転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について 作:クワガタ信者
恋から教えてもらった位置情報を頼りに、俺は橘さんのお家に辿り着いた。
早速ピンポン鳴らして彼女に謝ろうとインターフォンのボタンを触れる……だけで押すことができないでいる。
とにかく無我夢中でここまで来たけど、どの面下げて何を言えばいいのかわからない。
勝手に拒絶して勝手にバンド抜けるなんて言い出したんだ。どんな言葉を紡げばいいのかわからなかった。
また君とバンドがしたい?昨日のやっぱなしでって?ダメだダメだ勝手な奴過ぎる。
そもそも橘さんが俺の話をちゃんと聞いてくれるって前提がもうおこがまし過ぎる。
どうする?やっぱり誠意を見せる為初手土下座が正解か?でも偉い人が頭を下げるから意味があるのであって、俺なんかの空っぽで軽い頭を下げても意味なんて――
「須賀……君……?」
今一番求めていた声を聴いて振り返る。
「橘さん……?」
そこにはパジャマにパーカーとラフな格好をした橘さんが佇んでいた。
どさっと彼女が持っていたコンビニのビニール袋が落ちる。
「……っ!」
それを皮切りに、橘さんは俺と逆方向に走り出した。
「ま、待って!」
遅れて俺も走り出した。
「待ってくれ! 橘さん!」
「つ、ついてこないで!」
逃げる橘さんを俺は追う。
ていうか速い!橘さん足速いよ!
さすがはボーカル。ランニングは怠っていないようだ。
ギリギリ千切られることはないが、追いつくことはかなり厳しそうだ。
でも、俺だってちゃんと走り込んでいるんだ。体力勝負ならこちらに分がある。
千切られさえしなければ、先に限界を迎えるのは橘さんの方だ。
十分弱走っただろうか、公園に逃げ込んだ橘さんを追いかけて俺もそこに踏み入った。
「はあ……はあ……はあ……」
ベンチに腰掛けて息を切らしている橘さんの姿が見えた。
「あの時とは……逆だな……」
前にもこうして追いかけっこをしたことがある。あの時は俺が逃げて、橘さんが追う側だった。今度は俺が追いかける番だ。
ベンチで休んでいる橘さんにもう逃げる余力は残ってないと踏んだ俺は、近場の自販機へと足を運ぶ。
前と同じようにスポーツドリンクを二本買い、一本を橘さんに差し出す。
「でもこの構図は……変わらないみたいだ」
橘さんはうつむいたまま動かない。
俺は彼女の隣にスポドリを置いて、ベンチにドカッと腰かけて自分のドリンクをがぶ飲みした。
「だあああぁ……疲れたぁ……」
正直こっちも限界だった。ここまで自転車こいで来たんだ。その上で数分疾走したんだからもうヘトヘトだよ。限度がある。
「橘さんも、飲まないと脱水症状になっちゃうよ」
「どうして……ここに来たの?」
橘さんは俯いたままそう呟く。
「俺、橘さんに謝りたくて」
「謝る?須賀君が何を謝るって言うのよ……」
橘さんは少しだけ顔を動かしてこちらを見た。
「須賀君が謝ることなんて……何もない」
「あるよ。だって、俺が悪いんだから」
「違う。悪いのは私」
橘さんは目じりに涙をためて言った。
「私が……私が須賀君に迷惑かけたから……」
「迷惑?」
「だって、そうじゃない。私が目立つせいで須賀君にも悪い噂が流れてる……」
君といると目立つから、俺が橘さんを突き放す為に言ってしまった言葉だ。それを気にしているのだろう。涙を浮かべてしまうほどに思いつめて……酷いことを言ってしまった。
「橘さん、それは違う」
「違わないよ」
「俺の評判がよくないのなんて元々だ。橘さんのせいじゃない」
「そうかな。思えば私、須賀君を振り回してばっかりだった。断ってるのに無理矢理追いかけまわしたり、人目もはばからずに教室まで押しかけちゃったり、良かれと思ってお弁当なんて作り出しちゃってさ……ほんとおせっかい」
違う、違うんだ橘さん! 迷惑だなんて思ってないよ。おせっかいだってありがたくて仕方なかった!
