【完結】その生徒、暗殺者に非ず。   作:クリオネf。t

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フッ、おもしれー男……



演劇発表会

 テスト結果が出た翌日のこと。

 旧校舎からの帰り道、棗が山を降りて本校舎の前を通りがかった時、期末テスト前のあの日のように、壁に寄りかかる学秀の姿があった。

 

「あれ、浅野くん?」

 

 学秀はこちらに気がつくと柔らかな笑みを浮かべ、

 

「歌川さん。待ってたよ」

 

と言いながら近寄って来る。集会の時は話しかけに行っていたが、こうやって下校時刻に出待ちされるのは初めての出来事であったので、棗は目を丸くして驚いた。ただ、驚いたのはそこだけでなく。

 

「え、浅野くん、ほっぺどうした……?」

 

 学秀の頬にはガーゼがしてあって、痛々しかった。何があったのかと、棗はそっと指先でガーゼに触れる。

 

「これくらい大したことはないよ。ちょっと親子喧嘩を、ね」

「お、親子喧嘩かぁ……」

 

 一体どんな喧嘩をしたのだろうか。殴り合いの喧嘩でもしたのだろうか。想像出来ない。

 

「あ、理事長先生が『彼には悪い事をした』って言ってたのそーゆーことかぁ」

「へぇ、理事長がそんな事を?それは裁判で有利になりそうな証言だね」

「さ、裁判……!?う、訴えちゃうの……!?」

「さぁ、どうかな」

 

 (……え、本当に訴えたりしないよね??)

 

 冗談なのか本気なのかイマイチ分からないし、学秀ならやりかねないかも……と思えてしまう。

 

「というかさ、私のこと待ってるなんて珍しーね。てか、初めてじゃない?」

 

 親子喧嘩や裁判の話はさておき、棗はもうひとつ疑問を口にする。すると学秀は、

 

「君に会いたかったから」

 

と言って微笑んだ。まさかそんな返しが来るとは思わなかった。

 

「お、お〜……面と向かって言われたら照れる……」

 

 驚きと照れとで、しどろもどろになってしまう。

 

「歌川さんさえ良ければ、途中まで一緒に帰っても構わないかな?」

 

 友達からの申し出。断る理由もなかったし、学秀と帰ることが出来るのは純粋に嬉しかったので、棗は快諾した。

 

「うん、それは勿論!!へへ、初めてやねぇ」

「そうだね。今までは君の方から声をかけてくれていたからね」

「なんか習慣化しちゃって〜……あ、別に義務とかそんなんじゃなくてね、話しかけたいな〜って思ったから話しかけてたんだよ?そうじゃなかったら私、用もないのに話しかけたりせんし」

 

 この人とまた会いたい、この人とまた話したいと何となくそう思える相手は一定数いる。学秀は棗にとって、そんな相手の一人であった。

 

「……っ」

 

 学秀は何故か口許を抑えながらそっぽを向く。

 

「あれ、浅野くん?浅野くーん?どしたん?……もしかして私なんかした……?」

「いや、ごめん……何でもないよ。そう思ってもらえて嬉しいと思っただけだから」

「ふーん、そっか、それならよかったー。それにしても浅野くん、最近笑顔増えたね?」

「……そうかもね」

 

 学秀は最初に出会った時のように、形式的な笑顔は多かった。しかし、ここ最近は思わず出てしまった、という感じの自然な笑みとでも言うのだろうか。そういうものが増えたような気がする。最近とは言っても、数回しか顔を合わせてはいないけれど。

 

「あれ、そう言えば浅野くんの家ってどの方向なん?私電車通学なんやけど」

「僕は基本徒歩通学かな。でも歌川さんが向かう駅は通り道だから、気にしなくていいよ」

 

 気を遣っているのか、本当に通り道なのかは定かではないが……こうやって一緒に帰りたいと言ってくれているわけだから、気にしないことにした。

 

「そーなんだ!じゃあ駅まで一緒に帰れるね〜」

 

 にこにこと満面の笑みを浮かべ、心から嬉しいということが全面に出ている棗。

 

「ぅっ……」

 

 そして、何故か呻き声を上げる学秀。学秀はたまにこうやっておかしな呻き声を上げる。しかも今日は胸を抑えている。心配になって、

 

「なんかたまに変だよね浅野くん。何かの発作?大丈夫?病院行く……?」

 

と聞いた。

 

「……大丈夫だよ、至って健康体だからね」

 

 (その割には胸抑えてたけど……)

 

 だがしかし、学秀が大丈夫だと言っているのだ。これ以上とやかく言うこともないか、と棗は深く訊ねることはやめた。ただ、心配なものは心配なので、これだけは伝えておく。

 

「浅野くんがそう言うならいいけども……もし何か異変感じたらちゃんと病院行かんとダメよ?」

「ああ、心配してくれてありがとう。そうすることにするよ」

「ん、ならよし!」

 

 満足気に言う棗を、学秀がじぃっと見つめて来る。とても穏やかな表情だ。

 

