棗達は、先程いた場所とは別の牢屋に連れて来られた。
「この牢屋はさっきと違って脱出不可能だ。練習台はもう結構。あとはもう人質でいればいいよ」
イリーナの手により、一人一人に手枷が着けられる。何だか、皆ボロボロだ。死神にやられたのだろう。
「どんな方法で殺せんせーを殺ろうとしてるか知らないけどさ。そう計画通りに行くのかね?」
「ん?」
「だってあんた、俺等の誰にも大したダメージ与えられなかったじゃん。この計算違いが……俺等じゃなく殺せんせーに対してだったら、あんた速攻返り討ちでやられるよ」
死神は言われたことに対し、笑みを崩さずピッと指差して返す。
「……で、結果はどうだ?君等は
「……」
「……さて。次は烏間先生だ。誘い出して人質に取る。彼ならば……君達よりは良い練習台になるだろう。それに、彼を捉えておくと色々メリットが多いんだ。計画の下準備の仕上げだね」
(この人、何求めてんだろ)
純粋に思った。優れた殺し屋だと言うなら、別に生徒を巻き込まなくとも殺れる気がする。人には何かを実行する時、大抵の場合は何かしらの動機や経緯がある筈だ。彼は何を求め、何の為に行動しているのだろう。
「死神さーん、モニター見てみ?あんたまた計算違いしたみたいよ」
カルマが何かに気付いたようだ。モニターの方を見てみると、その中のひとつに、烏間と殺せんせーの姿があった。
「……。何故わかった?」
そう呟くという事は、本当に完全なる計算外のようだ。
「殺せんせーと烏間先生!!殺せんせーブラジル行ってたんじゃ……」
「……参ったな。かなり予定が狂ってしまった。仕方ない、
「……ええ。私の出番ね」
とてもまずい状況だ。教師陣二人は、イリーナの裏切りを知らない。モニター越しに、罠にかかる二人の姿が確認出来た。落とし穴により、殺せんせーは呆気なく棗達のいる牢屋へ落ちて来たのである。
「……呆気なかったな。生徒達を人質に使うところまでも行かなかった。ここさえ決めればもう確定だ。お別れの言葉を言いに行こう。気に入ってくれたかな、殺せんせー?君が最期を迎える場所だ」
烏間を連れ、死神達が牢屋へと戻って来る。
「皆さん……。ここは……?」
「洪水対策で国が造った地下放水路さ。密かに僕のアジトと繋げておいた。地上にある操作室から指示を出せば、近くの川から毎秒200tの水がこの水路一杯に流れ込む。その恐るべき水圧は、君の身体から自由を奪い、対先生物質の頑丈な檻に押し付けられ、ところてん状にバラバラになるって寸法さ」
「……!!」
「まて……生徒ごと殺す気か!?」
「当然さ。今更待てない。生徒と一緒に詰め込んだのも計画のうちだ。乱暴に脱出しようとすればひ弱な子供が巻き添えになる」
(享年14歳とか洒落にならんて……遺書書いてきた方が良かったかな?)
