期末テストも無事終わり、運命の時がやって来た。
全教科の採点が届き、結果発表がされる今日、今この瞬間。皆の顔に緊張が走っている。
かくいう棗も、心臓が口から出そうなほど勢いよく脈打つ感覚に襲われていた。
「では発表します…まずは英語から。E組の一位。そして、学年でも一位。中村莉桜!!」
初っ端から中村が学年一位を取り、触手一本が確定した。しかも、点数は百点満点だ。
続いては国語だ。
「E組一位は…神崎有希子!がしかし、学年一位はA組、浅野学秀!」
やはり学秀は強かった。皆から期待される優等生なだけある。だが神崎も充分凄い。因みに棗の国語の点数は九十二点。学年四位だった。かなりいい線を行っている。
続けて社会。
「E組一位は磯貝悠馬君。そして学年では…おめでとう!浅野君を押さえて学年一位!」
社会はマニアックな問題が多かったが、それでも学年一位。これでA組とは二勝一敗だ。
続けて理科。
「理科のE組一位は、奥田愛美!そして…素晴らしい!学年一位も奥田愛美!」
奥田も今回は意気込みが凄かった。あの控えめな奥田が有言実行していて、棗は素直に感服する。
これで三勝一敗。数学の結果を待たずして、E組の勝ち越しが決定した。
そして最後は数学。
残念ながら、数学の学年一位は学秀だった。
それでも、これは快進撃だ。棗も、自身のテストの結果に目を輝かせる。入学以降最高点数だ。国語以外の点数はそこまで高くはないが……得意の国語で学年四位を採れたことが、心から嬉しかった。
*
帰りのHR。
今、トップの数だけの触手を破壊してもいいという約束通り、暗殺が執り行われようとしていた。
殺せんせーは、三本くらいなら余裕だろう…と高を括っていたのだが、寺坂たちが待ったをかける。
「五教科トップは三人じゃねぇぞ」
「ニュ?三人ですよ、寺坂君。国、英、社、理、数合わせて…」
「あ?アホ抜かせ。五教科っつったら、国、英、社、理、……あと、家だろ!」
そう言って寺坂が教卓に並べたのは、四人分の家庭科の答案用紙だった。しかも、全て百点満点。
「か、家庭科ァーーーッッ!!?」
(えーーーー!?!?)
棗も殺せんせーと共に驚愕していた。寺坂たちの発想力、中々侮れない。まさかそんな変化球を投げて来るとは……盲点だ。
「誰もどの教科とは言ってねぇよなぁ?」
寺坂は馬鹿だと自他ともに認めているようだが、棗としてはやはり寺坂はそこまで頭の悪い人間ではないと思う。
狭間は、この作戦をクラス全員でやれば良かったとにやけながら言った。
「ち、ちょっと待って!家庭科なんて…」
「なんてって…失礼じゃね?殺せんせー。五教科最強の家庭科さんにさぁ」
カルマを筆頭とし、クラス全体が寺坂たちの作戦へ乗っかっていく。殺せんせーの逃げ場など、気がついた時にはもう何処にもなかった。
結果、合計七本の触手が破壊されることが決まる。
追い詰められた殺せんせーの絶叫が、教室中に響き渡ったのであった。
中間テストで好成績を納め、終業式を迎えるこの日。しかしその前に、E組にはやるべきことがあった。
どうやら、賭けについて五英傑と直接話をするらしい。ということは、学秀もいるということだなと棗はぼんやりと考えた。
例によって、E組はどのクラスよりも先に体育館へ集まっている。そんなわけで、現在A組である彼らを体育館の入り口で待っているという状態だ。割と程なくして、五英傑が体育館へとやって来た。
「おうおう、やっと来たぜ。生徒会長様がよ!」
「何の用かな。式の準備でE組に構う暇なんてないけど」
寺坂の言葉を受け流し体育館内に入ろうとする学秀たちであったが、それを許さないとばかりに寺坂が学秀の肩を掴む。
「おう待て待て。なんか忘れてんじゃねぇのか?」
寺坂にそう促され、体育館内にいるE組全員の方を向く学秀。何だか、以前に会った時と雰囲気が違うような気がする。どこかピリピリしているような。やはり悔しかったのだろう。
「浅野、賭けてたよな。勝った方がひとつ要求出来るって」
