転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第5話 ゆるふわギャルは熱を帯びる

 次の日、俺は爽やかな足取りで登校する。

 小鳥のさえずり、人々の足音、車のクラクション、やかましい雑音はぜーんぶシャットアウト。移動中俺の耳に入る音は音楽だけでいい。

 俺がこれから所属するであろうバンド、シュガースポットの作品がイヤホンから直接脳内に流れ込む。

 

 何度聞いても惚れ惚れするのはこのボーカル、橘さんの歌声だ。

 もうこれだけ摂取して生きていきたい。授業中頬杖ついているフリをして聴いちゃおうかな。ワイヤレスイヤホンならバレる心配もないし。

 

 昨日、俺は自分の殻を破った。橘さんと本気でぶつかった、本気で奏でた。 

 誰かと音楽をやることがこんなにも刺激的で楽しいとは思わなかった。

 

 それを教えてくれたのは彼女だ。感謝してもしきれない。

 

 そんなことを考えている内に、教室に辿り着く。

 ガララッとドアを開けると、中にいた生徒が一斉にこっちを振り向く。

 

 ――ぅぉ……

 

 そうだ、忘れてた。昨日は橘さんに追いかけまわされて注目をめちゃくちゃ浴びたんだった。

 

 席についても視線は途切れない。

 ジロジロと野次馬根性丸出しのいや~な目線を向けられている。

 

 いつも以上に圧が強いな。どうせしばらくすると池谷の奴がまーた絡んでくるんだろう。

 俺あいつ嫌いなんだよなあ。

 

 そう辟易している俺だったが、いつまでたってもあいつは来ない。

 妙だなと思い、奴の席をチラ見する。あいつはドカッとダルそうに座っていた。

 なんだ、いるじゃん。

 

 ふと、池谷と目が合った。あいつは気にせず俺から目を離し、教室の出入口を注意深く眺めていた。……何を見ているんだ? あいつ。

 

 そうこうしているうちに朝のHRが始まる。

 片耳にイヤホンを刺して俺は物思いに耽るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 周りから好奇の目を向けられながらも、今日一日を乗り切り放課後を迎えた。

 一人また一人と生徒が教室を後にしていく。

 

 帰ろっかなーと、支度をし始めたところでダダダダダッと忙しない足音が聞こえてくる。

 半開きになったドアを勢いよくズバーンと開けて、橘さんが無表情で入ってきた。

 廊下は走らないでね。

 

 俺を捕捉した橘さんは、ぱあっと顔を明るくして手を上げた。

 今日はギターを背負っているな。お昼休みにたまり場と言っていたところで弾いてたのだろうか。

 

「須賀く――」

「ねえねえ! 橘さん!」

 

 俺と橘さんを遮るように池谷が挟まってきた。

 

「なんかさ、なんかさ! バンドのメンバー募集してるんだって? 俺入っちゃおっかなーなんて」

 

 突拍子もなく割り込んできた池谷。

 あいつ、やけに大人しく出入口を観察してると思ったら、これが狙いだったのか。

 

「メンバー? 別に募集してないけど」

 

 突然のエントリーにも動じず、橘さんは真顔で淡々と答える。

 

「またまたw昨日デスb……須賀の奴を勧誘してたじゃん」

 

 あいつ、俺が誘われたから自分もいけるんじゃね? って勘違いしてやがる。

 

「ええ、そうね。それならもう――」

「ってかさあ、あいつ誘うのやめた方がいいって。知ってる? あいつ中学の頃にさあwだっせえデスボイスみんなの前で披露してんのwキモくね?w」

 

 キモくねえキモくねえ。……いや、クラスのみんなの前で出すもんじゃないわな。あれは俺がキモかったわ。そこは認める。

 

「だから橘さんのバンド、ええっとなんだっけ? しだーうっど? に相応しくねえってwむしろ台無しにされんよーw」

「ああ、そう。なるほど、あなたが……ねぇ……」

 

 スンッ、と橘さんの目からハイライトが消える。

 あっ、まずいかも。橘さんキレそう。

 

 俺の所為で橘さんの学園生活に傷をつけたくない。どうしようかこまねいているうちに、橘さんは真顔で口を開いた。

 

「あなた、スクリームはできるの?」

 

 不敵な笑みでそう問いかける橘さん。それを聞いて池谷は、要領を得ないような表情をしていた。

 

「ええと、なに? あいすくりーむ? なんなのかわかんねえけど、ちょこっと練習すれば多分いけるぜ? よゆーっしょwww」

 

 池谷の舐め腐った返答を聞いて、橘さんの目に光が灯った。射て刺し殺すような鋭い閃光が。

 

