転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について 作:クワガタ信者
「When everything's end, everything's start up」
橘さんの物悲しげなクリーンで締めて二曲目を終える。
歓声は上がらない。が、観客は浸っているような、感慨にふけっているような、どこか満足しているような雰囲気も感じさせられた。
横目で隣を見やる。橘さんは目を閉じて天を仰いでいた。
きれいに整えられたEラインが真っ直ぐに伸びている。
スポットライトを浴びた彼女の横顔に神秘的なものを感じ、心臓がドクンと跳ねた。
やがて彼女の瞳は開かれる。俺の視線に気づき、横目で俺を流し見る。
にへらと艶のある笑みを浮かべ、マイクを口元に近づけた。
「どうだった?初めてのライブ」
まだわからない、と返した。
「そっか」
そう言って彼女はまた正面を向いた。
「最後の曲だ」
橘さんはステージ上にあるフットモニター、通称『ころがし』に足を付けて体を乗り出し、観客席ギリギリまで体を近づけさせる。
「最後まで全部出し切れええええ!!」
橘さんの号令により、さっきまで文句を垂れていたオーディエンスたちは、目に深紅の燈火を走らせて雄たけびを上げた。
再び恋のカウントダウンで幕は開ける。
「Wake up before it's spirits ruined」
塚見さんのピッキングと共に、静かにクリーンがフェードインする。
コーラスで使うような伸びのある声の出し方はひたすら美しく、俺は一瞬自分もパフォーマンスをする側だということを失念した。
ジャキジャキ、と目が覚めるようなカッティングで我に返る。
そうだ。忘れるな。俺がこのバンドの要、その一端を担うんだ。
「THERE'S A LABYRINTH IN THE MIRROR!! PEOPLE ARE TRAPPED IN A MIRAGE!!」
先程の美しい旋律はどこへ行ったのか、俺の放つ猟奇的なシャウトがオーディエンスに牙を向く。
そうだ、勘違いするな。
俺の役割はアクセント。
橘さんを引き立て、天に押し上げるための加速装置でしかない。
「IF I COULD BREAK THE WORLD LIKE BREAKING GLASS, THEN WE COULD FLY AWAAAAAAAAAAAAY!!」
誰かに笑われる?悪意を向けられる?知った事かそんなもん。
見たいんだろ?彼女がどこまでも空高く舞い上がるところを。
俺が地獄に堕ちることで橘さんがどこまでも高みに行けるのなら、俺は喜んでその身を差し出そう。
彼女が天上で輝くのなら、俺は地の底で激しく燃え盛ろう。
彼女が太陽の如く光放つなら、俺は月の如く彼女の影に重なり、より日輪を煌めかせよう。
ガタガタ文句抜かす奴らは俺の牙でねじ伏せればいい。
「AND CONNECT THE STARS!!」
彼女の為なら俺は何人だって殺してやる。
幾度だって泥にまみれこの身を汚してやる。
「I FEEL THE LIGHT MIRROR REFLEEEEEEEEECT!!」
――だから今は叫べ。
「You don't feel anything」
朝と夜がひっくり返る様に、橘さんの透明感のある歌声が再び台頭する。
地獄に咲いた一輪の花。
これほど美しいものはこの世でないだろう。
そうだ。これを作り出す。それが俺の役目だろうが。
「I FEEL THE I STING GEEEEEEEEEET!!」
「You didn't even notice my pain」
観客は脳内におかしなモノが分泌したように感じただろう。
炎と氷、温暖と寒冷、まるでサウナで体を熱く火照らせた後に冷水をぶっかけられるような感覚。
快と不快、どちらかわからなかくなり、いずれどちらでもよくなる。
「Comes the executioner to delete what neighbor in the mirror」
どちらにしろ確かな刺激は供給し続けるのだから。
俺と橘さんの視線が交わる。
彼女が俺を求めているのが伝わる。
行こう。二人で。
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」
橘さんのクリーン、俺のスクリームが交差する。
光と影、太陽と月、表裏一体となって折り重なる。
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」
曇りなき青空のような声と地獄に沈めたきったねえ叫び。
不思議なことに不協はない。互いが互いを強調させ、昇華する。
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」
