召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第36話:それぞれの目指す場所

 レヴィアシャークの召喚。

 その暗雲漂う事実はアスペリマム森林地帯を越え、この王都――セトリヌスにまで届いていた。

 突如として天空に描かれた巨大な召喚陣。そしてそこから現れた悪虐と邪心が交じり合う漆黒の体躯。

 その威容を見る者は恐怖に震え、その雄叫びを聞く者は絶望に屈す。誰もが怯え惑うその存在は、誤魔化しようのないほど明確な『邪なる神』の姿をしていたという。

 

「ご報告仕ります」

「申せ」

「先ほど現れた巨大な竜と思しき存在ですが、宮廷魔法士たちの調べによりますと「古代魔法の栄えた神話時代に用いられる魔法紋様が各部に見受けられた」として、おそらくは神話級霊獣の類であるとのこと」

「神話級霊獣……。それにしては、随分と禍々しい威容であったようだが」

「はい。神話・伝承に造詣の深い考古学者によれば、あれは我がアクリアンティスの主神『アクリア』が自らを「完全なる神聖」へと至る際に捨て去った「悪しき魂」ことレヴィオルゴスではないかと」

 

 レヴィオルゴス。

 このアクリアンティス王国に伝わる「水の女神の神話」を知る者であれば、主神アクリアと共に極めて高い知名度を誇る悪神である。元を正せば「アクリアの悪の魂」であり、アクリアが「完全なる神聖」へ至る際に切り捨てられ、アクリアに強い怒りと憎しみを抱いて暴れた果てに深海の底の底――「昏く冷たい深き場所」に封印されたという。そして、かつて人は陸と海を自由に行き来していたが、レヴィオルゴスの邪心に人々が誑かされることのないよう、アクリアは人々が海の中では生きられないように創り変えたのだそうだ。しかし、それでもレヴィオルゴスの力は主神アクリアの半身と呼ぶに相応しいもので、封印されてもなお海底を揺るがし時折とてつもない津波や異常潮位現象を引き起こし、アクリアの愛するアクリアンティス王国を脅かし続けている――という、伝承上の存在。

 

 しかし、先刻このセトリヌス……否、アクリアンティス王国の上空から降り立った巨大な竜の胴は間違いなく「竜種」などという枠には収まらない存在感を放っていた。

 あれは間違いなく、現存するあらゆる生き物が束になったところで、まるで児戯に興じるが如くそれら全ての命を弄ぶように鏖殺するであろう。

 が――そのような蛮行、たとえ相手が一柱の神といえども許すわけにはいかぬ。主神の寵愛を受け、民を守る使命を全うする。民の平穏を守るために――(わたし)はこの冠を戴いているのだ。

 

「仮にあれをレヴィオルゴスと仮定しまして……既にあれは姿を消していますが、現れる直前に描かれた召喚陣を見るに、ほぼ間違いなく「召喚士に使役されている」ということが窺えます。現在、宮廷騎士団特殊先遣隊が独自の判断で先行、対象となる召喚士の捜索を行っています」

「うむ、では改めてアクリアンティス王国女王、サルマキッス・(ユート)・アクリアンティスが命ず。邪神の召喚士を捕え、我が審眼の下へ連れて参れ!」

「女王陛下の御意のままに!」

 

 

 

 

「さて、そろそろ宮廷騎士団も動き出す頃合いだな。……正直、今から追ったところで既に邪竜は影も形もないわけだが……加えて現場はあの大森林だ。正直、砂漠に落ちた針を探すような作業じゃないか?」

「だからといって手ぶらでは帰れません。手土産くらいは持って帰らなければ」

 

 同時刻、ボスの命令によって「邪竜」を追うGUIBLY(ぼくたち)ではあったけれど、リーダーであるユーリィのモチベーションは低かった。

 そもそも、王都からアスペリマムまで馬車を使っても7日以上かかる。陸海空あらゆる移動手段を持つぼくがいるから、一日と経たず着くこと自体は不可能ではないけれど、それでも現場はあの「迷宮より迷宮している」と名高いアスペリマム大森林。中に入ればもちろんのこと、上空から見下ろしても見えるものは木、木、木しかないだろう。あるいは、あの邪竜の巨体がゆえに大森林の形さえ凄惨なものになっているかもしれないけど、だとしても面積が広すぎる。アスペリマム「大森林」というせいで「アスペリマムの中にある森林」のように考えてしまうし、実際その定義でも間違ってはいないが、実際のところアスペリマム大森林はアスペリマムという地域の9割以上を埋め尽くし、さらに隣接する他の地域にも部分的に規模を広げている。景色も範囲も「捜索」にはあまりにも不向きだというのに、既に目的の存在を帰還させた召喚士たったひとりをどう探せというのか。ぼくだけでもこれだけの問題点が見つけられるのだから、解決手段を探せば探すほどに、チームの頭脳労働を担当するユーリィの溜め息と愚痴はさらに増えている。

 そんな彼の心境を慮ってか、このチームでユーリィに次ぐ古参メンバーである魔法士のイヴァンは優しい声色で彼を鼓舞しているけれど……どれだけの効果があるんだろう。

 

