召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第26話:墓地から忍び寄る気配

「着きましたね」

「プリオナス共同墓地……」

「見たところ、異変は感じられませんが……念のためフォレストシャークを介して索敵を行ってみましょう」

 

 目的のプリオナス共同墓地に着いたわたしたちは、ひとまず小藪に身を隠しながらルカが墓地を、わたしが墓地を囲う林の中を警戒・索敵することにしました。

 フォレストシャークを中継役として、トレントリモーラたちが索敵を行った結果として、この雑木林の中にはもちろん動物やモンスターがそれなりに居るものの、今のところ「骸喰狐(スカルフォクシー)」と思わしき敵影はなし。同じく、これを操っていそうな知能の高いモンスターも見当たらないとのこと。ルカも墓地に異常はないと言いますが、正直なところ相手がゴースト系のアンデットモンスターとなると、申し訳ありませんがルカの索敵が果たしてどれほどの意味を持つのか疑わしいと言わざるを得ません。

 わたしたち三人の中で、ゴーストを見る能力――つまり霊視系の魔力に最も優れるのは、攻撃魔法以外のあらゆる魔法に精通したアンがトップであることは疑うべくもないのですが、召喚士としてはゴースト系アンデットモンスターとの交渉・契約ももちろん基本技能のひとつに組み込まれるので、わたしも当然ながら霊視能力を磨いているつもりです。とはいえ、魔法士と召喚士が上になってしまうのは致し方ないにしても、アン曰く「魔力をミソッカスほども感じない」とまで言われたルカが霊視に関してどれほどの才覚を発揮するかといえば……。

 

「問題なさそうだな。このまま突っ込むか?」

「そうですね、そちらに何もないなら……いえ、ちょっと待ってください」

「どうした?」

「夥しい数の霊魂がとんでもない狂乱ぶりを見せていますが、ルカはあれを見て「問題ない」と言ってるんですか?」

「そんなものあるか……?」

 

 あぁ、なるほど……。さてはルカ、霊感が低いとかではなく本気で一切の霊視能力を持たない、いわゆる「零感(レイカン)」というタイプの人間ですね?

 いや、いいんですよ零感は零感で。霊視能力を持たない反面、霊干渉を一切受け付けないのであらゆる呪いやゴースト系アンデットによる影響に関しては無敵ですから、デメリットばかりではありませんからね。でも今この状況ではよくありませんので、今度からルカにこういうことを任せるのはやめておきますね……。

 

「召喚士シルヴィアが求める。霊妙なる牙を持つものよ、揺らめく深淵より来たれ。ゴーストシャーク!」

 

 ひとまず、あの霊魂たちはゴーストシャークに任せましょう。

 牧羊犬が羊を追い立てるように、ゴーストシャークが墓地に行けばすぐさま真っ当な霊魂たちは墓の中へと逃げ帰り、そして明らかな敵意を持って抵抗するものを、彼は容赦なく喰い殺します。少なくとも、通常のゴースト系アンデットエネミーにおいてゴーストシャークに勝るものなどあまりにも数が限られます。まして召喚士と契約し、継続的な奉納によってランクを上げた個体となれば猶更のこと。

 

「さて……そろそろいいでしょう。ルカ、墓地に入りますから武器を構えてください」

「心得た」

 

 ルカを前衛に、わたしが周囲を警戒しながらその後ろをついていきます。またそれに並行して、ゴーストシャークの視点を相互交感能力で「霊視状態のゴーストシャークが見た景色」を共有してみると……いくつか、()()()()()()も連れてきてしまっているようですが、今すぐにどうにかしなければならないような相手というわけでもないようです。

 ですが……フォレストシャークによる広域索敵は未だ追加報告なし。ゴーストシャークによる霊視索敵も「異常」というレベルではありません。

 墓地に入り、わたしたちの「後ろのもの」をゴーストシャークが咬み千切ると、いよいよ「敵」と思わしき存在は感知できなくなりま――ッ!?