橘さんのリミッターが外れる。
「I couldn't help it, wanted save you. If I could ease your burden」
曲が最も盛り上がる頂き、それがサビ。
高められたボルテージを解き放つように、猛り爆ぜるオーディエンス共は狂い咲く。
ははっ、たっけぇ。
どっから出てくんだよそのハイトーン。
「「All of it was a pretence, all of it was a pretence」」
真琴と恋のコーラスが橘さんを支える。
そうだ、俺だけじゃない。
彼女たちの声だってこのエリアに響き渡るんだ。
サビはメインボーカルとコーラスボーカルの独壇場。
俺と橘さんで高めたボルテージを超高音のクリーンで一気に炸裂させる。
まるで格ゲーの超必だ。
「And now I'm taking off the mask. Thought I don't want to lie to you」
「「All of it was a pretence, all of it was a pretence」」
ギアを一つ一つ上げる様に、この空間は加速していく。
「Refleeeeeeeectioooooooooooooooooooooooooooooon!!」
ああ
もう
最高だ。
「Chained memory, closed heart, back and forth」
2コーラス目を橘さんが歌う中、俺は瞳を閉じた。
「Vertical, bloated twisted thoughts」
走馬灯のように彼女たちとの日々がまぶたの裏に蘇る。
いろいろなことがあった。本当にいろいろあった。
「I don't banish you」
辛いこと、苦しいこと全部、
全部このためにあったんだ。
「I don't banish you anymore」
何もかも脱ぎ去って剥き出しの自分を晒す。
殻を破った者だけの特権、
一歩踏み出した者にしか辿り着けないこのステージ。
「I don't banish you」
俺はなんて幸せなんだ。
「I don't banish you anymore」
ここに来てよかった。
「And there's dregs in your heart that you can't hide. Always lying yourself」
背筋を鋭く突きつけられるような感覚で目を見開く。
視線の先で橘さんと目があう。
『勝手に気持ちよくならないでよ。』
「But I won't leave you alone. Because I'm stronger than before」
『これからでしょ?』
そんな風に言っているように思えた。
「Maybe your last chance」
わかってるって。
「Maybe your last chance」
キメてやるさ。
ラスサビ前、ブレイクダウンでのスクリーム。
このステージでの俺の最後の出番だ。
ここを終えれば俺の役目は終わる。
だから最後に
ありったけを――
「TASTE OF IRON!! DON’T VOMIT!!」
吠えろ
「IF YOU'RE BREAKING IT!! DON'T EAT THE DEBRIS!!」
叩き潰せ
「IF YOU'RE HURTING IT!! THEN DON’T SHOW ANYONE!!」
捩じ伏せろ
「DON’T SHOW ME THE MIRROR!!」
最後の花火だ
「LIKE A SPIRAL WORLD!!」
盛大に打ち上げろ
「I SEE THE YOU’RE GOING AROUND THE SAME PLACE!!」
全部出せ。
「I CHECK THAT YOU FAINTING!!」
出し切って
「I CHECK THEN I CLOSED THE BOOK!!」
派手にくたばれ
ああ、聞こえる
彼女のブレスが
「I couldn't help it, wanted save you」
――ああ
「If I could ease your burden」
――やっぱ
「「All of it was a pretence, all of it was a pretence」」
――きれいだな。
「And now I'm taking off the mask. Thought I don't want to lie to you」
「「All of it was a pretence, all of it was a pretence」」
「Refleeeeeeeeeectioooooooooooooooooooooooooooooon!!」
橘さんの最後のロングトーンシャウトにより、フロアは今ライブ最高潮の熱を帯びた。
