人間だもの。
11月。ついにこの時期がやって来た。
進路相談である。将来やりたい事に向けて進む路を決める時期。
「もし誰かが先生を殺せて地球が無事なら、皆さんは中学卒業後も考えなくてはなりません。ま……殺せないから多分無駄になりますがねぇ」
殺せんせーは、緑の縞模様を浮かべている。
「一人一人面談を行うので、進路希望が書けた人から教員室に来て下さい」
勿論相談中の暗殺もアリですよ、と言いながら、殺せんせーは教員室へと向かった。
棗は、手元の紙を見つめる。
(……進路。進路かぁ。どういう路に進むべきなんだろう、私は)
好きな事は、ある。イラストを描く事。イラストの仕事に憧れた事もある。でも、現実的な事を考えると、自分はきっとそれでは食べて行けないと思う。だったらせめて、安定した手に職を。やりたい事が分からないのなら、普通科の高校で取り敢えず学力をつけながら、進路をどうするか考えたらいいと、父から言われた。……そうするべきなのだろうか。
どうするべきか悩んでいるのは、棗だけではないようで。茅野も未定と言っているし、渚も悩んでいた。ついでに中村によって変な事を書かれていたが。
「何よガキ共。進路相談やってんの?」
教室内へ入って来たイリーナの姿を見て、皆目を見開いて驚いている。
イリーナが、前髪を下ろして後ろで結わえ、普通の服を着ているからだ。
「ビッチ先生……」
「フツーの服だ」
「……フツーの安物よ。あんた達のフツーの世界に合わせてやっただけじゃないの」
皆から注目を浴びて、モジモジと恥ずかしそうにしているイリーナは、はっきり言ってとてもかわいらしい。それに、見えないことで逆にエロさが増している気がする。
しかし、流石である。安物の服でも、センスがいいから着こなしバッチリだ。全く安っぽさを感じない。
「……あ。サイズシールつきっぱなしだ」
「安物慣れしてないね〜」
「どうする?そっと言おうか」
カルマの言葉に、安物慣れ云々関係なくサイズシールを剥がし忘れる事の多々ある自分は何なんだろう……と思った。
「……いや。僕が取るよ」
そう言って立ち上がった渚は、イリーナに全く気付かれずにシールを剥がした。とても自然に。見ていても違和感を感じない程に。
「渚君も大分ファンタジーだよねぇ」
「棗ちゃんってあらゆる出来事をファンタジーの一言で片付けるとこあるよね……」
「ある意味強いよね、棗ちゃん」
「校内全体がひとつのクラスを差別するのが当たり前、そしてそのクラスはアニメキャラみたいな生き物の暗殺を一任され……これをファンタジーと言わずしてなんと言えば??」
「う、うん……そうだね……」
それよりも、結局まだ相談に行けてない。多分、クラスのほとんどの人間が相談を終えている。
(……流石に行かないとな〜。でも、進路分からんし……そこを含めて相談ちゃんとすべきよな)
暫くして、渚が戻って来た。意を決して、棗は教員室へ向かう。
*
「君で最後ですね、棗さん」
「は、はい……」
「さぁ、君の進路を聞かせて下さい」
「……」
棗は手元の紙をきゅっと握る。そうしてそれを、ゆっくりと殺せんせーに見せた。志望校の欄に普通科の高校という漠然とした目標を書いて、職業の欄はどちらも空白。
「先生。私……分からないです。どうしたらいいのか」
「…………理由を、聞かせてもらっても?」
「私、イラスト描くの好きです。小学校の頃の職業調べの時は、漫画家やイラストレーターを調べました。自分の興味のある分野と言われたら、多分それなんです」
「そうですね、君は自分の好きなものに関しては饒舌です。変に隠す事もなく、堂々としていると思います」
「だけど私……お父さんの事考えちゃうんです。正直、私にはそれだけで食べていける才能があるとは思いません。お父さんに心配をかけちゃうかもって」
「……君は、ご家族の事もいつも楽しそうに話してくれますね。ご両親の事、お祖父さんやお祖母さんの事、弟さんの事。君がご家族の事が大好きで、ご家族からの目一杯の愛情を一身に受けて育って来たというのがよく分かります」
棗の話す事を、嫌な顔ひとつせず寧ろ楽しそうに聞いてくれる祖父母。厳しくもあり、優しくもある父。天然で、温厚な母。生意気だが、根は優しい弟。
「……はい。自慢の家族なんです。だから……分かってるんです。お父さんは、別に私の将来を強制したい訳じゃないって事。我が子が本気でしたいと思った事は、心配とか不安とかはあるかもしれないけど、ちゃんと応援してくれるお父さんだと思います。要は、私の心の問題なんだと思います」
自分が弱くて、父ときちんと向き合う事が出来ていない。父から逃げているのだ。話したいと思うのに、話せない。大事な事程、伝えるのが怖くて、億劫で。
「君は自分がE組である事を気にした事は一度もありませんね」
「え?は、はい」
「自分の好きなものは、誰に何と言われようと好きだとはっきり言える」
「好きなものを好きと言うのは当たり前ですから」
