなくても「だいたいこのくらいか」みたいにわかるんだけど、ルカはまるで
「言いたいことはあるが……そんな微細な魔力を、距離が離れた剣が探知できるのか?」
「できるかどうかというよりも、できる範囲を超えそうになると戻ってくる仕様にしたわ。最大距離50。加えて手元を離れていても引っ張り寄せる動作をすれば任意のタイミングで戻ってくるわ」
「……やりたい放題だな、魔法士」
「斬りたい放題する剣士に言われたくないわ」
わたしが「どちらもお互い様ですよ」と仲裁を入れると、二人とも物言いたげな視線をこちらに向けながらも、ルカの先導のもとアンに見送られながら宿を出ました。
敢えて「向かう先は?」と問うまでもなく、わたしたちの足はまっすぐに『プリオナス共同墓地』へと向いています。道中、ルカはアンから受け取ったフライテイカーを何度か投げては、手元に戻ってくるそれをキャッチする練習をしていました。曰く「練習でできたことが本番でできないことは数多いが、練習でできずに本番でできるものなどひとつもない」とのこと。
フライテイカーは確かに投げても戻ってくる剣ではあるものの、それをキャッチするのはルカの技術次第。だからこそ彼はその試行回数を重ねて――わかったことがあるそうです。
「双剣状態だと小さい上に回転しているせいでグリップと剣身を間違ってキャッチしてしまいそうになるが、大剣状態だと回転していても両端がグリップだから捕えやすいな」
「では、投げる時は大剣状態で投げた方がよさそうですね」
「そのようだ。あと、アーニャが言っていたように距離50まで行くより早く、引き寄せる動作で戻すこともできるが……これはアーニャも気付いていたのかそうでないのか、戻ってくるまでの軌道は「引き寄せる動作」を左右に振ればある程度コントロール可能なようだな」
「アンのことなので、想定外ということはないでしょう。他にも後で気付くこともあるかもしれませんが、アンは差し迫った現状で必要のない説明で時間を浪費する人ではありません。今の時点で必要な説明自体はさっきしてくれた通りでしょうから、まずはこの仕事を終えて、改めて夜にでも訊ねてみるといいかもしれませんね」
わたしがそう言うと、ルカは少し驚いたような……あるいは不思議そうな目をこちらに向けて、なのに何も言わずまた視線を前へと向けました。
「どうかしましたか?」
「いや……オレはまだこのチームに入ったばかりだからわからないが、話によればアーニャともそれほど長い仲というわけでもないというのは。この数日のうちに彼女自身から聞いていてな」
「そうですね。アンと出会ってからルカに会うまで、5日程度しか経ってませんから」
「だというのに、随分とアーニャを買って……いや、この言い方は相応しくないか。とてもアーニャを信頼しているのは、なぜだ? 出会ってからまだひと月もしていないのに、なぜヴィーはアーニャをそんなにも心から信じられるんだ?」
どうして……どうして、ときましたか。わたしは少し考えこみます。
理由、根拠。彼女を信ずるに値するだけの、わたしへの貢献・利益。それらを連ねて並べるだけなら、いくらでも可能でしょう。
現状この3人のチームはそれぞれに異なる得意分野を持ち、それらを全うすることで互いを補い合えています。彼女に出来てわたしたちに出来ないことはいくらでもあり、逆も然り。
しかし――彼の問いかけに対して、これらの全てを凌駕し、仮にこれらの全てを失ったとしてもわたしが彼女を信頼する理由は、たったひとつです。
「友達だからです」
わたしにとって、それがアンを信じるすべてであり、それ以外の理由などわたしとアンにとっては些細で些末なものでしかありません。
「アンは、わたしにとって初めてのお友達で、何より誰より大好きな一番のお友達です」
「友情ゆえの信頼、とでも?」
「はい。もしもアンが全ての魔法を失っても、わたしは彼女と共に旅を続けます。彼女がわたしを見放すその時まで、わたしは絶対に彼女を見放したりしません。わたしが望み、彼女も望んでくれるのなら、わたしたちの旅路は常に共にあります。なぜなら、わたしにとって大事なのは「リンコドンの天才魔法士」ではなく「アンナ・アクロフ」なのですから」
友情とは、愛とは、絆とは。それらは全て、優しく温かい言葉で覆われた束縛の鎖です。誰かを友とするのなら。恋人とするなら、家族とするなら、相棒と仲間と好敵手と師弟とするなら。それは……誰かを縛るということに他なりません。そんな相手がいないのなら、自分勝手に好き勝手にできていたことが、相手を想うがゆえにできなくなる。不自由になる。でもそんな不自由が何よりも心地よくて、その心地よさのためなら自分にできる精一杯よりももっとすごいことが出来てしまう気がする。それが「不自由の力」というものです。
そして、わたしは召喚士です。その生涯を召喚獣と共にする我々は、
受け入れられない不自由を押し付ける行為はまさしく悪です。しかし、不自由そのものは悪でも敵でもない。受け入れられる不自由……受け入れたいと思えるような心地よい不自由。
「アンが魔法を使えなくなっても、友情という優しい不自由はきっと……ひとりぼっちで歩む旅路で得られるあらゆるものより強い何かを、わたしに与えてくれるはずですから」
「……なるほど」
静かに、だけれど小さく口角の上がるルカを見て、わたしはもうひとつだけ、確信していました。
「きっと……ルカもそう遠くない内に、わたしにとって大事な存在になると思います。大切な、仲間として」
寡黙な剣士は、何も言わず顔を背けるだけ。