召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第3話:キングクラーケン討伐作戦

 海の王者。

 それがメガロシャークを指しているということは、海辺の者でなくとも子供でさえ知っています。しかし、時と状況によってはメガロシャークでさえも黒星をつけられるとされるのが、「暴食の大王」ことキングクラーケン。頭の先から腕の先までの最長記録はメガロシャークをも上回り、なおかつ水を大量に呑み込むことで体積をさらに膨張させるというのですから、かつて初めてキングクラーケンと対峙した時のメガロシャークの怯えようは致し方のないことでした。

 とはいえ、わたしが予想する限り、今回のキングクラーケンは記録に残るほどの巨大なものではないのではないでしょうか。なぜなら、問題のキングクラーケンは今、沈没船の中に潜んでいる――つまり、沈没船に収まるほどの大きさしかない、ということです。もちろん、海洋軟体生物であり、体内の水分量によって体積が変化するキングクラーケンに対して「大きさの予想」というものがどれほど意味のある行為かというと、さすがに首を傾げざるを得ませんが……それでも、できればこの予想が当たってくれることを祈るしかありません。

 

 王都への討伐隊の要請は、諦めざるを得ませんでした。これに関しては、わたしよりも漁師であるハンスさんとベントさんの共通認識であるようです。

 というのも、キングクラーケンの「暴食の大王」ぶりが討伐隊の到着を上回ってしまうそうです。つまりは、討伐隊がこのガレオセルドに訪れるよりもはるかに早く『水竜の宝玉(ブルーオーブ)』海域の魚介類が食べ尽くされてしまうだろう、と。わたしも、キングクラーケンの食性については図鑑や資料に載っている範囲でしか知りません。こうした情報は、それらの特性を素早く広く後世に周知させるに関して一定以上の結果をもたらしますが、時としてそういった情報よりも遥かに真実に近しいものを、現地の人々の経験や直感は導き出します。

 彼らの漁師としての経験則が、わたしの予想よりも遥かに早く、この海域が「からっぽの海」になることを危惧しているのなら、召喚士としてその意見を斜めに聞き流すのというのは、あまりにも愚かな行いではないでしょうか。もしもその予想が外れ、わたしたちの戦いのさなかに討伐隊が訪れれば、加勢が加わるということ。全てが終わった後で討伐隊が来るのなら、それもまたお叱りの言葉ひとつ程度で済むかもしれません。けれど、ただ待つばかりで海も港も全滅となっては「手遅れ」では済まない事態です。

 ですから、討伐隊の到着が望めないかもしれないという前提で、キングクラーケンの討伐を行わなければなりません。

 ガレオセルドはニシン漁において国内有数の港町です。ここが「からっぽの海」になるのは、この町に住む人々だけでなく、国の食糧そのものに相応の痛手を与えてしまうことは想像に難くありません。そういった事情もあって、ベントさんの呼びかけで集まってくださった人々は少なくありませんでした。近隣の町からもかなりの数の男手が集まりましたし、中には退役した王都の兵士という方もいらっしゃいました。

 

「あなたが、召喚士のルヴィーさんですか?」

「はい。そちらは、元兵士のアルベルトさんでよろしかったでしょうか?」

 

 不意に声をかけてくださったのは、その退役兵の方のようです。お歳は……だいたい40の半ばほどでしょうか。退役兵というには若いように思えますが、そのあたりの事情は敢えて訊ねる必要もないでしょう。瘦せ身のその体には重たげな鎧は決して豪奢でなく、しかしいくつもの刃を弾いた痕の残る立派なプレートメイルで、どうやら集まった方々のまとめ役を買って出ているようでした。

 

「はい。召喚士はモンスターの体や生態に詳しいと聞きます。キングクラーケンの討伐にあたって、ご助言をいただければと思い……」

「助言、と言えるかはわかりませんが、一般的な「イカ」との違いに焦点を当てて、いくつか忠告があります」

 

 ひとつは言うまでもなく、その大きさ。メガロシャークに及ぶかというほどの巨体はそれだけで脅威となります。

 もうひとつは腕。メガロシャークの胴体をぐるりと巻き付いてなおも余る大木のような腕はただ振り回しただけでも死に至りますし、巻き付かれればまず助かりません。それが1本や2本ではなく、10本もあるのですから、常に全員が腕の行方を気に留めて戦わなければなりません。

