転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について 作:クワガタ信者
機材を片付けた俺たちは楽屋へと戻る。
永遠のようにも感じた時間は実のところ数十分も経っておらず、密度の高さを実感した。
「あっつ……」
滝のように汗が流れた。
目に塩分が入って沁みる。
そう思っていたら、パサッと首にポリエステルのような触感の布が巻かれた。
「お疲れ様です。須賀先輩」
真琴がタオルを首に巻いてくれた。
「ありがとう。真琴」
「まさっきー、これ飲みなよ」
今度は恋がスポドリを首筋に押し当ててきた。
「ちょっ、冷たいって!」
「でゃははは! いーから飲みなってー」
恋とじゃれ合う中、塚見さんがこちらに近づいてきたと思いきや――
「ん˝っ!?」
口の中に何かを放り込まれた。
これは……
「飴……?」
「そう、はちみつあめ」
塚見さんは二本の指で飴の袋を見せびらかしながらそう言った。
「雅貴は今日頑張ったからのどを労わるべき」
「幸、急に固形物を口の中に放り込むのは危ないからやめなさい?」
真琴が塚見さんを嗜める。
確かにのどに詰まらせて窒息したら洒落にならないな。
「気を付ける」
あっさりと非を認めた。
無表情で感情は読みにくいけど、結構素直なんだよな塚見さん。
「てかさ、みんなだって疲れてるだろ?俺ばっか至れり尽くせりしなくていいって!」
「いいからいいから」
そう言って恋はタオルで俺の頭をわしゃわしゃする
犬か俺は。
「よせって!飴舐めてるから!危ないから!」
「恋。雅貴の言う通り。危ないからやめて」
「ゆっきーは人のアドバイスを素直に聞けるいい子だねー」
ヨシオネエサンガワシャワシャシテアゲヨーネー
マサキノアタマフイタヤツダカラヤダ
「せんぱーい、これどうぞ♡」
「ん、ありがと真琴」
真琴が橘さんにドリンクとタオルを手渡す。
通常運転だ。
あれ、橘さんファーストの真琴が、橘さんより先に俺にタオルくれるのって結構レアケースだな。
まあ、言うて今回だけだろう。
そう考えていると橘さんがこちらをじーっと見てることに気付く。
「…………」
「な、なにさ」
「いや、まだ聞いてないなって思って」
「何を?」
「初ライブ、どうだったって話」
二曲目の終わりに、橘さんから聞かれた奴だ。
「さすがにもう『まだわからない』はないでしょ?」
「……そうだね。でもうまく言葉にできないや」
「あら、言葉にして伝えるのが私達ボーカルでしょ?」
「いや、俺作詞してないし」
「ダメダメそんなの。そのうちちゃーんとやってもらうから」
「ええ!?」
「自分で書いた歌詞の方が気持ちって乗るものよ。心から叫ぶなら、なおさらね」
そういうものなのか。
「でもさ」
だけど、あえて言葉にするなら、
「またやりたいな」
これに尽きるよね。
「……そうね」
橘さんは目元にかかった前髪を横に払って、
「何度だってやりましょ」
そう微笑んだ。
「……むー」
おっと、どなたかのジト目が突き刺さった。
「二人してなにいい雰囲気作ってるんですか! 先輩私もー!」
俺と橘さんを交互に見て、真琴は唸ったかと思いきや、橘さんに抱き着いた。
「わかったわかった。わかったからステイステイ」
真琴の扱いが手慣れてるなー橘さんは。
コンコン
ふと、ステージとは逆の出入り口の扉がノックされた。
「はーい、どうぞー」
橘さんがそう言うと、扉はキィと開き、メガネをかけたサラリーマン風の男が入ってきた。
髪はツーブロ。
どことなく胡散臭い。
「どうもどうもお久しぶりですシュガースポットの皆さん」
いかにもな営業スマイルで男はこちらに近づいてきた。
「えっと、確かE-vansの……」
「はい。E-vansレコードの藤田と申します」
お世話になっております、と藤田と名乗る男は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、お世話になっております」
橘さんは前に出て、男にお辞儀を返した。
「……E-vansレコードって……」
「そ、大手のレコード会社だよ。前回のライブで名刺渡されたの」
