召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第35話:わたしが誰かを殺すんだ

 ――その邪に禍々しい威容に、その場の誰もが息を呑みました。

 

「我が巫女よ。小さく儚く愚かな巫女よ。此度の願いを申してみせよ、己の欲を申してみせよ。我を我と知りながら、尚も愚かしき運命に手を引かれ、如何な願いを我に告げる?」

「わたしたちの往く道を妨げるものを退(しりぞ)けなさい」

「よかろう。では、その代償を――我に捧げし供物を、先んじて貰い受けようか」

 

 通常、召喚獣との契約に示される奉納は、契約の際に定められた期間の切れ目に一度支払うべきものであり、それを支払い続けることで契約を更新するという方法をとります。

 しかし、レヴィアシャークとの契約に際し、彼は「召喚の度、命令実行の直前で奉納を前払いする」という条件を提示していました。通常、このような要求を受け入れることはありません。

 ですが彼が自らを邪心竜と名乗るように、彼はサメであると同時に竜種に似た性質も持つのでしょう。それ自体は、アンデッドに似た性質を持つゴーストシャークや、ゴーレムに似た性質を持つマグマシャークにもあることですので、特別おかしなことではありません。ですが――だとしても『ランク』が高すぎる。わたしの奉納を受ける前、契約以前の状態ですでに、海の王とも呼ぶべき「メガロシャーク」や、空の王に相応しき「クリスタルワイバーン」をも上回るほどの圧倒的なランク。故に、わたしはレヴィアシャークの要求のほとんどを一方的に呑まざるを得ませんでした。

 

「な、によ……これ……! こんなのが……本当にサメなの……!?」

「あ……あぁ……うわあああああああああぁぁぁッ!」

「ソーニャ! どうした、おいソーニャ!」

 

 驚愕に震えるアンと、(うずくま)って恐慌状態に陥るソフィー。そんなソフィーをメガロシャークの背から落ちないように抱えながら、ルカは静かにこちらを見ていました。

 そしてわたしが腰のショートカトラスに手を伸ばそうとすると、ルカはそんなわたしの手を掴み、「何をする気だ」と止めるような言葉をかけてきます。

 

「奉納ですよ。レヴィアシャークはちょっと、特殊なので」

「よせ。召喚術の知識に乏しいオレでもわかる。こいつはヴィーの御しきれるようなヤツじゃない。下手を打てばここで全員――」

「大丈夫です。わたしはチーム・Four"S"のリーダーですから。わたしの何を代償にしてでも、必ずみんなにだけは手を出させませんよ」

 

 そう、わたしの何を捧げてでもみんなを守る。レヴィアシャークは確かにわたしでさえ御しきれていない最後の切り札。できることなら使いたくはない一枚(カード)でした。でも――それでもわたしにはこの手札しかなかった。どれだけ知略を巡らせたとしても、このままでは誰かを犠牲にしないと逃げ延びることさえできない。だったら――四人全員が助かる可能性はこれしかありません。

 わたしはショートカトラスの刃を左のてのひらに添え、そして静かに皮膚と肉を引き裂きました。わたしがレヴィアシャークと交わした奉納は『血』……魂の一片に相応しい、紅く燃え盛るひと滴。それを代償として、彼はわたしの要求にようやく応えるのです。

 

「召喚士シルヴィアの奉納に応え、わたしの望みを果たしなさい」

 

 そうして捧げられた奉納をその巨大な口のほんの舌先に添わせると、レヴィアシャークは満足げに言葉を返してきました。

 

「甘美、甘美。まこと巫女の魂は美味の一言に尽きる。では……そなたに問おう。そなたの道を妨げるは、この小さく脆く弱々しい小蛇(へみ)のことであろうな? 小枝を手折るが精々の力を揮ってはしゃぐ、この愚かで浅薄な小蛇(へみ)のことであろうな? その小蛇(へみ)を……我が邪心に染まりし牙にかけてよいのだな? 己の欲に従い、小蛇(へみ)の命を絶ちて自らを生かすというのだな?」

「そうせよ、と言っているのです」

「くっくっ……さすがは我が巫女。承諾した。了解した。ではその目に焼き付けるとよい。我が邪心に染まる牙が――そなたの殺意が、この小蛇(へみ)の命を奪うのだ」

 

 そう言って、それまで自分の胴に噛みついていた爆王大蛇(スネークレイダー)の巨大な体躯を、レヴィアシャークはまるでほんの一本きりの(パスタ)を食すようにひと口で呑み込み、そして長い時間をかけてそれを咀嚼しているのをわたしたちに見せつけていました。彼の言うように……「わたしの殺意が爆王大蛇(スネークレイダー)の命を奪った」ということを見せつけるかのように。

 

「我が巫女よ。小さき巫女よ。儚く弱々しい命よ。幼くおぼろげな命よ。そなたの望みは果たされた。再びそなたがこの邪心の力を求めし時を、心ゆるりと待ち続けようぞ」

「……召喚士シルヴィアが認める。レヴィアシャーク、帰還」

 