「嬉しかったよ! 俺を求めてくれたのも、迎えに来てくれたのも、弁当だって嬉しいに決まってるじゃないか!」
「だったら……だったら、どうして……」
橘さんの目じりから涙がこぼれ落ちる。
「どうして……抜けるなんて……」
せき止めていたものが壊れたかのように、橘さんは次々と涙を溢れさせた。
ああ、最悪だ。真琴の言う通りだ。俺はもっと橘さんの気持ちを考えてあげるべきだった。橘さんの涙なんて見たくなかった。俺が流させたんだ。
「……そうだ。俺は昨日そう送った。学校で関わらないでくれとも言った。それこそが、それこそが本当に余計なおせっかいだったんだ」
「……え?」
意味がわからないと言いた気な顔で橘さんは俺を見る。
「俺、自分のことしか考えてなかったんだ。俺と一緒にいるせいで橘さんに悪い噂が立つのが我慢できなかった。俺が橘さんの足を引っ張るのが嫌だったんだ」
橘さんは何も言わない。何も言わず俺を見つめている。
「バンドを抜けたのだって、俺が勝手に思いつめたからなんだ。ガールズバンド、シュガースポットのファンは男の俺を受け入れてくれるわけがないって。バンドの人気を落としてしまうんじゃないかって」
「ぁぁ……」と橘さんは吐息を漏らす。
「でも、そんな不安はみんなの前で口に出すべきだったんだ。相談して、話し合って、みんなの考えとか想いとかを聞いて判断するべきだったんだ。それを怠って簡単に抜けるなんて言って、間違ってたんだよ。俺は」
ごめん。と俺は立ち上がって頭を下げた。
「恋に叱られて、真琴にたしなめられて、塚見さんに励まされて気づいた。やっぱり俺、バンドやりたい。橘さんの隣に立ちたい。君と歌いたい――」
「――あの時の快感をもっと味わいたい!」
すぅ、と橘さんの息を飲む音が聞こえた。
初めて橘さんとカラオケで叫んだあの時、俺は言葉に表せないほどの快楽を味わった。
全身がびりびりと振動するあの感覚。耐え難く、抗い難い。あの熱をもう一度浴びたい。
「だから橘さん、どうか、どうかこんな俺を許してくれ!! 俺と一緒にまた歌って――」
俺がそう言いかけると、頭をグイッと引き寄せられた。おでこに柔らかい感触が当たる。
橘さんは俺の頭を抱きかかえるように抱きしめていた。
「いいの? こんな私と、また歌ってくれるの?」
涙交じりの声で彼女は俺にしか聞こえない声で呟く。
「ああ、君とじゃなきゃダメなんだ」
頭を抱きかかえる彼女の手を俺は取る。
「叫ぼう。一緒に」
橙に光る太陽は沈み、俺たちの涙を闇で隠した。
*****
さくらが須賀雅貴を招待しました。
須賀雅貴 『お騒がせしました』
須賀雅貴 『戻ってきましたm(__)m』
れんれん☆ 『(# ゜Д゜)』
まこ 『遅いですよ』
さくら 『みんな心配かけてごめん。もう大丈夫だから』
まこ 『信じてましたよせんぱーい♡』
須賀雅貴 『すみませんでした』
れんれん☆ 『次変なこと言い出したらお尻だけじゃすまないからね』
*****
「ふぅ…よかった。みんな許してくれたみたいで」
「恋めっちゃ怒ってるんだけど……」
お尻だけじゃすまないってどういう意味だろう……玉でも潰されるんだろうか。
「滅多に怒らないんだけどね。怒らせたら恋が一番怖いから」
「肝に銘じておくよ」
日が沈み、辺りは暗くなっていた。
パジャマにパーカーという出で立ちの橘さんを一人で返すわけにはいかないので、二人で橘さんちに向かっていた。
自転車があっちにあるからいずれにしろ戻らなきゃいけないんだけどね。
「そういえば須賀君、その怪我どうしたの?」
「え? ああ、そういえば俺殴られたんだっけ」
放課後にぶん殴られたことなんてすっかり忘れていた。何の気なしに口に出してしまったが、それを聞いた橘さんは血相を変えて焦りだした。
「な、殴られた!? 誰に?」
「いや、その――」
「ま、まさか恋!? あの子そこまで……」
「いや、違う。恋じゃない。恋はそんなことしない」
お尻はぶたれたんだけどね。
「じゃあ誰?」
「えっと……」
「まさか、私のせい、とか?」
誤魔化そうといろいろ考えたけど、うまい言い訳が思いつかず、橘さんに察されてしまった。
これは……誤魔化しきれないな。
「……橘さんの連絡先教えろって知らない先輩がね……」
「……やっぱり私の所為で――」
「それは絶対に否定したい。言う事きかないからって不当な暴力を振るうあいつらが全部悪いに決まってる。そこまで橘さんの所為にしちゃったらもうキリがないじゃないか」
「でも――」
「こればっかりは譲れないね。それにぶん殴られてでも連絡先を教えないって選択をしたのは俺なんだから」
確かに殴られて痛かったし嫌な思いをしたのは事実だ。
でもそれがなかったら、真琴と保健室で話をすることもなかったから、ある意味必要なことかもしれない。
それに――
