転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第23話 Unleash Hell

「誰?あれ」

「知らねえ。部外者か?」

「おいおい誰だよ部外者連れてきたやつ」

「実は男装してる女の子とか?」

「ないない。明らかに骨格が男じゃん」

「そう来るか…」

「てかサクラの隣に立たないでほしいんだけど」

「わかる。マジ邪魔だよね。普通にやめてほしいんだけど」

「スタッフ何やってんだよ」

 

 不穏な空気が会場に漂う。

 当然だ。煌びやかなガールズバンドを見に来たと思ったら急に男が挟まってきたんだ。俺でも戸惑う。

 

「はいはーい、そこまでにしときなさーい」

 

 橘さんがパンパン、とマイクごと手を叩く。ボフッボフッとポップノイズに似た空気音が広がった。

 

「んんっ。彼はマサキ、私達sug@r spΩtの正式なメンバーです!」

 

 橘さんがそう断言すると、オーディエンスが一斉にザワついた。

 

「は?嘘だろ!?」

「sug@r spΩtに男!?」

「なんかの間違いだろ!?」

「なるほどねえ…」

「そんな、レン様とサクラちゃんの間に男が挟まったと言うの!?」

「嘘だ……嘘だと言ってくれええええ!!!?」

 

 一触即発、不満爆発。

 さっきまで熱烈な歓声を轟かせていた会場に、一気にブーイングの嵐が巻き起こった。

 

 ……まあ、こうなるよな。

 

「はいはーい、注目ちゅうもーーーーく」

 

 恋がドガドガと雑にペダルを踏み散らかして観客の注意を引き付けた。

 

「みんなが戸惑う気持ちもわかるよ。あたしら、今までずっと女の子だけでやってきたからね。急に男の子入ってきても受け入れらんないって人の気持ちもめっちゃわかる」

 

 それでも、と恋は続ける。

 

「ずっとなんか足りないと思ってたんだ。だから探し求めた。あたしらのやりたい音楽に必要な『もの』はなんだろうって考えたらさ、彼しかいなかったんだよね。埋まったんだ。最後のピース」

 

 恋の真剣な語り部を聞いて、皆が固唾を飲んでそれを聞いている。

 

「あたしらは変わるよ、今日この瞬間。性別とか年齢とか人種とか肩書とかつまんねえもん全部脱ぎ過ぎて、剥き出しの裸を見せてやる」

 

 コツン、と恋は親指の爪先で額を弾いた。

 

「てめえらごちゃごちゃ言わずに黙ってあたしらについてこい」

 

 シン、と時が止まったかのように静まり返る。

 まるで宇宙に放り出された気分だ。息が詰まる。

 

「レン様……」

 

 そんな中、誰かが呟いた。

 

「素敵……」

 

 その言葉を皮切りに、一部のオーディエンスが熱を帯びた。

 

「いいぞおおお!ぶちあげろおおおおおお!!」

「おもしれえ!見せてみろ!」

「これだよ!この何が起こるかわかんねえライブ感!」

「めちゃくちゃにしてッッッッッ!!」

 

 数にして十数人程度。

 アウェーの中、周りの雰囲気に憚らず、やりたい放題やる奴ら。

 あの人達の目には純真なエゴが宿っていた。

 

『なんでもいい、ブチあがれりゃあそれでいい!それ以外眼中にねえ!』

 

 そんなエゴが。 

 

 それを聞いて橘さんも犬歯を剥き出しにして笑う。

 

「マサキ」

 

 獣のように獰猛な攻撃性を見せる。

 

「ぶちかませ」

 

 彼女の眼はバキバキにキマっていた。

 

 ……やるんだ……今ここで……!

 

 後ろを見渡す。恋も、真琴も、塚見さんも、静かに首を縦に振った。

 

 俺は正面に向き直り、スタンドからマイクを外した。

 

 握りしめたマイクを口元に近づける。息を吸う音を拾い、風を切る音が響いた。

 

 カンカンカンと恋がスティックをカチ鳴らす。

 

 それと同時にマイクに息を叩き付け――

 

「――ッ……」

 

 ……ることができなかった。

 

 オーディエンスの視線が俺の瞳に突き刺さる。

 誰もが俺にナイフの切っ先を突きつけているように感じた。

 

『なにあれ~w』

『あいつ空気読めてなくね?』

 

 あの目だ……

 あの時の視線がフラッシュバックする。

 みんなの奇異な物を見る目。

 異物を排除しようと一丸になった嘲笑。

 

『うわっ、こっち見た』

『てかあいつ誰?』

 

 あいつらが俺に向ける侮蔑の目。それが今になって俺を蝕んだ。

 

『あんな奴うちのクラスにいた?』

『きんもーw』

 

 乗り越えたと思った、ねじ伏せたと思った、そのトラウマは遅効性の毒の様に効いてくる。

 

 忘れていた。人の目がこんなにも惨酷に恐ろしいことを。

 

 いや、そもそも俺は立ち向かっていなかった。

 

