転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について 作:クワガタ信者
次の日の朝。俺はイヤホンを片耳につけながら登校する。
橘さんのバンドの曲を聞きながら歩いていた。
誘いは断ったけど、やっぱり曲が好きだ。
何よりボーカルがいい。歌っているのが誰かは知らないが、透き通るようなハイトーンが心にこびりついた泥を吹き飛ばしてくれる。そんな爽快感がとても心地よい。
何度だって聞ける。魅了されてしまった。
ああ、このボーカル最高だ……
ワンコーラスが終わり、間奏に差しあたる。
ふと、思う。ここにcoops lie dustばりのフォルスコードスクリームが入ったらどうなるだろう。
美しいクリーンボーカル(普通に歌う人のこと)と切り替わるようにエゲつないシャウトが入ったらどうなるだろうか。きっとアクセントが効いてたまらなくなる様な仕上がりになるんだろうなと妄想する。
……いかんいかん。何考えてるんだ俺は。
頭を左右に振り、邪念を飛ばす。もう忘れよう。俺と彼女は何も関係ないんだ。
教室に入り席に着くと、池谷がこちらに近づいてきた。
「おいデスボ」
机の脚をガタンと蹴られる。池谷は不機嫌そうに俺を見下ろした。
「お前、橘さんとどういう関係だよ」
「どうって……何が?」
ほら、やっぱこうなったよ。トップカーストの女子が腫物の俺を名指しで指名してそのままどっか行った、なんてそりゃ面白く思わない奴もいるわな。
「とぼけんじゃねえよ。あの後何があったかって聞いてんだ」
池谷はイライラしながら頭を掻いて俺を睨んだ。
めんどくさいなあ。どうすっかなあ。適当にうそをつく? 何もなかったって。
それ言ったところで信じてくれないよなあこいつ。
じゃあもう正直に言っちゃうか。やましいことなんて本当に何もないんだから。
「別に大したことじゃないよ。バンドやらないかって誘われただけ」
「は? お前が? ンなわけねえだろ。嘘つくんじゃねえよ」
池谷は鼻で笑いながら人を小馬鹿にするように顔を歪ませた。
「橘さんはな、この学校で知らない人なんていないくらい有名人なんだよ。顔めちゃかわ、勉強めちゃでき、ぶんぶりょーどーのしゅーさい。そんなあの子は校外でめちゃすごガールズバンドのボーカルやってんだ。お前とは住む世界が違うんだよw」
こいつ語彙力なさすぎだろ。国語の成績は大丈夫か?
それにしてもトップカーストとは思っていたが、まさかそれほどまでに有名人だとは。
住む世界が違うってのはまさにこのことを差すのだろう。
「そ、そんなにすごいのか?」
「あたりめえだろ。なんでも、すげー音楽会社からスカウト来てるって話しなんだぜ?」
確かにインスタのフォロワー数や動画の再生数もアマのバンドにしては多かった気がする。
プロのスカウトも来てるのは流石に驚いたけど、確かにあの完成度の高い楽曲に橘さんのルックスを見たら、将来有望として確保しておきたい音楽業界の人達の気持ちもわかる。
「だからきったねえクソダサデスボなんて出してるお前なんか眼中に――」
「須賀君、いるー?」
聞き覚えのある声に一瞬身体がビクッとする。教室の入口に顔を向けると、橘さんがいた。
「あ、いたいた」
周囲の注目を集めている事に対して意にも介さず、彼女はスタスタと早い足取りでこちらに向かってくる。
「須賀君! 昨日の事なんだけど!」
パンッと机を叩いて橘さんは怒りマークを頭に付けて抗議してきた。
「急に走って帰っちゃうんだもの! 驚いたじゃない! 私、諦めてないから!」
「ご、ごめん……何が?」
「バンドの事よバ・ン・ド! 私達とバンドしてほしいって話!!」
勘弁してくれよ声がでかいって。
俺の懸念通り、周囲がどよめく。
「た、橘さんのバンドに須賀がぁ!?」
「うそ、どうして!?」
「なんだなんだ!? どうなってるんだ??」
