転校先で美少女ガールズバンドのデスボイスボーカルとしてお迎えされた件について   作:クワガタ信者

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第8話 後輩って難しい

「まこっちー。あたしも会いたかったよー」

「ぎょわー! 木山先輩!? いたんですか!」

「いるよー超いるよー。だってあたしメンバーだしー」

「はーなーしーてー!」

 

 橘さんに抱き着く亜麻色ポニテの、後ろから抱き着く恋という構図。

 ポニテちゃんはじたじたと恋の拘束から逃げようともがいていた。

 

「そんな暴れなくてもいーじゃんかーまこっちー。あたしとも仲良くしよー?」

「いーやーでーすー! 私にはせんぱいだけって心から決めてるんですー!」

「かたいこと言わないでさー」

「いーやー」

 

 わっちゃわっちゃと二人だけの世界を形成していく彼女達。

 いつのまにか自由になった橘さんはわなわなと震えていた。

 

「あなた達いい加減にしなさああああああああああああああああい!!」

 

 怒髪天。橘さんの声が店内中に響く。近くで見守っていた店員さんも耳をキーンとさせていた。

 

「さっくうるさーい」

「先輩、し~ですよ。お店に迷惑かけちゃダメです」

 

 亜麻色ちゃんは人差し指を立てて小声で橘さんをたしなめた。

 

「あっ……ごめんなさい店長!」

 

 橘さんは店長さんに勢いよく頭を下げた。

 いつものことじゃない、と店長さんは笑顔で許してくれた。

 

「ところで先輩、さっきから気になっていたんですけど」

 

 亜麻色ポニテちゃん……真琴と呼ばれた少女はこちらに目を向ける。

 

「あのぽけ~っとした人は先輩のお知り合いですか」

 

 どうも、ぽけ~っとした人です。って誰がじゃい。

 

「そうそう、紹介が遅れたわ。彼は須賀雅貴君。我らがシュガースポットに君臨した期待の超新星! パートはスクリームボーカルよ!」

 

 よっ! と恋がどこからか取り出したクラッカーを俺に向けて発射する。

 スパンコールと銀色のテープが頭にぱさぁ……とかかる。

 

「ああ。昨日言っていた」

 

 頭の上に電球マークを浮かべながら吉川さんは合点する。

 

「えー、あなたがー?」

 

 吉川さんは胡散臭いものを見るような目で俺を見る。まるで品定めをしているようだ。

 

「な、なんだよ」

「失礼」

 

 吉川さんは俺の腕を取りしげしげと見つめた。

 

「……ほそっ」

「余計なお世話だよ!」

 

 何なんだこの子。人をごぼうを見る様な目で見て!

 続いて吉川さんは俺の腕や身体、ふとももやふくらはぎを掴んできた。

 

「ちょ、何なんだ一体」

「骨格はいまいち。まあ、いまいちなりに鍛えてはいるそうですね」

 

 俺の抗議をガン無視してもみもみとまさぐってくる。

 もう勘弁してくれ。くすぐったくて仕方がないんだ。

 

「ま、お手並み拝見と言ったところですね」

「ようやく解放された……」

 

 なんだったんだ一体……。

 確かに俺は線が細いよ。恵まれた身体はしていない。

 でも、海外のスクリームボーカルに憧れてランニングとか筋トレはやってきたんだ。

 彼らはマッシブな人達が多いからね。歌は体力勝負。身体が資本なのさ。

 

「これ性別逆だったらアウトなの納得いかないよな……」

「女々しいこと言わないでくださいよ。男の人でしょう?」

「あ、待てよ。今はジェンダーにとらわれない時代なんだぜ。男だとか女だとか押し付けるのは今時クールじゃないと思うな俺」

「はい屁理屈」

 

 バッサリ斬り捨てられてしまった。俺この子苦手だぁ。

 

「あら? 幸がいない」

 

 吉川さんはキョロキョロと辺りを見渡す。

 幸……確かギターの子だよな。

 あれ? さっきまでいたはずだよな

 

「ゆっきーなら一足早くスタジオ入ったよー」

「ほぁっ! いつのまに!」

 

 吉川さんは思わず手を口に当てて驚く。確かに俺も気配を感じなかった。中々の手練れだ。

 

「こんな人に時間使ってる暇はないですね! 行きましょう先輩方!」

 

 そう言って吉川さんは、ぱたぱたとスタジオの中に入っていった。

 

「……やっぱ俺、歓迎されてないよな……」

 

 俺だけ明らかに扱いが悪いもん。

 そりゃそうだよなあ。恋はああいったけどさ。

 いきなり男が入ってきたんだもん。そりゃいい顔しないって。ふつーは。

 

「あら、そんなことないわよ」

 

 橘さんに独り言を拾われる。

 

「あの子、私と幸、あと友人達以外には基本塩対応だし」

「随分と懐かれてたよね橘さん」

「それでも前よりは大分マシになったのよねー」

 

 橘さんは腕を組んでコクコクと頷く。

 その口ぶりからすると、昔からの付き合いなんだろう。

 なんかしみじみとしてる。

 

「でも安心して。あの子、スクリームボーカルが入るって聞いてすごくはしゃいでたんだから。私の次くらいに」

「ほんとかなあ」

 

 だとしても女の子が来るとか思ってたんじゃないの?