「えっと……どしたの?私の顔に何かついてる?そんなに見られると恥ずい……」

「……いや。君はかわいいなと思って」

「かわ……っ!?」

 

 何だか期末前と随分と違う気がする。前まではそんな事は言わなかった。学秀はこんな気障な事を言うような子だっただろうか。いや、もしかすると仲が深まれば深まる程そうなるのかもしれない。となると、更に仲良くなれたと解釈しても良いという事か。

 

「や、やだなぁもー、そ、そんな事いきなり言わんでよ……嬉しいけど、どう反応していいか分からんよ……」

「はは、すまない。でも、前から思っていたよ。言わなかっただけ……いや。言えなかった、が正しいかな」

「そっかぁ。顔立ち綺麗な子にそんな風に言ってもらえるとなんか嬉しいな……」

「……そう。じゃあこれからも言わせてもらおうか」

「程々にお願いします……言われ過ぎると反応に困るので」

「善処するよ」

 

 学秀はクスクスと楽しそうに笑う。これはあれか。友達の反応を見て面白がっているのか。何だか釈然としないが、これぞまさに友達とのやり取りと言う感じがする。これから、学秀との間でそんなやり取りが増えると思えば、それは嬉しい事だ。

 

「あ、駅着いた」

 

 どうやら、話し込んでいるうちに辿り着いたらしい。

 

「本当だね。何だかあっという間だったな」

「楽しい時間はあっという間だからね!」

「確かに、君と過ごす時間は楽しいからね」

「素直だ〜、なんか慣れない!あ、でも嬉しいよ!」

「そうか」

 

 駅は目前だが、立ち止まって暫く会話を続ける。電車の本数もそうだし、学秀を足止めするわけにもいかない。残念ではあるが、そろそろ行かないとな……という考えが浮かび、キリのいいところで話を切り上げようとしたその時。

 

「……歌川さん」

 

 ふと、学秀が棗の名を呼ぶ。

 

「頭……撫でても構わないかな」

 

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。そんな事を言われるだなんて思わなかったのだ。だが……彼は冗談でそんな事を言う人間では無いだろう。

 

「……えっと。浅野くんが周りの目、気にならんなら……私は全然いいよ」

 

 それだけ答えた。友達同士のスキンシップだ。撫でられるのも好きだし、棗としては大歓迎である。

 

「……。それじゃあ」

 

 学秀の手のひらが、ぽん、と優しく棗の頭に乗せられる。そのままぽんぽん、と軽く、リズムよく撫でられた。大きめの暖かな手が、心地良い。

 

「んへ、んへへ……」

 

 間の抜けた声で、だらしなく破顔する。やがて満足したのか、学秀の手が棗から離れた。若干の名残惜しさを感じる。最後に、学秀は「ありがとう」と礼を述べた。

 

「ううん、こちらこそ」

「……じゃあ、名残惜しいけど。また明日」

「うん、また明日ね!」

 

 そこで、ようやっと二人は分かれた。

 学秀が素直になって来た事、更に仲が深まった……ような気がする事。頭を撫でられた事。様々な嬉しい出来事にほくほくしながら、棗はいつものように改札を潜る。

 


 

「演劇発表会かー……」

 

 二学期もあと僅かで終わりを迎えるこの時期。その最中(さなか)に開かれるのが演劇発表会である。短期間で台詞や段取りをきっちりと憶え、こなす。それも椚ヶ丘(ここ)の教育方針のひとつなのだとか。

 しかしながら、E組だけ予算が少なく、E組だけ他クラスが昼食をとっている最中に公演するという、酒の肴の如き状況。それに加え、E組は内部進学が出来ないというシステム上、受験が待ち構えている。

 

「どーにかなんねーのかこのハンデ」

「クラス委員会で浅野に文句言ったんだけどな。そしたらこう返されたよ」

 

 

 ──どうせ君達だ。何とかするだろ。

 

 

「……。言うじゃん、あいつ」

 

 それだけ学秀がE組を信頼しているという事だろう。それはとても喜ばしい変化だ。

 表向きは何も変わっていないように見えるが、どこか足りなかった歯車が埋まり、軋む音が消えたような。そんな感覚を、E組の生徒達は覚えている。

 

「よーし、やると決めたら劇なんてパパっと終わらそーぜ!!」

「とっとと役と台本決めちゃおう!!」

 

 磯貝からの話を聞いて、やる気に満ち溢れた様子のクラスメイト達。

 

「渚君、渚君。主役やんなよ主役」

 

 カルマが見せたのは、なんだかよく分からないが……恐らく男の娘的な主人公の話っぽいフライヤーだ。

 

「なんかまた危なそうなオファーが来た!!」

 

 見てみたい気もするが、渚本人が嫌がるのならば仕方がない。

 

「茅野さんは?児童施設で演じた劇、すごい子供にうけてたよ」

 

 神崎が茅野に声をかける。

 

「中学生には通じねーだろ。幼児体型の奴に感情移入出来ねーからな」

 

