転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第18話 保健室で女子と二人きりとかいかがわしいにもほどがある

 目が覚めるとエゲツない量の通知が来ていた、なんてことはない。

 俺はシュガースポット全員のラインをブロックしている。実際に通知が来ることなんてないのだから。

 

 窓を開けると、いやに晴れ晴れとしてた。

 胡散臭いほどに青い空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「起立、礼」

 

 日直の号令によって一日が終わる。

 あっという間に放課後だ。昼休みに真琴辺りが接触しにくるだろうと踏んで、授業終了時間ギリギリにトイレに駆け込んで昼休みギリギリまで籠ってたのだ。

 実に平和な一日だった。起伏もなければ砂利一つない。無味無臭な一日を送れた。

 

 油断大敵。さっさと帰路に就こうと教室を出る。すると――

 

「お前が須賀?」

 

 正面から2人くらいの男子生徒が近づいてきた。靴の色から推察するに三年生、先輩方だろう。ガタイのよさから見ると運動系の部活に入っている様に見える。

 

「そうですけど」

「ちょっとツラ貸せよ」

 

 そう言われ、肩をがっしり組まれて埒られた。逃げらんねえ。

 

 

 

 

 

 

「で、なんなんすかね」

 

 校舎裏のごみ捨て場に俺は連れ去られた。ゴミ袋が積まれている。

 

「お前、橘さくらと仲良いんだってな」

 

 ああ、またこの手の輩か。わざわざこんな人気の少ないところまで呼び出して、どうせまた仲を取り持てとか抜かすんだろう? 返事は『断る』の二文字で終わるんだから、その場で言わせろよ。

 

「別に仲良くなんてありませんよ」

「はっ、とぼけんなよ。バンド活動やってんだろ? 知ってんだよそんくらい」

 

 随分と知れ渡ったモンだな。だがもう関係ない。

 

「ああ、そのことならもうやめましたよ。バンド。だからもう――」

「とぼけんなっつってんだコラ」

 

 先輩の一人、金髪オールバックが俺の胸ぐらを絞め上げた。

 

「いいから橘の連絡先教えろよ」

 

 だるぅ。話全然通じねえ。

 

「わかったわかった。わかりましたよ」

 

 そう言って俺はスマホを取り出す。

 

「ええと橘さん橘さんっと」

 

 ラインを開くと見せかけて録音アプリを起動して、

 

「あー……」

 

 そのままスマホをポケットにしまった。

 

「……おい、どうした。早くしろよ」

 

 短髪の黒髪が催促するが――

 

「…………」

 

 俺はお手上げのポーズをして、

 

「やっぱやめだ」

 

 口端を釣り上げてそう言った。

 

「……あ˝?」

「いやね、橘さんに釘刺されてんの思い出しまして」

「何言ってんの、お前」

「こういう迷惑な輩に連絡先を教えないでくれとか、仲を取り持てとか言われても引き受けないでくれってね」

「ははははは」

 

 金髪は一瞬声を出して笑った後、俺の胸ぐらを掴んで――

 

「舐めてんじゃねえぞコラァ!!」

 

 その拳を俺の顔面に振り下ろした。

 

 ガシャアアアンとフェンスに体を叩き付けられる。

 口内のどっかしらが切れたのか口から血の味が広がった。

 

「お前まだ自分の立場わかってねえみてえだな」

 

 短髪が俺の胸ぐらを掴みあげて上体を起こす。

 腹部に奴の拳が突き刺さる。

 ガハッと肺中の空気が全て吐き出された。

 くの字に折れ曲がる俺の身体。

 前につんのめる俺の顔面を迎えたのは固い膝だった。

 

 ブッ、と鼻から迸る鮮血が深紅のアーチを描いて宙を舞う。

 俺の身体は積み上げられたごみ袋に大きく倒れ込んだ。

 

「チッ、汚れちまったじゃねえか」

 

 短髪は制服に着いた俺の血を手で払う。

 

「痛い思いはもう十分だろ?さっさと教えろよ」

 

 金髪は醜く顔を引きつらせてそう吐き捨てた。

 

 俺は――

 

「……はっ」

 

 思わず――

 

「ははははははははは!!」

 

 笑ってしまった。

 

「な、なんだお前。気持ち悪い」

「いやね、こうも自分の判断が正しいと思わず笑っちゃってさあ」

 

 ぶん殴られてハイになってるな俺。

 

「よかったよ。お前らみたいな自分の思い通りにならないと思いきや、すぐ手を出すクソ野郎どもにあの人の何もかもを教えなくて!!」

 

 目に血が巡り、充血していくのを感じる。

 

「俺は今まで自分のことをどうしようもないグズでロクデナシの無能だって思ってたけど、今は心底安堵してるよ!俺よりも下がいたってな!!テメエらは俺以下のクズだ!他人に迷惑かけるだけの吐しゃ物塗れのクソ野郎が!俺やお前らみたいのがあの人の視界に入っていいわけがねえんだよ!!」

