転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第17話 なにが『美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされました』だよ

 図書室で俺は目を覚ました。

 時刻は午後五時半。外はすっかり暗くなっていたが、雨はやんでいた。リアルタイムの天気予報通りにはなったか。

 今日の練習は六時からだ。今から自転車で向かえば間に合う。俺は急いで学校を出た。

 

 

 

 

 

 

 雨はやんでいた。それは確かだ。だが路面がテッカテカに濡れて走りづらい。おまけに鏡面の如く街灯や車のハイビームを反射して視界も悪いと来た。

 雨ってのはしばしば涙の比喩表現として使われる。そんな雨によって『闇』を象徴する夜を明るく照らされるなんて、あまりにも皮肉なもんだ。

 もっとも、スリップや視界不良による交通事故で流れる涙が増えてしまえば元も子もないんだけどね。

 

 そうぶつくさと文句を垂れている内にholicに辿り着く。既に俺以外の面子は揃っていた。

 

「ごめん! 遅れた」

「ダイジョブダイジョブ、ギリセフってね☆」

 

 恋がバチィィィンとウィンクとサムズアップを決める。

 

 真琴も普段通りだ。塚見さんと仲良くおしゃべりしている。

 

 橘さんは……

 

「――――」

 

 一人ボーッと虚空を眺めていた。

 

「さっく大丈夫? なんか変じゃね?」

「…………」

 

 恋の問いかけにも答えず、ただただうわの空だった。

 

「……さっく?」

「おぅっ!? 何!? どうしたの??」

 

 恋が軽く肩を叩くと、橘さんはきゅうりを見た猫の様に飛び跳ねた。

 

「え、いや、大丈夫かなって」 

「ぜ、全然大丈夫! ほらこの通り!」

 

 全身全霊で大丈夫アピールをする橘さん。恋は「お、おう」と少しヒキ気味だ。

 

「さっ! メンツも揃ったし! 今日もやってくわよー!」

 

 肩を回しながら橘さんはブースに向かって行った。

 

「……なんかさっく今日変じゃね?」

 

 恋が小声で俺に問い掛けてくる。

 

「……どうしたんだろうね」

 

 そう返すくらいしかできなかった。

 

「……? なんかあっ――」

「ちょっと変でも先輩は素敵ですので大丈夫です!」

 

 さ、行きましょう!、と真琴は恋の背中を押してブースへと向かって行った。

 

 ……橘さん、明らかに様子がおかしかった。

 原因はやっぱり俺なんだろうな。

 恋は少し勘付いているようにも見える。このまま続くようなら少し考えなきゃな。

 

「…………」

「おわっ!」

 

 塚見さんが後ろで俺をジッと見ていた。しかもほぼゼロ距離で。

 『行かないのか』という圧を感じた。

 

「お、俺たちもいこっか」

 

 そう言うと、塚見さんはコクリと頷いてブースへと歩みを進めた。

 

 ……とはいえ、真琴曰く橘さんはメンタルが強いらしいのでそんなすぐに立ち直るだろう。

 

 そう俺は簡単に考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと!さっく全然あってなーいじゃーん!」

 

 恋がカンカンカンとスティックをカチ鳴らす。

 橘さんのリズムがまたずれてしまったのだ。さっきは走り過ぎて今度は遅れている。

 

「ご、ごめんごめん! もっかいやろっ! ね?」

「さっきからそう言って全然あわないじゃんよー」

 

 練習が始まってからずっとこの調子だ。橘さんのミスで1曲目のワンコーラスサビから全然先に進まない。

 

「もー、じゃあもっかいね!」

 

 恋がリズムを取ってリスタートする。イントロから始まり、橘さんが歌い出す。

 

 ――だが、出だしからズレてしまった。

 

「だーめだこりゃ。さっく今日調子悪すぎ。話になんないのよー」

 

 でゃー、と恋はスティックを放り投げた。カランカランと地面に落ちる。

 

「これもうあわせんの無理だね。各自でやろー」

 

 セッションは不可能と判断した恋の一言により、自主練習となってしまった。

 

「ごめん……」

「んー、まあいいよ。そういう日だってあるっしょ」

 

 恋は音楽に対してとことん厳しいが、人に対してはとても優しい人だ。調子が悪い人を責めることはしない。

 

「じゃ、じゃあ須賀君。私達は私達であわせてみましょうか!」

 

 この曲はスクリームとクリーンが交差したり同じタイミングで歌ったりする。だからボーカル同士で息を合わせる必要があるのだ。

 

「それじゃあ行くわよ! I won't be consumables――」

 

 それでも結果は散々だった。音が合わないどころか、声がよく出ていない。

 橘さんの儚く透き通っておりながらも力強い、どこまでも突き抜けていくようなクリーンは見る影もなかった。

 

「I won't be……」

 

 最後まで橘さんの調子が戻ることなく、時間を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、私ちょっと用事あるから行くね」

 

 じゃ、と橘さんはいつもとは違う方向へ去っていった。

 

「うーん、やっぱなんか様子変?」

 