「舐めないで頂戴。一朝一夕でモノにできるほど甘い世界じゃないの!私達は本気で音楽やってんの!遊びでやってるんじゃない。あなたみたいな下心丸出し男に構ってる暇なんてないのよ!わかったんならもう話しかけないで!」

 

 紡ぎ出される言葉は、全て池谷に突き刺さる。ここからじゃ池谷の表情は見えない。

 

「行きましょ須賀君」

 

 池谷を退け、橘さんはこちらに向かってくる。俺の手を取って教室から飛び出した。

 振り向くと、池谷が間抜けに口を開けながら白目向いて膝から崩れ落ちていた。

 ま、ざまあないわな

 

 

 

 

 

 

「あーすっきりしたー!」

 

 雨上がりの虹のような爽やかな笑顔で橘さんは手を大きく振りながら通学路を歩いている。

 

「須賀君見た? あいつの呆けた顔! 自分がお断りされるなんて微塵も思ってなさそうなはなっぱしらをへし折ってやったわ!」

 

 シュッシュとシャドーボクシングのように拳で空を斬らす橘さんは、昨日みたいに楽しそうにしていた。

 

「俺は冷や冷やしたよ。橘さんなにしでかすかわかんないから」

「ちょっとちょっと、人を猛獣みたいに!」

 

 あの射て刺すような眼光は下手な獣よりよっぽど怖かったんだけどね。

 

「で? 今日はどうしたのさ。また昨日みたいにカラオケにでも行くのかい?」

「ああ、そうそう。今日は――」

「あっ、さくじゃーん」

 

 前方から軽薄そうな女の子が手を振りながら歩いてきた。

 ウェーブがかった金髪に胸元が見えるまで開けたブラウス。口にはタバコ……いや、棒付きキャンディを咥えたいか~にもなギャルだ! パツキンギャルだ!

 だが、ただのギャルじゃない。地上波でバリバリ活躍しているどこぞのカリスマタレントのような、容姿が極めて整ったギャルだ。目がくらむ。

 羽織っているブレザーを見る限り他校の生徒だろう。

 

「おいすーオチカレ~♪」

「お疲れ様。恋」

 

 スナックよりもかる~い挨拶を橘さんは平然として返す。

 

 あの……この方お知り合いで??

 

「あれ、男連れじゃーんめっずらし」

「ああ、あなたにも紹介しなくちゃね」

 

 橘さんは俺の肩に手を置いてどや顔を決める。

 

「彼は須賀雅貴君。我らがシュガースポットの新メンバーよ」

「ほえー君が昨日グループで言ってた噂のニューフェイスかあ!」

 

 なんだか紹介された割には置いてきぼりなんだけど。どなたなのこの人。何をされてる方なの?

 橘さんが狼狽えている俺の視線に気が付いたようで、グッとサムズアップを決める。

 

「紹介するわ。彼女は木山恋(きやまれん)。シュガースポットのドラムよ」

「よろでーす。れんれんって呼んでね★」

 

 れんれんを名乗る白ギャルは、目の隣に横ピースを添えながらばちんとウィンクした。

 背中を任せるドラムはこのおねーちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャウトマンが見つかったって聞いたけど、まさか男とはねー」

 

 ゆるふわウェーブ・ゴールデンガールは首の後ろに両手を添えながら、口に含んだ飴をコロコロと転がしていた。

 

「あれ? 私言わなかったっけ?」

「言ってない言ってない」

 

 橘さんはコンビニで買ったであろうクレープをもきゅもきゅと咀嚼しながら首を傾げた。

 木山さんはそんな橘さんに呆れた様子で手首をスナップしていた。

 

「てかシャウトマンじゃなくてスクリームボーカルね。ここ大事だから」

「あーそれそれ」

「えーと、木山さんも――」

「れんれんって呼んでって。さん付けも敬語もいらないし」

 

 いや、ハードル高いでしょ。

 

「……じゃあ恋で」

「まあ、それならいっか」

「恋も橘さんと同じようにスクリーモが好きでやってるの?」

「スクリーモ……?」

 

 恋は小首をきょとんと傾げて丸い目でこちらを見ていた。

 あれ? この人シュガースポットのドラムって言ってたよね? 

