召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

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第40話:気配からの逃亡

 翌朝。アンの声に起こされたわたしは、彼女が探査魔法(サーチ)消毒魔法(ディスインフェクション)を惜しみなく使っていることで、上空の静けさに気付きました。

 アンとルカによれば、夜が明ける頃になって片方が撤退。もう片方……おそらく宮廷騎士団側もそれを追うことなく撤退したとのことです。

 

「少なくとも魔法士は残ってないと思う。夜の内に少し離れたところで小さい焚火を作って防膜魔法(バリア)を張っておいたけど、朝になってもそのままだったわ」

「焚火がそのままということは、防膜魔法(バリア)で延焼を防止できるということですか?」

「そうね。前に密猟者を閉じ込めた時と同じ感じで、雨から火を守ったり、逆に火が外に出ないようにも使えるわ」

「煙は?」

「えっ……あれ? そうよね。煙を閉じ込めたら二酸化炭素で消化されるはずよね……。そもそも酸素の供給も遮断されるわけだし……」

 

 ではなぜ焚火はそのままだったんです……?

 

「……少なくとも人は来てない。元々ここらへん河川に近い森林地帯でずっと地面は湿気を保ってるし、焚火の近くに足跡も、それを消した様子もなかった。だからたぶん、焚火が消えてないのは外的な要因じゃなくて『防膜魔法(バリア)』の性質によるものだと考えて問題ないと思うわ」

「地中から酸素を巻き上げて……というのは?」

「あたし、前にトレントリモーラと戦った時に探査魔法(サーチ)を円状じゃなく球状にできるって気付いてから、防膜魔法(バリア)も同じ要領でやってるのよね。だから地中からの供給もないし、仮にあったとしても二酸化炭素で消火されることに変わりはないわ」

「なるほど……では防膜魔法(バリア)は移植とかに使うと便利かもしれませんね」

「なんかすごく画期的なアイデアを聞いた気がするけどそれは後でじっくり話しましょ。今は防膜魔法(バリア)が煙を外部に出して酸素を内部に通す理由の究明が先」

 

 少なくとも水は外に出さないのは間違いないんですよね。前にアンが防膜魔法(バリア)を桶代わりにして水汲みをしていたところを見たことがありますし。

 一定以上の重さが条件なのでしょうか。それとも人間が触れて触覚的に知覚可能なものだけを閉じ込めるのでしょうか。いえ、だとすれば空気が通る理由がわかりませんね。煙の感触というものはともかく、少なくとも手を勢いよく振れば空気を切る感触というものは得られますし、そうでなくとも風が吹けばそれだけで空気の感触というのも感じます。なので触覚的な問題ではないはずです。アンの言う酸素や二酸化炭素というものはあまりわかりませんが、少なくともそれが空気に関連した何かだということはわかります。わかりますが……さすがにここから先は専門職であるアンでさえ頭を悩ませる領分。わたしではお力になれず不甲斐ありません。

 

元素(エレメント)原子(マテリアル)の問題かしら? 少なくとも単体元素(エレメント)としての酸素は間違いなく通ってるのよね。ただ原子(マテリアル)としての酸素がややこしい……。酸素と炭素の二重結合である二酸化炭素は通すのに、酸素と水素の単結合である水は閉じ込めるってどういうこと……? 化合物の場合、それ自体の質量が影響するのかしら? いやでも同じ密度の化合物としては水より二酸化炭素の方が重いのよね……。なんで軽い方を閉じ込めて重い方を通すの? 密度は関係なかったりする? じゃあなんで火は遮断するのよ……そもそも火の定義って光を持った熱でしょ? バリアの中に太陽の光も熱も入るのになんで火を遮断できるの……?」

 

 考察と推測に熱心なアンはしばらくそっとしておきましょう。こういう時の彼女の集中力は良くも悪くも驚異的です。下手に刺激してお叱りを受けるより、早々にお食事を済ませてこの場を離れた方が――。

 

「ヴィー」

「はい、なんでしょうルカ」

「かなり遠くから……少なくともアーニャがその様子なら探査魔法(サーチ)の範囲外から、何者かの気配がこちらに近付いてきている」

 

 アンの探査魔法の範囲外から……?

 あの、警戒心を上げるべきなのはわかっています。わかっているんです。でもそれ以上に、アンの索敵範囲外の気配を察知できるルカに驚いてそれどころではないです。

 ソフィーは既にテントや食器の片付けなど、この場を離れる準備に入っています。さすがパーフェクトメイドです、ソフィー。

 

「――ッ!」

「あ、範囲内に入ってきたみたいですね」

「あれだけ集中してても探査魔法(サーチ)に反応があればすぐ警戒状態に入れるのがアーニャのすごいところだな」

「撤退の準備、できました」

 

 早いですねぇ。テントの片付け、それなりに大変だと思うんですが。まぁテント周りで焚火をしていなかったのは幸いでしたね。火の痕跡はどうしても残ってしまいますから。

 さて問題はあちらがどのようにしてわたしたちのいる方角を認識しているかです。ルカみたく気配で、となるとどうにもなりませんが、先ほどアンが使用した魔法に気付いたとすれば、どうして夜のうちにあの焚火を発見できなかったのかともなりますし。うーん……気配、ですかねぇ。おそらく。

 しかし、だとすると剣士として「剣の形をしているものを手にしていれば斬れないものは何もない」という境地に達しているルカが、その過程で得た「気配を読む力」をもってしてなお、それよりも遠いところからこちらに近付いてきているのだとすれば、それは少なくともルカ以上の気配察知能力を持つ武人であるということでしょう。

 

