あの後、アンによって呼び出された衛兵のみなさんによって、討伐した
ともあれ、衛兵のみなさんには長らく対処どころか調査も進んでいなかった
今回の報酬を受けて、プリオナスから次の街への旅費はひとまず確保できました。そこで、せっかくなのでわたしが前々から「ほしい」と言っていた人材をいただくことにしました。
アンには「召喚士と魔法使いと剣士がいるなら、もう一人くらい前衛が欲しいわよね」と言われましたが、以前アンが言っていた『
「こちらが今回の人材を提供してくださるトゥルシン家のお屋敷です」
そう言って、このお屋敷までわたしたちを連れてきてくれたのはプリオナスの街を仕切る領主さん。
今回、わたしが求めた人材。それは戦闘外での雑務をお任せできる腕利きのメイド。
当然ながら旅を共にするわけですから、屋敷でこなす仕事とは勝手が随分と違うと思いますが、それでも綺麗な衣服や美味しい食事が安定して得られることで苦しも楽しい冒険の道中がより高いモチベーションでこなしていけるわけですから、身体・精神を支えてくれるメイドの存在は必要不可欠であるとわたしは考えています。
「え、でかくない?」
「そうですか?」
「こんなもんじゃないか?」
「しまったこいつら貴族だった……」
貴族といってもアークバイト家は海を跨いで別大陸の武家貴族ですからこの国ではなんの影響力もありませんし、ルカの話によればリーシナ家も数代前に一気に成り上がった武家貴族だそうですので、そうなると他の家……特に公家貴族からはかなり煙たがられているでしょうから、お
トゥルシン家もまた、リーシナ家と同じ武家貴族。剛兵の街というだけあって、質の高い衛兵だけでなく武家貴族が多いのもこの街の特徴の一つだとルカは言います。
とはいえ、リーシナ家は武家貴族の中では良く言えば期待の新星。悪しく言うならポッと出の新参者。未だ良好な関係を結べていない家も多い中、ルカ曰くトゥルシン家は比較的「マシ」な部類だと言います。積極的に良好な関係を図ろうとしてはくれないものの、リーシナ家を常にフラットな目線で見ながら一線を保った距離で接しているそうです。それは「マシ」どころではなく貴族としてかなり理想的な関係では?
「領主殿。そちらが今回の事件の功労者だという冒険者かね?」
「これはこれはトゥルシンさん。そちらからわざわざお出迎えいただかずとも……」
「街に恩義ある者とはいえ、素性の知れぬ相手を家に上げるわけにはいかない。リーシナの末弟、お前も含めてだ」
「……わかっている」
隣でアンが「え、知り合いじゃないの?」とこそこそ耳打ちをしてきます。
うーん、これは武家貴族特有の感覚ですからね。確かにアンには少し伝わりづらいやりとりだったかもしれません。そもそも平民の方々からすれば武家貴族と公家貴族の差も「『武力で王家に奉仕する貴族』が武家貴族で『儀礼・文治で王家に奉仕する貴族』が公家貴族」くらいにしか思われていないでしょうし、実際それでも間違いではありませんからね。
「明確な決まりごととかではありませんが、武家貴族特有の思想というか、価値観みたいなもので、武家貴族同士の交流はあくまで当主同士を評価するのが一般的で、たとえ配偶者や次期当主となる長男であっても、当主となって実績を残すまで他の武家貴族から評価されることはほとんどありません。先代の活躍が先代の功績。当代の功績は当代が活躍しなければ得られない、ということです」
「でもリーシナ家に限らず成り上がりの貴族って先代の功績があってこそでしょ? そういうのはどうなるの?」
「うーん、そうですね……「功績は家のもの」で「活躍は人のもの」と考えるといいかもしれません。武家貴族同士では『功績』と『活躍』を別物として評価します。なので家がどれだけ素晴らしい功績を持っていようと当主が活躍しなければ「先代までの当主の活躍が凄かっただけ」と嘲笑の的になりますし、逆に先代までなんの功績もない家であっても、何代にもわたって活躍し、功績として残し続ければ「成り上がりの貴族」になることも不可能ではありません。だからこそリーシナ家の「成り上がり」はとても名誉なことであり、当主でも長男でもなければ公的な活躍もないルカを「リーシナだから」という理由で評価するわけにはいかないんです。あくまで今のルカは「ただの冒険者」なんですよ」
こしょこしょ、と領主さんとトゥルシンさんに聞こえない程度の声量で耳打ちすると、アンは「貴族めんどくさ……」と明白な呆れを口にしました。聞かれたらどうするんですか。
「随分と詳しいな。見知らぬ顔に聞き慣れぬ名であったはずだが、どこの家の者だ?」
「失礼しました。諸事情ありまして東の大陸の最西端『ディプシー王国』から訪れたシルヴィア・
「……爵位を名乗らぬということは相応の立場の者か、あるいは自ら家を出奔した余程のお転婆か。そうでなければ……いや、よそう。ともあれ街の恩義には報いねばならん。我がトゥルシン家が誇る上等な使用人をいくらか見繕った。気に入った者を連れていけ」