 

「私達のバンドのジャンルのことよ」

 

 橘さんがため息を付きながらフォローしてくれた。

 

「あー、はいはいうちらのアレね」

 

 パチンと指を鳴らしながら恋は橘さんを指さした。

 あ、橘さんが呆れて首を振っている。いっつもやってんだこのやり取り。

 まあ、ジャンルって色々あって一々覚えるの大変かもね。名前はわかんないけど「こういう音楽好きー」ってのはよくある話か。

 多分恋もスクリーモが――

 

「あたし別にそのスクリーモ?ってのが特別好きってわけじゃないかなー」

「えぇ……」

 

 おいおいマジかよ。まさかのばっさりだよこの人。じゃあなんでやってんだよこんなニッチなジャンル。

 

「あー誤解しないでね? 別に嫌いってわけじゃないよ? あたし全ジャンルまんべんなく聴いてっから。どれも好きだよ」

「じゃあなんでよりにもよってスクリーモやってんのさ。こだわりないならメジャーなジャンルやった方がウケよくない?」

「んー」

 

 そうだなー、と恋は大きく伸びをする。弓のように反った背骨が形のいい豊満なバストを押し出していた。

 この人大胆に胸元開いてっから、その仕草は男性特攻入るんだよなあ……

 

「確かにジャンルにこだわりはないけどさー。なんでもいいってわけじゃないんだよねー」

「……というと?」

「人だよ人」

 

 恋は両手の人差し指で「人」の字を作りながらニヤッと微笑んだ。

 

「“何”をやるかじゃなくて”誰”とやるか。これめっちゃ大事じゃない?」

 

 恋は不敵な笑みを浮かべながら品定めをするようにジッとこちらを見つめた。

 口調は以前軽いままだが、そこはかとないプレッシャーを感じて背筋がゾクリと震えた。

 

「恋ね。私以上に、というか私達の中で一番演奏に厳しいのよ。下手な演奏やったらその場で帰っちゃうくらい」

「だってー。下手な子とやってもつまんないじゃん? レベルあわせてあげなきゃなんだしー。そうしちゃうと全力で叩けなーい」

 

 恋はゆるふわに巻いたカールを指でクルクルと回しながらつまんなそうに言った。

 

「ウチのがっこにね、私についていける子いなかったんだ。だからつまんなくてさ。『さっく』んとこ入ったの」

 

 さっく。

 ふと橘さんを見ると、人差し指で自分を差しながらこちらを見ていた。

 ああ、ニックネームね。

 

「でもしゅがすぽのメンバーはすごいよ。みんなうまいもん。一々口に出さなくても察してくれるし。なによりみんな熱がある」

 

 ガリッ、と固いものを噛み砕くような音がする。

 

「まさっきーさ。さっくの歌聴いた? 熱いもの感じなかった? 激情は? 心揺さぶられてハイにならなかった?」

「……ああ、なった。なったよ」

 

 そうか。この人がシュガースポットにいる理由。それは橘さんの歌声に魅かれたんだ。

 

「だからジャンルなんて関係ない。あたしはあたしがこれ!って決めた人とやりたい。そんだけだよ」

「わかる……わかるよ恋!」

 

 ああ、同士よ。

 

「俺も橘さんの歌を隣で聴きたくて。橘さんの隣で歌いたくてこのバンドに入ったんだ! すっげぇ綺麗でさ! ワンフレーズだけでもう痺れるんだよ! やなことあってもイヤホンつけて再生ボタン押したらもう夢中になる。些細なこと全部忘れさせてくれるんだ! もうこの声以外いらないってなれる。そんな魅力があるんだよ! もうたまんなくってさ!」

「おー、もう虜だねマサッキー。一周回ってこれ愛の告白じゃね? どうしようさっく、バンド内恋愛は解散の前触れだよ」

 

 恋は両手を口元に当てながらきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでた。

 

「ばっ、馬鹿なこと言わないでよ! いいからさっさと行くわよ!」

 

 橘さんはプンプンと顔を赤くしながらズンズン前に進んでいく。

 

「へー、さっくがあんな顔」

「……怒らせちゃったかな」

「えーなにが?」

「いや、結構熱く語っちゃったし、キモがられたかなって」

 

 橘さんはそういう男女の関係みたいな不埒な理由で俺を誘ったわけじゃないから、そういう目で見られるのは嫌なのだろう。後で誤解を解いて謝っとこう。

 

「いやいや、ちょ、マジかまさっきー」

 

 さっきから気になってたけどまさっきーって俺の事? なんか……橘さんもアレだけどこの人も距離のつめ方すごいな。そういうもんなのかな。友達いなかったからわかんないわ俺。

 

「いやいや、マジか。まさっきーってちょっとアレだね」

「え、なにがさ」

「いやーあの子結構わかりやすいと思うけどねー」

「だからなにがさ」

「んー、なんだろねー」

 

 恋はパタパタと小走りで橘さんに追いつく。後ろから抱き着いてバランスを崩させていた。

 あー、女子同士でいちゃこらしてるよ。輪に入りづれぇ……少なくともここにベースが加わるわけだろ? んで下手すりゃもう一本ギターとキーボードがついてくるわけだ。

 俺やってけっかなぁ。

 

 橘さんに「置いてくわよー」と急かされたので俺も小走りで追いついた。

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