【さくらSide】
一時はどうなることかと思った。
須賀君がバンドをやめて、何もかもが手のひらから零れ落ちたと思った。
でも、今は全てがこの手の中にある。
観客の視線もフロアの熱気も全て私の支配下にある。
それでも予想外の出来事は起こるものだ。
「――ッ……」
須賀君が青い顔して声が出せないでいる。
私はすぐにピンと来た。
彼は今一度、過去のトラウマと戦っている。
百人を超える観客達の視線は、彼にとって灼熱の焼きごての如く激物だろう。
そんな彼らが須賀君に押す烙印は『異物』の二文字。恐ろしいはずがない。
「ちょっとちょっと、なにやってんのよー」
でもそんなものがどうしたというのだ。
今更この昂った激情を邪魔されてなるものか。
その程度の障害に阻まれてたまるものか。
私は須賀君の耳元にそっと口を当てる。
子供を落ち着かせるように、細やかに囁く。
誰にも聞かれない様に。
「私達が絡み合うところ、みんなに見せつけてあげましょう?」
一瞬、彼は顔を赤らめて私を見た。
それに応える様に私は強く微笑んだ。
それからの彼は男の子の顔をしていた。
覚悟を決めて困難に立ち向かう少年漫画の主人公のような目。
意地があるもんね。男の子には。
「AAAAAAAAAAAAAAAI!AAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!!SLAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAUGHT!!!」
もう大丈夫。ここさえ超えちゃえば君はもう立派なバンドマンだ。
オーディエンスは彼の重低音の音圧に圧倒されてる。さっきまでぶつくさ文句垂れてたファンの人たちも目ん玉かっぴらいて大口開けている。
成ったね。須賀君。
「THERE'S A LABYRINTH IN THE MIRROR!! PEOPLE ARE TRAPPED IN A MIRAGE!!」
あなたの横顔を盗み見る。
目を見開いて一生懸命に心の叫びを解き放つあなたの姿はとても微笑ましかった。
大好きなことに全力で打ち込むあなたを見て、私はとても嬉しかった。
抑圧されたあなたの全てを受け止めてあげたかった。
私はあなたのよすがになれただろうか。
「IF I COULD BREAK THE WORLD LIKE BREAKING GLASS, THEN WE COULD FLY AWAAAAAAAAAAAAY!!」
頭を殴りつけられるような鋭いスクリームは、私の中に潜む衝動を、本能を刺激した。
あなたの叫びは最初にあった日から、いや、今はより切れ味を増している。
まるで研ぎ澄まされた刃のようだ。
私はそれに貫かれたい。
いや、もう貫かれている。
その刃は私だけにとどまらず、やがて多くの人を切り伏せるだろう。
「You don't feel anything」
だから私が鞘になろう。
私の歌声であなたの抜き身の刀身をやさしく包み込んであげる。
刃と鞘が揃っての『刀』
私が居てこそのあなた。
ね、須賀君。
私達って最高でしょ?
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」
二人の声が絡み合い、溶け合う。
あなたの獣の様に力強く猛る声は、私を力づくで組み伏せようとする。
私の声はあなたを柔らかく包み込み、抱き止める。
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」
二人の爪痕はこの会場に永遠に刻み込まれる。
誰もが私達の逢瀬に目を離せない。
「I won't be consumables, and frail and ephemeral」
これが私の求めた音楽。焦がれに焦がれた絶頂の時。
イキかけた、なんて生温いもんじゃない。
こんなセッション……気持ちよすぎるッ!
もはやセックスと同等……いや、それ以上の快楽だ!!
したことないけどね☆
Reflection.
その言葉と共にエクスタシーは幕を下ろす。
待っていたのは津波の様に押し寄せる喝采と霜凪のような余韻だった。
後ろを振り返ると、恋がニィッと笑っていた。
真琴がバチンとウィンクした。
幸が無表情で頷いていた。
ふと、横目で相方の姿を探す。
彼は瞳を閉じて気持ちよさそうにスポットライトを見上げていた。
光を追い求めて彷徨う求道者に天から光の梯子が下ろされるような、そんな救いのようなものを感じた。
やがて、須賀君は目を開いて私の方を見やる。
「橘さん」
声は聞こえない。
でもそう彼が呟いたような気がする。
だから私も小さく言葉を紡ぐ。
誰にも聞こえない様に、小さく小さく。
「須賀君」
私達、交わったのよ。