そう言われてトゥルシンさんに案内された先――屋敷の裏庭に、10人ほどのメイドが並んでいました。
わたしはアンとルカに目配せして、トゥルシンさんに許可を得てそれぞれのメイドたちにいくつか質問をさせていただきます。
「あなたの得意なお仕事は?」
「家事は一通りこなせます。特に掃除・洗濯が得意です」
「旅のメイドとして付き合っていただくことは聞いていらっしゃいますか?」
「聞き及んでおります」
「では、近くに水源がない場合の洗濯はどのようにしますか?」
いかに水源の潤沢なアクリアンティス王国といえど、旅の途中で水源のない道を辿ることなど少なくありません。
場所によれば、そういった道を何日も何日も歩き続ける必要があります。汗や泥、雨やホコリ……想定される汚れはいくらでもあります。そういった状況で衣服を洗えないというのは、先ほども言った通りモチベーションが激減するだけでなく、汚れた衣服が傷口や粘膜に触れることによって雑菌やウィルスによる感染症を引き起こすことも考えられます。
なので、少なくとも水源を確保できない状況でも可能な
「不可能です。水が無ければ洗濯などできるわけがありません」
「お隣のあなたは?」
「同じ意見です」
「あなたは?」
「同様です」
う、うーん……。想定内とはいえ、まさか誰も「洗濯」を「殺菌」と置き換える思考すらできていないとは……。アンは一瞬で答えてくれたんですけど……。
もちろん、彼女たちはこのお屋敷でお仕事をしているわけですから、そういった状況に陥った経験がないので仕方ないことはわかっています。わかっていますが……せめてもう少しくらい熟考していただきたいというか、なんというか。
どうしましょう……とわたしが頭を抱えていると、ふと我々の背後から快活な声が聞こえてきました。
「水洗いができなくても、日光や焚火を利用して殺菌はできますよ?」
「……あなたは?」
「えっと……このお屋敷の使用人のソフィヤ・セーニンと申します。申し訳ありません。話の経緯もわからぬままとはいえ……
「いえ。トゥルシンさん、こちらのメイドさんにも少しお話をさせていただいてよろしいですか?」
「……構わないが、総合的な能力は彼女たちに劣るぞ」
許可をいただきましたので、そのまま話を続けます。
「これは
「……どちらも赤く溶けたような見た目のキノコですけど、確か
おお……引っ掛けの内容も含めて完璧じゃないですか。後ろで見ているアンが凄く嬉しそうな顔をしているだろうな、ということはなんとなく予想がつきます。わかりますよ。魔法薬の調合にキノコは欠かせませんからね。ご自分でも十分に詳しいとは思いますが、毒かそうでないかを見分けた上に種類まで把握できる手数は増えれば増えるだけ嬉しいですよね。
わたしもモンスターの生態についてこれくらい語れる仲間いたら絶対にはしゃぎますからね!
「プリオナスに隣接する市町はいくつ? 名産や珍しい文化は言える?」
「隣接市町は4つ。「ペラジクス地区」内では南にホッケ漁で有名な『ミツクリナ』、東は硝子職人の街『レウカス』。北に上ると「トロピクス地区」に入り、少し前に終わってしまいましたが山風の精霊に祈りを捧げる風精感謝祭で有名な『オッセウス』、やや北西側に少しだけ触れるような状態ではありますが上質な薪木や木炭を作る職人が多い『オクラトゥス』がありますね」
「方位磁針や地図がない状態でも東西南北は把握できますか?」
「時間・方角の片方がわかっている場合、日中は影を見れば残りの片方がわかります。夜は星座を見ればわかります。時間と方角がどちらもわからない場合は、周囲に活用できそうな動植物がないか探します。たとえば
「この子! この子にします! わたしこの子すごく気に入りました!!」
こうなってしまうとわたしもアンのことを言えませんね……。生物学、モンスター生態学について色々おしゃべりしたら楽しいかもしれません。
しかし、洗濯技術、食糧と毒物の判別、地理・時間・方角の把握……こう言っては失礼かもしれませんが、彼女の能力は間違いなくこの場に並んだメイドのみなさんよりも遥かに高いものだとわたしは考えます。確かに洗濯技術以外はこのお屋敷では持て余す知識かもしれませんが、それにしても博識が重荷になるとは思えません。女性だろうと使用人だろうと、武家貴族であれば知識が無駄になる場面などこの世には一切ないとご理解なさっているはず。
なのに、なぜ……。
「承知した。ではソフィヤ・セーニン。最後の命令だ。お前は今この時を以てトゥルシン家ではなく彼女らの使用人となる。餞別としてその奉仕服はお前に与えよう。手に余る荷物は私が責任を持ってお前の実家に送っておくので、お前は必要な私財をもって彼女らの旅に同行せよ」
「は……はいっ! 短い間ではありましたが、大変お世話になりました! このソフィヤ、必ず皆さまのお役に立ってみせますね!」