 恋は首を傾げながら橘さんを見送った。

 

「なーんかまさっきーも調子悪い気がしたんだよなあ」 

 

 恋が俺を見て顎に手を添える。

 

「……マジで?」

「うーん、リズムが悪いとか声が出てないとかじゃないんだけど、いつもよりキレがない? っていうか集中できていなかったよね? なんていうか、いつもみたいに『心血注ぐッッッ』って感じが出てなかったって言うか」

 

 自分ではいつも通りやれているな、と思っていた。こう見えてメリハリつけるタイプだと自負しているので、学校での自分とここでの自分はキチンと線引きしていたつもりだった。そう思っていたのは自分だけだった。

 

「いやまあいいんだけどね? さっくよりは全然マシだったし……いや、さっくを責めてるわけでもなくてね? ほんと誰だってそういう時あるからさー。あたしだってスランプあるしー。だからあんま気にすんなよー?」

 

 恋はバシバシと肩を叩いている。 

 ……今回のは『そういう時』なんかじゃない。明らかに俺が原因だ。俺が招いた。 

 俺が引き起こした弊害だ。

 

 全部、全部が上手く行かない。

 

「悪い。俺も用事あるから行くわ」

 

 逃げる様に俺は橘さんと逆方向に自転車を走らせた。

 

「あっ、ちょっ、まさっきー……」

 

 恋の制止を無視して先に進む。いや、これが進んでると言えるのだろうか。

 

 ――俺はみんなから逃げてるだけなんじゃないか。不甲斐ない自分を隠したいがために。

 

 湿った空気が不快だ。冬でもないのに妙に風が冷たく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と体が冷えた。

 家に帰り、風呂を沸かし湯船につかる。身体が温まるのと同時に、ピアノ線のように張った緊張が緩むようだった。今日はなんだか疲れた。疲れたな。そうだ、疲れたんだ。今日はもう寝てしまおう。

 

 と思いつつ、ソファに寝ころびツイッターを起動する。悪い習慣だ。さっさと寝てしまえばいいものを。

 おすすめ欄に目を向けると、シュガースポットのライブ映像があった。youtubeのURLが添付されている。

 

「…………」

 

 今はあまり見たくない。そう思いつつも開いてしまうのが人間のサガだ。

 

 公式のチャンネルで上げているものではなく、オーディエンスが現地で撮ったものだろう。

 再生数は数十万を超えており、前に見た公式動画よりも再生数が高かった。

 ようするにめちゃくちゃバズってた。 

 

 にしても、なんで本家本元よりも有志の動画のほうが見られているんだ?

 

 映像自体は高性能スマホで撮ったであろう質のいい動画だった。

 ただ彼女達の演奏を撮っているというより、顔や胸元、脚といった部分を重点的に撮影していた。

 

 コメント欄も4ケタ件をゆうに超えていた。

 

 **********

 

『かわええええええええええええ』

 

『ボーカルの顔良すぎ』

 

『↑顔だけじゃねえ。声もだろjk』

 

『からだえっろ』

 

『今日はこれでいいや』

 

『prpr』

 

『脚綺麗すぎて震える』

 

『舐めたい』

 

『ちょっとボーカル顔やばすぎマジファンになった』

 

『すこなんだ』

 

『声マジ脳焼かれる』

 

『↑むしろ融ける』

 

『ながし目エッッッッッッッッ!!』

 

『ドラムの子胸でかすぎだろ』

 

『たわわやねw』

 

『これはオタクに優しいギャル』

 

『ドラムちゃん踏んで❤』

 

『ドラムの子マジタイプすぎ俺を叩いてくれ』

 

『どこのバンド?』

 

『2:43 ここ見えそう』

 

『1:58 ここのへそチラもうエロだろ』

 

『ギターの子無表情なの興奮する』

 

『真顔で罵ってほしい』

 

『初ライブからずっと追ってるけど変な奴ら増えたな。音楽を聴けよ』

 

『↑古参アピ乙』

 

『これは日本のアイドルグループですか?』

 

『It’s cute』

 

『ベースの子あざとかわいい』

 

『ベースprpr』

 

『ベースの子軽音部入ってたら間違いなくサークルクラッシャーだよな笑』

 

『↑うちのサークルぶっ壊しに来てくれ』

 

『皆顔よすぎ』

 

『蹴ってほしい』

 

『バンド名教えろ』

 

『結婚したい』

 

『全員その辺のアイドルよりかわいいだろ』

 

『prprprprprprprprprprprprprprprprpr』

 

『げきえろ』

 

『うー!かわいすぎておかしくなりそうだ!』

 

『ギターの子のスンッとした顔が癖にクルであります』

 

『脇!』

 

『こんなかわいい子たちがめちゃくちゃ激しいロックンロールやってるかと思うと興奮する』

 

『↑間違いないね』

 

『やっぱガールズバンドって最高だな。推せるわ』

 

 **********

 

 その多くは、彼女たちの容姿を褒め称えるものばかりだった。

 

 もちろん演奏そのものを褒めてくれるコメントも散見するが、割合で言うと3割弱。

 