 

 知らなかった。自分の口はこういう悪態を飛ばす時、随分と回るんだと。

 唾液混じりの血が宙を舞った。

 

 金髪と短髪は呆れたようにお互い見やった後、とどめを刺そうと俺に近づいてくる。

 

「お前いっぺん死んで――」

「なにをやっているかあああああああああああああ!!!!」

 

 短髪の拳が俺に届く前に、天から怒号が舞い降りる。

 人気の少ない教室の窓から鬼の教育指導、國馬先生が修羅のような形相をして見下ろしてた。

 

「チッ、國馬だズラかるぜ」

「クソッ」

 

 そう悪態をついて先輩方二人は尻尾を巻いて逃げ出した。

 

「コラ、お前ら待たんか!!」

 

 國馬先生も窓から顔を引っ込めて二人を追った。

 

 残されたのは血を垂れ流した男一人。

 

「…………はっ、」

 

 打ち上げられたコイのように、ごみ袋の山の上で大の字に寝ころぶ俺。

 ぐったりとした体には、ふかふかしたベッドのように感じた。

 はーっ、なんだかすごく気持ちいいな。

 

 ぶっ、と片鼻を抑えて息を強く吹きだすと、中に溜まっていた鮮血が噴き出した。

 鼻詰まりが解消されたせいで生ごみのにおいが直に伝わってきた。

 あ、やっぱ臭いわ。ダメだわ。起きよう。 

 

「ツツ……あいつら本気でぶん殴りやがって……」

 

 制服が汚れちまった。叩いて砂やほこりを払う。

 口の中に広がる鉄の液体をブッと吐き捨てる。べちゃっと地面に赤い塊がこびり付いた。

 

「まずは職員室だな」

 

 音声の証拠はスマホの中にある。とりあえず提出するだけ提出しとこう。

 

「ん」

 

 鉄の味が再び口内に溢れ出す。これ口ん中切っちゃってるな。 

 てのひらも擦過したかのような痕があった。殴られて地面に倒れた時に擦過したのだろう。

 

「……とりあえず保健室だな」

 

 誰もいない校舎裏でそう呟いて俺は傷の手当てをしに歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 保健室のドアをknock & open。しかし誰もいなかった。

 あれ、養教さんいないのか。

 と思ったら、一台のベッドのカーテンが閉められている。具合の悪い生徒でもいるのだろうか?

 まあいいや。適当に救急箱借りよう。って言ってもどこにあるのかはわからないから、まずは探すところから始めよう。

 適当に棚を漁って――

 

「救急箱ならここですよ」

 

 後ろから聞きなれた甘い声がする。振り返ると、さっきまで閉まっていたカーテンが開けられ、甘栗色の髪の毛が目に入った。

 

「真琴……」

「こんにちは。須賀先輩」

 

 真琴の膝上には救急箱が乗せられていた。

 

「どうしたんですか? その傷」

「別に……転んだだけだよ」

「へえ、それはそれは。随分派手に転んだんですね」

 

 そう言って真琴は立ち上がった。こっちに来たかと思えば俺を追い越し、本来養教さんが座るであろう背もたれのある椅子に腰かけた。

 

「さ、どうぞ」

「どうぞって……何が」

「手当て、するんでしょう?」

 

 真琴はきょとんと首をかしげながら、俺の眼を真っ直ぐ見つめた。

 

「……いいって。傷の手当てくらい、自分一人でできるよ」

「まあまあそう言わずに」

 

 真琴は笑顔で正面の丸椅子に手を向けた。笑顔に圧を感じる。

 

「……はあ」

 

 ぶん殴られたダメージで反抗する気力もない。

 渋々と彼女の言う通り、椅子に腰を掛けた。真琴は俺のズボンの裾に手をかけ、捲った。

 

「おい、そこは別に――」

「転んだんなら普通膝とかに怪我ないですか?」

 

 ……確かに。

 

「あれま。膝は大した怪我じゃないですね。器用な転び方をしましたね須賀先輩」

「…………」

「手、見せてください」

 

 俺は両手を真琴に差し出す。てのひらには痛々しい擦り傷があった。

 

「おー、こりゃひどい。いたそ~」

 

 真琴はピンセットで綿を摘み、消毒液を染み込ませた。

 

「ちょっと痛いですからねー」

 

 真琴は俺の擦過傷に綿を押し当てた。

 いっだだだだ。沁みる!沁みる! 

 擦り傷ってなんでこう、嫌な痛み方するんだよ。鋭いっていうか強いって言うか。刺す様な痛みだ。

 歯医者で歯を削られている時の痛みにも似てる気がする。

 

「ぽんぽんぽん、と」

「~~~~~~ッッッ!」

「あはっ、先輩すっごい顔してますよ」

 

 真琴は苦痛にもがき苦しむ俺を見てサディスティックに笑う。

 

「ばっかお前、これ結構痛いんだぞ」

「あはは、なんかイケナイ感じですね☆」

 

 真琴は愉悦の混じった笑みを浮かべる。

 こいつ、ゴアグラのグロジャケットやハードプレイのエロ漫画見過ぎて性癖歪んでるんじゃないか?

