棗は基本的に、休み時間は机に突っ伏しているか、絵を描いているかが多い。たまに共通の趣味を持つ友人と会話し、その会話が白熱することもある。元々他人への興味の薄い棗は、趣味の合う相手以外とは必要最低限の会話しかせず、自分から話しかけに行くこともあまりない。だから、小学校の頃は親友以外に友達と呼べる友達はほぼいなかった。棗にとってはそれすら特段気に留めることでもなかったが。
椚ヶ丘学園の生徒はとにかく勉強勉強といった感じで、休み時間でさえも勉学に明け暮れている者がほとんど。共通の趣味を持つ者との出会いなど、稀である。そんな中出会ったのが、竹林孝太郎である。医師の家系に生まれ、医師になるべく勉学に勤しんでいる竹林だが、彼は二次元が好きな生粋のオタクであった。出会いは人生初のコミケに参加した時である。
身体の小さい棗は、基本的に人混みが苦手である。しかしそれでも、好きなものを堪能する為にコミケへ参加した。案の定とんでもない人混みに流されそうになって、どうしようかと思っていた矢先に声をかけてくれたのが竹林だ。
棗は竹林のことを知らなかったけれども、竹林の方は棗の顔を覚えていたので声をかけてくれたそうだ。そこから意気投合し、一日一緒に会場を廻ったのはいい思い出である。その日からの付き合いが、今現在も続いている。まさか3年になって同じクラスになるとは予想外であったが、棗がE組という環境を気に入っているのは竹林の存在も大きかった。棗の話し相手は専ら竹林だが、他によく会話をする相手は不破優月や岡島大河である。
今日もいつものように、棗は持参した自由ノートに趣味のイラストを描いていた。絵を描いていると、いつの間にか熱中して時間があっという間に過ぎていく。しかしながら、どんな絵を描こうか悩んで描くよりも授業中の落書きの方がいいものが描けたりするので不思議なものだと棗は考えた。
「──さん」
「……?」
「歌川さん」
「! えっと、私?」
棗は何かに集中していると、声をかけられても一瞬で反応出来ない。音として認識することは出来ても、言葉として認識することが出来ないのだ。例えるならば、喫茶店で流れているBGMのようなものだろうか。
今も、誰かに呼ばれたがすぐには反応出来なかった。どうやら声をかけてくれたのは、クラス委員の片岡メグのようだ。
「急に話しかけてごめんね。実は今から殺せんせーの暗殺に行くことになったんだけど、歌川さんも参加しない?」
何かと思えば、集団暗殺のお誘いらしい。断る理由も特に無いし、折角のお誘いなので棗はそれを受けることにした。
現在、殺せんせーはおやつタイム中のようだ。今日のおやつは北極の氷でかき氷らしい。相変わらず異次元だな、と棗は思う。
(北極のかき氷かぁ……どんな味するんやろ)
棗の意識は暗殺よりもそちらの方へ傾いていた。ペンギン型のかわいらしいかき氷機で作られるかき氷を見て、美味しそうだなと眺める。そうこうしているうちに、片岡と同じくクラス委員である磯貝悠馬が合図を送っていたらしく、皆一斉に飛び出していた。少し遅れを取ってしまい、棗も慌てて皆の後を追う。
しかし案の定、殺せんせーは暗殺を回避する。
「笑顔が少々わざとらしい。油断させるには足りませんねぇ。こんな危ない対先生ナイフは置いといて、花でも愛でて良い笑顔から学んでください」
棗たちが握っていたナイフは、いつの間にかチューリップへと変わっていた。しかしどこか見覚えのあるチューリップだと棗は思う。その既視感が何なのかは、片岡が即座に口にしてくれたのですぐにわかった。
「ていうか殺せんせー!この花クラスの皆で育てた花じゃないですか!!」
「にゅやッ!?そうなんですか!?」
そう、差し替えられた花は、クラス全員で大切に育てた花であった。その事実に、キレる片岡。悲しみ涙を浮かべる矢田に岡野。反応は様々だが、主に女子生徒からの非難の目が強く、殺せんせーは動揺している。慌てた様子で球根を購入してきた殺せんせーは、
「マッハで植えちゃだめだかんね!!」
「1個1個労って!!もっと愛を込めて!!」
と片岡や岡野に怒られつつ球根を花壇に一個一個丁寧に植えていた。
「なー…アイツ地球を滅ぼすって聞いてッけど…」
「お、おう…その割にはチューリップ植えてんな…」
(女の子は怒らせると怖いからなぁ……)
棗はそう思いながら、球根を植える殺せんせーをぼんやりと眺める。見た目はゆるキャラのようで、動きも人間離れしているが、それ以外の部分は人間味のある先生。彼は一体どこで生まれ、どこから来たのか。どうしてここへやって来たのか。多少は気になるが、そんなものはきっと大した問題ではないだろう。
「歌川さんは怒んねーの?」
「………えっ??あ、ああ…うん」
(びっくりした……)
ぼーっとしていたら前原に話しかけられていたようで、一瞬反応が遅れてしまう。
「先生、悪気があったわけじゃないみたいやし……他の子が色々言ってるから私からは特に何も言うことないかな〜と。反省もしとるみたいやしさ……」
怒るという行為は正直面倒だ。家族……特に弟に対しては怒ることもあるが、棗が他人に怒りを向けることは基本的にない。嫌な気持ちになったりすることは多少あるが、それだけだ。怒りが沸くほど他人に期待などしていない。
「歌川さんって不思議だよな〜」
「ふーん、そう?」
「大人しい子なのかなって思ったら、竹林とはめちゃめちゃ饒舌に喋るっていうかさ、好きなもののことになったら子どもみたいにはしゃいでさ。かと思ったら今みたいにクールでさ」
「くー…る…??」
(クールとは…??)
あまりにも自分には不釣り合いの単語に、頭の中いっぱいにはてなマークが飛び交う。
ただ、第一印象が大人しめの子に見られるのは幼少期の頃からなのでそこは納得した。
「クールとか私と正反対すぎるやんけ」
「不思議キャラなのは否定しないんだな……」
棗の返答に磯貝がツッコミを入れる。
「そこはもう否定のしようがないけんね〜…」
どこか変わっている子、不思議な子というのは、昔から言われて来た。だからと言ってどうということはないが。寧ろ個性があって面白いということと同義だろう。『変な子』は褒め言葉。棗はそう認識している。
「ねーねー皆〜!!殺せんせーがお花引っこ抜いたお詫びにハンディキャップ暗殺してくれるって〜!!」
岡野が嬉々としてそう叫んだ。棗としてはハンディキャップ暗殺とは何ぞ…という感じだが。
(それって暗殺…なのか??)
恐らくツッコんだら負けだ。そもそも人間離れした生物が目の前にいる時点でツッコミ所だらけのこの環境。
「いやでもやっぱり暗殺とは違う気がする〜…」
そう一人で静かにツッコむ棗であった。
ちなみに、防衛省職員である烏間が体育教師として配属されることとなったのもこの日の出来事のひとつであった。