磯貝のバイトが再びバレて、体育祭の棒倒しで勝てば見逃してやる、ということになったらしい。
体育祭当日は出る競技もそんなに多くなく、一日のほとんどをテントで過ごせるので別にいいが、練習が苦手だ。
そんな棗が個人で出る種目は借り物競走である。
「イトナくんも借り物競走だよね、一緒にがんばろーね!」
「一緒に走るわけじゃないけどな」
「まーね、でも同じ種目をする者として、一緒に頑張ろうって事で」
「ああ」
走るのは遅いが、借り物競走はお題によっては足が遅くても1位になれる可能性の高い種目だ。別に1位を取りたいとかはあまり考えていないのだけれども。
「それにしても、浅野くんは相変わらずE組を目の敵にしてるよな〜」
「彼と仲良く出来るのは、歌さんが特殊なだけだと僕は思うけどね」
「そーかぁ」
彼と関わっていてそんなに悪い子ではないと感じるので、いつかは仲良く出来ると棗は思ってはいる。E組のクラスメイト達もいい子なので。
そして迎えた体育祭当日、借り物競走。
《位置について!よーい……》
パーン!というピストルの乾いた音と共に、皆お題に向かって駆け出す。棗は拾い上げたお題をひっくり返し、確認する。そこに書かれていたのは……
『他クラスの友人』
「何……だと……!?」
まさかのお題である。棗はその人付き合いのしかたから、本校舎の友人どころか、知り合いすらほぼいないに等しい。E組である時点で承諾してくれる人間自体いないに等しくはあるのだが……
「ハッ!」
そんな時、とある人物達が目に入った棗。その瞬間、その人物達の元へ一直線に、出来る限り全力で駆け寄った。
「何だ、チビじゃねーか」
「……どうした?」
その人物とは言わずもがな、学秀と瀬尾である。
「これ!」
棗はそう言ってお題の書かれた紙を学秀達に見せた。彼等が自分をどう認識しているのかはよくわからないが、棗がまともに言葉を交わす本校舎生徒の知り合いなど彼等しかいなかった。
「二人がどう思ってくれとるかはわからんけど、本校舎の生徒でまともに会話する相手って二人と果穂ちゃん含めて三人しかおらんしさ……来てくれたら助かるんだけど……」
棗は恐る恐ると言った感じで彼等を見る。
「……何故わざわざ敵に塩を送るような真似をしないといけないんだ」
当然、学秀の反応は芳しくなかった。
「あ、そーよね!ごめんね…」
「……浅野……お前な……」
棗は興味のない相手からは、どう思われようが何を言われようがあまり気にしないが、そこそこ仲良くなれたと認識している相手からの拒絶は割と気にする。そしてそれが顔に出やすかった。
「うぐっ……」
学秀から何やら唸り声が聞こえる。
「……仕方ないから協力してや、」
「じゃあ、瀬尾くんは?」
学秀が無理ならと、今度は隣の瀬尾にダメ元で聞いてみる棗。
「あー、まあ、いいz……」
「僕が行ってやる」
瀬尾が承諾しようとした瞬間、若干被せ気味に学秀が申し出た。
「……だとよ」
「えっ、浅野くん来てくれるの?でも、迷惑なんじゃ……?大丈夫なん……?」
「今更遠慮するんじゃない。他にいないからとここへ来たのは君だろう」
「そうだけど……いやでも私足遅いし、やっぱり……」
来てくれると言ってくれるのは嬉しいし、助けて欲しいけれど、無理に願いを聞いてもらうのは良くない。でもやっぱり助けて欲しい。いやでも……と棗の中でぐるぐる思考が巡る。
「…………」
「ぅおっ!?え、浅野くん!?」
突然襲った浮遊感に、思わず変な声を上げてしまった。何事かと思えば、何故か横抱きされている。
(びっくりした……ってかお姫様抱っこや。男子にされたの初めてだから新鮮やな。あ、そう言えば小学生の頃手繋ぎ鬼で男子におんぶされたことあったな〜、懐かしいな〜。あれ確か二年生の時やったっけ。担任の先生めっちゃ面白い人やったな〜。なんか「おらは死んじまっただ〜」とか歌ってたわ)
学秀から抱えられ走る中、棗の脳内ではひたすら怒涛の連想ゲームが行われていた。
「僕が抱えて走れば速いだろう」
なるほど、合理性を追究した結果こうなったようだ。
「お?あ、うん、そうだね!」
棗的には楽であるし、助かるから問題は無い。しかしこの種目の走者は棗である。違反に当たらないか少し心配になった。
「なんと!!E組が我らが生徒会長の元へ向かったかと思えば、抱えられてゴールへ向かっている〜!!」
そんな荒木の声が実況席から聞こえてくる。生徒会長に抱えられているというこの状況、目立たない筈もない。
「………………」
学秀は無言で実況席に視線をやった。
「………ま、まぁ浅野君がOKならOKだーッ!!」
どうやら問題ないらしい。それにしても、一瞬実況席に視線をやりながらもスピードが落ちない学秀は只者ではない。そのまま他の生徒を追い抜いてゴールテープを切った。賢いだけではなく、運動も得意らしい。文武両道で容姿端麗……まるで二次元のようだ。
「浅野くんありがとね。てか結局私走ってないけど、ほんとによかったんかねこれ…」
「僕が許可したんだ、問題はない」
