召喚士シルヴィアが求めるサメ   作:永瀬皓哉

6 / 41
第5話:そこで出会ったのは

 その姿は、まさしく邪なる神にも等しい絶大さと凶悪さを見せつけるかのようでした。

 目に映る限りの水平線を埋め尽くし、大陸と大陸を繋ぐほどに巨大な体躯は、神話級の存在感(プレッシャー)によってわたしとメガロシャーク以外のすべての意識を刈り取り、上顎で天を衝き下顎で海底を撫でるがごとく開かれた大口は、もはや街ひとつ飲み込んでもおかしくないほどの殺意を孕みながらも、キングクラーケンだけを丸呑みにすると、「くっくっ」とわたしとメガロシャークを睥睨しました。

 

「我が巫女よ、小さき巫女よ。儚く弱々しい命よ。幼くおぼろげな命よ。そなたの望みは果たされた。本来ならば我が身を喚ぶ対価として巫女(そなた)の命を戴くところではあるが……どうやらそなたの魂は随分と我が魂と相性がよいとみえる。では、その命のほんのひとかけら……赤き魂の一滴(ひとしずく)を戴くとしようか」

「ご安心を。それが契約に際して定めた奉納です。召喚士が召喚獣との奉納を違えることはありません」

「くっくっ、邪心竜と畏れられた我が身を直視してなお気丈なその瞳……我が主に相応しい。その純心がいずれ邪に染まると夢想すれば、この邪心に膨れる愉悦が収まりきらぬ……」

「……わたしは邪心になど染まりません。まして純心を保つなどいかな聖人であれど叶いません。人の心は、純心と邪心がせめぎ合いながらも『正しく』あろうとするから尊いのです」

 

 先ほど自ら切り裂いた傷口からは、未だ鮮やかに煌めくわたしの血液が垂れたまま。わたしはレヴィアシャークを船の近くまで呼び寄せると、その口の中で拳を握り、ぐっと力を入れて流れる血を滴らせました。するとレヴィアシャークは再び満足げに「くっくっ」と笑いながら、体を下げていきました。

 

「……召喚士シルヴィアが認める。レヴィアシャーク、帰還」

 

 帰還の召喚陣を展開して、またも驚嘆の息が洩れました。召喚と帰還の際に用いる召喚陣は、それを行き来する召喚獣に比例して自動的にその大きさが変わります。

 わたしはレヴィアシャークを帰還させるにあたって、彼の頭よりもやや高い位置にそれを描こうとしましたが、いざ召喚陣を展開してみれば、それはまるでこの大陸だけでなく、この空を覆いつくすような大きさで、それだけでレヴィアシャークが並のモンスターとは比較にならない存在であることを証明されたようでもありました。

 しかし、それよりもわたしにとって気掛かりなのは、先ほどのキングクラーケンです。あれは間違いなく、召喚士によって制御された召喚獣でした。それがどうしてこの海域に……この街に訪れたのか。それを突き止めるためにも、わたしはすぐさまメガロシャークに飛び乗って、港へと引き返し、そのまま港とは逆方向の山へと駆け出しました。

 先ほどの戦闘……いかに激しい戦いだとはいえ、それなりに港からは離れていました。あの戦闘を見て召喚獣に指揮を出していたのなら、必ず高所から状況を見守っていたに違いありません。だとすれば、この山の頂上が一番よくあの海域を見渡せるはずです。

 

「……あれは!」

「…………ッ!」

 

 山の頂上がようやく見えてきた頃、薄暗い木陰の中で不審な人影を見つけました。真っ黒……いえ、暗色ではありますが、月光に照らされたフードの色合いからして、群青や紺のような暗い青色のコートのようでした。顔は見えませんでしたが、慌ててフードを被る直前に見た輪郭からして、かなり若い……未だ15を数えるばかりのわたしよりもさらに幼げな印象を受けました。しかしその手に持った棒状の得物は、間違いなく『召喚杖』……それもかなり精巧な高級品のようでした。

 召喚杖は単なる木の棒ではありません。その召喚士の『相性』を基に、契約杖が記録した契約内容を自動的に刻み込み、複雑な形状であればあるほど召喚獣との相互交感能力が鮮明で鋭敏なものになるのですから、精巧な装飾が施された召喚杖など、優秀な召喚士を抱えた貴族の中でもせいぜい一振り……それにオーダーメイドの召喚杖は完全にその召喚士のためだけにチューニングされていますから、使いまわしなどできるはずもありません。それを……あんな幼い子供に持たせるような家など、そう多くはないはずです。

 ――と、そこまで考えて、わたしはふと嫌な予感が脳裏を過ぎりました。

 

(……いえ、そんなはずは。そんなこと、あるはずがありません! あの子供が……あの子が! そんなわけが……!)

