わたしがガレオセルドの港に戻ると、『
死者を悼む様子の
「あの……こんな時に言うべきことだとは思いませんが、私用で時間が押しておりますので、みなさまにとっても大切なお話をいくつかよろしいでしょうか」
「……なんだい」
カーナさんは俯いたまま、それでもわたしを憎々しげに睨むでもなく、努めて冷静であろうとしておられるようでした。キングクラーケンとの戦闘で死者が出ることは当然です。それでも、だからといって仲間の死を「仕方ない」で済ませられる方々などこの場にはただ一人としていらっしゃいません。そんな中、討伐戦に参加したとはいえ元は部外者であるわたしが割って入ることに行き場のない憤りをぶつけることも、彼女の心の平穏を少しでも取り戻そうとするのなら手段のひとつであるはずだというのに。
そんなカーナさんの思いを無駄にしないよう、わたしは推測の域を出ないながら、今だからこそわかったことをいくつか述べました。
「作戦前にお話しした通り、『
「居ないって……ルヴィー、お前さん何かあったのか?」
「ごめんなさいハンスさん。ハンスさんにも、漁師のみなさんを含めスフィルナの方々にも、まだまだ返しきれていない恩を抱えたままですが、しばらく「海の用心棒」を休業させていただいて、人探しの旅に出ようと思います」
「旅……? また急に、どうして」
「実は……」
わたしは、今回のキングクラーケンを使役していた召喚士がいたこと、そしてそれがアルターリという巨大マフィアに囚われたわたしの弟であること、その弟を探すために旅に出ようと思っていることを、洗いざらい全てその場で説明しました。アルターリ、という名前を聞いても多くの人々は呆けたようなご様子でしたが、『
「ア、アルターリを追うつもりか!? やめておけ! 弟さんのことは胸の痛むことだが……諦めた方がいい。あれと敵対するなんて命がいくつあっても足りない!」
「若造の言う通りだ、嬢ちゃんみてぇな小娘ひとりでどうにかなる相手じゃねぇ。むごいかもしれねぇが、わざわざ地獄に向かう必要はねぇだろう」
「ご心配、痛み入ります。ですが、お二人の言葉を聞いてなおさら引けなくなりました。わたしの弟がそんな恐ろしいところにいるのなら、たとえそこが地獄であろうと、命をいくつ投げ捨てようと、弟を取り戻さなければなりません。それが姉として生まれた者の義務であるはずですから」
覚悟を宿したわたしの思いがどれほど伝わったかはわかりませんが、わたしがそう告げるとお二人はまだ何かを言いたそうにしながらも、それを飲み込んでくださいました。
わたし自身、お二人のご忠告を受けて、これから対峙するであろう敵の強大さを改めて心に刻むことができました。何より、そんな無謀な旅を始めようという世間知らずの小娘のために、ここまで本気で止めようとしてくださるお二人は、なんと心優しく温かい大人なのでしょうか。ハンスさんやトーマスさんを含め、わたしの周りにはすばらしい大人の方々ばかりで、わたしは自分自身の幼さを痛感するばかり。それでも……だとしても、ブルノのことを諦めるわけにはまいりません。
「それでは、わたしはスフィルナに戻って荷支度を整えます。昼には出立しますので、何かご用がございましたらそれまでにお願いいたします」
失礼、と言ってハンスさんを残したままその場を去ると、わたしは足早にスフィルナの自宅へと戻りました。
まずは山を越え、このあたりではそこそこに栄えている魔法都市『リンコドン』中心部を目指します。さっき山の頂上から見えたのはリンコドンの外れである『リンコドン南部近郊・リモーラ』という町なので、中心部まではリモーラを挟んで対角線上のトンネルを越えなければなりません。昼から出れば、トンネルを越えるか超えないか程度のところまでは行けるかもしれませんが、中心部までは休みなしで歩いたとしても日を跨いでしまいます。