 

「さっくー、まさっきー、そろそろ」

「そうね。私達も行きましょ」

 

 二人に連れられて俺の初スタジオは幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「うお……これが噂に聞く……」

 

 分厚い扉を開けて一面に広がるのは音楽機材。ドラムやアンプ、マイクスタンドなどが置かれた防音加工がされている部屋、ここがスタジオという空間か。初めて来た。

 

 俺がぽけ~っとしてると他のメンバーは、まるでルーティーンのような慣れた手つきで機材のセッティングをし始めた。

 

 ぽつん……手持無沙汰になってしまった。

 

「橘さん橘さん、俺何すればいい?」

「んー? ああ、そっか。勝手もなんもわかんないわよね須賀君。ごめんごめん、放置してた」

 

 橘さんはギターをエフェクターとアンプに繋げていた。

 

「そうね、須賀君はボーカルだからとりあえずミキサーの使い方を覚えておけば問題ないわ」

 

 橘さんが指差す先に、ミキサーと呼ばれる機材が置かれていた。

 

「マイクをこれにつないで、これに繋がれたアンプから私達の声が出るってわけ」

「おーなるほど」

 

 電源ボタンらしき所に手を伸ばすと、手の甲をぺちっと叩かれた。

 

「焦らないで。電源を入れる前にゲインやボリュームといったつまみが全部ゼロになってるか確認するの。そうじゃないとノイズが入ったり壊れちゃう危険があるの」

「なるほど、デリケートだね」

「そう。特にこのマスターボリュームだけは絶対にゼロになってるか確認して。これさえ切っとけば他のを切り忘れても音が出ないから」

 

 だからと言ってちゃんと他のも確認しないとダメよ? と橘さんは付け加えて電源を入れる。

 橘さんは自分の荷物からマイクを取り出した。マイマイクって奴か。

 

「じゃあマイクを繋ぎましょう。マイクにこのシールドと呼ばれる線を繋ぐの。で、ミキサーのこの穴にシールドを差すわけだけど、その前にミュートされているか確認してから繋ぐこと。要するに音が出ない状態で繋ぐわけね!」

「さっきとおんなじだね」

 

 続けて橘さんはマスターボリュームとマイクが刺さっている場所のボリュームを上げていく。ミュートと書かれているボタンも押した。ランプが消灯し、ミュートが解除されたことがわかる。

 

「そしてこのゲイン上げていくの」

 

 橘さんは喋りながらゲインと記されたつまみを回していく。すると、アンプから声が出てきた。

 

「歌いながらちょうどいい位置を探していくの。あんまり音を大きくし過ぎるとハウリングしちゃうから気を付けてね」

 

 そう言って橘さんはイコライザーだとか細々としたところを調整していく。

 

「じゃあ須賀君もやってみましょうか」

「はいよ! えーと、マイクは……」

 

 橘さんは自分のマイクを持っていたけど。

 マイクスタンドにもマイクらしきものは付いてなかった。

 

「あれ? もしかして誰もマイク借りてなくない?」

 

 ドラムに座っている恋がそう言う。

 

「わ、忘れてた……」

 

 橘さんは髪を手櫛でときながらそう呟く。

 どうやらマイクは店員さんに借りなければいけないようだ。

 

「んじゃ須賀君、一緒に――」

「はいはーい。じゃあ私が人数分取ってきます」

 

 吉川さんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を上げた。

 

「じゃあ真琴、お願いしてもいいかしら?」

「はい! 任せてください!」

 

 橘さんがそう言うと、吉川さんは快く請け負った。

 

「須賀君も付いて行ってどんな感じで借りるか見ておいて」

「えっ、ああ、わかったよ」

 

 それじゃあ行きましょうかと吉川さんが分厚い扉を開けて廊下に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の部屋からもギターの音やドラムの振動を感じる。この時間帯はかきいれ時なのだろう。学生や仕事終わりの社会人バンドが大勢来るようだ。

 

 コツコツと二人の足音が響く。

 

 ――なんかちょっと気まずい! ここはなんか話題を振らなければ!

 

「えっと、吉川さんは――」

「真琴でいいです」

「真琴さんは――」

「さんもいりません。私、1年なんで」

 

 淡々と真っ直ぐに言われる。

 

「……じゃあ真琴はさ、橘さんみたいにスクリーモとかメタルコアが好きなの?」

「そりゃあもう。先輩と私は一心同体、先輩の好きなものは私の好きなものです!」

「……さようで」

 

 さっきまでの淡々とした対応はどこに行ったのか、嬉しそうな顔で自信満々にあまりない胸を張る真琴。橘さんの話題になるとこうもキャラクターが変わるのか。

 察するに橘さんの影響でコッチの世界に入ったのだろう。

 

 これはあれだな。彼氏とかできると相手の趣味に染まるタイプだ。

 大人になって彼氏の影響でタバコ吸い始めるタイプだよ。 

 いや、橘さんへの態度を見る感じ、ソッチのケの人なのかもしれない。

 彼女さんの影響でシーシャとか手を出すタイプかもしれん。

 結局ニコチン中毒かよ。

 ヤニなんてやめなー。身体に悪いよ?

