召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第38話:瞳に宿した心

「上空で戦闘音が聞こえてきたな……」

「片方はレヴィアシャークの調査目的の宮廷騎士団かしら?」

「宮廷騎士団が対処しているにしては、ずいぶんと長引いているようにも思えますが……」

 

 大森林上空から聞こえる大規模な戦闘音が耳に届きはじめて数刻。

 わたしたちチームFour"S"は息を殺すように木々の影に隠れて大森林北西部、パンクタティシマへと歩みを進め続けていました。

 今のところ、宮廷騎士団と対峙する勢力は相応の力を持つようで、今に至るまで両者の攻防による金属がぶつかり合う音や爆発音は留まることなく続いていますが、仮にも国の防衛を任された宮廷騎士団。相手がどうあれ勝利を願うとすればそちらになるでしょう。しかし、あまり早く勝負がつけば、彼らはすぐさまこの大森林の内部探索を始めるはず。それはわたしでなく、チーム全員が同じ考えのようで、宮廷騎士団の勝利を前提に、敵勢力のみなさんにはぜひともわたしたちがこの場を離れる時間を稼いでいただきたい所存です。

 

「あれだけ派手にやりあっているなら、こちらに気付くこともなさそうだが……」

「ちょいちょい流れ弾が来てるのよね……。魔法で防いだりするとバレちゃうし、ルカにばっかり任せちゃって悪いわね」

「なに、むしろこれが用心棒(オレ)の本分だ。それよりソーニャ、あまりぼぅっとしていると庇いきれなくなる。せめて自分の足元くらいは自分で注意してくれ」

 

 戦い慣れしたわたしたちと違って、メイドであるソフィーは自分の身を護る術を持ちません。そのためリーダーであるわたしの判断で、単体戦力が最も高いルカはソフィーを優先的に護衛するよう指示を出しています。だから、でしょうか。ルカはしばしばソフィーが「自分がいつでも護衛できる間合い」の中から外れないよう、こうして声をかけていました。その意図はソフィーにも伝わっている様子で、彼女は「申し訳ありません」と言いながら小さな歩幅でルカの傍へと駆け寄ります。

 

「それにしても――」

 

 そんな年長組の様子を、アンと二人で微笑ましく見ていた時、ソフィーがあることを呟きました。

 

「――あんなに大きなモンスターは初めて見ました。あれがワイヴァーンですか? シルヴィアさま」

 

 彼女はルカの後ろ、ほんの一歩半程度の距離を開けて歩きながら、わたしにそう話しかけてきました。

 ワイヴァーン。モンスターの中でも特に強力なドラゴン種のひとつであり、ドラゴン種の中ではやや力の劣るものではありますが、貴族の家紋などにも用いられるほど威厳ある姿は「力」の象徴として広く知られています。だから、ソフィーが確信を持たないながらもその姿を見て「ワイヴァーン」だと判断したのなら、よほど間違った答えではありません。

 ――そのワイヴァーンらしきモンスターが()()()()()()

 

 わたしとアンはすぐさま、彼女がさっきまで見ていた先に視線を向けました。

 しかし、やはりそこに見えるのは無数の木と枝に遮られ点々とちらつく青色の空。時折、火の粉のようなものが散っているのは宮廷騎士団たちの戦いで放たれた魔法のそれかと思っていましたが、アンに目をやれば、彼女もこちらの視線に気づいたように顔を見合わせ、その首を横に振りました。おそらく、あの火の粉から「魔力」を検知できなかったのでしょう。

 そして、そんなわたしたちのやりとりを見て、ソフィーもまた何かを察したように、その顔を真っ青にしていました。ゆっくりと後ずさり、木の根に足をとられて後ろへ倒れそうになるところを、ルカが抱き留めたことで怪我もなく済みましたが、ひとまずここに留まっているメリットはないと、わたしたちはまた歩きながらルカに背負われたソフィーへ説明を求めました。

 

 どれほど進んだ頃でしょうか。戦闘音はずいぶんと遠ざかりはしたものの未だわずか耳に届くくらいの距離を歩いたはずですが、彼女から聞いた経緯はそんなわたしたちの歩みひとつひとつを何十倍にも重くさせるに十分な重力を持っていました。

 

「母によれば……この瞳は『ティマイアスの瞳』というのだそうです。あらゆる偽りを暴き、望みもしない真実を露わにする。母の仲間の考古学者の中には羨むように褒められたことも何度かありましたが、それでもわたしは今日に至るまでほとんどこの()を好きにはなれませんでした。この求めもしない力を捨てられるのなら、この()も失っていいと思うほど」

 

 彼女を背負うルカの首元に目元を隠し、ソフィーは震える声をどうにか律して淡々と喋ろうとしているようでした。

 しかし、そんな彼女の想いとは裏腹に、その声色の弱々しさに気付かない者などこのチームには誰一人としていません。特に、彼女の声を最も近くで聞くルカは、視線を上げない彼女のためを思ってか、何度かアンが言葉を挟んだり意見を述べようとするのを遮って、まずは彼女がすべてを語り終えるのを待ちました。そんな二人のやりとりを見たわたしも、それに倣いしばらく彼女の話を大人しく聞き続け、すべてを終えたころにルカの頷きをもってようやく口を開きます。

 