「アン、方角と距離。あと相手の数と移動速度を教えてください」

「アンナさまの位置からですと、今ルカさまが立っている方がちょうど北の方角です」

「ありがとソフィー。じゃあ……南南西、およそ距離400。数は一人だけね。速さおよそ2程度でまっすぐこっちに――」

「待てアーニャ、速さ2……? 何かの間違いじゃないのか? 本当に速さ2で接近してきているのか?」

 

 速さ2というのは、一般的な成人男性の歩行速度として捉えるとそこまで極端に早いわけではありません。

 確かにやや早足気味な気はしますが、ルカはやや焦燥と驚きが入り混じった表情で改めてアンに問いかけました。

 

「え? んー……そうね、多少の変化はあるけど、だいたい速さ2ね。でも平面で歩くなら普通の……」

「平面じゃない。確かに高低差という意味では平面だが、ここは見通しの悪い鬱蒼とした森林地帯。昨日みたいな夕暮れの移動ももちろんだが、そうじゃなくても薄暗い。足元にはぬかるみのある場所もあるし、そもそも小石も木の根もあって足場としては最悪。まして周囲には野生動物や有毒モンスターも居る中で、周囲を警戒しながらまっすぐこっちに速さ2を維持したまま移動するなんて普通に無理だ。それに、あっちが魔法士じゃないならこっちを認識してることさえおかしい。オレでも気配は「いる・いない」の範囲が広いだけで、アーニャの探査魔法(サーチ)みたいに位置までは特定できない」

「……聞きたくありませんが、敢えて訊ねましょう。つまり、どういうことですか?」

「オレより強くてヤバいやつが向かってきてる」

 

 ……さて。そろそろわたしのお仕事ですね。

 

 

 

 

「……気配が、飛んだ?」

 

 昨晩の激闘から夜を明けて、私はアスペリマム大森林に一人残っていた。

 ユーリィを逃したのは手痛いが、こちらにほとんど負傷者が出なかったのは大きな成果だ。特に、ユーリィ率いる『チームGUIBLY』の魔法士。彼が使った魔法は今まで宮廷魔法士の中にもなかった独創的なアイデアだった。あれを見たジーナが無事に帰還できたのは有益な手柄といえるだろう。

 しかし、彼らの退路を守るついでにあの邪竜の調査も行おうと夜明けを待ってみれば……やや離れた位置に弱々しいながらも煙が立っているのが見えた。

 遭難者か、あるいはあの邪竜を喚んだ召喚士か。何れにしても確認せねばなるまいと気配を探ってみれば、意外なことに一人ではなく四人。一人、かなりの使い手がいることはわかったが、残る三人は何者だろうか。少なくとも、あれだけの闘志を宿した者が武人でなく召喚士だとは思い難い。つまり、残り三人の中に()()()()が含まれている可能性は高い。無論、この四人が遭難しただけの旅人という可能性も考慮する必要はあるだろうが。

 

 しばらく観察に留めていたが、気配が動く様子はない。いつからそこにいるのかはともかく、救助を待つ遭難者だとすればそろそろ動かなければならない。

 が……そう考えるとやや怪しいところがひとつ。この気配の位置と、煙の方角。遠目だからはっきりとは言い切れないが、やや離れているように感じる。

 もしあの煙が救助を求めるものであるのなら、火元から離れることはないだろう。延焼すれば大規模な森林火災が起きる危険性もある。が、もしも彼らが極限状態で正常な判断力を失っているとするなら、とも考えたが……だとすれば説明がつかないことがひとつあった。あの強烈な闘志を宿した人物。あれが飢餓や恐怖に竦んだ者の気配だろうか。否、間違いなく否だ。

 健全な闘志は健全な肉体にしか宿らない。ならば、彼らが正常な判断力をもって火元から離れていることになる。では、あの煙の意味は『陽動』とみて間違いない。

 

 そうして、私はこの気配が何かしらの意図をもって私、あるいは自分たち以外の何者であってもそれを避けているものだと判断した。

 どんな理由があるのか、までは断定できない。何かしらの罪人か、あるいは単に家出した少年少女か。いずれにしても、手遅れになることだけは避けなければ。

 そう思って気配に近付き始めてすぐ、彼らに僅かな動きがあり、そして――その気配のひとつ、あの闘志を持つ者の距離が一気に飛んだ。走って移動しただとか、そういうものではなかった。一瞬で、移動という過程を飛ばしたように、その気配は一気にその距離を()()()()のだ。

 

「いったいなんの魔法だ……!」

 

 この世界には魔法という超常の力を発揮する概念は確かに存在する。

 しかし、物質を別の空間に転移させるという魔法は、これまで長い魔法学の歴史の中で「不可」の烙印を押された代表例だ。ならばいったいどうやって……?

 考えながらも、進む速度を速めた私だったが、相手の方が僅かに上手(うわて)であった。気付けば、わたしの気配探知の範囲にその4つの気配はなくなっていた。

 

 取り逃がしたとは思いつつも、そのまま歩みを進めて彼らが最初にいた位置まで来た。

 

「火がない。やはりさっきの煙は陽動か……」

 

 周囲の枯れ葉を丁寧に拾ってみれば、明らかに足跡を意図的に消したような痕跡がある。

 足跡があれば人数だけでなくだいたいの体格まで想像がつくが、こうなってしまうと「ここに居た」ということしかわからない。

 加えて最後の移動が足を使わないものだったせいで方角を探ることもままならない。

 

「私の気配探知では跳躍は2回。1度目の跳躍から方向を割り出そうにも、これだけの大森林……必ずしも彼らの目指す方角に逃げたとも言いづらい。こちらの気配に気付いたであろうということには確信もある。となると、単純に私と対角線上に逃げただけ、という可能性も極めて高い。……ダメだな、お手上げだ」

 

 あまり歩き回ると迷い込んでしまう。帰りの方角がわかっている内に、先ほどの開けた丘まで戻るとしよう。

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