やっぱりその件だよなあ……チクショー。
また悪目立ちするじゃないか。
「そ、その件はもう断ったじゃないか!」
「理由も告げられずに一方的に逃げられたんじゃ納得できないわ! せめて理由を教えて頂戴」
「理由……理由は――」
そんなの決まっている。
横目で池谷を見やると、金魚のように口をパクパクさせている。
――なに間抜け面してんだよ。お前のせいでこんな面倒なことになってんだぞ。
ギリリと奥歯を擦らせて、池谷の胸倉を掴んで橘さん向けて押し出す。
その隙にダッシュで教室を抜け出した。
「ちょ、待って!」
橘さんは池谷を雑に弾き飛ばし、俺の後を追ってくる。
池谷は派手にスッ転んでた。
「つ、付いてくるなよ!」
「だって逃げるんだもの! 追いかけるに決まってるじゃない!」
「断っただろ! もう勘弁してくれよ!」
「だから理由を教えてってば!」
「言いたくないから逃げてんだろ!」
「なんでよ! 教えてくれたっていいじゃない! こっちだって必死なんだから!」
こうして俺と橘さんのおにごっこは始まった。
ある時は移動教室で
「須賀君!」
ある時は購買で
「見つけた!」
ある時はトイレから出たタイミングで
「須賀君!」
撒いては見つかり逃げては追いかけられ、俺の逃亡劇は放課後まで続いた。
帰りのHRが終わり即座に教室を出て下駄箱で靴を履き替える。背後から獲物を狙う気配を感じて走り出した。
「待って! 待ちなさいって!!」
「しつこい!」
わーぎゃー叫びながら校門を出る。周りからはすんごい目を向けられた。
そりゃあそうだ。学校一の美少女がぼっちの俺を追いかけまわしてるんだから。
結構な距離を走ったが、橘さんはまだまだついてくる。男の俺に走ってついてこられるなんて大した身体能力だ。
今日は一日中逃げさせられた。もう我慢の限界だ。
誰もいない公園へ逃げ込む。ここでケリをつけてやる。
立ち止まって息を整える。数秒経って橘さんも公園に入ってきた。流石に息は上がってるようだ。
「いい加減にしろ! もう何度も断ってるだろ! しつこすぎるぞあんた!」
「頑固なのは……ゼェ……ハァ……そっちも同じでしょ……ゼェ……」
オエッ、橘さんはえづいてしゃがみこんでしまう。
息が荒く、鼻筋に汗が伝っているのを見るに大分無理して追ってきたことが伺える。
――そこまでか。そこまでなのか。そこまでして俺をバンドに入れたいのか。
「……ちょっと待ってろよ」
健気についてきた橘さん対して毒気を抜かれた俺は、財布を出しながら自販機に向かって歩いていった。
「ほら」
自販機でスポーツドリンクを二本買い、一本をベンチに座ってる橘さんに渡した。
「ありがと……なんだ、意外と優しいのね」
「別に。俺も飲みたかっただけ」
橘さんと距離を少し開けてドカッと乱暴に座る。じっとりと身体にまとわりつく汗がうざったい。
「あのさ」
第二ボタンまで開けてパタパタと襟を動かして風を制服の中に送り込む。
橘さんは両手でペットボトルを持ちながらちびちびと飲みながらこっちを向いた。
「なんでそこまで俺にこだわるんだよ。他の人に頼むことはできないのかよ。大体ガールズバンドなんだろ? 女の子を探せばいいじゃないか」
「それができたらとっくにやってる。探してもスクリームができる女の子はいなかった」
確かに。スクリームができる女子なんて余程の物好きだ。海外はともかく日本じゃそうそう見つからないだろう。
「初心者に一からスクリームをやってもらうのは?」
「それはあまりしたくない。できる人はもうやり方を確立させてるから滅多に喉を壊すことはないけど、初心者はうまく出せるようになる前に喉を壊しちゃうリスクがあるでしょう? 声帯って一生モノだし、そこまで情熱のない人にそんなリスクは負わせられない」
なるほど。確かに。