「イリーナ!!お前、それを知った上で……」
「……。プロとして結果優先で動いただけよ。あんたの望む通りでしょ」
イリーナがどこか気まずそうな顔で言う。本当にこのまま、皆死んでしまうのだろうか。こんな大勢の子供が一斉に居なくなってしまえば、誰もが不審に思うだろうに。
「ヌルフフフ。確かに厄介な対先生物質ですが……私の肉体はついにこれを克服しました」
「…………本当?」
「初めて見せますよ……私のとっておきの体内器官を!!」
緊張が走る。殺せんせーの体内器官。一体どんなものかと行く末を見守っていた、彼は這いつくばってペロペロと檻を舌で舐め始めた。
「いや……確かに殺せんせーのベロ初めて見たけど!!」
「消化液でコーティングして造った舌です。こんな檻など
「
「言っとくけど、そのペロペロ続けたら全員の首輪爆破してくよ」
ペロペロ続けるって、何だそれ言い方かわいいなと思ってしまった。ついでにペロペロしている殺せんせーもかわいいと思った。
「ええっ、そ、そんなァ!!」
「あたりめーだ」
皆、絶望していた。全部目の前の
「……さて、急ぐか。他にもどんな能力隠してるかわからない」
「ちょっと、待ってください」
棗は声を上げた。死神が振り返る。
「何かな?」
「殺せんせーと一緒に生徒も殺す必要があるんだったら、それを私だけにしてもらう事って出来ますか」
クラスメイトも、殺せんせーも、烏間もイリーナも、皆信じられないとでも言うような目線を棗に向ける。
「……へぇ。君は自分を犠牲にする覚悟があるの?」
「いや、はっきり言って死にたくはないですね。私にも家族はいるし、親より先に死ぬとか親不孝な事は出来ればしたくないし。まぁでも、私一人の命で他の皆の命が助かれば、悲しむ人の数は圧倒的に減るでしょ。遺しちゃう家族とか友達には申し訳ないけど。ほら、私ほぼ戦力皆無だし、持って来いじゃないですか?」
「な……何言ってんだ歌川お前」
「そしたら、最期に死神さんの身の上話でも聞かせてもらえないですか?どうせ死ぬ相手なんだから、話しても問題ないと思うし」
別に、黙って犠牲になるつもりはない。今生き延びれば、その間に皆が何とか殺せんせーを助ける時間が出来るかもしれない。時間稼ぎなんて高度な事出来る気はしないが、それでも何とかするしかない。
「……残念だけど、それは出来ないな。逃がしているスキに
やはり、駄目だったか。流石に用心深い。こんな大した戦力にもならない棗に対しても、警戒心が高い。
「来い、イリーナ。今から操作室を占拠して水を流す」
そう言って部屋を出ようとする死神の肩を、烏間が掴んで止める。
「……何だい、この手は?日本政府は僕の暗殺を止めるのかい?確かに多少手荒だが……地球を救う最大の
死神には地球を救うだとかそういうのはあまり考えていなさそうだが。烏間に響くと思って言っているのだろう。
「そもそも烏間先生。本当なら君も倒して人質に加える予定だった。君の腕ではこの僕は止められないよ」
「……」
烏間は押し黙り、息を吐いた。次の瞬間、烏間の拳が死神の顔面に炸裂する。ズザザ、と死神の身体が後退した。
「……。日本政府の見解を伝える。28人の命は……地球より重い。それでもお前が彼等ごと殺すつもりならば、俺が止める」
「烏間先生!!」
(カッケエェェェェ!!!)
「……へぇ」
「言っておくがイリーナ。プロってのはそんな気楽なもんじゃないぞ」
烏間がスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「どうする『死神』?生徒ごと溺死させるこの暗殺計画。続けるなら俺はここでお前を倒す」
死神は何も発さない。そして、そのまま素早く部屋を出て行ってしまった。操作室へ行き、水を流すつもりだ。烏間を相手して時間を取られて計画に綻びが出るよりも、標的である殺せんせーの暗殺を優先したのだろう。
「チ……」
「烏間先生!トランシーバーをONにして!!」
それを追う烏間と、指示を出す殺せんせー。
「……フン。
殺せんせーはキィーと悔しそうにハンカチを噛んでいた。
「ビッチ先生……」
「あの
「何でよ……仲間だと思ってたのに」
信じていた相手に裏切られたショックから、イリーナを責めるような声が飛ぶ。
「……」
「怖くなったんでしょ。プロだプロだ言ってたアンタが、ゆる〜い学校生活で殺し屋の感覚忘れかけてて。俺等殺してアピールしたいんだよ。『私冷酷な殺し屋よ〜』って」
ガシャッとイリーナが投げつけた首輪が檻に叩きつけられ、イリーナが叫ぶ。
「私の何がわかるのよ。考えた事無かったのよ!!自分がこんなフツーの世界で過ごせるなんて!!弟や妹みたいな子と楽しくしたり、恋愛の事で悩んだり。そんなの違う。私の世界はそんな眩しい世界じゃない」