恋がこそこそと俺に耳打ちしてくれる。
そういえば、池谷の奴が言ってたな。すげー音楽会社からスカウト来てるとかなんとか。
「いやはや、拝聴させて頂きましたよ本日のライブ!いやあ、素晴らしかったですね。もう大盛況で」
「あはは、恐縮です」
わざとらしく、大きな身振り手振りで大げさにおべっかを使って距離を詰めてくるなこの人。
橘さんも対応し辛そうにしている。
愛想笑いに困惑がにじみ出てるじゃないか。
「ところで先日の件、考えて頂けましたかな?」
男は薄ら笑いを維持したまま、目を若干鋭くさせた。
「先日の件って……」
「うちらのバンドをあっちのレーベルでメジャーデビューしないかって話」
まあ、レコード会社と話す内容なんてそういうのだよな。
「……私達なりに考えたのですが、今はまだ学業との兼ね合いもありますし、今すぐにデビューすることは難しいかと思います」
橘さんは落ち着いた様子で、自分たちの意見を述べた。
恋も真琴も塚見さんも、その答えに頷いている。
俺が加入する前からそう決めていたのだろう。
「せっかくの申し出ですが、このような結論となってしまい、大変申し訳ございません」
再び橘さんは、深く頭を下げ、誠意を見せた。
「いえいえ、このご時世ですからね。せめて高校を卒業しておきたいという希望は尊重致します。いやはや、将来のこともしっかり考えていらっしゃる」
申し出を断られた藤田氏だが、機嫌を悪くするようなそぶりも見せず、紳士的な言動を見せていた。
「ただ――」
それはあくまで彼女たちに対してだ。
藤田は鋭い眼光で俺を射抜く。
「私はシュガースポット様をいわゆる、ガールズバンドとして見ておりました。昨今のガールズバンドは著しい人気を見せている。アイドルと並び、わが社のレーベルでも目覚ましい活躍をしております。向こう数年、このブームは消えないでしょう」
だからこそ、と藤田は付け加える。
「ガールズバンドに『男』が混入するのは悪手でしょう」
俺を明らかな異物として見る藤田の慧眼は正直間違ってはいない。
俺ですらよぎる問題点だ。
プロのスカウトマンなら、なおさら見逃せないだろう。
「その上、時代遅れのデスボイスを楽曲に取り入れるときたものだ。驚きましたよ。一体全体どうしてこのようになったのかと」
「でも、お客さんめっちゃ盛り上がってましたけど~?」
恋が横槍で茶々を入れる。
実際、序盤に不満はあれど、今回のライブの盛り上がりは素人の俺からしてもかなりのモノだったと思う。
瞬間風速で見れば、以前見た動画よりも高かったように見えた。
藤田は、やれやれと言わんばかりにメガネのブリッジをクイと上げて口を開いた。
「確かに本日のライブ見事なものでした。ですがそれはあくまで飛び道具として一時的に通用したモノ。これがバンドのデフォルトとなってしまえば人気は落ちること間違いなし。上に上がるのも夢のまた夢ですな」
さてサクラさん、と藤田は再び橘さんに向き直る。
「私は、あなた方がいずれ我がレーベルで活躍するのを心待ちにしております。ですが我々も営利目的の団体でございましてね。多くの人々に聴いてもらう為のプロデュースをさせて頂きます」
「…………」
多くの人々に聞いてもらう為のプロデュース、か。
聞こえはいいけど、ようするに今までやってきた彼女達の音楽を捨てさせて、流行りのジャンルに乗っからせようって魂胆だろう。
よくある話だ。
橘さんは黙ったまま口を開かない。
こちらからじゃ背中しか見えないので表情は伺えない。
「彼とはどのようなご関係で?」
「クラスメイトです。学校の」
「それはそれは。では大変心苦しいとは思いますが、将来のこともありますしお友達とは今日限りということでお話を――」
「申し訳ございませんが、御社のレーベルとの契約はお断りさせて頂きます」
藤田の言葉を遮る様に、橘さんが頭を大きく下げた。
確かに表情は伺えない。でも声色でなんとなくわかるものだ。
橘さんの心は、既に藤田の手の届かない場所に位置してある。
「ば、馬鹿なっ、どうして急に――」
「私達はこの5人でやっていくって決めたからです」
橘さんは淡々と答える。
口調や声色に怒りはない。