 勘弁しろよ。俺にそんな趣味はない。

 

「まあ、こんなところでしょう」

 

 ようやく鋭い刺激から解放された。

 

「次は顔ですね」

 

 真琴は同じように消毒綿を作り、俺の前に立つ。

 

「じっとしていてくださいね」

 

 顎をクイと持ち上げられ、一瞬ドキッとする。

 

「お、少女漫画のアゴクイみたいだって思いましたね?」

「いいからさっさとやってくれ」

 

 唇の端を綿でぽんぽんされる。真琴の顔が少し近づいてまたドキドキしてしまう。

 ……さっきよりは痛くないな。 

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

 真琴は氷嚢を二つ取り出し、それぞれに水と氷を入れる。

 

「はい。これ押さえてください」

 

 二つの氷嚢を俺の頬に当ててくれる。ひんやりしていて気持ちいい。

 

「しばらくそれ押さえててください。打撲には冷やすのが一番です」

「お、おう。ありがとう……」

「いえいえ」

 

 そう一言零して、真琴は椅子に座った。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が流れる。正直気まずい。

 真琴も俺の脱退メッセージを見たはずだ。何か言ってくるだろうと思っていたが、一向に聞いてくるそぶりがない。

 

「……なあ」

「なんですか?」

「その、聞かないのか?」

「ん?」

「その……俺が抜けた理由」

「聞かなくてもわかりますよ」

 

 真琴は平然と答える。

 

「どうせこれ以上自分がいても迷惑なだけだって思ってるんでしょう?」

「…………」

 

 概ね正解だ。

 

「まあ、気持ちはわからないでもないです。私も先輩ファーストですからね。先輩の事を想って行動する人の気持ちは尊重したい気持ちはあります」

 

 でも、と真琴は付け加える。その目は少し曇っていた。

 

「先輩、今日学校に来てないみたいなんです」

「……え?」

 

 橘さんが?

 

「体調でも悪いのか?」

「さあ。ライン、帰ってきませんから。でも知ってます? 先輩って今の今まで皆勤賞だったらしいですよ? 風邪なんて引いたことがないって言ってたっけ」

「…………」

「須賀先輩。もっと、先輩の気持ち考えてあげてください」

 

 真琴は真剣なまなざしを向ける。

 

 ……俺なりに考えた結果だ。出来の悪い頭で考えて、悩んで、苦しんだ結果がこれだ。

 

「……俺は――」

「須賀先輩は、先輩が情けや義務で須賀先輩と一緒に過ごしていた、なんて想っているんですか?」

「…………」

 

 ……確かに、橘さんは俺に同情してくれた。俺の過去や身の上を聞いて、憤りすら覚えてくれた。優しくて正義感のある人だから。

 でも、それだけじゃなかった。

 橘さんは俺にいろいろ教えてくれたり、時には助けてくれたりしたけど、俺を哀れんだりは決してしなかった。

 

「……そんなこと、思ってもいないさ。思うはずがない」

「それなら――」

「でも、だからって俺は……」

 

 俺がいたら橘さんに不当な被害が及ぶ。でも、俺がいなくなったら橘さんが……

 

「どうすりゃいいんだよ……」

 

 ギリリと奥歯が擦れる音がした。さっきまで鉄の味しかしなかった口の中が、妙に塩辛い。

 鉄と塩が混ざり合って口内の傷に沁みる。

 しょっぱくて、しょっぱくて、痛々しい。

 

「俺は……どうしたら……」

 

 情けない。

 情けなくて、情けなくて、

 自分が嫌になる。

 何もかもがうまくいかない。

 一緒にいてもダメだ。かと言って離れたらこのザマだ。

 

 

 

 

 俺は、どうすればよかったんだろう。なにがしたかったんだろう。

 

 

 

 

 俺は――

 

 

 

 

「先輩、血!」

「へ?」

 

 真琴は自分の口元を指さした。

 

「ほら、口! 口から血が垂れてる!」

 

 口元を手で拭う。赤い液体が付着していた。

 殴られたときに口の中も切っていたのを思い出す。そりゃあ鉄の味は消えないわな。

 

「あーもう! 口の中切っちゃってるじゃないですか!」

 

 真琴は先程と同じ消毒綿を作ったかと思いきや、俺の下唇をひっつまんで引っ張った。

 

「ほらほらやっぱり傷が」

 

 真琴は俺の下唇の裏側に綿を押し当てた。唾液が手に付着することなどお構いなしだ。

 

「ひ、ひみる!ひみる!」

「私はしみませーん」

「ひみーる!ひみーる!」

「しみなーいしみなーい」

 

 さらに口内をがばっと開けられ、マジマジと観察される。

 真琴は狙いをさだめて、ピンセットごと綿を突っ込んだ。患部にジュクッと消毒液がしみ込んだ。

 

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