「え、それの何が悪いのか分からん。血なまぐさい世界よりも、そういう環境で過ごせるならそっちの方が絶対いいですよ。フツーの幸せを願うのは人として当たり前だし、悪い事じゃないでしょ。私達もイリーナ先生も感情のある人間ですよ。生まれ育った環境の違いなんてちょっとした誤差の範囲じゃないですかね。イリーナ先生はどっちの世界で生きたいんですか?イリーナ先生の世界ってなんですか?今目の前にある現実が、今のイリーナ先生の世界ですよ」
「……」
イリーナは、何も言わない。応えない。
『イリーナ、手伝って欲しい。操作室へ向かいながら足止めの
死神の指示にただ一言、「わかったわ」と呟いて部屋を出て行ってしまった。
「流石歴戦の殺し屋達です。『味方だと思ってた人が敵だった』。それは先生の苦手とする環境の急激な変化ですが……彼女の演技はその変化を一切私に悟らせなかった。『死神』は勿論……イリーナ先生も素晴らしく強い。まだ君達が実力で勝てる相手ではない。『死神』が設置していた監視モニターですが……断片的にですが、強者対強者の戦いが覗けそうです」
「…………」
「ところで棗さん。いけませんねぇ、先生は言った筈です。自分や相手を大事にし、人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょうと」
「……あはは。スミマセン。逃げる時間があれば、その間に皆が殺せんせーを助ける作戦を考えられるかな〜って」
「それで本当に歌さんが死んだら、御家族になんて説明したらいいんだい」
「ゔっ、ゴメンナサイ」
「ったく、お前そんな器量ねー癖にイキがってんじゃねーぞ」
「返す言葉もアリマセン……」
「そうだよ!もっと自分の命大事にしなよ!」
「申し訳ゴザイマセン……」
特に仲のいい竹林や寺坂だけでなく、普段必要最低限の会話しか交わさない岡野にも叱責される。あまり会話を交さないクラスメイトでも、案外自分の事を大事に思ってくれて、心配してくれるんだなと改めて実感した。
「……え。何が起こった今」
棗がしょんぼりと部屋の隅で縮こまっていると、モニターを見ていたクラスメイト達がそう口にした。
「爆発に巻き込まれた烏間先生が……次の瞬間何事もなく進んでったぞ」
「烏間先生はトラップの内容を見抜いていました。この短時間で仕掛けられるのは精々爆薬まで。しかも建物全体を壊す量とは考えにくい。それを見越して、時間短縮の為敢えてそのままドアを開け──爆風と同じ速さで後ろ受け身を取ったのです」
何だかよく分からないが、なんか凄いという事は分かった。
「ドアも盾になり……烏間先生に爆発はほとんど届かなかった」
もう何も驚かない。中3になって半年、
「行っちゃダメ烏間先生!!多分そこの曲がり角に……」
モニターを見ると、銃弾が飛んで来て、それを躱す烏間の姿が見えた。その先にいたのは、銃を装備したドーベルマンだ。
「犬……!?」
「銃を撃てるよう調教されたドーベルマン。あれだけの数をきっちり仕込んで使いこなすとは、『死神』の手腕ですねぇ」
「わーおファンタジー」
『く……卑怯な……俺はな、犬が大好きなんだ。だから傷つけられない。お前等の主人には悪いが、優しく通らせてもらうぞ」
下手くそな笑みを浮かべた烏間にビビり散らかしたドーベルマンが、ザッと通路の端に避ける。
「……いやでも、犬の気持ちちょっと解るわ。あの人の笑顔メチャメチャ怖えーもん。笑ってたシーン思い出してみ。半分は
何気に失礼な事を宣う千葉。それに同意するクラスメイト達。失礼集団か、こいつ等は。
「そう。普段は強い理性で押さえ込んでいますが……烏間先生の真価はその奥に潜む暴力的な野性!!──彼もまた──この暗殺教室に引き寄せられた……比類なき猛者なのです。そして『死神』という殺し屋も、この短時間であれだけの罠を仕込むとは……知識・技術・機転全てが怪物レベル」
さしずめ、人類最強決定戦と言ったところか。
「勝てないわけだ……才能も積み上げた
「……そう。彼等は強い。それに、この牢屋もとても強固。対先生物質と金属を組み合わせた2種の檻。爆薬でも液状化でも抜けられません。では、君達はどうしますか?今この場で彼等や檻より強くなるか?彼等にはとてもかなわないと土俵を降りるか?両方とも違います」
弱いならば、弱いなりの戦法がある。殺せんせーはそう言った。
「いつもやってる暗殺の発想で戦うんです」
「……つってもなぁ。この状態でどーやって……」
そこで声を上げたのは、三村だった。
「出来るかも。『死神』に一泡吹かす事」
次で死神編は最後になります。