ソフィーの悲鳴を聞いてわたしとアンが森へ突入してすぐ、ルカが彼女を脇に抱えて疾走してくるのが見えました。しかし、その強張った表情から、少なくとも危険を回避しきってはいないということもわかりました。二人を視界に収めてすぐ、アンが彼らの背後に防壁魔法を展開。わたしの予想が正しければ、おそらく……。
「ソフィーはわたしの後ろへ。ルカ、前衛は任せます! アンはルカに強化系の魔法をかけて適宜サポート! わたしは観察に徹底し、必要に応じて指示を出します!」
わたしが号令をかけると、全員がそれに従い各々の役割に備えます。
ひとまずわたしもフォレストシャークを帰還させ、いつでも召喚獣を喚び出せるよう腰のベルトから提げた召喚杖に手を添え、勢いをつけて近付く気配と地鳴りのような足音……明らかに両手両足どころでは足りないような数の「群れ」が何者であるかを見極めんと意識を集中させました。
「来るぞ」
ルカの声に合わせて、正面の木々の隙間を縫ってその気配が姿を現しました。
「フルルルルォア!」
「オルルルルォイ!」
血の気のない青肌の巨躯に土踏大象のような大きな耳。そして独特の威嚇音を鳴らす二足歩行型の亜人型モンスター、瘴悪巨人。
なるほど、メガロシャーク着陸前に施したアンの探査魔法にかからないのも納得です。彼らは普段、およそ深さ200程度の地下に巣穴を作り、食糧が尽きそうになった時だけ地上で他の動物やモンスターを狩猟して再び地下に戻ります。アンのサーチ範囲は本人を中心とした半径300まで。しかしあの時、わたしたちは空中浮遊するメガロシャークの背中に居たため、地上はある程度の安全を確認したものの、地下にまでその範囲が及ばなかったのでしょう。……ただ、少し気掛かりなこともありますが。
「瘴悪巨人ですね。見た目通り腕力・体力に優れるほか、意外に俊敏で統率力の高い亜人型モンスターです。アンの魔法で攪乱しながら1体ずつ確実に処理していきましょう」
「「了解!」」
勢いよく迫ってきた瘴悪巨人たちは、最初の数体ほどアンの仕掛けた防壁魔法にぶつかり動きが緩むも、後から続いた者たちはそこに見えない壁があることに気付き、それを迂回して接近。最前に構えるルカへと殺到します。――が、それらの敵をすべて延髄への一撃で沈めていく様子は圧巻の一言。加えて、アンの幻影魔法によって無数の分身をそれぞれの敵の背後に展開。ルカが一撃で倒し、分身と入れ替わって次の相手の背後に周り、また一撃で落とす。ルカの一撃必殺とアンの幻影魔法の性質がうまく噛み合う戦術で、およそ半数以上の瘴悪巨人は何が起きているかを判断するより先に倒されました。
「さすがに言うほどバカでもないらしいな」
「ウルルルルルォイ! ルァァォイ! ウルァイ!」
「また威嚇音……? いえ、威嚇音の後に続けて2回、短い高音の叫び声……これは、まさか!」
「シルヴィ、何かわかったの?」
おかしいとは思っていました。元々、瘴悪巨人は地中で生活するモンスター。戦いの中でも統率のとれた行動をとるように、彼らは外見にそぐわず亜人型モンスターの中でも高い知性を持ちます。そのため、地中の巣穴では彼らなりの社会性が存在し、各々に役割が存在しています。地上による狩猟もそのひとつ。ですが、今ここに居る瘴悪巨人たちは明らかに狩猟役のそれを上回る数の群れを形成しています。いえ、それどころか……まるで巣穴ひとつから丸ごと全員が飛び出してきたかのような……。
「アン、ソフィー! 瘴悪巨人は無視して構いません! すぐに焚火を用意した丘まで走ってください! ルカは殿で瘴悪巨人たちを警戒しつつ共に撤退! 全速力でこの場を離脱します!」
「あれだけの数よ!? 撤退って言ったって追撃が来たら応戦しなきゃやられるわ!」
「問題ありません! おそらくあちらも同じ考えのはずです!」
そう、おかしいと思っていたんです。確かにアンの探査魔法は地中までは届きません。しかし瘴悪巨人のような地中生活を行うモンスターならまだしも、このあたりに危険な生物が何もいないなんてことはありえません。NiCHに汚染されているとはいえ豊かな水源が存在し、食用に向いたキノコや植物も豊富なこの大森林は、モンスターにとっても動物にとっても理想郷となるはずです。なのに――「危険生物ゼロ」などということはありえない。
3人はわたしの指示に思うところがあるようでしたが、少なくともわたしの言葉の乱れが迷う暇がないことを伝えるには十分だったようで、すぐさま踵を返し全力疾走。
ソフィーの手を引くアンを最前列に、わたしとルカが後ろを警戒しながら走っていると、ついにそれがその気配を近づけてくるのがわかりました。
「この地響きは……!」
「召喚士シルヴィアが求める! 獰猛なる牙を持つものよ、清らかなる深淵より来たれ! 召喚、メガロシャーク!」
「魔の導きにより、我が問いかけに応えよ! フライト!」