「こういう時、陸か空の移動手段になる召喚獣がいれば助かるのかもしれませんね」
大きめのショルダーバッグに貴重品と小型調理器具、そして三日分程度の食料と衣服を詰め込み、家中の鍵を全て閉めて、一呼吸。
この家の鍵はしばらくトーマスさんに預かってもらいましょう。旅の途中で無くしたりしたら見つけられる保証はありませんし、何よりいつかは必ずここに戻るつもりですから。
家を出て、すぐにトーマスさんの勤める漁業ギルドの事務所へと向かい、事情を説明して鍵を預けました。随分と引き止められましたし、何より心配していただきました。最終的に「せめて妻と子供にだけは会っていってくれ」と言って納得していただきましたので、トーマスさんのご自宅に向かってコニーさんとティーナちゃんにもご挨拶をしましたが、やはりここでも、という感じで後ろ髪を引かれる思いではありましたが、コニーさんが「ルヴィーの家はいつでもピカピカにしとくから、いつでも帰ってきなさいね」と言われて、思わず目の奥が熱くなりました。ここがわたしの帰ってくるべき場所で、ここがわたしのもうひとつの故郷になったんだと思うと、やっぱりずっとここにいたい。けれど……。
最後に、今までお世話になった全ての船と、その漁師のみなさんにご挨拶をして、わたしはスフィルナを後に――、
「ルヴィー!」
「……トーマスさん?」
スフィルナを少し離れて、これから山を登り始めるぞというところで、後ろから息を切らしながらわたしを呼び止める声が聞こえました。
振り返れば、わたしが初めてスフィルナに来た時みたいに汗まみれであっちへこっちへ走った様子のトーマスさんがいて、懐かしさが込み上げるようです。
「これ……女の子に渡すものとしては無骨すぎるかもしれないけど、旅をするなら絶対に必要になるだろうからって、スフィルナのみんなで金を出し合って、このあたりじゃ一番いいものを買ったんだ。まぁ、街に行けばもっといいものなんていくらでもあるかもしれないけど……」
「黒一角《ブラックナーワル》の牙を加工したショートカトラス……。こんな高級品を、流れ者のわたしのために……?」
「バカ言わないでくれ、今じゃもうスフィルナにいる誰がルヴィーのことを流れ者なんて言うもんか。そりゃ、最初はホントにどこの誰かもわかんない子だったけど……でもルヴィーはこの一年間、ずっと漁師のみんなを……そして漁師の帰りを待つ家族たちの想いを守ってきてくれたじゃないか。もう君は、立派なスフィルナの子供の一人なんだよ」
……わたしはこの時、はじめて本当にスフィルナの子供になれました。
この国に訪れてから、大変なことや苦しいこともいっぱいあったけれど、本当に楽しくて幸せな一年でした。それでも、心のどこかでは「まだスフィルナに認められていないんじゃないか」と疑う気持ちがどこかにあって、スフィルナのみなさんとわたしの間に、見えない一本の線が描かれているようで。それはまるでわたしを閉じ込める契約陣のように、「その線を越えてはならない」と言われているようで。
それでも、トーマスさんが……他の誰でもなく、あの日あの時、わたしの手を引いてくれた人が、わたしを「スフィルナの子供」として認めてくれるのなら、わたしは胸を張れます。
他の誰に否定されても、他の誰が疑っても、わたしはこの町の子供なんです、って。
「ルヴィー」
「はい」
「いつか、帰ってくるんだよな?」
「はい。今度は弟も連れて、いつか必ず」
「そうか……」
トーマスさんはまるで、スフィルナのみんなの声を集めるように大きく息を吸うと、やっぱり汗まみれの顔で、でもとっても凛々しい顔で、大きな口を開けて――、
「なら行ってこい! スフィルナのルヴィー!」
「……はいっ!」
まるでこの山を越えたわたしの旅路の先の先まで届くような大声で、わたしを送り出してくれました。