 そして最大の恐怖となるのが、漏斗(ろうと)と呼ばれる器官から吐き出される毒性の強い「デッドリーインク」と呼ばれるスミです。あれの直撃を受けてしまうと、皮膚や筋肉だけでなく金属製の防具であっても小さければ溶かされてしまいます。これだけは必ず避けるか、分厚い盾か鎧で受けなければなりません。

 

「――この3つに注意しながら戦ってください。わたしも、召喚獣と共に戦います」

「ご助言、ご助力、感謝します。召喚士に背中を預けられる戦いほど心強いものはありません」

「いえ。そちらのご武運を祈ります」

 

 その後、アルベルトさんを中心に作戦の最終ミーティングが行われました。

 キングクラーケンを相手に、素人も含んだ人間だけで短期決戦に臨むというのは、まず間違いなく不可能です。なので、今回は素直に長期戦で粘り勝ちを狙うというのがアルベルトさん含む作戦参加者によって決定されました。もちろん反対意見などありません、満場一致です。

 そしてアルベルトさんは総勢98人の参加者を12チームに分け、その中から2組を港に置いたまま、残った10組をそれぞれの船に乗せました。

 この10組で攻撃を続け、2時間ごとに港のチームと戦闘チームを2組ずつ交代・ローテーションすることでキングクラーケンに対する継続的な攻撃を可能にしながら、こちらの消耗を最小限に抑え込もうという作戦のようです。長期戦は「いかにうまく休むか」「いかに継続的な支援を受けられるか」で決まる、とはアルベルトさんの談です。受け売りだそうですが。

 受け売りだとしても、実際に戦いを経験してきた兵士さんの経験が生んだ言葉だと思えば、無駄な知識ではありません。この世には「無益な知識」はあれども「無駄な知識」などそうそうあるわけもないのですから。

 

 ――さて、キングクラーケンとの戦いは、これという号令も狼煙も上げられません。音や光に敏感なキングクラーケンは、他の海洋生物と違って水面での出来事にも警戒心が高いからです。

 ですが、今回のような状況では敢えてそれを逆に利用することで、キングクラーケンを海上へと誘き出す作戦をとることにしました。

 

「では、この『輝光石』を沈没船に放り込めばよろしいのですね?」

「はい。しかし、メガロシャークではこれを放り込むよりも早く、キングクラーケンに気配を悟られてしまうのでは――」

「仰る通り、メガロシャークではこの作戦は意味を為しません。ですから……この子にお願いしますね」

 

 わたしが()()に頬擦りするように首を傾げると、それまで何もなかったはずのわたしの首周りに一匹のサメが姿を現しました。

 やや紫がかった半透明の体、光のない真っ黒な眼球、炎のように揺らめく尾びれ……魂だけの体でありながら、自ら望んだものに触れ、自ら認めたものにだけ触れさせる。それがこの「ゴーストシャーク」です。実は対談で何かあった時のために、家を出る時からずっと首元で待機していてもらったんですよ。

 

「ゴーストシャーク。キングクラーケンの住処に、この石を投げこんできてほしいのですが、よろしいですか? ……わかりました。では、何を求めますか?」

「……追加奉納か」

 

 おや、アルベルトさんは召喚士と召喚獣についてある程度のご理解があるようで、説明が省けて助かりますね。

 ようは、キングクラーケンの巣穴に近付いて危険物を放り込め、というのは、魔法攻撃や精神攻撃でしかダメージを受けないはずのゴーストシャークにとっても危険な行為であることに変わりなく、本来の契約を超過した働きに対して、本来以上の奉納を求められているわけですね。ただ、言ってしまえば違約金の一種、あるいはボーナスということになるわけですから、召喚士と召喚獣の信頼関係がしっかり出来ていなければ、かなり不利な奉納をふっかけられることもあるので、通常の奉納より危険が付きまといます。

 

「……昨晩のわたしの夢の記憶を奉納します。足りなければ、過去に同じ夢を見た時の記憶も奉納しましょう。それでいかがですか? ……はい。では、お願いしますね」

 