「え……職権乱用……?」
学秀の言葉にちょっとした冗談を返せば、無言で小突かれた。加減してくれているので痛みは全くない。
「ごめんてー」
何だか普通の友達のようなやりとりに、棗の表情は緩みきっていた。
「だらしのない顔だな」
そう言われて、片手で両頬を挟まれた。「うにゅ……」という何とも形容し難い声が漏れる。むにむにとこれまた無言で頬を弄られ、
「ふみゅぅ〜……」
と奇妙な鳴き声をあげた棗。
「っふ、はは……間抜け面……」
学秀は、思わずと言った感じで吹き出している。初めて見る姿だ。傑物だとか何だとか言われている彼も、こうして見るとやはり中学生男子なのだなと思う。
「浅野くんがそういう顔するの珍しーなぁ」
棗がそう言えば、ハッとしたような顔になって頬から手を離し、咳払いをする。
(あ、いつもの顔に戻っちゃった)
しかし、ほんの少しでも歳相応な表情が見れたわけなので、良しとした。
「あ、そーいえば棒倒し頑張ってね!応援しとるけん!」
「いや、君のクラスと戦うんだが……?」
敵に声援を送る棗に、学秀は怪訝そうな表情を浮かべる。それはそうである。A組対E組の棒倒しは、磯貝がこの学園に残留するか退学するかがかかっている勝負なのだから。
「いやー、でも仲のいい人がいるなら関係なく応援するよー」
「…………いいのか、僕等が勝てば、君のクラスのクラス委員は退学になってしまうのだけど」
「……はっ!!そうやん!!え、どうしよ、磯貝くんが退学せんようにE組の皆には頑張って欲しいし、でも浅野くんと瀬尾くんの事も応援したいし……!!どーすればいいと思う!?!?」
「それを僕に聞くのか……全く、君は本当に阿呆だな」
呆れたように学秀が笑う。
もうこの際なるようになると考え、棗はどちらも応援する事にした。深く考える事をやめたのである。そこにツッコんだところで仕方がない。これが棗なのだ。
「それじゃあ、僕はそろそろ行かせてもらうよ」
「うん、わかった!また後でねー」
彼はリーダーであるし、色々やる事があるのだろう。A組のテントへと戻って行った。
*
*
*
体育祭終了後の解体作業も終わった頃。
「あ。浅野君だ」
原が遠くを歩く学秀を見つけて言った。何やら作業中の生徒に声をかけている様子である。
「おい浅野!!二言は無いだろうな?磯貝のバイトの事は黙ってるって」
前原が声をかけると、忌々しげに眉間に皺を寄せた。
「…………。僕は嘘をつかない。君達と違って姑息な手段は使わないからだ」
あれを姑息じゃなかったかというのは無理があるが、まぁそこはお互い様だ。互いに勝つためにありとあらゆる手段を使ったという事なのだから。
「でも、流石だったよ、お前の采配。最後までどっちが勝つか分からなかった。またこういう勝負しような!」
爽やかな笑顔で磯貝が言う。
「消えてくれないかな。次はこうはいかない。全員破滅に追い込んでやる」
学秀はそれだけ言い残して、踵を返した。その時、ぱちりと視線がかち合った。学秀が立ち止まり、こちらを見つたあと、視線を逸らす。
「浅野くん!瀬尾くんも、お疲れ様!」
棗はいつも通りに、にこにこしながら声をかけた。学秀は無言だ。瀬尾も、気まずそうに「おう」と言うだけだった。
「頑張ってる皆、すっごくカッコよかったよ!」
「気を遣って貰わなくても結構だよ。僕等は負けた。それだけだ」
自嘲するような口振りで、学秀はそう口にする。
「頑張ってる姿は勝ち負け関係なくカッコイイよ。確かに結果は大事かもだけど、そこに至るまでの過程が一番大事だと思う」
好きな漫画の受け売りではあるが、その通りだと思うので言ってみる。
「…………君はそう思うのか」
「うん。勝つことも負けることも経験だよね。人としての道を踏み外さないんだったら、ある程度の挫折は経験してていいでしょ。ま、私が偉そうに言える事じゃないけど!」
「……そうか」
学秀はポツリと呟くように言い、再び前に向き直って歩き始める。
「またな、チビ」
「あ、うん、またね、瀬尾くん」
瀬尾はそれだけ言って他の五英傑と共に、歩き出した学秀を追う。
「またね、浅野くん!」
去って行く背中に、大きめの声で言った。再度立ち止まった学秀が、ゆっくりと振り返る。
「ああ。……また、な……」
「!!」
初めてだ。学秀が、初めて「またな」と返してくれた。いつもは「ああ」という相槌だけであったのに。それがとても嬉しくて、棗の表情がぱぁっと明るくなる。
照れくさそうにしながら前に向き直った学秀は、今度こそ去って行ってしまった。
岡野ひなた
棗は特に何とも思っていないが、岡野は棗が少し苦手。本校舎の他のクラスに比べ結託の強いE組の中でも棗はどちらかというと自分の世界を生きている異質な存在であるため。
杉野友人
棗本人は至って単純思考だが、杉野にとってはどこか掴みづらいため一定の距離を保っている。
千葉龍之介
棗の本質は積極的に人に話しかけるタイプではなく、千葉もそうなので必要最低限のやり取りしかしない。千葉的には悪くない距離感だと思っている。
速水凛香
同上。