転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第16話 吐き気を催す奈落

 四時限目を終えるチャイム。購買へ向かう集団の流れに紛れるように俺は廊下を歩いていた。人を隠すには人の中だ。

 こうすれば橘さんとのエンカウント率を減らすことができる。

 

「あ、いたいた! 須賀くーん!」

 

 ……まあ、あくまで確率を減らす程度の効果しかない。見つかる時は見つかるのだ。

 橘さんは笑顔で俺の為に作った弁当を掲げる。今日も俺と一緒にお昼を過ごすことを1mmも疑っていない顔だ。

 

 

 

 

 

 それを俺は――

 

 

 

 

 

「一緒に溜まり場に――」

 

 

 

 

 

 無視してすれ違う。 

 

 

 

 

  

「…………ちょ」

 

 後ろからパタパタとこちらを追いかけてくる足音が聞こえる。

 

「ちょっとちょっと! 須賀君!? 無視は酷くない!? 私びっくりしちゃった!!」

 

 橘さんは俺の隣で並走しながら、顔を覗きこんできた。

 構わず俺は無表情で歩き続ける。

 

「てかさ、そっち食堂だよ? 溜まり場は逆じゃん。なにか買いに行くの?」

「…………」

 

 俺は橘さんの言葉を無視して歩くスピードを速める。

 橘さんはついていこうと、必死で追いかけてくる。

 

「あっ! わかった。またあんぱんでしょ! 最近須賀君練習で頑張ってるからね! 私の弁当じゃちょっと足りないのかも。よっしゃわかった! 明日からもっと大きい弁当箱にしましょう。米もおかずもボリュームアップよ!」

 

 あんぱんを買うってのは正解だ。俺が自分で昼食を用意するとなると、あんぱん以外の選択肢はありえない。

 だがそれだけじゃない。プロテイン入りの牛乳もサプリメントも持参している。

 

 以前の俺の食事と全く同じだ。

 

「ね、ねえ須賀君。何か言ってよ……無視はひどいよ」

 

 私一人で喋ってるみたいじゃん、と橘さんは悲しそうな声色で言った。

 

 俺は足を止めて橘さんに向き直る。

 

「橘さん」

 

 ようやく俺がそっちを向いたので、橘さんはパアッと顔を太陽の様に明るくさせた。

 

「須賀君やっと――」

「君の弁当はもう食べない」

 

 ピキッと橘さんは石化したかのように固まる。太陽のような笑顔のまま、目だけが笑っていない。

 

「もう、あの溜まり場に行くこともないだろう」

「なっ……なんでよ!」

 

 橘さんはわなわなと震えた声で抗議する。

 

「そんなっ……せっかく作ったのにっ……じゃあこれっ! これどうすればいいのよ!」

 

 橘さんは左手に持っている弁当箱を俺に掲げて見せる。色違いのランチバッグ。いつも俺の為に用意されるランチバッグ。

 

「なんだなんだ?」

「なにやってんだ?」

「あれ橘さんじゃん」

「喧嘩?」

「あいつ誰だっけ?」

「確か、須田とか言った奴?」

 

 橘さんが声を荒げたことで、ギャラリーが集まってしまった。

 相変わらず目立つ人だ。良くも悪くも人の注目を引いてしまう。

 

 だが、想定内だ。いや、むしろ好都合かもしれない。

 

「真琴なら喜んで食べるだろう。塚見さんもいるし、大丈夫でしょ」

「そんな……何がダメだったの? 味? 美味しくなかった……?」

 

 橘さんは泣きそうな顔で小さく言った。

 

「も、もっとおいしく作るから……ニンジンも入れないから……好きなものいっぱい入れるから……だから!」

「そうじゃないんだ」

 

 涙目ですがる橘さんを制して俺は言葉をかぶせる。

 

「いつも美味しかったよ。これは嘘じゃない。本当の本当にいつも美味しくて、……感謝してるんだ」

「……だったら――」

「俺は一人でいい」

 