 俺がスクリームを披露したのは、精々シュガースポットの面々の4人だけ。

 200人を超える大規模な瞳孔の津波に対して何も対策をしてこなかった。

 

 メロディを見失ったギターとドラムが、から回る様に走り出している。

 まるでチェーンのはずれた自転車を必死に漕いでいるようだ。

 

 早く追いつかなきゃ。今からでも合わせなきゃ。

 

 そう焦るほど呼吸は空回りする。

 声帯の震わし方がわからなくなり、途切れ途切れの吐息だけがマイクにポップノイズを生み出させる。

 

 怖い。気持ち悪い。ここにいたくない。

 

 呼吸の間隔が狂っていく。心臓が死に向かう、加速する。脈動する血液が沸騰しそうになる。頭が熱い。目が充血する。呼吸が苦しい。吐きそうだ。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 

 

 

 誰か――

 

 

 

 

「ちょっとちょっと、なにやってんのよー」

 

 ぐるりと首に衝撃が走る。頭に何か柔らかいものがあたる。

 

「もしかして緊張してる? もう、しっかりしてよねー」

 

 いつの間にか演奏は中止され、橘さんが俺にヘッドロックを仕掛けていた。 

 

「ちょっとマサッキー! せっかくあたしがかっこよく始めようと思ったのにさあ。なんか一気に恥ずかしい感じになっちゃったじゃん!」

 

 スティックをカチカチと鳴らしながら恋は俺に抗議している。

 でも責め立てるような圧は感じない。なんだかいつもの恋みたいだった。

 

「もう、しょうがない人ですねwマサキ先輩は」

「マサキはいつでもどこでもマサキ」

 

 真琴も塚見さんもいつもとなんら変わらない。当たり前のように俺をおちょくる。

 

 あれ? 俺、失敗したよな? 演奏止めちゃったよな? なのにみんな責めようとしない。むしろ雰囲気は和やかだ。

 

「ごめんねーみんな。マサキったら初めてのライブで緊張してるみたいでさー。ったく、このこのー」

 

 橘さんは、マイクを俺の頭にグリグリと押し付けた。

 

 いたっ、イタイ! ハゲるハゲる! 加減してぇ!!

 

 そして――

 

 

 

 

 

「         」

 

 

 

 

 

 

 橘さんはマイクも拾わないような声で俺に耳打ちした。

 

「しょうがない。ほんとはレンのドラムから入る予定だったけど、マサキのタイミングで入っていいわよ」

 

 両手を上げて橘さんはやれやれのポーズを取りながらそう言った。

 

「いつでもいいから。マサキの入れるとこで入ってよ。私達が絶対に合わせるから」 

 

 頼もしくサムズアップを橘さんは見せてくれた。

 

「…………」 

 

 マイクを固く握りしめた手の力を緩める。

 そうだ。マイクってのはこう持つんだ。

  

 大きく深呼吸をする。

 そうだ。息は深く、お腹から空気を入れるんだ。

 

 ああ。もう大丈夫だ。

 視線も、緊張感も、失敗も、間違いも、何も怖くない。

 

 スゥと息を深く吸う。

 同時に背後の楽器陣の空気の流れが変わる。

 ああ、ほんとにわかってくれているんだ。

 

 なんか、

 

 安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「AAAAAAAAAAAAAAAI!AAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!!SLAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAUGHT!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 【――瞬間、その場にいる者は二つに分けられた。

 

 圧倒的な音圧の塊。そのプレッシャーに気圧され、身動きもできず、ただ立ち尽くす者。

 

 もう一つは、耳を音の質量で殴られた瞬間、全てを感じ取り一心不乱にこうべを垂れ、体を振り回す者。  

 

 いずれにしろ、須賀雅貴によって作り出された絶対圧殺領域に抗うことはできなかった。】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とあるライターの記録】

 

 ――はい。というわけでね。わたくし今ライブハウス、toxicに来ております

 

 ――本日はあの大人気バンド、sug@r spΩtのライブについてインタビューをしていきたいと思います

 

 ――まずはあちらの若い女学生達に訪ねてみましょう

 

 ――すみません、少しいいですか?

 

「はいはい。え?何?インタビュー?カメラ回ってんの!?」

「カメラないじゃん。雑誌とかに載るんじゃない?」

 

 ――はいはい、カメラは回っておりませんよ。雑誌……には載りませんが、音楽サイトの記事に載ると思っていただければ

 

「なんかわかんないけど、いいよー」

「顔とかは載せないでね」

 

 ――もちろん、匿名ですとも。

 

 ――それではまず一つ、今しがた行われたsug@r spΩtの演奏、いかがでしたか?

 

「いやなんかもう……」

「すごかったです……いろんな意味で……」

 

 ――ほうほう、どのようにすごかったのですか?