「…………」

「なんだ、さっきから随分と静かじゃねーかブルノ。ハラでも痛いのか?」

「頼むぞ移動担当。お前が不調だと現着もままならん」

「にゃーん」

 

 ユーリィとイヴァンが既に破綻しているようにも思える今回の任務について建設的な話し合いをしようと試みる中、彼らを背に載せるワイヴァーンレックスの首元で俯くぼくに絡んできたのは、ぼくが来るまで「最新メンバー」だったらしい重戦士のレフだった。彼はやや短慮で短気なところもあるけれど、新入りであるぼくに対してユーリィより気にかけてくれたり、チームのムードメイカーのようなところがある。正直、望んで入ったわけでもないマフィアのチームで、こんなにも穏やかに生活できているのは、彼の影響が極めて大きかった。

 そんなレフのつるりとしたスキンヘッドに肘をかけて話に入ってきたのが、少し軽薄な印象を受ける槍術士のジェネジオ。レフに倣って、ぼくは彼をジェネと呼んでいる。レフとはたまに言い争いのようなやりとりをするけれど、別にこの二人が不仲じゃないことは加入初日に理解できた。そんなジェネの肩には、普段あまり冗談を言わないイヴァンをもってして「幸運の女神を惚れさせた猫」と称する黒猫のユニがあくびをしている。ぼくはまだその「幸運」に立ち会ったことはないけれど、チームの名前である「GUIBLY」の一文字になるということはぼくの先輩であって、なんならレフよりも先輩ということになる。年功序列とまではいかなくとも、時折ユーリィが作戦の決断に迷った時、ぼくらの意見や制止を無視してユニの観察をすることがあるように、このチームにおける彼女のポジションは特別なものなんだろう。

 

「……いや、大丈夫。ぼくだって今はチームの一員だ。自分の仕事くらいはやり遂げてみせる。それに……」

 

 ちら、とレフとジェネジオの肩越しにユーリィの姿を見て、再び前へと向きなおる。

 

「それに?」

「ユーリィさんはちゃんと織り込んでくれてるはずだから、ぼくが心配することなんてないはずだ」

 

 

 

 

「さて……二人ともやっと落ち着いてきたみたいだし、そろそろ移動しましょ。ルカ、あたしのカバンから地図を出してくれる?」

「ん、これだな。だがレヴィアシャークの巨体からして、既に王国も調査のため先遣隊を飛ばしているのは間違いない。つまり、今とれる選択肢(ルート)は2つだ。だろう? ヴィー」

「地形を無視できるメガロシャークで素早く離脱するか、この地形を生かして空域からの目を遮りながら大森林を突破するか、ですね? ソフィー、王都からここまでどれくらいかかりますか?」

「馬車であれば七日。ですがこれはあくまで途中ほとんど休憩や食事もなく移動した場合ですから、まっとうに考えても8日はかかります」

 

 馬車が一日かけて移動できるのは平均的におよそ距離50程度だと言われています。

 馬車で七日……休息や食事を入れれば8日。つまり単純計算で王都からここまで距離400程度はあるということでしょう。ルカの言う王国の先遣隊がどのような移動手段を取るのかはわかりませんが、もし航空移動手段あるとすれば比較的人間に対して敵対的でないペガサス、獰猛ですが気高く力ある者には従順なグリフィン、あとは卵から孵して人間を親と刷り込ませたワイヴァーンでしょうか。

 それぞれの移動速度は順に70、65、90といったところでしょうか。つまり、最も速いワイヴァーンであっても距離400あるこの場に着くためには一日の6分の1以上かかるということです。

 現在、8の月の二回目の木の日。太陽はやや西へと傾いていますが、ワイヴァーンがここに向かっているのなら日没までに十分な捜索ができるでしょう。つまり、わたしたちに与えられたタイムリミットは想像よりも遥かに短い。メガロシャークの移動スピードは全速力でも速さ75。わたしたちの目的地も王都なわけですから、太陽が西日となる頃には鉢合わせになる計算です。

 

 単純に迂回してしまうのもひとつの手です。アスペリマム大森林から早々に離脱し、陸路で王都に向かう術があることはわかっています。

 メガロシャークでその道まで運んでもらい、大きく迂回しながら王都を目指すのも選択肢には入ります。しかし、ルカの言うように「大森林を逸早く抜ける」という選択をとるなら、メガロシャークで素早く移動して次の街に向かうか、大森林の中を徒歩で移動するかということになります。

 幸い、チームFour”S”には星を見ることで方角を導き出せるソフィーがいるので、どれだけ景色が変わらない大森林の内部であっても迷うことはありません。有毒な野生動物や狂暴なモンスターが襲って来るという可能性も無いわけではありませんが、それもある程度は対処可能です。逆に上空を移動するメガロシャークは確かに障害物を無視して素早く移動可能ですが、その巨体ゆえに遠方からでも見つかりやすく、そうでなくとも道往く人に見られれば強く印象に残ってしまうでしょう。

 つまり、少なくともこの2つの選択肢は必ずどちらにもリスクがある上で、必ずこの大森林を抜けられるというのが前提になっています。

 

「……では、森林の中を徒歩で移動する方向でいきましょう」

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