「えっと……魔法(あたし)とか召喚術(シルヴィ)はさ、人によって才能の差はあるけどある程度それが技術体系として成立してるから、ソフィーの苦悩はちゃんと理解してはあげられないと思う。ごめん。そんなソフィーが、いろんな苦しみの中で悩んで悩んで出した答えが、その()の力を隠して生きることだっていうのも理解してるし、それはソフィーの苦悩の結果なんだから、誰にもそれを否定することはできないってのもわかってる。けど……わかった上で、否定とかじゃなくて「提案」として聞いてほしいんだけど……その力を『制御』する方法は必要だと思う」

「わたしもアンと同意見です。ソフィーの選択はソフィーなりにその()の力と向き合った果てのひとつの答えだということはわかります。しかし、その目を疎むのであればなおのこと、それを御する術を持たずにこの先の人生を歩むのは、ソフィーにとってもハイリスクな行為だと思います。必ず、いつか人生の終わりよりも先に、ソフィーの心が参ってしまいます。大事なチームの仲間として、そんなソフィーを放っておくことはできません」

 

 わたしとアンの意見は「力を制御する方法を得る」で一致していました。

 ソフィーがいつから『ティマイアスの瞳』に目覚めたのか、あるいは自覚したのかはわかりませんが、彼女は()()の存在を認めてから今に至るまでそれを疎み続けているのでしょう。言い換えれば、疎みながらも「どうすることもできない」ままでいらっしゃるのでしょう。あるいソフィーがそれを「便利」と楽観的に考えられる性格だったならともかく、彼女自身はそれを好ましく思っていない以上、それを抱き続けたままこの先の人生を続けるというのはあまりにも現実的ではありません。少なくとも健全とは断じて言えません。

 なので、まずはそれを自らの意思でオンオフできる程度に力を制御する必要があるはず、というのがわたしたちの主張でした。今度も、ルカは何も言いませんでしたが、わたしたちが一区切りつけると、一度そこで話を区切るように手で制します。

 

「こうなると思ったから、さっきは止めたんだ」

「どういう意味よ」

 

 溜息ながらに言葉を漏らすルカに対して、やや強い口調でアンは突っかかりました。

 

「アーニャ、お前も言っただろう。ソーニャの()に宿るそれは、お前たちのように体系化されたものじゃないと」

「けど、体系化されてなくても『ティマイアスの瞳』なんてたいそうな名前があるのよ? 歴史のどこかで、ソフィーと同じ瞳を持った人がいたかもしれないじゃない」

「それはソーニャもわかっている。だがそれでもソーニャは瞳の力の『制御』じゃなく『放棄』を望んでるんだ。その理由がわからないか?」

 

 はっと、わたしとアンはソフィーの話を思い出しました。

 

「なるほど、資料を得る方法が……」

「そうだ。複写魔法が開発されて以降、それまでとは比較にならないほど安価になった本だが、未だに平民にとっては手の伸びない高級品。国立の図書館は一定以上の身分が必要だし、貴族が運営する私営図書館も平民は受け入れないだろう。貴族出身であるオレとヴィーや、魔法学校で本に触れる機会が多かっただろうアーニャにとってはありふれたものかもしれないが、平民出身で考古学者の母を喪い天涯孤独の身となったソーニャには、望んだ資料を探す機会はおろか本そのものに近づくチャンスも多くない」

「けど、旅をしていれば何かの機会で本を見ることくらい……!」

「貴族として歴史書にも目を通しているオレやヴィーでも知らなかったんだ。探したわけでもなく偶然見つけた本に『ティマイアスの瞳』についての記述があれば御の字。具体的な制御方法や正しい運用の仕方まで丁寧に書いてある書物など幸運に幸運をどれだけ重ねてもそうそうあるわけがない」

 

 加えてソフィーはチームにおいて「奉仕(サービス)」の役割を担うメイド。

 わたしたちはソフィーをかけがえのない仲間として互いの立場はみな平等であると認め合っていますが、チーム内の事情を知らない多くの視線は「3人チームの召使い」として映ることでしょう。その場合、わたしたちが図書館の中に入る機会があったとしても、メイドである彼女はよくて待合室、そうでなければ玄関先で入館を断られることもあるでしょう。

 わたしとアンは自らの浅慮を猛省しながら、ソフィーに対して頭を下げました。

 

「申し訳ありません、ソフィー。わたしの思いが至らないばかりに、配慮に欠いた言葉を押し付けてしまって……」

「あたしも、ごめんねソフィー。あたし、周りに恵まれすぎて、それを当たり前だと思ってた。同じ平民だって色んな境遇の人がいるってこと、わかってたはずなのに……」

 

 貴族として持てる力を御するのは当たり前だと思い込んでいたわたし。

 天才として持てる力なら理解できて当たり前だと思い込んでいたアン。

 

 けれどソフィーは本当の意味で「普通」の少女で、そんな「普通」の身に抱えきれない力を内包して……それを御する術も理解する術も彼女にはなかった。

 そして、そんな彼女の苦悩に気付いたのは、貴族ながら一度はならず者にまで身を堕とし、自らの鍛錬と研鑽によって才を見出したルカ。

 

 頭を下げるわたしたちに、ソフィーは未だに涙の滲んだ眼を細めて微笑みながら「気にしていませんよ」と言って許してくださいました。

 しかしやはり涙を流す、ということは体力を使います。彼女はそのままルカの背で眠り、しばらくわたしたち3人はほんの少しの居心地の悪さと、彼女の寝息を共有しながら歩むのでした。

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