要求は先程メールで送信した内容で問題がないか、磯貝が確認する。寺坂は、五教科に家庭科を入れてやってもいいと学秀を煽っていた。かつてないほど生き生きした様子で何よりである。
そしてとりおこなわれた終業式。本校舎の教師や生徒たちはどこか歯切れが悪く、逆にE組の生徒たちは堂々たる佇まいであった。いつものE組イジりも受けが悪い。エンドのE組がトップ争いをした結果である。
終業式も無事に終わり、さて旧校舎へ戻ろうと棗が体育館を出る時、先程も見かけた顔があり思わず「あっ」と声を上げる。向こうもこちらに気づき、見つめ返してきた。
「…やっほー浅野くん。明日から夏休みだね。それじゃあ、またね〜…」
式の直前に会った時の雰囲気を見るに、あまり長く会話を続けるのはよくないかもしれない。そう感じた棗は、簡単に挨拶を済ませて即刻この場を去ろうとした。…筈なのだが。
「ちょっと待て」
ぐい、とパーカーのフードが引っ張られる感覚がして、思わず「ぅおっ…」と声を漏らした。
「え、何…?」
予想していなかったことに、棗は驚いて恐らく犯人であろう学秀の方を振り返る。笑顔の「え」の字すらない表情に、棗は不安を覚える。
「何だその態度は」
「え…えっと…な、なんか気に障ることしちゃったかな…」
棗には全く心当たりがない。あるとしたら、A組がE組との賭けに負けたことくらいだろうか。だが、それだけでこのような行動に出るのだろうか。やはり自分が気づかぬうちに何か気に障ることをしてしまったのかもしれない。次々に思考が溢れて、言葉が出て来なかった。
そして、学秀が口を開く。
「最初に会った時も前回の集会で会った時も、警戒心なくあんなにベラベラベラベラと喋っていた癖に…」
どうやら機嫌が悪い理由を述べているようではあるのだが、棗には何のことかさっぱりだった。いや、ベラベラ喋っていたのは事実だが、それなりに慣れた相手には大体いつもそんな感じだ。
「う、うん…?え、ええっと…あの…その…」
棗はわけも分からず、吃ってしまう。
「今日の君はよそよそしすぎやしないか」
どうやら、即座に立ち去ろうとしたのが良くなかった…のかもしれない。だが、それが何故なのかまでは全く持って分からなかった。
「えと…場の空気的に…あんまり話さない方がいいかな、と思って…?」
棗は思っていたことを正直に口にした。そうすれば、学秀は溜息を吐いて少しだけ不機嫌さが消えた…ような気がする。けれど相変わらず無表情なので何を考えているのか全く分からず、棗は次はなんと言われるのだろう、と内心怯えているが。
「えと…普通に声かけて良かったの…?私そういうのあんまよくわからんから…」
恐る恐るそう言ってみる。
「……いや、すまなかったな。どうかしていた」
返って来たのは謝罪の言葉。棗の中の怯えは完全に消えて、今度はきょとんと首を傾げる。
「えっ、別に謝られるようなことされとらんよ??寧ろ浅野くんが不快になるようなことしちゃった私の方がごめんだよ」
こうなるなら、前に礼をした時のように普通に話しかけていた方がよかったな…と思ったが、今更だ。とにかく、もう怒っていないようでよかった。
「君が謝る必要はない。僕がどうかしていたと言っただろう。乱暴に引き留めて悪かった」
再度謝罪をされた。棗はいやいや、と首と両手を横に振って、学秀は全く悪くないのだと全身で表す。
「そんな、大丈夫だよ。……そういえばなんか浅野くん砕けた感じになった?」
何だか話し方が以前と違う。学秀は無愛想に「…別に」と言っているが。もしかすると、こっちが素の彼なのかもしれない。棗相手に取り繕わなくてもいいと思ってくれたということなのだろうか。
「うーん、まぁいっか」
あまり深く考えるのは得意ではない。とりあえず、少しだけ仲良くなれたのかもしれないと思っておくことにした。
「じゃ、今度こそまたね!また会えたら話そ」
「………ああ」
棗の去り際の言葉に、学秀は小さく返事をする。ばいばい!と手を振って、棗はその場を後にしたのであった。
浅野君も自分自身の行動がいまいちよくわかってない。