スクリームは諸刃の剣だ。間違ったやり方で行うと喉に負担がかかり過ぎて喉をいわしてしまう恐れがある。ステージに立つ前に声帯ポリープなんかになってしまったら目も当てられない。
まあ、俺はそんなヘマはしないけど。
「SNSで募るのは?」
「それもやった。でも来るのは私達に近づきたいってファンの子達と、下心のある輩ばかりだったわ。多分ちゃんとできる人はもうバンドを組んでるんだと思う」
「あー……ね」
そもそもスクリームボーカルなんて母数が少ないからそりゃあ取り合いになるか。
ニッチなりに需要があるってわけだ。
「あとうちにはちょっとこだわり強い子がいてね」
「はぁ」
こだわり、こだわりねぇ。確かにスクリーム……デスボイスと一言で言っても様々な種類がある。
基本的には声帯を強く閉じてシャーと高い音域できめ細かいディストーションを生み出して叫ぶフライスクリームと低、中音域で獣のように叫ぶフォルスコードスクリームの二種類がある。
フォルスコードスクリームはしばしばグロウルやグラントとも呼ばれることがあり、それよりも低い超低域の下水道がコポコポ鳴るようなデスボイスはガテラルと呼ばれる。
さらに息を吐いて出すやり方と吸って出すやり方もある。
人によって声帯の形や特性は千差万別。高音域はかなり出せるが、これ以上低音域は出ないなど、得手不得手があるのだ。
こだわるとしたらそこだろう。
俺もスクリームボーカルなら誰だって好きなんて言うつもりはない。
coops lie dustのダニーのような荒々しいド迫力のフォルスコードスクリームが好きだ。
tanasinのアントニーのようなクリーンが混ざったフライスクリームも魅力的だ。
日本のバンドならgoldrainのMasaoとかもいいよね。中域高域隙がない。
デスボイスって意外と奥が深いんだぜ。
「でもさ、今のままでも十分魅力的じゃないか? 2000年代前期のスクリーモって比較的今風じゃん? エモ寄りの方が一般受けいいし、今のまんまでいいと思うけど。ほら、closefaceだってメジャーになってからクリーンを多く取り入れたし、やっぱり万人受けするにはスクリームなんて――」
「それじゃダメなの!!」
半分までになったペットボトルをぐしゃっと握り潰しながら、橘さんは叫んだ。
「私はスクリーモの全部が好き! 『前期』も『中期』も『後期』も! 色んな曲をやりたいの! だから私のバンドにはスクリームが絶対欲しい!」
ちなみに2000年代のスクリーモには『前期』『中期』『後期』がある。
『前期』はさわやかで綺麗め、ポップな感じ。『後期』はめちゃくちゃヘヴィで、叫びまくる。『中期』はその両方の性質を持ち合わせる。
『前期』はともかく、『中期』や『後期』とやりたいのであれば、確かにスクリームは欲しいところだ。
それにしてもこの人大分詳しいな。ここまで詳しい高校性は俺以外に初めて見た。よっぽど好きなんだな。
でもそこまで好きならなんで自分でやらないんだろうか?
「そこまで言うならさ、橘さん自分でやればいいじゃん」
俺がそう言うと、橘さんはむぐっと言葉を詰まらせた。
ん? なんだか目が泳いでるぞ?
「そう、よね。やっぱり……そう思うよね」
チラチラと横目でこちらを見ては目を逸らす橘さん。
なんだか挙動が不審……
「わかった。じゃあ一緒に来て」
橘さんは立ち上がり、俺の手を引っ張って歩き始めた。
「ちょっ、なんだよ! また俺を引きずりまわすのか?」
「すぐ近くよ。30分で終わるから」
この人は30分も俺を拘束するつもりか。
「ちょ、ちょっと! まだ行くとは言って――」
「大丈夫! ちょっと休憩するだけだから!」
「待てよどこ行く気だ!?」
渋る俺の腕を橘さんは両の腕で抱きかかえながら引っ張る。
あ、腕に柔らかいものが……。
公園を出たらちらほらと人が増え始める。中には学生が多く、美少女に手を引かれている俺を好奇な目で見ていた。