今日は椚ヶ丘の創立記念日らしく、集会が開かれていた。
そこで再び、竹林によるスピーチがあるのだという。
新学期が始まって数日。それは、竹林が本校舎へ復帰してからの日数でもある。その短い期間でさえも色々あったようで、竹林とのメッセージでは、始業式の放課後にE組のクラスメイト達がほぼ全員で自分に会いに来ただとか、授業の合間の休み時間に殺せんせーを含めたメンバーでバレバレな隠れ方をしながら様子を見に来ただとか。昨日は下校中に自分を尾行する殺せんせーと話をしたようだ。
壇上に立つ竹林。
「僕の…やりたい事を聞いてください」
誰もがその行く末を固唾を呑んで見守る中、彼が口を開いた。
「僕のいたE組は…弱い人達の集まりです。学力という強さが無かったために本校舎の皆さんから差別待遇を受けています。でも僕はそんなE組が、メイド喫茶の次くらいに居心地良いです」
体育館全体に激震が走る。
「…僕は嘘をついていました。強くなりたくて、認められたくて。でも、E組の中で役立たずな上裏切った僕を、
E組の生徒達は笑顔で頷き合う。
「世間が認める明確な強者を目指す皆さんを…正しいと思うし、尊敬します。でも、もう暫く僕は弱者でいい。弱い事に耐え、弱い事を楽しみながら、強い者の首を狙う生活に戻ります」
そうして恐らく硝子製であろう表彰状を取り出し、掲げる竹林。
「理事長室からくすねてきました。私立学校のベスト経営者を表彰する盾みたいです」
(あ、それ盾なんだ)
「…理事長は本当に強い人です。全ての行動が合理的だ」
そう言ってナイフを取り出した彼は、手に持ったそれを振り下ろし、盾を粉砕してしまった。砕けた欠片がバラバラと床に落ちる音が響く。
「床に叩きつけるんじゃあなく、敢えてナイフを振り下ろして粉砕する……中々グレートだぜ、こいつぁ」
「お前は何を言っているんだ」
「いや、ちょっと○ョ○ョ風に言ってみたかった」
棗が茶番をしている合間にも、竹林は続ける。
「浅野君が言うには、過去これと同じ事をした生徒がいたとか。前例から合理的に考えればE組行ですね、僕も」
そう口にする竹林の表情は、憑き物が取れたかの如く明るかった。足取りも軽い。もう、何も心配はいらないだろう。
*
集会終わり、御手洗から出てそのまま旧校舎へ戻ろうとしていたところに、どこか険しい表情をした学秀と遭遇した。
「浅野くん」
前回の終業式と似た状況。けれど、あの時は余所余所しいと叱られたので、今回は普通に声をかけてみた。空気が空気なので若干気後れする部分もあるのだが。
「…何の用だ」
棗の目から見ても明らかに不機嫌さを隠せていない。ひょっとすると、前回よりも機嫌が悪いのではなかろうか。
「あっ…ご、ごめん…」
心の中で「ひえ~」と思いながら棗は謝った。何せ、元々吊り目がちなため余計に怖いのだ。しかし、そんな棗の様子を見た学秀は、ハッとしたような顔になって、
「…いや。すまない。君は何も悪くないから、そんな顔をするな…」
と言った。先ほどとは打って変わって、ばつの悪そうな表情だ。ともあれ、浮かべる表情に不機嫌さは完全に消えていて、棗は安堵した。
「え、あ、うん。エヘ」
安堵から、自分でもよく分からない笑いが込み上げて来る。
「……ッ!」
今度は何故か息を詰まらせている。学秀は案外コロコロと表情が変わるし、色んな反応をする。
「……。……君は、僕と、君以外のE組の奴らとのやり取りを見ているだろう」
「ん?うん、そーね。見てる見てる」
学秀のE組への対応は、誰の目から見ても冷たい。E組も、学秀に対しては一目置いている部分はあれど、苦手なのだろうというのがわかる程には、互いに纏う雰囲気は芳しいものではなかった。
「僕がE組を好きではないということは流石にわかっている筈だが」
「まー…そだね、流石に阿呆の私でもそれくらいは」
「それなのに、君は普通に僕に話しかけてくる」
「だって話しかけたらちゃんと受け答えしてくれるから。私は浅野くんのこと良い人だなと思うし、怖い人とは思っとらんけん」
「他のE組の奴らはそんな風には思っていないと思うがな」
「皆は皆、私は私。浅野くん、最初に本屋で会った時私のこと助けてくれたしさ〜」
他のクラスメイト達がどうあれ、棗の中では学秀は恩人である。関わり合うようになって期間は短いが、何となく学秀は嫌な事ははっきり嫌だと言いそうなタイプに思えるので、こうやって受け答えをしてくれているという事は話しかけても大丈夫なのだろうと思って話しかけている。
「…あれは、気まぐれだ。危なっかしかったからな」
「でもさー、E組のこと嫌いでも、ちゃんと私のこと助けてくれて良い人だな〜って思うっさね」
「他に思惑があるかもしれないのに?」