 池谷の奴がシュガースポットを大人気のめちゃ凄バンドと称していたけど、評価されていたのは音楽性だけではなく、彼女達の並外れた容姿によるものも大きいだろう。

 

 そのことに対して特に否定するつもりはない。

 正統派ロックバンドを謳っていても、その実アイドル売りしているバンドなんていくらでもいる。

 慈善事業でやっているわけじゃあないんだ。チケット代だってペイしなければ赤字だからな。使えるものは何でも使うべきだろう。

 

 それでも――

 

「なんか……ヤだな」

 

 ――それでもこんな言葉を零してしまう。

 彼女達の音楽をもっと真剣に聞いてほしい、容姿がいいの一言だけで済まさないで欲しい、と。

 

 「……はっ」

 

 馬鹿か。笑わせんな。

 一丁前に理解者面か。まだ会ってふた月も経っていないのに。

 その綺麗事は本当に本心か? 違うな、自惚れてんだよ俺は。

 慣れない女子と接していく内に、自分が彼女たちにとって特別な人だと勘違いしてるんだ。

 まだライブの一回すらやり遂げてねぇ癖に。 

 

「独占欲なんて抱きやがって」 

 

 嫌気が差す。これじゃあコメントしてる奴らと大して変わらない。彼女たちは自分達のバンドをより良くする為に俺をメンバーに迎え入れたんだ。馴れ合いなんかじゃない。お友達ごっこなんかじゃない。ましてや青春ラブコメをやる為なんかじゃ決してないんだ。

 

 それなのにこの体たらくはなんだ?

 メンバーのパフォーマンスを落とし、セッションを成立させないようにしたのは誰だ?

 スタジオ代だって安かない。一回分の練習代をドブに捨てさせたのは誰だ? 

 バンドをより良くするために入れられたメンバーがこのザマかよ。笑わせてくれる。

 

「こんな奴が入ったなんて知られたらバンドの人気も落ちるかもな」

 

 雑にスマホをテーブルに置いてそう呟いた。

 

「…………」

 

 おい待て。

 

 俺が入ったら人気が落ちるって? 何を言っているんだ? 俺は?

 

 

 

 

 そんな当たり前のことに今更気付いて何をやっていた?

 

 

 

 

『ガールズバンドとしては最高峰』

『やっぱガールズバンドって最高だな。推せるわ』

 

 そうだ。ガールズバンドなんだよ。sug@r spΩtは。

 

 ガールズバンドってのは女性のみで構成されているからこそ価値があるんだ。

 女子だけの花園、女子だけの絶対領域。バンド内で恋愛が介在しないからこそ推せるんだ。男がいないからこそ需要があるんだ。男がいないからこそ尊いんだ。百合営業もできるしな。

 

 それを無視して俺が入って見ろ。

 

『推しのバンドに男が挟まってきた。最悪』

『箱推しだったけど男なんて推したくないのでグッズ全部売りました』

『推しがNTRたんだが』

『男入れるなんて何考えてんだよ。こいつら全員ビッチじゃん』

『はいサクラもマコトもレンもユキも非処女確定殺害予告します』

『純粋な我々を裏切ったシュガースポットを許すな』 

 

 こうなるに決まってんだろうが。

 

 せっかく彼女たちが一生懸命演って集めたファンが根こそぎ消えてしまう。

 それどころかアンチに転身する可能性だって十分にある。

 

 レーベルからのスカウトも来てプロへの道が目の前にあるはずなのに、全部粉々に砕け散ってしまう。

 

 なんで今まで気づかなかったんだ。

 

『須賀君! これは運命よ!』

『私達、絶対いいコンビになれるって』

『だからさ、そんな気にしなくていいよ。私達だって女子同士で組みたいから組んだわけじゃないし。ただただうまい子で集まって、たまたまみんな女の子ってだけだからさ』

『だから須賀先輩にはくれぐれも頑張ってもらわないと』

 

 決まってる。浮かれてたんだ。あんなかわいい子たちに頼りにされて、期待されて、信頼されて気持ちよくなっていた。だから無意識に目を逸らしていたんだ。

 彼女たちを想うなら断るべきだったのに。

 

 なんで今になって気付いた?

 決まってる。目が覚めたんだよ。自分の愚かさ無能さに気付いたんだ。

 

『結局お前なんてそんなもんだろ。いい夢見れてよかったなあ? お前なんかができることなんてたかが知れてるよなあ?』

 

 あいつの言ってることは正しかった。

 校内だけじゃない。俺は根本的に彼女たちの側にいてはいけなかったんだ。

 

 よかった。

 本当によかった。

 ライブ本番前にそれが気付けて。

 まだ俺がメンバーだと公表する前に気付けて。

 

 やっぱり俺がやるべきことは簡単だ。スマホ一つでできる。

 俺自身で引導を渡すべきだ。

 

 この甘い夢に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 須賀雅貴 『悪い』

 

 須賀雅貴 『俺バンド抜けるわ』

 

 須賀雅貴がグループを抜けました。

 

*****

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