「彼、須賀雅貴君は私達シュガースポットにとって、なくてはならないメンバーです」
だが、なんだろう。
「今日限りなんて冗談じゃない」
池谷に対して見せた、心の拒絶というものが、節々から感じさせられた。
「あ、あなた方はまだ若い。物事の分別というものがまだつき辛いというのもわかります。でもよく考えてください。プロですよ?メジャーデビューですよ?莫大な金額が動き、あなたの元にも入ってくる。それを一時の情で棒に振るのはあまりにも愚かだ。今一度考えなおし――」
「あら、言ってませんでしたっけ?」
橘さんはさっきまでの礼儀正しさを他所へ放り投げ、背筋を伸ばし胸を張る。
「私達、お金や名声の為に音楽やってないんで」
「なっ……」
予想だにしていないカウンターを喰らい、藤田はあんぐりと大口を開けていた。
身に着けた眼鏡もズレ落ちかけている。
「私達は私達の音楽をやりたくてバンドしてるんです。それができないなら、やってる意味がない」
なので、と橘さんは続ける。
「丁重にお断りさせていただきます」
強く、そう言い放った。
「くっ、」
藤田は悔しそうに眼鏡の位置を直しながら、ギリリと噛み締めた。
「世間知らずのお嬢さんが……こちらが下手に出たのをいいことに……ッ!」
「あら、人のスタイルを散々こき下ろして上から目線で講釈垂れておいてそれはないでしょう?もしかして断られるなんて夢にも思ってなかったのかしら?だとしたらレーベルの力を過信し過ぎね。今の時代メジャーだけにこだわるのはナンセンスよ」
昔のようにCDを売る時代ならともかく、今のご時世ネットやSNSの普及によって、様々な手段で自分たちの音楽を大人数に見てもらえるようになっている。
現にメジャーデビューせずに人気を誇っているバンドも実在する。
シルバーボンバーとかHI-STAMPEDEとかね。
そもそもメジャーデビューしたからといって、お金がドカンと増えるなんてことはない。
収入の大部分がレーベルに引かれてしまうからだ。
それに対してインディーズは、得た稼ぎの大部分を自分の懐に入れることが可能。
だからあえてメジャーデビューせずにインディーズで活躍しているバンドも珍しくない。
「ぐっ……ぅぅ……」
痛いところを突かれたようで、藤田は眉間に皺を寄せて舌打ちした。
「……いいでしょう。上にはそう伝えておきます。精々、後悔しないことですね……!」
丁寧な体裁を立て直し、捨て台詞を吐いて藤田はその場を去って行った。
「ごめん!みんな!メジャー勝手に断っちゃった!!」
ライブを終えて帰路に就く最中、橘さんが手を合わせてそう言った。
「藤田さんの物言いにあったま来てついカッとなっちゃったけど、みんなとちゃんと相談するべきだった。ほんとゴメン!」
目をぎゅっとつぶり、橘さんは深々と頭を下げた。
「いーよいーよ。あたしもまさっきー切り捨てんの論外だと思ってたからさ」
恋はあっけらかんとした様子で橘さんの頭をわしゃわしゃする。
「二人もそーだよねー?」
そう言って、恋は真琴と塚見さんの方へ振り向く。
「私は先輩の選択に全肯定なので!何の問題もありません!!ついてきます!!!」
星が輝くようにまぶたを弾かせて真琴は高らかに宣言した。
「見て見て、てんとう虫」
塚見さんに至っては指にてんとう虫を乗っけて見せびらかせている。
最早、メジャーデビューのことに興味がないようだ。
「まさっきー」
塚見さんからてんとう虫を受け取った俺は、恋の方に振り向いた。
「もう自分がいない方がいいなんて、言わないよね?」
恋はそう俺に問いかけた。
橘さんもハッと目を見開いて俺の答えを待っている。
俺は――
「……ああ。みんなが俺を必要としてくれて、本当に嬉しいよ」
そう答えた。
「メジャーより俺を選んでくれたのが、心から嬉しい」
それを聞いた恋は、安心したかのように笑った。
「……そっか」
橘さんも、柔らかくそう微笑んだ。
指先のてんとう虫が羽を広げて俺の指から離れていく。
月の光に反射して濡れ羽色の下翅が銀色に輝き、大空へと羽ばたいて行った。
俺はその姿を見送った。
いつか俺の叫びでみんなの音楽を月や太陽にまで届けてやる。
そう誓って俺は「行こっか」と歩き出した。