プリオナスを出てから七日ほどでしょうか。
わたしたちチーム
とはいえ、さすがに国内最大の異名に恥じない広大な大地は、わたしたちの体力と意欲を根こそぎ奪うに十分でした。最初こそ自然の木々や川の流れに感動しながら楽しい旅路でありましたが、さすがに七日も同じ景色を見れば飽きもしましょう。このアスペリマムのおそろしいところは、空路をもってしてなお「村」「集落」といった人口密集地を一切見つけられないところです。つまり、まっとうにこの地を突き抜けようとするのは不可能に等しく、多くの冒険者がここを避けてステノレピス地区の南部に位置するマザラ地区を選ぶのも納得といえば納得です。あちらは道も舗装されていますし、いくつかの観光地もありますからね。
もちろん、こちらにも利点がないわけではありません。人の手がほとんど加わっていない森林地帯、関所などというものがあるはずもなく、目的地であるシュミットとの間には別名『錬金術士の街』と称される『パンクタティシマ』がありますから、関所はそこに入る時とそこから出る時の2回しか通りません。マザラ地区の場合、かなりの数の街を経由しますからね。我がチームは4人編成。チームの財布を握るソフィーによれば、当初想定していた日数を既に大きく超えているため街に入り次第なにかしらの日雇い仕事に勤しまなければ宿も取れないという状況のようで、言うまでもなく既に我々の財政破綻は目に見えるところまで来ていました。
「そろそろメガロシャークの体力が不安になってくる頃合いだな」
「では、メガロシャークさんの休憩も兼ねて、一度地上に降りませんか? 食糧の確保も必要ですし」
「なら獲物はルカにとってきてもらいましょう。ソフィーは食べられそうな植物やキノコを。アンは料理の準備、わたしは薪木を拾って焚火を用意します」
「りょーかい。じゃあ少しでも開けた場所を見つけたいわね。まぁ、最悪この子を着陸させて足場を作ってもいいけど」
確かにメガロシャークの身体は頑強ですが……とはいえ本来なら障害物がほとんど無いに等しい水中の生き物なので、先端の尖った木々にお腹から着陸なんて可哀想なので絶対やらないでください。言うまでもなくアンはわたしが嫌がることを本気でやるような子でないことは理解していますが、それはそれ、これはこれです。
その後も少々の談笑を続けていると、索敵を兼ねながら周囲の景色を観察していたルカが小さく開けた陸地を発見。水源となる川とは少し離れていますが徒歩でも向かえる程度の立地。さっそくアンが
「じゃああたしとシルヴィで準備しとくから、ソフィーはルカを必ず視界に入れて動いてね。夢中になって一人になったらダメよ」
「ルカも、ちゃんとソフィーを気にかけてあげてくださいね。獲物を仕留め損ねたら深追いせず、次に切り替えてください」
「心得た。ソーニャのことも任せろ」
「ふふ、よろしくお願いしますね、ルカさま」
まだまだ日の長い時期といえども森も中は薄暗いですし、四方八方どこを見ても同じ景色ですから精神的不安も相俟って判断力が低下します。
ルカには
二人が森に入っていくのを見送って、わたしも作業を開始しました。薪木だけでなく着火剤にもなる枯れ葉を集め、風に煽られても周囲の草木に延焼しないよう雑草を抜いてやや大きめの石で囲み、
硬質強化された石に繋がったトリガーを引いてから離すと本体側の火打石とぶつかって火花が発生し、その火花を「火受け皿」と呼ばれる可燃性の高い粘土を詰めたお皿に引火させることで手軽に火を発生させ、なおかつそれを維持したまま携行できるという画期的な……もう今さら言っても意味は無いでしょうが、これ絶対に特許とるべき品ではないでしょうか。絶対に仕事の片手間で作っていいものではありませんよ。
本人曰く「仕組み自体はシンプルだし魔法強化した石なんてちょっと硬い石で代用したら誰でも作れるんだからあたし以外にもいつか誰かが作るわよ」とのことでしたが、その「いつか」を今この時代に片手間で作るだけの技術と知識があるのはアンだけだから現状こういったものが流通していないんですよ。
「……火、点きますよね、これ」
「そりゃあ、そのために作ったんだもの。点いてくれなきゃ困るわ」
「確か、アンの使う魔法にシャボン玉を作る魔法があったと思うんですが」
「ああ、
本当に、ふとした思い付きなので確証もなければ自信もさっぱり無いのですが。
「ということは、シャボン玉に空気と振動を詰めておけるということですよね」
「そうね。音っていうのは空気の波というか振動なわけだから、理屈的にはそれをシャボン玉の中で保ち続けるってことになるわ」
「……これはわたしの勝手な想像なのですが、シャボン玉の中に封じられるものが振動だけでなく「空気」も含んでいるとしたら、可燃性の気体を詰め込んで火のあるところに放り込んでしまえば文字通り
「さっそく試してみましょ!!」
わぁ……。目を爛々と輝かせて……本当に魔法のことになるとタガが外れやすいんですねぇ。わたしもサメのことになると人のこと言えませんが。
◆
結果から申し上げまして、失敗でした。
原因はわたしの懸念した通り、シャボン玉の中に封じ込められるものがそもそも「振動」や「波」に限られていたこと。
つまりあのシャボン玉の中には確かに空気が存在するものの、そもそも空気を詰め込むものではなく音や声といった空気の揺れを閉じ込めておくためのものなので、空気はシャボン玉をすり抜けてしまうということでした。とはいえ、それはそれでひとつの発見だとアンは前向きに捉えているようですが、攻撃魔法を使えない彼女をぬか喜びさせるだけの結果となってしまったことは、後悔が残ります。
「シャボン玉の形はとってるけど、空気の揺れを閉じ込めておけるのに空気はすり抜けていく……これはこれで使い道がありそう。単に物質的な水の膜があるというわけではなさそうってことよね。けど木や地面にぶつかると割れてしまうから物質的な衝撃は受けるということ。……そもそもこのシャボン玉って水なのかしら? シャボン玉の形をしているから先入観でそう考えていたけれど、もしかしたら術者のイメージや視覚的な認識を補助する目的でこの形になっているだけで、性質としては見た目とまったく別の――」
「アン、そろそろ戻ってきてください。お昼ごはんの準備、ぜんぜん出来てないじゃないですか」
「え? あっ……ごめんごめん、つい夢中で考えちゃって。最近こういう魔法実験とかご無沙汰だったから、久々だと加減というか「そうじゃないこと」を考えるのを忘れがちね」
口元に手を当てながら考察や思案に耽るアンももちろんカッコよくて素敵なのですが、できれば美味しいごはんも食べたいですし、準備しながらおしゃべりもしたいので、わたしは苦い笑顔を向けることしかできませんでした。それに、わたしもこういう場で出来ることは多くありませんが、都会では図書館などの大規模かつ誰でも利用可能な書庫があるので、そういう時は今の彼女のようになってしまうかもしれません。過去の経験的に、動物やモンスターの図鑑を見つけてしまうと気付けば空が真っ黒に染まっている、ということも珍しくはありませんでしたから。
「ルカとソフィーが戻るまでもう少しありそうですから、ひとまず水を汲んできます。アンのお料理、期待して待っていますからちゃんとお願いしますね?」
「わかったってば。あ、魚とかも獲れそうだったらお願いね」
「あの川、いかにも