「橘さんはピンと来ないかもしれないけど。男ってさ、半分意地で生きてるところあるんだよ。意地を貫き通すことってすげえ大事なわけ。だからさ、俺は今日殴られてでも橘さんを守るって意地を最後まで貫徹させたこと、すっげぇ誇りに思ってる。それは俺を強くさせるし成長もさせる。だからある意味今回の件はよかったと思ってるんだ。真琴にも褒められたしな。超自己肯定感上がる感じ」
そう言うと橘さんは「そっか……」と優しく微笑んだ。
「かっこいいよ。須賀君」
「ありがとう。それ、真琴にも言われた」
橘さんはムッとして
「今真琴の名前出す?」
なんか急に不機嫌になった。
「え? 怒ってる? 橘さん」
「別に。なんもないですよーだ」
そう言って、橘さんはパタパタと走って先に行ってしまう。
「ちょっ、怒ってるよね!? 俺なんかした? 橘さん!」
俺もそれを追うのだった。また走るのか。
橘さんの家に辿り着き、俺は自転車のハンドルに手を置く。
「明日はちゃんと学校行くから」
「ああ、待ってるよ」
自転車に跨って振り返る。
「それじゃあ、橘さん」
「うん。またね須賀君」
手を振る橘さんを尻目に俺はペダルを漕ぎ出した。車輪は回り徐々に加速して――
「須賀君!」
が、急に呼び止められて咄嗟に急ブレーキをかける。慣性の法則で前につんのめる。
地味に死ぬかと思った。
「私ね、ダメな女なんだ」
橘さんは数メートル離れている俺に届くように言う。
「自分さえ楽しければそれでいい。それが私の本質なんだと思う。だから須賀君にしつこくつきまとっちゃったし、今回の件でみんなとの連絡を断っちゃったりした。きっと自分さえ良ければそれでいいんだよ。自分勝手で自己中心的で自分のことしか考えてない。人のこと振り回してばっか。それが私」
自分勝手で自分のことしか考えていない、か。
まるで俺のことを言ってるみたいだ。
皮肉なことに、橘さんと俺は自分に対する評価が似ている。
「そんな私でも、ずっと一緒にいてくれますか?」
俺は橘さんをそんな風に見えたことがなかった。
強引に人を振り回すところも自分中心なところも、みんなを引っ張っていくリーダーシップのように感じた。
だから否定しようか迷った。そんなことないよ、橘さんは立派な人だよって。
でもそうだな。ここはあえて――
「君が楽しいのが一番いい。君が楽しいと俺も楽しい」
あえて、彼女がダメと言う部分を肯定する。
「これからも、楽しい君の隣にいさせてくれ。めいっぱい振り回して遠くに飛ばしてくれたら、きっと楽しいよ」
俺たちは人間だ。完璧な人間なんていない。ダメなところなんていくらでもある。
だからこそいいところも悪いところも、受け入れてあげられるのが理想なんだ。
橘さんがソレを短所と言うのなら、短所を短所と認めて俺が受け止めてやる。
そうするのが一番だと思った。そうしてあげたいと俺が思った。
「次のライブ、楽しみにしていて」
遠くから橘さんが大きな声でそう叫ぶ。
「どこまでも飛んでいけるから!」
太陽のように満面の笑顔で橘さんは笑った。
そうそう、彼女はそういう顔が一番素敵なんだ。
俺は「ああ!」とだけ力強く行って再び漕ぎ出した。
今夜は月がとても大きく見える。
真っ白な満月は暗い夜道を照らしてくれる。
だが、月は自分で光っているわけではない。
太陽の光を反射して輝いて見えるのだ。つまり太陽がなければ月は輝けない。
俺にとって橘さんは太陽だ。彼女がいなければ俺は輝けない。
「月にでもなんでもなってやるよ」
あの月に追いつきたいと願った俺は、空をかける様にペダルを踏みしめた。
狂気を帯びる様に輝く月は、俺に光を差し続けた。
そうそう、これは余談でしかないのだが、
俺をぶん殴ったあの先輩方の末路なんだけど。
真琴と塚見さんが暴行シーンを撮影、それを教師陣に報告されたらしい。
その動画に先輩方の顔は映っていなかったので最初は彼らも否定していたのだが、俺がスマホで録音しておいた音声と、彼らの制服に付着した俺の血液によって証拠十分と判断され、停学となった。
さらに先輩方はたばこや酒類を校内に持ち込んでいたことが発覚したのも相まって、彼らが所属していたそれぞれの部活は連帯責任により今年のインターハイを出場停止。
周りから針の筵となった先輩方は程なくして学校を退学したそうだ。
まあ、月並みな言葉だがざまあないとしか言いようがない。
悪意を持って他人を害そうとするのなら、それ相応のしっぺ返しを食らうということだ。
そういえば、池谷を肘鉄で撃墜したこともあったが、あれはまあ、あっちが悪いってことでノーカンにしてほしい。
あれからあいつは俺を怯えた目で見るようになった。今まで反撃しなかった分、あの手痛いしっぺ返しは相当堪えたのだと思う。しばらくは大人しくしているだろう。
これも後から知ったのだが、池谷の奴、割と普通に陰ではうざがられていたらしい。まあ、あのにやけ面とニチャアとした喋り方は見ていて気持ちのいいものじゃないからな。
それも含めてざまあないね。