このまま走り抜けるだけでは巻き込まれると察したわたしは前方にメガロシャークを召喚。何も言わずにしたこととはいえ、アンはすぐさまその意図を汲んでくれたようで、わたしたち全員に飛行魔法をかけて彼の背中まで運ぶと、メガロシャークは即座に離陸。安全圏まで離脱するかしないかというところで――とうとう瘴悪巨人たちがそれに呑み込まれるのが見えました。
猛烈な砂埃を巻き上げて地中から姿を現したそれは、全長だけで言えばメガロシャークをも上回る長さ210。胴はおよそ直径30程度でしょうか。表皮は岩のような鱗で覆われ、その隙間から洩れる猛烈な瘴気は、彼が好んで食する有毒生物や汚染生物たちの毒素や瘴気を溜め込んだものが体内熟成されて溢れ出ている証拠。
その巨体ゆえに本体そのものは無毒ですが、強力な毒耐性と食性が合わさったことで結果的に猛毒を放つ存在となったそれの名は――、
「死爆大蛇……!」
その名を聞いて、その場の誰もが息を呑んだのがわかりました。
爆王大蛇……『王種』と呼ばれる、同型モンスターの頂点に立つ種族です。以前、わたしが戦った大王烏賊も、名前に「レイダー」とついていませんがこのレイダー種のひとつ。眼下のあれも、ブルノが従えていたあれも、大蛇型と烏賊型のモンスターにおいて頂点に君臨する絶対的な王。少なくともあれに対抗するためには、ある程度以上の数を揃えた討伐隊を組まなければ話になりません。
「アン、ここから一番近い海に面した陸地は?」
「ダメ、遠すぎる。それにどう迂回しても港町を挟むわ。あいつの追跡を振り払ってからじゃないと被害が出ちゃう」
「ルカ、フライテイカーでここから攻撃できますか?」
「できなくはないが……あれだけ大きくて頑強な鱗があると、弾かれて終わりだろうな。近づけば鱗の隙間を縫って攻撃できるが……あの巨体だ、少し身じろぎされただけで潰される」
ここから逃げるためには少なくとも爆王大蛇の追跡を振り払わなければならない。地上に降りればあの巨体を躱しきれない。
今、わたしたち四人の持つ手札において爆王大蛇に確実な打撃を与えられるのはメガロシャークをおいて他にありません。体の大きさこそあちらの方がやや上ではありますが、召喚獣は奉納によってモンスターのランクが上がるため、単純なランクの上下で言えば王種である爆王大蛇を上回ります。
しかし、メガロシャークを十全に戦わせるためには背中のわたしたちが最大のお荷物となってしまう。ですが地上が実質上の致死圏となるため、メガロシャークから降りることは選択肢に上がらない。万事休す――いえ、一応もうひとつだけ。たったひとつですが、あれに対抗しうる手札自体はあります。でも、わたしはその手札を切ることに躊躇わずにはいられない。だって、あれはあまりにも……。
「来るぞ!」
「まずは回避優先です。メガロシャーク!」
「距離を取った状態の手札ならあたしが一番多いわ。まずはあいつを攪乱して時間を稼ぐ。その間にシルヴィは有効な対策を考えて」
そう言って、アンは制服の上着を脱いで袖をまくり、三角帽子を目深に被りました。
「海風のひびき、泉のゆらぎ、河川のながれ。水の導きにより、我が問いかけに応えよ! ミラー!」
「あれは……水で作った分身?」
「まだよ! 星座のしるべ、海風のひびき、地脈のめぐり。魔の導きにより、我が問いかけに応えよ! バブル!」
「……音が止んだ? いえ、声は聞こえますね……でも、地響きや爆王大蛇の威嚇音が聞こえないような……」
「ダメ押しにもうひとつ! 陽光のてらし、蛍のいざない、篝火のぼやけ。光の導きにより、我が問いかけに応えよ! フラッシュ!」
三つの魔法を絶え間なく使用したアンは、少し強張った面持ちでルカに分身のひとつを破壊するように言いました。
「ルカ、分身を攻撃して。できるだけ相手の近くにいるやつを」
「承った」
「みんなはフライテイカーが分身にぶつかる直前で目を閉じて耳を塞いで」
「……なるほど、いい手かもしれません」
全員が頷いたのち、寸分の迷いなく投擲されたフライテイカーが爆王大蛇の頭部に最も近い分身を破壊した瞬間、空を劈くような轟音と激烈な閃光が爆発。
おそらくはその音と光に驚いた爆王大蛇が態勢を崩したことで連鎖的に複数の分身に接触、爆発を繰り返し、目を閉じていてもわかるほどの光が断続的に閃くのがわかりました。そして、それらの光と音の連鎖が止んだのだろうとわかる頃、わたしはすぐに目を開け、観察に戻ります。
「痙攣、か……?」
「PSEパニック……光過敏性発作ね。あいつ、地中で暮らしてるせいで強烈な光に弱いみたいね」
「ですが油断しないでください。大蛇型モンスターは赤外線温度知覚器官……通称ピット器官と呼ばれる特殊なセンサーのようなものを持っています。目をやられたくらいで動きが止まるとは思えません」
しばらくの間、周囲の大木を巻き込みながらのたうちまわっていた爆王大蛇でしたが、それもほんの一時。
態勢を整えると、こちらに怒りを露わにしながら攻撃的な意思を向けてきました。
「さて、ここからが本番みたいね」
「そのようです」