転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について 作:クワガタ信者
なんでこうなっちゃったんだろう。
何がいけなかったんだろう。
薄暗い部屋の中で私はパジャマ姿のままふさぎ込む。
朝からうるさかったスマートフォンはもう鳴らない。電源を切ったから。
昨日からずっと調子が悪い。リズムが合わなければ声もまともに出ない。声が出なければ歌も歌えない。
ここ最近はずっと楽しかった。須賀君が入って歌える曲の幅も広がって、まさに順風満帆。音楽がより楽しくなった。
そのはずなのにどうしてこんなに楽しくなくなっちゃったんだろう。
ストレスだと思わしき要因は二つ。
一つは私の噂だ。
告白ラッシュが収まったと思いきや、今度は私の悪い噂が流れているそうだ。
はっきり言ってどうでもいい。誰が何と言おうと、私には関係ない。他人から逆恨みされるのも中学時代に既に通ってきた道だ。
だから原因ははっきりとしている。
『君といると、目立つんだ』
「…………」
だから嫌だったんだろうか。私は良くも悪くも人を引きつける。
多くは好意からくるものなのだろうけど、悪意を向けられることだって稀にある。
その悪意が彼に向いてしまったのかもしれない。
私が須賀君と行動を共にしすぎた所為で、彼がとばっちりを受けた可能性は十分にある。
私の所為で彼が不快な思いを被ることがあったとしたら、
もしそうなら……申し訳ない。
だから私はそれを飲み込んで、いつも通りに振る舞おうとした。
真琴にも幸にも、恋にも気付かれない様に『いつもの私』を通そうとした。
結果は散々。楽器陣とも須賀君とも合わせられずに、みんなの貴重な練習時間を無駄にしただけだった。
せっかく須賀君が、バンドだけは続けてくれたと言うのになにも応えられなかった。
過去の出来事を封じ込めてでも私の手を取ってくれたのに、なにも。
ふがいない。情けない。みっともない。
自分から誘っておいてこのザマだ。
なにが『いいコンビ』だ。なにが『運命共同体』だ。
私は結局、彼に迷惑をかけただけだった。
――だからバンドを抜けた。
きっと、きっとこんな私だから須賀君は愛想を尽かしたんだ。
彼のトラウマを払拭できるほどの何かを与えられなかったから。
そんな私の為に、孤独の原因でありトラウマでもあるデスボイスを出すなんて、割に合わないと思って当然だ。
「なにやってんだろ」
私は須賀君に幸せになってほしかった。
自分の好きな事によって独りになった彼の孤独に寄り添いたかった。
好きなことを好きなだけ共有できる仲間達の輪の中で笑ってほしかった。
お弁当を作り始めたのも、彼の為に何かしてあげたかったからだ。スクリーム云々は口実でしかない。
気がつけば、彼と過ごす時間が当たり前になっていた。
それももう全部終わった。
終わった途端これだ。
男の子に拒絶された、言ってしまえばそれだけのことでこんなにふさぎ込んでしまうなんて、我ながら笑ってしまいそうになる。
「私、こんなに弱かったっけ」
今思えば、私は彼に対して特別な感情を抱いていたのかもしれない。
一言では言い表せられないけど、そこには恋愛感情も含まれていたと思う。
今まで恋愛なんて興味がなかった。というより、男子に対してあまり関心がなかった。
特段毛嫌いしていたわけでもない。普通の友人関係を築く程度ならいくらかはあった。
でも彼には、他の男子とは何か違う特別な思いがあった。
同じ共通の趣味があるだけの関係。それだけならごくありふれた関係だ。
だが私たちは重なった。あの時、初めて彼とセッションした時、私は言葉では到底表せられない快感を味わった。
電撃が走ったかのように体が痺れた。脳がチカチカするような感覚さえ覚えた。
ようは気持ちよかったのだ。彼との逢瀬が。きっとそれが始まりだった。
突き詰めれば、私は『一発ヤっただけで恋に落ちる頭からっぽな少女』となんら変わらない。
だとしたら、私はきっとおかしい。
趣味の好きと恋愛のスキを混同させてしまう人間なんて普通じゃない。
しかも快楽ありきときたものだ。まともじゃない。ヤクブツをやってる人間と何が違うだろうか。
もしかしたら、自分は快楽を与えてくれる人間なら誰でもいいのではないか?
彼が好きなのではなく、その快楽が好きなんじゃないか?
だとしたら、とんだ尻軽だ。相手にも失礼過ぎる。
そういえば、噂の一つにこんなのがあったな。『須賀雅貴に腰を振ってるビッチ』って。
……はは、言えてる。間違っていない。
私がこんな人間だと知ったら須賀君はどう思うのだろう。失望するに決まってる。
彼は純粋に愛している音楽をやる為にシュガースポットに入ったのだ。こんなよこしまな感情なんて一瞥もくれないだろう。
恋にも真琴にも幸にも合わせる顔がない。彼女たちも振り回してばかりだ。
きっと、私は彼の傍にいてはいけない人間なのだろう。
純粋な彼にとって、私は害でしかない。水と油、いや、毒だ。
純粋で清らかな真水に対して、私は一滴触れるだけで侵す毒薬でしかない。
だから、こうなるのは当然。必然だったんだ。
――でも、
――それでも
「楽しかったなあ……」
楽しかった。楽しかったんだ。
彼との時間が、彼らとの時間が。
「……っく」
一緒に奏でる音楽が楽しかった。一緒に食べるお昼ごはんの時間が楽しかった。
練習終わりにコンビニスイーツをみんなで食べる時間が楽しかった。
音楽の話をするのが楽しかった。他愛もない話でさえ楽しかった。
「っく、ひっく……」
全部、全部、私の宝物だった。
「うう、う˝う˝う˝う˝うううううぅ……」
惨めな私を多い隠すように布団にくるまる。
温かいのは布団か、それとも思い出か、私にはわからなかった。
目が覚めると、外はもう日が暮れていた。
オレンジ色の日差しが目にしみる。みんなで放課後、holicに駄弁りながら向かうあの時を思い出す。
「お腹、空いたな……」
朝から何も食べていないせいか、くるくると腹の虫が鳴った。
こんな時でもお腹は空くものだ。何か食べなきゃと布団から出て階段を降りた。
お父さんもお母さんも今は仕事中。家には誰もいない。
冷蔵庫の中には夕食の材料があったが、今は何も作る気が起きない。
チンしてすぐできる冷凍食品もないので、コンビニに出かけよう。
私はパジャマの上に適当な上着を羽織り、外へ出た。
すきっ腹に重いものを食べると具合が悪くなる。
ので、私は冷やしうどんとヨーグルトを買った。
本当はクレープが食べたかったけど、初めて須賀君をholicに連れて行った時のことを思い出すからやめた。辛くなるだけだから。
夕焼けが眩しい。遅い時間なのにやけに日差しが強い気がする。
上はともかく、下はパジャマのままだからやめてほしい。
ライブの時とかに照明を当てられて目立つのは好きだけど、今は違う。
まあ、もう家につくから別に関係ないけど。
「?」
家の扉の前に誰かいるようだ。
宅配かな?今は誰かにこの姿を見られたくないんだどな、そう思って安易に近づいたのが間違いだった。
身に纏っているのは宅配業者の制服じゃない。……うちの学校の制服だ。しかも男子の。
その男の子に見覚えがある。間違えるはずもない。つい最近までずっと一緒にいたのだから。
「須賀……君……?」
男の子はこちらを振り向いて、「橘さん」と呟いた。