「んー、そこは別にいいんよ。どういう考えがあったにしろ、私は助けてもらえて本当に嬉しかったからさ。その嬉しいって気持ちは本物で、消えてなくなるもんじゃないしね」
「君は…本当に、呆れるくらい楽天的な奴だな」
「それが歌川さんですからね」
「少しは否定するという選択肢はないのか君は」
学秀が呆れ顔で言う。しかし、棗はあっけらかんとしていた。
「え、本当のことを否定してどうにかなるなら苦労せんよ?」
否定したところで阿呆という事実は消えないので、否定するだけ無駄なのである。
「…言えてるな。はぁ…君と話していると何だか色んなことが馬鹿らしくなって来るよ。今まであった人間の中で一番変だ、君は」
「え、ありがとう」
「礼を言うところじゃないだろう今のは」
「え?『変』なのは私のアイデンティティだよ?つまり褒め言葉だよ?私がそれを美点と思っている限り例え相手が罵倒の意を込めててもそれは賛美なんだよ?」
棗の中では「変わっている=個性的」というポジティブな捉え方をしているので、「変」だと言われたとて落ち込むところではないのだ。
「…阿呆だな、本当に」
「まぁねぇ。今もさ、浅野くんこうやって話し相手になってくれてるじゃん?『僕はA組で、君はE組だから話しかけるな』って言ってもおかしくないのにさ」
学秀は、ただ黙って棗を見つめ、話を聞いている。
「でもまぁ、もし浅野くんが本気で私と話すのが嫌で、近づくなって言うんだったら……それは凄く悲しいし、寂しいけど、その時は頑張って近づかないようにするかなぁ」
「………は、」
「浅野くんに嫌な気持ちを我慢させて、無理して欲しいわけじゃないからさ」
友達──と学秀が思っているかどうかは定かではないが──にそういう思いをさせるのは、棗の望むところではない。
「……べ……別に、嫌とは思っていない。話し相手くらいにならなってやる」
学秀の事だから、それは嘘偽りのない本心なのだろう。そう言ってもらえるだけでも嬉しく思い、笑みを浮かべる。
「あはは、そっかー。うんうん、やっぱ浅野くんは優しいと思うよ私は。私は浅野くんのそういうところ好きだぞー」
真剣な顔をして言うのは照れ臭いので、冗談っぽく言ってみた。
「な……な……ッ!?」
学秀も友人からそういう風に言われる事に慣れていないのか、目を大きく見開いて言葉にならない声を発している。
(浅野くんもそういう顔するんやな~)
「はは〜、こういうの友達相手でも照れるから言わんけど、ちょっと勢いで言ってみた」
「あ、ちゃんと本心ではあるよ!?」と弁明するように付け加える。
「……………僕も。君のことは………まぁ………嫌いじゃ、ない」
今言える精一杯の気持ちを伝えてくれているんだろうな、とその様子から感じ取る。彼の「嫌いではない」は、きっと今の彼にとって最上級の好意の表れなのだ。
「おー…そっか!そう言ってもらえて嬉しいや」
ニコニコしながら見つめると、気まずそうに視線を逸らされる。照れているのだろうか。
「歌さん」
背後から声を掛けられる。竹林だ。てっきり先に戻っているものだと思っていたが、どうやら棗を待っていたらしい。
「そろそろ戻らないと間に合わなくなるよ」
「そっかー、残念。というか、先に戻ってるかと思ったよ」
「君とは暫く対面でのやり取りをしていなかったからね、久しぶりに話したかったんだ」
確かに、竹林とは頻繁にメッセージのやり取りをしている分、他のクラスメイト達のように様子を見に行くだとかそういう事はしていなかった。こうやって面と向かって話すのは久しぶりだ。言われるまでそういう感覚もなかったが。
「あ、ごめんね浅野くん。そういう事だから、私そろそろ戻るね!!」
「……ああ」
棗はいつも通り笑顔で手を振る。竹林は学秀を数秒見つめたのち、「……やはり前途多難だね」と一言言い残し、棗の隣を歩く。
「……もう、大丈夫?」
「ああ、心配はいらないよ。君と趣味の話で意気投合するのは、メイド喫茶よりもほんの少しだけ好きだからね」
「よせやい、照れるぜ……」
照れ隠しに軽く小突きながら、二人で旧校舎への道を歩く。その背中を、複雑そうな表情で見つめる学秀がいた事を……棗は知らない。
今回から棗ちゃんとの仲良し度を書いてみようかと思います。
今回は仲良し度★★★★★
竹林孝太郎
言わずもがな、E組内で一番仲のいい友達。
きっかけはコミケで偶然であった事。出会って僅か数分で意気投合。クラスは違ったが交流があった。萌えの話で盛り上がる。E組になって時間に余裕が出来たので、たまに一緒に絵を描いたりする事もある。その度に互いに「神」と褒め称え合う。
自律思考固定砲台
推しであり友達。二次元美少女好きの棗にはまさに性癖ドンピシャであり、積極的に話しかけるので律の方もたくさん話をしてくれる。棗のリクエストで歌も歌ってくれる。竹林と三人で話したりする事も多め。