 レヴィアシャークを帰し、わたしは改めてメガロシャークの背から地上の様子を見ました。

 爆王大蛇(スネークレイダー)が薙ぎ倒した無数の大木。レヴィアシャークの口から滴り落ちた爆王大蛇(スネークレイダー)の大量の血液。他にも逃げ損ねた瘴悪巨人(デッドリーオーグル)の亡骸や、直前に用意していたわたしたちのキャンプの残骸。惨状と呼ぶには十分な有り様で、わたしは思わず溜息を洩らしました。巨大な体躯を武器とする点はメガロシャークと同じですが、レヴィアシャークは高度な知性を悪辣に発揮させることで明確に違いがあります。メガロシャークはわたしの指示がなくとも、周囲の環境や生命に対して最低限の配慮をもって立ち回りますが、レヴィアシャークはわたしが指示しなければ不要な犠牲と被害をわざと作ろうとします。今回は周囲がひたすら森林地帯であったため目立った被害はありませんが……おそらくわたしの見知らぬ場所で、あの巨体の尾の先までにどれだけの被害を生んだのでしょうか。

 

 それでも――だとしても、わたしは敢えて言いましょう。

 わたしはわたしの意思でレヴィアシャークを召喚しました。

 わたしは、わたしとわたしのチームを守るために、この国に生きるたくさんの『どこかの誰か』の命を天秤にかけ、自分とチームの命を優先しました。

 その選択を、わたしは悔いてはいません。次に同じ選択を迫られても、またわたしは同じようにするでしょう。

 わたしは……チーム・Four"S"のリーダーですので。

 

「メガロシャークもお疲れ様。ちょうどいいですし、追加奉納もしておきましょう。ルカ、アンとソフィーを安全な場所まで誘導してもらえますか?」

「あ、ああ……」

 

 メガロシャークを地上に降ろし、わたしは一人メガロシャークに追加奉納を、アンとルカは未だに恐慌状態を脱しきらないソフィーを励ましていました。

 確かにレヴィアシャークが見せる威圧感や存在感というものは、わたしたちの本能を揺さぶるような恐怖や不安を煽りますが……それでもアンやルカがそうであるように、気丈に振舞おうと思えばできないこともありません。ソフィーがあんな状態になってしまった理由に、わたしは少々の疑問を抱きながらも、メガロシャークに追加奉納を終えて帰還を促し、三人の元へと急ぎます。

 

「アン、ソフィーの様子は?」

「今、即効性の睡眠薬を飲ませて寝かせたところ。寝ている間にも暴れる可能性があるから、ルカが両手を拘束しながらだけど……あの感じだとたぶん恐怖や不安によるパニック発作の一種ね。一度眠って意識をリセットさせてから聞き取りと対話による肯定的な配慮が必要だと思うけど……あたし正直そういうのは苦手なのよね。知識はあるし精神安定薬を作ってあげるくらいならできるけど、ほら……あたしけっこうキツい言い方しちゃうし、基本的に断定口調だから向いてないのよね」

「では、わたしが対応しましょう。配慮すべき事項を箇条書きにしてまとめておいてくれますか?」

「うん、それがいいと思う。シルヴィなら言葉遣いも穏やかで相手の意見を最後まで聞けるし、何より相手の意図を言葉の裏から読み取るスキルが高い。じゃあ後で注意点・確認すべき事項をメモにまとめて渡すけど……その前に、さっきのアイツについて教えてくれない? あれが前に言ってた邪神もどきみたいなヤツ?」

 

 それからしばらく……少なくとも日が暮れる直前まで、わたしはアンに改めてレヴィアシャークについて知る限りの情報を共有しました。

 契約がほとんど意味を為していないほど強力な召喚獣であること。竜種のような性質を持つサメ型のモンスターであること。自らを『邪心竜』と称しており、それに相応しい悪虐の心を持つこと。

 頭から尾の先までの大きさは、ひとつの国、あるいはひとつの大陸をまるごと覆い尽くしかねないほどの巨躯であること。

 そして、

 

 

 ――召喚するだけで多大な被害を生み出すことをわかっていながら、自分とチームを守るために召喚してしまったこと。

 

 

「シルヴィ……」

「わたしの力では、レヴィアシャークの殺意の矛先を明確に定める程度のことしかできません。今回はそれを爆王大蛇(スネークレイダー)に定め、目標を仕留めて早々に帰還させることで被害の縮小を図りました。しかし、それはレヴィアシャークがわたしの命令に縛られるという意味ではありません。それこそ、レヴィアシャークと比べてしまえば幼いヘビのようであった爆王大蛇(スネークレイダー)でさえ身じろぎひとつでこれだけの惨状を作っているわけですから、レヴィアシャークの身じろぎがわたしたちの目が届かない場所でどれほどの被害を生んでいるか……」

 

 それでも、わたしはわたしの意思でレヴィアシャークを召喚し、そして爆王大蛇(スネークレイダー)を仕留めよと命じました。

 ほんの少し身体をよじるだけで街ひとつ壊滅させかねないレヴィアシャークに、敵を殺めるためにその身を動かせと命じたのです。

 

(これまで、シルヴィは何度もレヴィアシャークの存在自体は教えてくれていた。けれど召喚術を使うたび、ほとんどの場面をメガロシャーク、ゴーストシャーク、マグマシャーク、フォレストシャークの4頭だけで潜り抜けてきたけど……そりゃそうか。召喚の度に身を斬り裂いて血を捧げなきゃいけないし、召喚するだけで目に見えないどこかで大量の犠牲者を作って、そしてそれが自分の殺意のせいだって突き付けられるくらいなら……どんなに手間が掛かっても他の作戦を考えた方がいい。できることなら、今日が最後になることをシルヴィが一番望んでるはず……)

 

 アンは何も言わないまま、わたしを抱きしめながら「大丈夫。よく頑張ったね。イヤなことさせてごめんね」と囁いてくださいました。

 そこでわたしはようやく、声を出して泣きました。

 

 わたしの殺意が――誰かを殺すんだ。

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