 

「なんかー、新メンバー紹介しまーすってなってー」

「男の子のボーカルが入ってました」

 

 ――なんと、あの大人気ガールズバンドに”男”が加入したと。

 

「そうそう。しかもなんかギャーってやってたのギャーって」

「シャウト……?デスボイス……?みたいのやってて」

 

 ――デスボイスですか。それは今までのsug@r spΩtにはなかったかと思われますが。

 

「そうそう!そうなの!だからなんかわけわかんなくなっちゃってもうパニックって感じ!」

「レン様は剥き出しの裸見せるって言ってたけど、あれが剥き出しって奴なのかな」

 

 ――なるほどなるほど。あなた方はそれを見てどう思いましたか?

 

「どうって……ねえ……?」

「…………」

 

 ――受け入れられなかった、と?

 

「まあ、完全に受け入れたわけじゃないけどさあ――」

「なんか、すごかったです」

「そうそう!それある!!」

「うまく言葉にできないんですが、心に残るものはありましたね。圧倒されたっていうか、熱を帯びたっていうか」

「そうそう!みこはすめっちゃ表現力あんじゃん!ポエム書きなよポエム!」

「みこはす言うな!……とにかく、私は応援します。サクもマコちゃんもユキもレン様も……あとマサキも」

「んー、あたしは前の方がいいかなー。なんか今回のシュガスポ重たくてさー」

「でもあんなサクの表情、見たことなくない? なんか、いつもより色っぽいっていうかさ」

「あー……ね」

 

 ――なるほどなるほど。賛否両論と。

 

 ――かしこまりました。貴重なご時間をありがとうございました。

 

 ――それでは次の方行ってみましょう。

 

 ――そこのお方、ガタイがよく、バンダナを纏っている男性のあなた。

 

「私ですかな?」

 

 ――そう。あなたです。ご年齢を聞いてもよろしいでしょうか?

 

「では、三十代とだけ」

 

 ――これはこれはご丁寧に。先ほどsug@r spΩtのライブに参加されていましたが、如何でしたか?

 

「いかがも何も。いつもと変わりませんでしたよ」

 

 ――ほう? いつもと変わらない? それはおかしいですね。先ほどお尋ねした女学生の方々と意見が食い違っております。

 

 ――まず、新しいメンバーが追加されたとか。

 

「それが何か?」

 

 ――おお、ご理解なされているようで。それではいつもとは違うではありませんか。

 

「……ハァ」

 

 ――おや、ため息。如何なされましたかな?

 

「あなたは何もわかっていない」

 

 ――と、申されますと?

 

「メンバーの加入、脱退、珍しいことじゃあない。そんなことでいちいち騒ぐ必要などありません。大事なのは本気で音楽をやっているかどうかです。その点、彼女たちの音楽は素晴らしい。流行りに乗っからず、自らの音楽性を貫く信念は今もなお健在――いや、もう彼ら、でしたね」

 

 ――そう。そこです。そこが最も重要なところだ。

 

 ――sug@r spΩtは今をときめく新進気鋭のガールズバンド。そのルックスから多くのファンを魅了するビジュアル性の強いバンドだ。

 

 ――であれば男性ファンも彼女たちに神聖なる純潔さを求めるはず。となると男性メンバーの加入は明らかに悪手なのではないか。一男性ファンとしてどう思っておりますか?

 

「……………………」

 

 ――おっと、固まってしまいました。やはり思うところはあるのでしょうか。

 

「ん~~~~~~~~」

 

 ――男性は頭をポリポリと掻き始めた。

 

「やはりあなたは『sug@r spΩt』というバンドをワカっていない」

 

 ――と、申しますと?

 

「彼女たちは確かに人気だ。音楽性だけではなく、その優れたビジュアルも」

 

 ――ふむふむ。

 

「ですが、やはり彼女たちの本質は音楽にあるのです。人気やオーディエンスのご機嫌取りをしたいのであれば、流行りのジャンルに手を出しているはずだ」

 

「しかし彼女たちが選んだのは2000年代前期のスクリーモ、とても日本で流行るようなジャンルではありますまい」

 

 ――ではなぜこれほどの人気を?

 

「ここまで人気を博したのは、彼女たちの実力の高さ故としか。2000年代前期は比較的聴きやすいとはいえスクリーモはスクリーモ。やはり聴く人を選ぶ」

 

「だが彼女たちはスクリーモの良さを潰さず、尚且つキャッチーさを絶妙なバランスで融け込ませた楽曲を作っている。そこには新規の初心者にも聴きやすい配慮が行き届いている」

 

「その領域はただ人気欲しさの小手先だけの小細工では到達不可能。真の意味でスクリーモへの理解を追求した者にだけ与えられる絶対の領域」

 

「その探求心こそが彼女らの本質なのですよ」

 

 ――な、なるほど。よくわかりました。これにて失礼。

 

「そして新たなるメンバーを加え、彼ら彼女らは新たなるフェーズへと辿り着いた……これは不可侵の領域をさらに広げることで絶対的な――」

 

 ――新しいフェーズに行ってるんなら変わってるだろうが……

 

 ――おや、失礼。やはり人気のバンドには個性的なファンがつきものですな。

 

 ――それでは次回の記事でお会いしましょう。Good Night

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