 一人がいいんだ、と続ける。

 

「バンドは続ける。練習もちゃんと出る。でも、学校ではもう関わらないでくれ」

「……っ!」

 

 息を詰まらせ、橘さんは絶望の表情を見せる。

 

 

「君といると、目立つんだ」

 

 

 そう言って俺はまた歩き出した。

 橘さんは何も言わない。追ってくる気配もない。

 ギャラリー達も騒ぐことがなかった。

 

 ただただ、静寂の中

 

 俺は一人で階段を下りて行った。

 まるで奈落に落ちるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂も教室からも遠く離れた場所。理科室や実験室と言った、移動授業に使われる教室が密集する区域。

 外の景色が良く見える薄暗い空間で俺は一人昼飯を取っていた。

 外は曇り。やかましい雨もなく、ただただ静寂。

 

 ガサガサとパンの袋を開ける。鼻に広がるのは慣れ親しんだ酵母の香り。

 

 一口かじり、咀嚼する。

 

 味はしない。まだ主役のあんこに到達していないからか。

 

 二口、三口とかじっていく。

 

 やがてまとわりつくような甘さが口の中に広がった。口内の水分が根こそぎ持ってかれた。

 

 中身の入った水筒を開ける。これまた馴染みのある匂いがした。バナナフレーバーのプロテイン粉末が混ぜ込まれたミルク。それで口の中に広がる甘さとパサつきを一気に流し込んだ。

 

 これが好きだった。いつもの味。変わらない味。安心する味。

 人は変化を恐れる。故に日常と変わらないルーティンを続けようとする。

 これが俺の日課であり、習慣であり、日常だ。安心感を覚えるはずの日常だ。

 

 なのに――

 

「味気ねえ」

 

 いつのまにかその日常は、俺にとって違和感のある非日常に変わってしまっていた。

 

 刺激もなにもない、退屈な非日常。

 いつもなら牛乳で流し込むサプリメント。

 カロテンもリコピンも入っていない錠剤。

 

 抑え切れない衝動を閉じ込めるように噛み潰した。

 

 ……ああ――

 

「にげえ」

 

 ――吐きそうだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 あれから一日経った。

 シュガースポットのメンバーには会っていない。昨日は練習もなかった。帰りはいつもと違う道を一人で帰った。

 知らない道で下校するのは新鮮だった。澱のように積もった何かをほんの少しでも紛らわすことができたのは幸いだった。

 とはいえ、それも長くは続かないだろう。どうせその道はこれから日常の一部に溶けていくのだから。

 今日は久しぶりに自転車で登校した。俺はもともとチャリ通だった。橘さんと下校するようになってからバス通学に切り替えたのだ。おかげで交通費が飛んでいく。

 もうその必要もなくなったわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 明るかろうが沈んでいようが、心の持ち様に関係なく時は進む。

 授業終了のチャイムが鳴る。昼休みだ。今日もパンを買ってこよう。

 そう心の中で呟いて教室から出ようとすると、首周りにぬめり気のある衝撃が走った。

 

「よおデスボ」

 

 池谷だ。池谷が慣れ慣れしく俺の首に手を回してきた。

 なんの用だこの馬鹿。

 

「お前、橘さんに愛想尽かされたんだってなあ?」

 

 何言ってんだこの馬鹿

 

「結局お前なんてそんなもんだろ。いい夢見れてよかったなあ? スク?なんとかやらができるみたいだけどよお? お前なんかができることなんてたかが知れてるよなあ? ひひひ」

 

 ……ああ、読めた。おそらくあそこにいたギャラリー、あの辺が吹聴したのだろう。

 橘さんと俺が喧嘩したって。 

 で、その言葉だけで俺が橘さんに愛想尽かされたって勝手に解釈してんだろう。

 まあ、こいつの少なめの脳みそなりに考えた結果だろう。これ以上求めるのは酷だ。

 