「……でも、お父様には中々伝える事が出来ずにいるのですね、本当にやりたいと思える事を」
「そう……ですね」
「君のお父様は、海外出張をされると聞いてますが……今はご自宅にいらっしゃるのですか?」
「はい。つい何日か前に帰国して来ましたよ」
「次の出張のご予定は?」
「まだ聞いてないです」
「では、近いうちに三者面談をしましょう。お父様と君と、先生の三人でね」
「えっ」
確かに、殺せんせーが一緒なら……安心かもしれない。だが問題がある。
「殺せんせー国家機密なのに大丈夫なんですか?」
それに、表向きの担任は烏間だ。
「ヌルフフフ……心配ご無用。変装すれば良いのです」
「分かりました、帰ったらお父さんに伝えてみます」
「ええ、そうして下さい」
「……あ。殺せんせー、あの」
「どうしました?」
「お父さんとお母さんの両方の都合が合えば、四者面談とかでもいいですかね……」
「ええ、構いませんよ」
かくして、棗の四者面談(仮)が決まったのであった。
「え、渚君も三者面談するの?」
翌日、憂鬱な表情を浮かべた渚が、三者面談をする旨を話した。しかも、昨日の今日らしく。急遽行われるようだ。
「渚の母ちゃんかー……一回家に遊びに行った時見たけどさ。割とキツい反応されたよな」
杉野が言う。
「そうなん?私もお母さんと一緒に服買いに行った時に偶然会って一回だけお話した事あるけど、凄い優しそうな感じだった」
「それは外だからじゃね?」
「……いや。母さん、棗ちゃんの事はなんかちょっと気に入ってるっぽいんだよね。たまに言ってるんだ、『あの子がうちの娘なら良かったのに』って」
「え、ガチ?なんで??」
一回会った切りだと言うのに、何故気に入られているのか。全く心当たりがない。というか、実の息子の前で言う事なのだろうか、それは。
「棗ちゃんは小さくてかわいくて守りたくなる雰囲気があるから、かわいい服が映えるだろうし。あと髪が凄く長いから、母さんの理想なんだと思う。でも一番最初に気に入った理由は、母さんの事を僕の姉だと勘違いした事じゃないかな……相当嬉しかったみたいだから。あの子いい子ね〜ってあの後暫くホクホクしてたよ」
「渚くんのお母さん、若くて綺麗でかわいかったんだもん。渚くんの家族構成とかよく覚えてなかったし、お姉さんだと思ったんだよ〜」
「あはは……そっか」
「にしても、大丈夫なのか?殺せんせーで」
「ああ、うん。任せとけとは言ってたんだけど……」
「……うーん。三者面談であの不審さが怪しまれないわけがない」
殺せんせーは変装が壊滅的に下手……というか、身体があまりにも大き過ぎて変そうに向いていないのだと思う。テ○ーラ娘みたいなものだ。
「じゃあ、私が代わりにやってやる?担任役」
提案してきたのは、イリーナだ。
「おお、ビッチ先生か!!」
「まず人間だし、あのタコとカラスマの次にあんたらの事知ってるわよ」
「じゃあちょっと予行練習してみよーよ」
片岡が机をセッティングして、予行三者面談が始まる。母親役は片岡だ。
「担任として最も大切にしている事は?」
「……そうですねぇ……敢えて言うなら『一体感』ですわ、お母様」
確かにそれっぽいが大丈夫だろうか。
「じゃあ、うちの渚にはどういった指導方針を?」
「まず渚君には、キスで安易に舌を使わないよう指導しています」
(……ありゃー)
これは駄目だ。通報物だ。下手をすれば訴えられる。
「問題外だ」
「訴えられッぞこんな痴女担任」
「ていうか、
速水の指摘はご尤もである。
「ヌルフフフ。寧ろ簡単です。烏間先生に化ければいいんでしよう?」
聞こえてくる声と、扉の前に影。ガララッと音を立てて入って来たのは……案の定、バレバレの変装をした殺せんせーだ。どうしてこれで自信たっぷりなのだろう。
「おうワイや。烏間や」
しかも、何故か
その後、試行錯誤してようやくそれなりにまともな変装に落ち着いた。棗も三者面談……というか、四者面談があるので、今のうちにまともな変装が完成してくれるのは助かる。渚の事は気になるが、まずは自分の事を気にしなくてはいけない。
「いい方向に行くといーよね、お互い」
その翌日。
棗の四者面談の時間がやって来た。
「どうも、初めまして。棗さんの担任の烏間惟臣と申します。まずはこんな山の中、御足労頂きありがとうございます」
「初めまして、棗の母です」
「父です。いつも娘がお世話になってます」
E組になってから、先生と両親が話をするというのは初めてだ。それに、父はあまりこういう所には顔を出さないし。
「単刀直入に聞きますが……棗さんとは、ご自宅で進路のお話はされたりしますか?」
「そうですね……この子が自分から進路の話をする事はほとんど無いです」
「こちらが振れば多少返答してくれますが、避けがちではあると思いますね」
「そうですか……彼女は志望校に、普通科の高校と書いていました。将来やりたい事がわからないなら、普通科の高校で勉強しつつ考えればいい……というお父様のアドバイスがあったからとの事で」
「確かに、そう言いました」
