イトナ騒動から数日。六月も終わりに近づいて来た頃。椚ヶ丘中学校ではこの時期、毎年恒例の球技大会が行われる。
「ふむふむ。クラス対抗球技大会…ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構!…ただ、トーナメント表にE組がないのはどうしてです?」
配布された球技大会のトーナメント表を指差して殺せんせーが疑問を口にする。そう、この球技大会にはE組の参加権がない。代わりに、大会の締めのエキシビジョンマッチへの参加が義務付けられている。
いつもの差別的扱いだ。E組を大勢の前で晒し者にし、本校舎生徒を優越感に浸らせる。そして自分はこうなりたくないと、必死に上へのし上がろうとする。こんな行事にさえ、そういうシステムが組み込まれていた。
はっきり言って棗は運動音痴である。球技なんて以ての外。出来るのは、ドッヂボールの球を避けることくらいだ。だが、授業として行われる暗殺訓練には真面目に参加している為、前よりは少しマシになったような気がする。それでもほんの誤差なのだが。
あまり気乗りはしないけれど、皆頑張ろうと意気込んでいるし、棗も頑張ってみようと思う。
ちなみに女子のエキシビジョンマッチはバスケだ。棗は運動音痴な上に身長も低いので圧倒的不利である。
「俺ら晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」
そう言って寺坂たちは教室を出て行ってしまった。そりゃあ、晒し者になるのは御免被りたいというのは当たり前のことだ。棗は晒し者云々よりも純粋に球技大会というものが苦手なだけだが。
「野球となりゃ、頼れるのは杉野だけど…なんか勝つ秘策ねーの?」
男子の出場競技は野球。
そして杉野はE組に落ちる前、野球部に在籍していた。前原が杉野に質問を投げかけるが、杉野は下を向いて「無理だよ」と言った。
「かなり強ぇんだ、うちの野球部。特に今の主将、進藤」
豪速球を投げ、名門校からも注目されている。勉強もスポーツも出来る。それが進藤という生徒だった。
最低でも3年間野球を続けて来た彼らと、クラスのほとんどが未経験のE組では、勝つどころか勝負にすらならないだろう。
「だけどさ、勝ちたいんだ殺せんせー。善戦じゃなくて、勝ちたい。好きな野球で負けたくない。野球部追い出されてE組来て…寧ろその思いが強くなった。
「わくわく」
杉野がいい話をしていると言うのに、殺せんせーは野球選手のコスプレをして締まりがなかった。野球がしたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「ヌルフフフフフ、先生一度スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりは出来ないので、ちゃぶ台返しで代用します」
「用意良すぎだろ!!!」
果たしてちゃぶ台返しが代用になるのかはよくわからないが。それはそれとして…最近のE組はとても生き生きとしている。どんな困難にも揺るがず、目的意識をはっきりと口にするようになったのである。
「その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!」
今年の球技大会は、ひと味違ったものになりそうだ。
球技大会当日。
女子のエキシビジョンマッチは残念ながら敗北という結果に終わってしまった。だけど、いいところまで行った気がする。
「ごめんね、私が足引っ張っちゃった」
「そんなことないって」
「気にすんなって」
茅野が足を引っ張ったと言うのならば、運動音痴の自分はどうなるのだろうと棗は考えた。足を引っ張るどころの問題じゃない気がする。
「女バスのキャプテンのブルンブルン揺れる胸元を見たら…怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まって」
「茅野っちのその巨乳に対する憎悪は何なの!?」
全くもって岡野の言う通りである。
しかし、確かにあの胸は凄かった。素晴らしい巨乳だ。主張激しめに揺れる胸はまさに至高である。勿論、茅野のような程よいサイズも素晴らしいものだ。大きいのも小さいのも、皆違って皆良い。