 ゴーストシャークの奉納は、主に魂に関連したものを捧げることになっています。記憶は魂を昇華させる大事な要素のひとつですので、その内容に関係なく、記憶の奉納は魂の奉納として意味があるというわけです。「記憶の内容に関係なく」という部分が、数ある召喚獣が求める奉納の中でも破格の「安さ」でもあり、わたしは主に寝ている時に見た夢の記憶を奉納しています。そもそも夢は忘れるものですからね。なくなってもまったく問題ありません。

 

「今、ゴーストシャークが輝光石を持っていきました。キングクラーケンが相手なら、彼ほど優秀な隠密はいないでしょう。彼を見つけられるのは「召喚士」か「召喚士および彼自身が認めたもの」、あるいは「彼よりも遥かにランクの高いもの」だけですから」

「あんな小さな幽霊ザメが、キングクラーケンよりも高ランクのモンスターだと言うのか?」

「体の大きさはランクに関係しません。ただ、キングクラーケンとゴーストシャークのランクは、仮にどちらが上だとしても、おそらくさほど差はないでしょう。「見られたくない」ゴーストシャークを強引に見るには、もっと埋めようのないほどの差が必要ですから。ただ、幽霊ザメとあって彼自身にはほとんど戦闘力はありません。「触れようとする」ゴーストシャークでも、せいぜい人間の指をひとつ持っていく程度です。だから戦えば勝てない。けれど戦わなければ負けない。故に戦わずして勝つ。それがゴーストシャークの戦い方というものなのです」

 

 そろそろでしょう、と言って海の方へと全員の注意を向けると、わたしの脳裏に「口元を離れた何かが沈没船に放り込まれる景色」が浮かんできました。

 召喚士と召喚獣の間で意思疎通を行うために、召喚士として最初に覚える基本技能――相互交感能力。簡単に言ってしまえば、互いに見聞きしているものを同じように感じ合う力のことです。

 輝光石の放つ強力な閃光は、闇や影を好むゴーストシャークが極めて嫌うもののひとつです。あれを浴びる前に、早めに帰してあげましょう。

 

「召喚士シルヴィアが認める。ゴーストシャーク、帰還」

 

 手にした召喚杖を海に向けながら帰還の認証をすると、魔法陣が海の中に飛び込み、ゴーストシャークがその魔法陣へと逃げるように入っていくのが見えました。

 

「……来ますよ」

「みんな武器を構えろ!」

 

 海中で強烈な光が灯ったと思えば――次の瞬間、10隻の武装船の中心に現れる巨大な白い影。

 頭には三角の王冠を戴き、ぬらりと黄金に煌めくふたつの瞳はわたしたちの姿を確かに捉え、大木のごとく太い10本の足は10隻の船を弄ぶかのようにゆらりゆらりと蠢いています。

 これは……思っていた以上に大きい。

 驚嘆に荒ぶる精神を宥め、召喚杖を握りしめる右手からゆっくりと力を抜き……彼の名を確かに喚びかける。

 

「召喚士シルヴィアが求める。獰猛なる牙を持つ者よ、清らかなる深淵より来たれ。召喚……メガロシャーク!」

 

 わたしの喚び声に伴って、海上に浮かんだ召喚陣からメガロシャークがきらきらと群青に輝く鮫肌を見せつけるように現れる。以前のキングクラーケン退治と違って、メガロシャークはもう「キングクラーケンの味」を覚えていますから、モチベーションは前回とは比べ物になりません。この勢いを削がないよう、うまく立ち回らせてあげないといけませんね。

 

「みなさんの船の防衛を最優先に、できるだけキングクラーケンを海上に留めてください。追加奉納として、キングクラーケンのエンペラと足を奉納します」

 

 メガロシャークの奉納は主に肉体に関連したものですので、お肉などは大好物です。体液なども「肉体」の延長ですので普段は「よだれ」で我慢していただいていますが、可愛いメガロシャークとキスができるので、自分の召喚獣たちが可愛くてたまらないかわたしにとってはご褒美のような奉納です。さすがに追加奉納が「よだれ」では頷いてもらえないのでイカを捧げますが。

 

「メガロシャークが動きを止めている間に、弓や銛で攻撃してください!」

「ああ、任せ――」

「ただし、わたしのメガロシャークに矢の一本でも当たったら帰還させますので、どうかそのおつもりで」

「あ、ああ……」

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