 ブキャキャキャキャ、と笑いながらドスドスと茅野の頭を叩く寺坂は、即座に箒で殴られ瘤をこさえていた。

 

「寺坂くん、カエデちゃんは幼児体型と言うよりスレンダーなモデル体型だよ」

 

 茅野は身長こそ150cmには届いていないが、小顔で全体的に細く、脚もすらりと長く見えるモデル体型だ。正直、等身が高い分パッと見低身長でもそんなに低くは見えない。棗の母と同じような感じだ。

 

「棗ちゃん、それフォローなの……?まぁいいや。……私は小道具でもやりたいな。皆の役割は?」

「監督は三村で……脚本は狭間が適任か」

 

 では、主役は誰にするか、という話題に入った時。

 

「先生……主役やりたい」

 

 殺せんせーがそう言った。そして始まる一斉射撃。

 

「やれるわけねーだろ国家機密が!!」

「そもそも大の大人が出しゃばって来んじゃねーよ!!」

「だ、だって!!先生、劇の主役とか一度やってみたかったし!!皆さんと一緒に同じステージに立ちたいし!!」

 

 もう、あと僅かしかこのメンバーで過ごせる時間はない。殺せんせーが生徒達と青春を楽しみたい気持ちは理解出来る。

 

「いーわよ、書いたげる。殺せんせー主役にした脚本」

 

 狭間がそう言うと、殺せんせーの顔が忽ちぱぁっと明るくなる。嬉しそうに頬を染め、真ん丸な目をキラキラ輝かせる殺せんせーはとてもかわいらしい。

 

「あとは……杉野。神崎と組んで脇を固める二人をやんなさい」

「え!?いーのかよ神崎さん!?()りゃ勿論嬉しーけど……」

「演技力無くてもよければ。声は他の人があてるんだよね」

「標的やら暗殺仲間の望みを叶える。それ位なら国語力だけの暗殺者にも出来る事よ」

 

 かくして、役者は揃った。折角だから本校舎の生徒達を興奮の渦に叩き込んでやろう、と皆息巻いていた。

 

 

 迎えた発表会当日。

 幕が上がり、舞台が照らし出される。そこに鎮座しているのは、殺せんせー扮する桃。

 

『桃です』

 

 また、別の場所にスポットがあたる。

 

「電波エコーで測定しました。これの中で……胎児が育っているようなの」

『おじいさんの目の色が変わりました。瞬時にしてこの桃の価値を悟ったからです』

「こりゃあすげぇ!!とんでもない珍品だぞ!!マスコミが飛びつかないわけがねぇ!!見世物にすりゃ俺は一生大金持ちだ!!」

 

 ス……と差し出される紙切れが一枚。

 

『離婚届です』

 

 会場中の空気が冷えていくのを感じる。

 

『おばあさんは別れる事を迷っていました。ですが……子供の人権を無視するようなおじいさんの非道な言葉。「俺達」ではなく「俺」という言葉。おばあさんの心は今、決まりました。30年の結婚生活で二人の間に出来た溝は……まるで洗濯に行った川のよう。二人の空間の息苦しさは……山の柴を燃やして出たCO2のよう』

「……。この桃は俺のもんだ。夫婦の共有財産だ。どう分けるかは世帯主の俺が決める」

 

 ガララ……と扉を引いて出て来たのは、スーツを着た男女二人。

 

『弁護士です』

「奥様の代理人を務めます。以後の話は我々を通して頂くよう」

「桃の件ですが……婚姻関係はとうの昔に破綻しており、財産分与の基準日はもう過ぎたと考えられます。モラハラの慰謝料を含むと桃ひとつでは足りませんよ?」

『おばあさんへの30年にわたる暴言や暴力。生活費も随分前から入れておらず、証拠も全て揃っていました。おじいさんに裁判で勝ち目はありませんでした。恫喝に雇った村の男達は……警察に連れて行かれました。おばあさんは新居に桃を持って帰りました。まるで命が洗濯されたような晴れやかな気持ち。おばあさんの人生は桃と共に今、始まったのです』

 

 場面が切り替わる。

 

『犬、サル、キジです。どうやら彼は人を襲う訓練をしているようです。畜生共は団子(エサ)をもらって無邪気に従っているだけです。邪悪なのは、財産欲にまみれたおじいさんだけ。鬼ヶ島は……私達人間の心の中にあるのかもしれません。生まれてくる桃の子にも……いつか鬼が宿るのでしょうか……』

「ヌルフフフ……」

 

 完、という札が出た瞬間、包まれる静寂。そして間を置いて、本校舎生徒達からのブーイングの嵐が。

 

「重いわ!!」

「食欲無くなったじゃねーか!!」

 

 その意見はご尤もである。棗も同意見だ。よく出来た話ではあるが、食事中に聞かされたら溜まったものでは無いだろう。

 

「クックック。言葉はね、爪痕残してナンボなのよ」

 

 狭間は満足気に笑っていた。客席からたくさんの物を投げつけられながら、棗達はセットを舞台裏へと運んで行く。




二学期編もあと少しで終わりです。
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