「さて…男子野球はどうなってるかな」
女子は皆、試合が終わりそのままグラウンドへと向かっていた。グラウンドを囲むフェンスの向こうの電光掲示板を見れば、E組が三点リードしていることがわかる。正直野球のルールに関してはちんぷんかんぷんだが。
そして棗ははたと気づく。ベンチに學峯がいる。見かけるのは中間テスト前以来、これで二度目だ。何故あんな場所にいるのかはよく分からない。ただ少し物珍しく感じて、棗はじぃっと學峯の方を見つめた。
(あ、目合った)
そう思った時、にこりと微笑まれた。反射的に棗もにこりと微笑んで、軽く会釈する。
「……?」
何故こちらを見て微笑んだのかは分からないが、まぁ目が合ったからか…と解釈した。
「向こうは理事長先生が指揮するみたいだね」
「へー、そうなんや」
「歌ちゃん反応薄くない…??」
ほぼ棒読みとも言える棗の反応に、思わず不破はツッコミを入れた。
「あー、渚が言ってたけど、棗ちゃんこの前まで理事長のこと知らなかったんだってー」
茅野の言葉に、全員の視線がこちらに集まる。デジャヴだ。
「嘘でしょ…あの理事長を…?」
「だってあの人集会とかおらんやん」
「確かにほとんど表に出て来ない人ではあるけども…」
「集会って眠くなるから寝てることも多かったし」
「え…?立ちながら寝てたの…?」
仕方がない。話を長々とされても右から左に流れるだけだし、子守唄のように感じてしまうので。
「ねーえ、これズルくない理事長センセー?こんだけジャマな位置で守ってんのにさ、審判の先生もなんにも注意しないの…
カルマが何を言っているかは全くと言っていい程聞き取れないが、本校舎生徒たちの反応を見るに得意の煽り文句を言ったのだろう。
2回表。E組はスリーアウトだ。為す術なく2点取られてしまった。そして迎えた3回裏。
野球部は最初にE組がやったように、バントを使って来た。手本を見せてやるとでも言わんばかりに。それが學峯の策略だ。
そして主将である進藤が出て来る。まるで進○の巨人に出て来る巨人のような風貌だ。
「あの人なんか変だねー、薬でもキメてるみたい」
「そ…そうだね…」
皆が試合の行く末を固唾を飲んで見守る。棗もドキドキしながら試合を見ていた。すると、E組は先程野球部がやられたようにバッターのすぐ目前に迫る距離で守備位置に着く。これが殺せんせー…否、殺監督の采配だ。
先程野球部が同じことをした際、審判は何も言わなかった。だから誰も何も言えない。
「文句ないよね?理事長」
「ご自由に。選ばれた者は守備位置ぐらいで心を乱さない」
「へぇ〜、言ったね?じゃあ遠慮なく…」
あろうことか、ゼロ距離での守備に着くカルマと磯貝。出て来た時は怪物のようだった進藤も、目が点になっている。
「気にせず打てよスーパースター。ピッチャーの球は邪魔しないから」
「フフ、くだらないハッタリだ。構わず振りなさい進藤君。骨を砕いても、打撃妨害を取られるのはE組だ」
そうは言えども、進藤も普通の男子中学生。相手に大怪我をさせるかもしれないのに、 果たして平常心を保ちながらバットを振ることが出来るのか。否、恐怖の方が勝るだろう。動揺を隠さず大きくバットを振り被った。それをその場からほとんど動かず躱す二人。二人の度胸と動体視力はE組でもトップクラスであり、バットを躱すだけならばバントよりも容易いこと。
「ダメだよそんな遅いスイングじゃ。次はさ、殺すつもりで振ってごらん?」
いくら人を操るのが得意と言えども、駒がそれに着いていけなければ全て無意味。その時点でE組の勝利は確定していたと言ってもいいだろう。
結果、E組が勝利を飾った。
「おおー!凄い!勝った勝った!」
応援していた女子陣は喜びを全身で表している。そして本校舎の生徒たちはと言うと、つまらなそうに悪態をつきながらその場を立ち去っていた。
野球のルールはよくわからないし、興味を持たない限りこれからもよくわからないままだとは思うが…今日の試合はそれでも観ていて面白かったと感じる棗であった。
球技で好きなのはドッジボールくらいですね…逃げるのが得意なだけでキャッチしたり投げたりは出来ない雑魚ですが…