 

「地震……ッ!?」

「いや、おかしい……墓地の枯れ葉は間違いなく揺れているのに、麓の街には混乱の様子が無い!」

 

 わたしの居た東大陸に比べ、西大陸における「地震」という天災はとても恐れられている印象があります。もちろん東大陸でも地震は恐ろしい天災であるものの、程度によっては割と看過できているというか、受け入れている部分があります。しかし、西大陸はそうではありません。わたしからすれば許容どころか気にもならないような程度の揺れですら、この世の終わりであるかのように怯える方々が大勢いらっしゃいます。

 なのに……プリオナスの街を少し外れ、小高い丘を登る程度の距離しかないこの場所で、戦闘に思考を切り替えていない普段のわたしならさすがに少し怖くなるくらいの揺れがある状況、予想されるプリオナスの民衆の反応は間違いなく恐慌状態であるはずなのに、彼らはこの揺れに一切気付かない様子で普段と変わらない営みを続けている。

 それの意味するところは……!

 

「地中ですッ!」

 

 わたしとルカは即座に飛び退き、墓地を囲う柵を掴むと、それを足場に地面を見つめました。

 するとやはり、僅かに遅れて地面を突き上げるように現れたのは高速回転する円錐状の武装を両手に備えた機械を纏うゴーレム。

 

「機械装甲の……それも蒼濁魔晶岩(ブルーマギアライト)のゴーレム!? なんでこんなところに……!」

「どういうことだ。確かにゴーレムなら感染症の心配はないが、こいつが骸喰狐(スカルフォクシー)と共生しているということか?」

「いえ、あの機械装甲は間違いなく人の手が加えられたもの……。つまり、これを操っているのは召喚士です。それも、蒼濁魔晶岩(ブルーマギアライト)のゴーレムなんて極めて稀少で恐ろしく強力なゴーレムを統べるほど凄腕の……!!」

 

 わたしの脳裏にちらりと()ぎるのは、やはり弟・ブルノの影。

 ブルノはわたしとは比較にもならないほどの才能に恵まれた、まさしく「アークバイト家の最高傑作」と称されるに十分すぎるほど優秀な召喚士です。

 わたしがアークバイト家にいた頃には前回のキングクラーケンも、今目の前に佇むこのゴーレムも従えてはいませんでしたが……初めての契約でリトルワイバーンを召喚し、それを難なく従えたところからして、ブルノであればこのゴーレムを使役できていることになんの違和感もありません。

 

「来るぞ!」

「はい!」

 

 全身を露わにしたゴーレムの全長は女性として大柄なわたしでさえ見上げるほどの巨体。長さ1.9を少し超える程度だというルカの約2倍かそれよりも少し低い程度ですから、おそらくは長さ3.8……わたしだけでなく、ルカでさえ圧倒される威圧感を放っています。

 ゴーレムはその両腕に装着された円錐武装を再び高速回転させると、まるで突撃槍のようにそれをわたしたちへと突き出し、貫かんとしてきます。

 

「召喚士シルヴィアが認める! フォレストシャーク、ゴーストシャーク、帰還!」

 

 地中からの攻撃を仕掛ける相手に、フォレストシャークの巨体はあまりにも的が大きく、加えて動きが鈍重なのも痛手です。

 加えて、ゴーストシャークはゴーレムのような自我が薄く質量で圧し潰すタイプの敵には無力です。なぜなら彼の強味は「ただ見えるだけで触れられない」という特性を活かした攪乱・陽動であって、今こうして対峙する「小手先のプレッシャーを無視して接近するような相手」にはどうすることもできません。しかも今回は蒼濁魔晶岩(ブルーマギアライト)という、高密度・高純度の魔力結晶がゴーレム化した個体。霊体であるゴーストシャークでも、魔力の結晶であるこのゴーレムを「すり抜け回避」はできません。一撃でももらえばアウトです。

 なので、ここで頼れるのはルカしかいませんでした。アンが居れば、水中でなくともメガロシャークを召喚して対処できたかもしれませんが、無いものねだりはできませんからね。

 

「あの両腕の武装は高速で螺旋回転させたエネルギーを貫通力に換えています! あれだけは絶対に避けなければなりません!」

「承知した! ヴィーは後ろから指示を出してくれ! 確かに恐ろしい怪力と頑丈さを誇っていそうだが、倒せないことは――」

 

 ――クァーン!