 

「じゃあもし橘さんがヒップホップにハマったらメタル系じゃなくてそっちが好きになる?」

「んー、まあ先輩が聴くって言うなら聴きますかねー」

 

 ほらきた。

 

「でも、どっちにしろメタルはやめられなかったと思います」

「あ、そうなの?」

 

 意外だな。この感じだと橘さん経由じゃなさそうだ。

 そうのこうの言っているうちに、カウンターへと辿り着く。

 

「マイクでしょう?」

 

 店長さんが既に三人分のマイクを籠に入れて用意していた。

 

「楽器持ってきてる様子もないし……そっちの坊やはボーカルってことでいいのかしら?」 

「はい。そうです」

 

 真琴が答える。

 

「ってことは念願の?」

「スクリームボーカルです」

 

 真琴がそう言うと店長さんはにっこり笑って手を叩いた。

 

「あら~。よかったじゃない! さくらちゃんずっと探してたものね!」

「ええ。ちょっと頼りない感じですけど、先輩が連れてきたってことは大丈夫だと思います」

 

 店長が冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して俺に放り投げた。

 

「それ、サービスよ。女の子ばっかで大変だと思うけど、頑張ってね❤」

 

 きゃるん、と星が舞うようなウィンクをくれた。

 ピアスもバチバチに開けてるし厳つい雰囲気だったけど、全然優しそうな人でよかった。

 

「あ、はい。がんばります」

「行きましょうか」

 

 真琴はマイクの入った籠を持ってスタジオへと歩みを進めた。

 

「持つよ。俺も使うし」

「む、子供扱いしないでください。これくらい一人で持てます」

 

 ツンとそっぽ向いてキビキビと早い足取りで真琴はスタジオへ向かった。

 

「別にそんなんじゃないってー」

 

 手持無沙汰のまま俺もその後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう……はい! 声出してみて」

「あーあー。テステス」

 

 先ほどの橘さんの指南通りにミキサーとマイクを繋げる。 

 

「うん。これでバッチリね!」

 

 他のみんなも一通り準備は終えたようで、「一旦ワンコーラス適当なのやってみましょうか!」と橘さんの号令でいよいよセッションが始まる。

 

「それじゃあ見ていてね。バンドの練習がどんなものか」

 

 橘さんがそう言うと、恋がスティックをカンカンカンと鳴らす。

 

 爽快なギターのリフと共に、橘さんのハイトーンが炸裂する。それを皮切りにベースとドラムも入ってくる。

 

 初っ端からの凄まじい高音域のハイトーン。間違いなくサビであろうこのフレーズ。

 今の若者達はイントロを聴かない。曲が盛り上がるところに来る前に次の曲に行ってしまうのだ。

 なのでイントロの代わりにサビを入れることでリスナーに強烈なインパクトを残す。そういう曲が音楽業界全体で増えている。

 この曲も昨今の流行に沿ったスタイルだ。

 

 曲名は「last answer」橘さんと初めて出会ったときに最初に聴かせてもらった曲だ。

 演奏難易度はかなり高め。それでも音源以上のクオリティを全員が出していた。

 

 ていうか楽器陣がめちゃくちゃうまい。ドラムやベースは樹齢数百年の大木のように安定していて、寸分狂わないリズムキープだ。ギターもまるで機械人形が演奏しているかの如く正確で無駄のない運指をしている。ギターソロなんて速さと正確さで圧倒される。彼女の指には星のプラチナムでも取り憑いているのか!?

 

 この人たち本当に高校生かよ!?

 

 あの時以上の感動で脳が震える。稲妻が体中を走り抜け、痺れる。

 

 インドアな俺は室内でライブ映像を見ることがあっても、直接ライブ会場には行かなかった。つまり生の演奏を観たことがなかったのである。

 

 俺の脳を焼いた歌声。初めてのライブ演奏。

 もはや俺の貧弱な語彙力では到底表せない。 

 

 もう、なんて言えばいいんだろう

 

「最高だ…」

 

 これしか出てこねぇよ。

 

 静かなAメロBメロ、サビ前に一気に橘さんのボルテージが上がる。その勢いでサビは冒頭以上にブチ上がる。

 

 ああ、綺麗だ。

 

 ピンと張ったピアノ線のように繊細かつたおやか声も、切なそうに感情全部注ぎ込んだ顔も。

 

 鼓膜が、脳が、心が喜んでいる。

 既に俺は世界的有名な美術館を堪能したかのような満足感に浸っていた。

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