召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第30話:Four"S"

「チーム名を決めない?」

 

 そう言いだしたのは、プリオナスを出立した日の夜、家事はおよそなんでも出来るものの料理だけはどうしてもできないと謝るソフィヤを宥めて、料理担当を請け負ったアンでした。

 ルカはテントの設営と周囲の警戒。ソフィヤが配膳と火の管理をしている中、手持ち無沙汰のまま彼女の話し相手を務めていたわたしに、彼女はなんということでもないように言いました。

 

「普通、冒険者たちがチームを作ると、便宜上の名前を付けるわ。ほら、街では他のチームもいるから」

「たとえば?」

「あたしたちみたいな少数チームだとイニシャルをとって付けることが多いけど、これは却下ね。「S」「A」「L」「S」だと販売員(セールス)みたいじゃない」

「なるほど。とはいえ、まとまりの無いメンバーですからねぇ。何か共通点のようなものがあれば良いのでしょうが……」

 

 うーん、と頭を悩ませるわたしに、アンはふふん、と自信ありげに胸を張りました。

 

「あるじゃない、あたしたちにも……あたしたちにしかない共通点が!」

「…………」

 

 食材を切り分けたアンはナイフを置いて、見上げるようにその蒼い瞳をわたしに向けて微笑みました。

 彼女の苛烈な勢いを表すような赤い髪とは対極的な、その聡明さを表した蒼い瞳に目を奪われて、一瞬だけ思考が止まりました。

 

「サメしか召喚できないけど優秀な召喚士、攻撃魔法が使えない天才魔法士、刃を持てない達人剣士、料理のできないパーフェクトメイド。たったひとつのピースを失った傑作のパズル、という意味でLost Like Piece of the Puzzle。略してLoLiPoP(ロリポップ)なんてのはどう?」

「確かにパズルのピースを失ったようなものではありますが……さすがに自虐的すぎませんか?」

「なら他に何かいい案とかある?」

「……名前を集めたくないのなら、各々にできることを集めてみてはどうでしょう? 召喚(Summon)魔法(Spell)剣技(Sword)奉仕(Service)……奇しくも全員『S』が頭文字になりますから、4つのS……『Four"S"(フォース)』というのは?」

 

 名付けというのはあまり得意な方ではありませんが、先ほどアンが「イニシャルをとる」とヒントをくれましたので、どうせなら自分に足りないものではなく、自分たちができることに胸を張って名乗りたいと思いまして。それに、チーム○○(ほにゃらら)みたいに続けて読めば「チームフォース」となり、わたしたちが一丸となり力を合わせる、という意味にも捉えられる……というのも、後付けではありますが名づけの理由としてよいのでは?

 

「いいわね、じゃあそれで」

「えっ!?」

「いや、なんでアンタが驚いてんのよ。いいじゃない、チーム・Four"S"。ちゃんとみんな入ってて、前向きで。あたしは好きよ、それ」

 

 いえ、自分の意見が通ったこと自体は嬉しさと気恥ずかしさが半々というところではありますが、チームの名づけってこんなにあっさり決まって良いものなのでしょうか。てっきり、アンには「そんな安直なのはイヤ」くらい言われるものかと思っていましたので、少しばかり拍子抜けというか、意外な安堵というか……。

 アンに促されて、彼女の切り分けた肉と野菜をソフィーが沸かせてくれた鍋のお湯に放り込みます。するとアンは自前のポシェットからいくつかの薬品のような粉末を投入……えっ、これ晩ごはんじゃなくてお薬を作ってたんですか?

 

「アンナさま、それは?」

「これは数種類の生薬とスパイスを混ぜて作ったあたし特製の調味料。水に入れるとバカみたいに辛いだけの汁になるんだけど、熱湯に入れることでトロみとほどよい辛味をプラスして、ある程度の灰汁は中和してくれるわ。根菜は特に灰汁が出やすいし、何より薄味で食べづらいじゃない? そういう時のために、昔なんとなく作ってみたのよ」

「普通に特許取れる代物じゃないですか」

 

 アンとソフィーは家事方面で協力体制をとることが多いようで、チーム入りしてすぐ彼女に「ソフィー」というニックネームを付けたのもアンでした。

 いえ、でもわかりますよソフィー。アンがたまに「気まぐれでこういうの作ってみたのよね」みたいな気軽い口調で出されたものが普通に前代未聞の発明品だったりすると、わたしもよくそういう反応をしますからね。いや本当に特許とるべきですよ、このスパイス。冒険者というものは往々にして食に無頓着と言いますが、実際は無頓着な者が冒険者なのではなく、冒険者となると荷物はどうしても軽量化せざるを得ず、優先度の低い調味料を持ち歩けないから食に無頓着になっていると聞きました。他ならぬアンから。