 

 わたしはこのよくない考えを振り払おうと、思わず召喚杖を振るってしまいました。

 

「召喚士シルヴィアが求める……霊妙なる牙を持つ者よ、揺らめく深淵より来たれ! 召喚、ゴーストシャーク!」

「…………!」

 

 宙に描いた召喚陣から飛び出したゴーストシャークは、わたしが命じるまでもなく目の前を駆け続ける少年へと迫り、その眼前でその小さな口を開けて威嚇しました。

 本当なら大怪我にならない程度に齧りついて、その精神を掠め取ってもらうつもりでしたが、ゴーストシャークはなぜかそうしませんでした。

 突然のことに驚いたのか、その少年は木の葉に足を滑らせて転んでいきますが、元の場所から少し離れた木に背中を打ち付けて動きを止めました。

 

「……どうして、あなたが……こんなところで……!」

「……ぼくも、貴女にはこんなところで会いたくありませんでした……」

 

 観念したように視線を上げたその少年の顔は――忘れられるわけがない、たったひとりの――。

 

「ブルノ……!」

「シルヴィア姉さん……」

 

 たったひとりの――わたしの味方(おとうと)

 父に疎まれ、三人の兄も敵になり、母も味方ではあったけれど表立って助けてはくれなかったあの家で、父や兄をも超える「アークバイト家の最高傑作」と言われてなお、わたしを姉と慕い、召喚獣の契約が成功した時、父でも兄でもなく真っ先にわたしに報告しにきてくれて……どんな時でもわたしの味方をしてくれた、可愛い可愛いわたしの自慢の弟……。

 そんな(ブルノ)がどうしてここに……。いえ、それよりも。どうしてあんな……自分の召喚獣(キングクラーケン)を捨て駒のように扱っていたのか。

 召喚士にとって召喚獣はただの愛玩動物でもなければ動く道具などでは断じてありません。自らの命を預け、共に成長し生き抜いていく生涯の相棒であるはず。

 それを、あんな状況で……レヴィアシャークがおらずともメガロシャークのトドメの一撃で間違いなくキングクラーケンは命を落とした。それはブルノだってわかっていたはず。なのに……!

 

「今のは……ああ、やっぱり。キミだったんだね、ゴーストシャーク。ぼくだとわかって、攻撃をためらってくれたんだろう?」

「……ありがとう、ゴーストシャーク。だけどごめんなさい、先に戻っていて」

 

 わたしが帰還用の召喚陣を出すと、ゴーストシャークはしばしわたしたちの様子をちらちらと見ながら、それでも素直に戻っていってくださいました。

 これで、ようやく一対一。ちゃんと話ができます。

 

「ブルノ、どうしてあなたがここにいるの? あなたはわたしと違って、優秀な召喚士だったじゃない。あの家を追い出される理由なんて――」

「ごめん姉さん。今はあんまり、話してる暇はないんだ」

「それは、どういう――」

 

 わたしは目の前のブルノの存在ばかりに気をやって、背後に迫るもうひとつの気配に気が付くことができませんでした。

 後頭部に走る強烈な衝撃にわたしは意識を手放し、次にその痛みによって目を覚ました時には……。

 

 

 

 わたしが目を覚ますと、お日様が水平線の向こうから顔を出そうとしていました。船は……港に戻ったようですね。ブルノがそうしたように、わたしもここから沖の様子を見れば、船が港についているのがわかりました。

 

「目は覚めたか」

 