「お前なんかがあの人たちの隣に居ていいはずなかったんだ。当然の結果だわなあ? そうなるって俺わかってたぜえ? 最初っからなあ?」

 

 池谷は顔を醜く歪ませて笑った。首に回された腕がどんどんきつく締まっていく。

 

「大体お前生意気なんだよ。俺らが中学で遊んでやった恩も忘れて楽しそうにやりやがって。お前みたいななんの取り柄もなさそうな奴に個性付けてやったのは誰だ? 俺だろうが。お前にデスボってつけたの俺だろうが。俺がいなかったらお前は無個性でつまんねえ奴だったろ。俺が面白おかしくいじってやったから、みんなに笑ってもらえたんだろうが感謝しろよ。お?」

 

 この男に限度はない。際限なく醜く歪む顔は、みずたまりに混じった油の様にぐにゃぐにゃと元から整ってもいなかった原型を無くしていく。

 

「まだお礼聞いてねえなあ? ほら、言えよ。僕に構ってくれてありがとうございますって! 僕のようなつまらない人間に笑われる価値をくださってありがとうございますって――ごあっ!?」

 

 池谷のガラ空きのみぞおちに肘鉄が突き刺さる。死角からめり込む角度の入った肘に反応すらできずに池谷はくの字に折れ曲がった。

 

「げえええええっ!?」

 

 膝をついて無様にみずおちを抑える池谷は、歯を食いしばりながらこちらを睨みつけた。

 

「てっ……てめえ、なにしや――」

「邪魔だ」

 

 地べたを這う芋虫以下の蛆虫を一瞥して――

 

「消えろ」

 

 俺は教室を出た。

 池谷の怯える様に凍り付いた表情は、数分後には俺の記憶から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っている。

 天気予報では今日一日中曇りのはずだった。ここ最近は外れることが多い気がする。

 雨は嫌いだ。自転車が乗れないから。

 自転車に乗れない日はバスで通学しなければならない。交通費の無駄だ。

 それを抜きにしても、自転車は風を感じられる。

 スピードを出せば出すほど感じられる風は、爽快感は増えてくる。

 ポストハードコアを聴く以外のストレス解消法が自転車に乗ることだ。

 晴れの日の暖かく爽やかな風は、嫌なことを吹き飛ばしてくれた。

 だから雨は嫌いだ。シトシト降りしきる雨音すら耳障りだ。

 だからこうやってイヤホンをしている。

 In terror and fateを聴きながらあんぱんを――「須賀先輩」

 

 片耳からイヤホンを取られた感覚がした。

 スコッチのすべてをなぎ倒していくような圧迫感のあるフォルスコードの代わりに耳に届いたのは、甘い女の子の声だった。

 

「探しましたよ。こんなところにいたんですね?」

「……真琴か」

 

 亜麻色のポニーテールをひょいひょいと揺らしながら真琴は近くに腰かけた。

 

「溜まり場に来なければ教室にもいない、どうしてこんなところでぼっち飯キメてるんです?」

「決まってんだろ? ぼっちになりたかったからだよ」

 

 はあ? と真琴は首を傾げた。

 

「いいから俺のことは放っとけよ。橘さんのとこ行きなって」

「先輩、今日はクラスメイトと食べるそうですよ? ライン見てないんですか?」

 

 見ていない。今の俺にとってスマホは音楽ツール以外の何物でもなかったから。

 

「……よくここがわかったな」

 

 昼休みはまだ中盤。溜まり場で待って教室に探しに行った後、ここにたどり着いた。

 いくらなんでも見つけ出すのが早すぎじゃないか? なんでわかんだよ。

 

「ここ、知る人ぞ知る穴場ですよ? 天気のいい日はここで弁当食べるカップルとかいるんです」

 

 なるほど。俺が目を付けた場所は、他の人から見ても魅力的な場所だと言う事か。そりゃあそうか。ここ居心地良いもん。

 