「棗さんはよく、ご家族の話をしてくれます。ご家族の事が余程好きなのでしょう。特にお父様の事は、とても尊敬しているのがよくわかります。お父さんは凄い、何でも知っている、自分の将来を考えて礼儀や責任などの大切な事を教えてくれると話しているんです」
家族の前でそういう事を言われるのは照れくさいが、全て事実だ。否定はしないが、恥ずかしいので思わず下を向いて目線を逸らしてしまう。
「そう……ですか。私も娘から先生の話をよく耳にします。それに、この子は『自分にとって居心地がいいし、成績も少しずつ上がってるから、卒業までE組にいたい』と私に言いました。この子は私に遠慮しがちで、あまりそういう事を言わないので……とても驚いたのを覚えています」
「そうでしたか」
「この子が自分からそう言ったから、私はこの子がE組にい続ける事は構いません。素行不良や成績不振の生徒が行くクラスであるのは存じていますが、娘の話を聞いていて、そんなに悪いクラスだとは思いませんでしたし、娘に合った環境でしっかり勉強が出来るなら、それでもいいと思いました」
「……なるほど。あくまで娘さん自身の意思を尊重したいと言うことですね」
「そうですね。……私はこの子に『決められないなら普通科へ行っては』と勧めはしました。でももしかしたら……私には言いづらくて、どうしても言えない事がまだあるのかもしれない……とも思います。先生が敢えて私に来て欲しいと言ったのも、恐らくその話でしょう」
「……ええ、まさにその通りです」
「私は高卒です。故に苦労も多かった。勿論、高卒である事だけが苦労の原因では無いこともわかっています。ただ……やはり、大学まで行っていた方が有利な事も多い。苦労の全く無い人生は無いでしょうが、少ない事に越したことはない。だから、娘には出来れば大学まで行って欲しいし、安定した職に就いて欲しい……というのも正直な気持ちです。ですが、棗は棗であって、私では無い。私がこの子の人生を強制する権利はどこにもありません。どちらも父親としての本心です」
(お父さん……そんな風に思ってくれとったんだ……)
「……では、お母様の方はどうお考えでしょう」
「そうですね、我が子に苦労をして欲しくない気持ちは同じです。ですが、私は大学進学に対して拘りはありません。娘は若い。好きな事を好きなようにやるなら早い方がいいと思うし、娘がやりたい事をやるのが一番いい。何より、我が子が健康で元気に生きてさえくれればそれで満足です」
「なるほど。……だそうですよ、棗さん。どうですか。自分の気持ちは伝えられそうですか?」
殺せんせーがこちらを真っ直ぐ見て言う。棗は、殺せんせー、父、母と順番に見て、もう一度目線を下げた。
「い、言えます……」
そして、顔を上げる。
「えと……お父さん、私……イラストの仕事、興味あって……将来、イラストレーターになりたい……だから、高校は美術科のあるところに行って、それからその……イラスト専門の学校に行きたい……です……」
恐る恐るではあるものの、棗は自分の正直な気持ちを伝えた。じっと父の目を見つめる。正直、怖い。けれど……言えた安堵感もある。
父は何も言わずにこちらを見ていた。娘の言葉を聞いて、色々考えているのだろう。やがて、口を開いた。
「イラストとか漫画とか、そういうのは、それだけで食べて行けるのがひと握りの、そういう世界だ。それでも、棗がなりたいと思うなら……本気でやりなさい」
「!! う、うん、頑張る……!!お父さんありがとう……!!」
殺せんせーはうんうんと嬉しそうに頷いている。母も、「頑張って言えたね、棗」と言って褒めてくれた。
殺せんせーが面談を提案してくれて、本当に良かった。E組で本当に良かった。このクラスにいなければ、今こうして自分の気持ちを伝える事が出来ずにいたかもしれない。
後日、殺せんせーは言った。
「君の家族は、君を含め、お互いを思い合う事の出来るとても素敵な家族です。だからこそ、逆に言えない事があったりすることもある。今日、君が自分の気持ちを伝えられたのは、君がお父様と真っ直ぐに向き合ったから。そして、お父様が君と真っ直ぐに向き合ったからです。その事を、これからも忘れずにいてください。そうしたら、きっと、この先も大切な事をちゃんと伝えられる筈ですから」
まだまだ、父に気を遣って言えないというのは、これからもあるだろう。すぐに克服するのは、何であってもきっと不可能だ。
殺せんせーの言うように……今日の事を忘れずにいれは、きっと、少しずつ改善出来る。
「先生。もう一個、ちゃんと決めました」
「にゅ、何でしょう?」
「私、これからも単独暗殺はしません。でも、今まで通り集団暗殺にはちゃんと参加します。私は殺せんせーとは、先生と生徒っていう関係性だけがいいです。この前面談してそう思いました」
「そうですか。先生は『教師と生徒』、『
その言葉に、棗はにひ、と笑う。
何だか晴れやかな気持ちで卒業まで過ごせそうな、そんな気がしていたのであった。
棗ちゃんパパは