 不意に背後から聞こえた声に、わたしは警戒心を露にしたまま振り返ると、木こりの装いをした青年がいくらかの薪木を背負ってこちらを見つめておりました。

 おそらく、このガレオセルドと山を挟んだ向こう側の町――魔法都市『リンコドン』の外れに住まう方なのでしょう。

 

「あなたは?」

「オレはユーリィ。あんたはガレオセルドの人か? 薪拾いにきたら女がこんなところに倒れていたから驚いたぞ。このあたりは野犬も出るからな」

「それは、どうもありがとうございます。……あの、わたしの他にフードを被った少年を見かけませんでしたか?」

「いや、オレがここに来た時にはオマエだけだったが……知り合いか? 話次第では、知り合いに声かけてやってもいい」

 

 あれが夢でないのなら、今はこの蜘蛛の糸のような希望にも縋りたい気持ちでいっぱいでした。わたしは、まだ知り合って間もないというのに、ユーリィさんにそれまでの経緯と事情を説明していました。

 

「……それは、もしかすると『アルターリ』の仕業かもしれないな」

「アル、ターリ……?」

「古くからこの国の裏社会で暗躍し続けてる巨大マフィアの名前さ。才能のある子供を誘拐して戦力として囲い込んだり、そうでなくとも武器売りや麻薬売りのように、子供の方が都合のいい仕事をさせるのさ。可能性としちゃ最悪の部類だが……「群青色のコート」ってのが気になってな。濃い青色の外套はこの国じゃあ、王族に近い最上位の貴族か、アルターリの構成員の二択だからな」

 

 外套に使用されていた色。それは確かに想定の一因とすべき要素のひとつでした。

 この国に限らず、多くの国には「王族の色」「聖職者の色」「貴族の色」が定められていて、平民・貧民はそれらの色を上着として身に着けてはなりません。

 わたしが生まれ育った国では、王族が「赤」、聖職者が「白」、貴族が「紫」でしたが、この国では「青」が貴族のそれにあたるようでした。

 

「なぜ、マフィアの色と貴族の色が同じなんですか?」

「貴族というより「濃い青」は王族関係者だな。もう何代も前の話だが、元々アルターリの初代ボスは王族の一人だったらしいが、弟が王位継承権を強引な手段で奪われ、王家を追放された恨みを晴らすべくアルターリを発足した、って話だ。事実、アルターリは何度か大規模な反逆計画を立てて王族直属の守護騎士団とぶつかってる」

「……わたしもですが、弟はこの国の者ではありません。もちろん、この国の貴族とはなんの関係もないはずです……」

 

 なら決まりだな、と仰ると、ユーリィさんは山を下る準備を始めました。

 

「もういいだろう。一応、これでも顔は広い方でな。そのブルノっていうガキが見つかったら、オマエのことを伝えてみるよ。だからオマエはさっさとガレオセルドに戻るんだな」

「……ありがとうございました。いずれまたご縁があれば、その時にはお礼をさせていただきます」

「礼をされるようなことをした覚えはない」

 

 そう言い残して、ユーリィさんは足早に山を下りていかれました。

 わたしも、そろそろ港に戻らなければハンスさんや漁師のみなさんに心配をかけてしまうでしょうし、後ろ髪を引かれる思いではありましたが、ユーリィさんとは反対方向に山を下りました。

 

「……あれ?」

 

 わたしはふと、あることが気になりました。

 アルターリというマフィアは、この国の『裏社会で』暗躍し続ける巨大マフィアだそうです。

 ではなぜ、ユーリィさんはそのマフィアの存在を、名前まで知っていたのでしょうか。

 そればかりか、アルターリの成り立ちまで。

 

「……まさか」

 

 ブルノと話している最中、わたしはどうして気を失ったのか。

 未だに痛む後頭部……あれは、目の前で話していたブルノの仕業ではないはずです。

 ということは……あの時、ブルノとは別に「もうひとり」いたはず。

 

「わたしの、おばか……!」

 

 思わず足を止め、俯きそうになる頭をどうにかまっすぐに保ちました。……いえ、まっすぐに保っていても溢れそうな悔しさに、空を見上げることでこらえました。

 ごめんなさい、ブルノ。……でも、まっていてください。必ず姉さんがあなたを助けてみせますからね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。