「ただ、雨の日は湿気がやばくなるので、誰も寄り付かなくなるんですよね。こんな日にすき好んでここに来るのは須賀先輩くらいですよ?」

 

 ……ジメッとした雰囲気が今の俺には丁度良かっただけのようだ。

 まあ、ぼっちには相応しい気もするが

 

「噂、まだ気にしてるんですか?」

 

 噂、というのは橘さんの件だろう。真琴は橘さんのことになると固有のセンサーが発動する。だからやたら鋭い。

 

「あんなの気にするような先輩じゃありませんよ。須賀先輩はまだ来て日が浅いからわからないと思いますけど、先輩って結構僻まれたりしてたんですよ? 嫌な上級生に絡まれたことだってありますし、それを平然といなせる様なメンタリティの持ち主です。こんなんで凹むことなんてないですよ」

 

 真琴は壁にもたれかけ、弁当箱を開いた。

 ……その弁当箱には見覚えがある。

 

「……それって――」

「そう、先輩とおそろいの弁当箱です。昨日須賀先輩が食べなかった分、私と幸で食べたんですからね? 太っちゃいそ」

 

 いつも橘さんが俺に渡してくる弁当箱だった。

 

「そうか、よかったじゃないか」

「なにがですか?」

「作ってもらえることになったんだろ? 橘さんに。真琴にとっては悲願だろ」

「確かに。否定はしません」

 

 でも、と真琴は付け加える。

 

「これ、別に私の為に作ったわけじゃないですよ?」

 

 きょとん。とぼける様に首をかしげる真琴。

 

「じゃあ誰に――」

「誰にでしょうね?」

 

 相も変わらず、すっとぼけている。

 

「『今日も渡せなかったからこれお願い』そう言って渡されました」

 

 真琴の弁当の中身を覗き見る。中に入っていたのは……

 

「一体誰に渡しそびれたのやら」

 

 いつか食べたのと同じハンバーグだった。

 また作ってほしいとリクエストしたことがある。

 

「…………」

「おいし~☆」

 

 橘さん、まだ俺の為に……

 

 でも――

 

「凹まないから何言っていいわけじゃない」

 

 だからといって――

 

「大丈夫だから傷つけていいわけじゃない」

 

 言い訳にはならない。

 

「クソ共に付け入る隙を与えるべきじゃない」

 

 いいわけがない。

 

「俺がいることでそんな噂が流れるのなら、取り除かれるべきだ」

 

 俺が俺を許せない。

 

「だから、悪いな」

 

 俺がそう言うと、真琴は「はぁ……」とため息を付いた。

 

「まあ、噂にムカつかないと言えば嘘になりますね」

 

 いつの間にか、真琴は弁当を平らげていた。

 食べるの早すぎだろ。ちゃんと噛んでいるのか。

 

「ま、須賀先輩なりに先輩のことを想っての行動ってのはわかりました」

 

 弁当箱を片付け、真琴は立ち上がる。

 

「その旨、私から伝えておきましょうか?」

「必要ない。真意がわかったら橘さんは俺に構うだろう。そしたら意味がない」

 

『バッカね。そんなの気にする必要ないって!』 

 

 彼女のそんな言葉がポンと浮かんでくる。

 

「……それは――」

 

 そうこうしている内にチャイムが鳴る。昼休みは終わり。5時限目の授業が始まる。

 

「やばっ! 怒られるっ!」

 

 真琴は一目散に駆けていった。

 

「真琴!」

 

 俺の呼びかけに真琴は振り向く。『なんですか急いでいるのに!』と足をその場で踏み踏みしていた。

 

「それは校内での話。バンド活動はちゃんと続ける。今日の練習も行くつもりだから」

 

 それと、と付け加える。

 

「もう俺を探すな。明日からはトイレで飯食うから」

 

 それだけ言って俺も歩き出した。

 真琴は返事をせず小さく口を動かしたかと思えば、再び踵を返して去っていった。

 

 

 

 

『ばか』   

 

 

 

 と言われたような気がした。

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