 ですがアンの作ったそのスパイスは、今まさにアンが鍋に投入した量が適量だとするのなら、瓶を2、3ほど持ち歩けば街と街を行き来する間の食事には十分間に合います。しかも辛味をつけられるとすれば、食材の質がある程度低くても美味しく食べられ、食べられる食材の許容範囲が大幅に広がることは間違いありません。

 それに、アンはこれらを冒険の道すがら材料を集めて作っているので、材料そのものは貴重なものではなく、一介の冒険者に収集を依頼すれば可能になるはず。となると、冒険者と薬師・魔法士の収入の手助けにもなりますし今まで見向きもされなかった財源が作れ――いや本当にいろいろ凄いですねこのスパイス。

 

「特許は……取ろうとすると手続きは面倒だし今まであんまり注目されなかった生薬の材料も使ってるから、もしこれの審査が通って商品化となった場合、色んな市場の価格に影響を与えかねないのよね。そうなると資源の土地をめぐった財源問題とかで荒れるところも出てくるし……後ろ盾のないまま特許申請っていうのは、そういう時怖いのよね」

「随分と実感が籠もってらっしゃいますね」

「前に白蛾病(はくがびょう)の新薬を作って特許申請をしたことあるから……」

「白蛾病?」

 

 それまで周囲の警戒に集中して、こちらの話にまったく加わろうとしなかったルカが、割り込むように声を上げました。

 白蛾病。幻妖白蛾(イリスモス)と呼ばれる昆虫型のモンスターが放つ鱗粉を多量に吸い込むことで発症すると言われています。病気やお薬についてはアンの専門なので、わたしでは一般的に知られる範囲でのことしか言えませんが、症状としては乾いた咳を繰り返し、呼吸器官が徐々に弱まっていき、最終的に肺機能が停止して死に至る。これには幻妖白蛾(イリスモス)が大量発生する6の月あたりで一斉に行われる予防接種などで防ぐことができますが、あくまでも予防手段しかなく、発症後の特効薬は少し前までまったくありませんでした。

 まさか、数年前から流通し始めたあの薬がアンの作ったそれだったとは、この国の貴族であるルカも想像だにしなかったのでしょう。

 

「白蛾病の薬というのは、白蛾病に罹った後からでも効くという、少し前から出回ったばかりのあの薬のことか?」

「え? ああ、うん。そうそう。平民のみんなにも使ってもらえるように安くありふれた素材を使ってるから、貴族からはあんまりいい顔されなかったけど」

「とんでもない。確かに新しい薬にしては素材があまりにもありふれていて、魔法士や薬師、あるいは素材を集める冒険者たちを中心に広まったものの、貴族の小遣い稼ぎにならなかったのは事実だが……おかげでモンスター討伐のために幻妖白蛾(イリスモス)のナワバリに入らざるをえなかった多くの衛兵(へいみん)騎士(きぞく)たちが救われている」

「そ、そう……? なんか、ちょっと照れくさいわね! 普段あんまりこういう風に褒められ慣れてな――」

「だって褒めようとしたら逃げるじゃないですか!!」

 

 思わず大声が出ました。

 いえ、でも大声も出ようというものです。

 ここまで我慢してきましたが、わたしだってアンのことをもっともっと褒めて褒めちぎりたいのに、その度に何かと話を逸らすなり逃げるなりで全然まったく褒めさせてもらえてないんですよ! わたしはアンの親友なんですから、もっともっとアンをめいっぱい褒めていい権利があるとは思いませんか!?

 

「いい機会です。今日という今日は逃がしませんよアン。二人旅の頃と違って今回はルカもソフィーもわたしの味方です。アンがなんと言おうとわたしの知る限りのアンのすごいところカッコいいところを全部まるっと余すところなく喋らせていただきますからね。お二人も聞きたいでしょうし」

「まぁ、確かに白蛾病の薬を作ったのがアーニャだとすると、他にも逸話めいたものがあるだろうから、気にならないといえば嘘になる」

「アンナさまには申し訳ありませんが、雇われメイドの立場ゆえリーダーの意向には背けませんので!」

「ルカはともかくソフィーはそんだけ満面の笑顔でよくそれ言えたわね!」

 

 結局、その夜はわたしとソフィーが寝ずの火の番を請け負い、ソフィーと交替するまでずっとアンのいいところを話し続け――翌朝しばらくアンに口を利いてもらえませんでした。

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