 ――キャーン!

 ――キァーン!

 

 冷静に、互いの役割を全うすれば対処は不可能ではない。そう励まし合うわたしたちの声を遮るように、甲高い獣の鳴き声がうっすらとオレンジに染まり始めた墓地の天上に木霊しました。それも、ひとつふたつの気配ではありません。10……20……いえ、おそらくはもっと大規模な『骸喰狐』の群れが、わたしたちに迫っています。けれど――いったいどこから?

 ゴーレムの動きに警戒しながら雑木林に目線を向けても、あちらは未だに静けさを保ったまま、群れどころか小枝を踏む音も枯れ葉を散らす音も聞こえません。

 しかし、間違いなく気配は近付いている。この墓地全体に響き渡る不穏な鳴き声は、既にわたしとルカの周囲を取り囲んでいるかのようです。

 

「これだけの巨体、機敏な動きはできないと踏んだが……機械と本体がそれぞれ強靭かつ異なる材質で出来ているせいでオレの剣技でも一撃では斬り裂けない!」

「まずは柵の外に出ましょう! 少なくとも、機動力は間違いなくこちらが上です!」

「だが柵の外は雑木林に囲まれている! 藪から骸喰狐(スカルフォクシー)に襲われたら、咄嗟には距離をとれないぞ!」

「構いません!」

 

 わたしはこの時、ひとつの仮説を立てていました。

 もしもこの「墓荒らし」の実行犯がこのゴーレムだとするのなら、あの両腕の回転武装によって埋葬された屍を回収し、骸喰狐(スカルフォクシー)に餌を与えたのでしょう。

 だとすれば、彼はそのエサを与える際、毎回「地上から掘っていた」のでしょうか? いえ、おそらく「地中から掘っていた」はずです。それは、このゴーレムがわたしたちを襲おうとした際に地中から現れたことが裏付けています。では、骸喰狐(スカルフォクシー)は? 彼らはフォレストシャークとトレントリモーラが林の中を隅から隅まで探しても一匹たりとも見つけられませんでした。ゴーストシャークの霊視でも結果は同じ。

 だとすれば、考えられる可能性は多くありません。そして、その数少ない可能性に、今なお姿の見えない彼らが共生相手に選んだのがこのゴーレムだという点も加味するのなら……!

 

「クォーン!」「キャーン!」「キァーン!」「クァーン!」「キューン!」

「……なるほど。そういうことか」

「やはり、あの穴の中に潜んでいましたね……!」

 

 わたしたちがゴーレムの攻撃を回避しながら墓地の柵を出ると、この足音が「逃げようとする獲物」のそれだと判断したのか、とうとう骸喰狐(スカルフォクシー)はその姿を現しました。野生動物のキツネと比較するとやや小柄な体躯に黒ずんだ体毛。首と尾の付け根からは禍々しい()()がまるで靄のように伸びていて、ひと目でそのモンスターが「体格など問題にならないほど凶悪で邪悪な存在」であることを明らかにしていました。その数――およそ70頭。

 

「ルカ、いけそうですか?」

「ヴィーの指示次第だ」

「……わかりました」

 

 明確に「無理」だと言わないルカの力強い言葉に、わたしは勝機を見出しました。

 わたしは召喚士。召喚獣の力を借りて自らの望む成果を出すのがわたしの役目。多勢に無勢とはいえ……彼はわたしに「役目を全うすれば負けない」と言ってくれたのです。

 ならば……成し遂げてみせましょう。

 

「ルカ。わたしはあなたに勝利を与えます」

「……当然だ」

「だから……わたしにあなたの力を貸してください」

「……当然だ!」

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