全員の視線がが殺せんせーに注ぐ。
ついに、彼の口から……その過去を聞く時が来たのだ。
「出来れば……過去の話は最後までしたくなかった。けれど……しなければいけませんね。君達の信頼を君達との絆を失いたくないですから」
ザザ……と冷たい風が吹く。
「夏休みの南の島で、烏間先生がイリーナ先生をこう評しました。『優れた殺し屋ほど万に通じる』。的を得た言葉だと思います。先生はね、教師をするのはこのE組が初めてです。にも関わらず、ほぼ全教科を滞りなく皆さんに教える事が出来た。それは何故だと思いますか?」
誰もがひとつの真実へ辿り着く。
「……まさか」
「そう。2年前まで先生は……『死神』と呼ばれた殺しやでした」
「……ほえー……」
気の抜けた声が、棗の口から漏れた。
「それからもう一つ。放っておいても、来年3月に先生は死にます。一人で死ぬか、地球ごと死ぬか。暗殺によって変わる未来はそれだけです」
殺せんせーは語る。
約2年程前、殺せんせーが「死神」であった頃。唯一の弟子と仕事をしていた時……その弟子に裏切られ捕らえられ、シロ──柳沢誇太郎の研究施設へと連れ込まれた。
「反物質」。たった0.1gから核爆弾並みのエネルギーを放出出来る。その反面、爆発一回分の反物質を生成するには、その爆発を遥かに超えるエネルギーが必要という、生産効率の悪さがあった。それを柳沢は、生命の中で生成させるという神をも恐れぬ方法を取ろうとした。その実験の対象が「死神」であった。
棗達3年E組の担任である雪村あぐりは、柳沢の見合い相手だった。昼間は教師として働きながら、夜は無償で柳沢の研究の手伝いをしていたらしい。そんな彼女は、「死神」の監視役として当てられた。それが「死神」とあぐりの出会いである。
「死神」の知識は並の科学者を凌駕するほどのもので、実験台の上で一ヶ月も過ごす頃には、この実験の超理論の要点をほぼ完璧に理解していたそうだ。近い将来手に入る新しい力で、再びまた破壊の日々へと戻れる。そう確信していた。
そんな中で、あぐりと関わっているうちに……彼は、「見られる」事への嬉しさを感じるようになる。
更に季節が巡り、E組の生徒が入れ替わる頃。三日月が生まれる2週間前。実験が始まって一年近くが経過する頃、彼のいた独房のような場所は、二人にとって何でも話せる場所になった。誰も会話をモニターしていない時間帯を見つけては、自身の生い立ちをあぐりに話した事もあったそうだ。
戸籍もない彼には、自分の本名も、生まれた日も知らない。優しい言葉は暗殺の為の武器であり、笑顔も人を欺く為に身につけた、と。
あぐりの方も、自身の話をした。
そんな数々のやり取りの中で……「死神」は、人間とは活かすものであり、弱者は育てるものであると知った。
ある日、あぐりからプレゼントを貰ったらしい。
知り合えて一年のその日を、彼の生まれた日にしようと。だからプレゼントを贈るのだと。その時「死神」が浮かべた笑顔は、本物の笑顔だった。
彼女と初めて触れ合ったのも、その日。
そしてそれは──三日月が生まれる6時間前の出来事だった。
柳沢は研究の中で懸念している事があった。
生物の老化による不具合。細胞分裂が限界回数を超えた時の反物質生成サイクルへの影響を。
それを調べる為に、人間より廊下の早いマウスを使った実験を、あくまで念の為……何かあっても被害の出ない月面で行った。まず問題なく、何も起こらないと思われた実験の結果は最悪で。細胞分裂が終わった瞬間、反物質生成サイクルは消滅せず、細胞を飛び出して外に向いた。月の物質を連鎖的に反物質へと変えてゆき……直径の7割を消し飛ばした。
これが、三日月が生まれた真相である。
そこから計算し、人間の身体で同じ出来事が起こるだろうとされたのが……来年の3月。つまり、棗達が卒業する頃である。
地球が滅んでは溜まったものではない。柳沢は「死神」を処分する……つまり、殺すという判断をした。それを偶然聞いてしまったあぐりは……その事を「死神」に話したのだ。彼女は何一つ悪くなどない。
人間とは死ぬ為に生まれた生物。増して自分は夥しい人間を葬った殺し屋。呪われた死を迎えるのは、当然の義務であると。自分の「死」が見えた瞬間に、そんな間違った悟りを開いた「死神」の耳に、最早あぐりの言葉は届かなかった。必死で止めようとしても……聞く耳を持たず。あぐりはそれ以上何も言うことが出来ずにその場を立ち去った。
「死神」は持ち得る力を駆使して脱出を試みた。触手に頼らずとも、砂粒ひとつで人を殺める力はある。しかし簡単にはいかなかった。反物質生物の副産物である強靭な触手を単体で利用する兵器、触手地雷。センサーを付けた容器に詰めれば、生命を感知し亜音速で襲いかかるという代物である。
それでも、それは「死神」に致命傷を与えるまでにはいかなかった。
──「死神」は考えていた。
1年後にはどの道死ぬ身。ここで死んでも構わないし……地球と共に死ぬのも悪くない、と。
自分の死までが見えた時、全てが見えていた気になっていた「死神」。けれども彼には、彼を見ていたあぐりの存在が見えていなかった。
だから……必死で止めようとしたあぐりは、装置によって腹部を貫かれ、致命傷を負ったのだ。医学を極めた「死神」でも治せない、そんな傷を。
そこで気づいたのだ。
精密な触手を医療に使う訓練をしていれば救えたかもしれない、と。
科学知識、戦闘術、
自分があぐりを殺したも同然だと思った。
あぐりは、それを否定した。あなたにならたとえ殺されても構わないとまで言った。その位、「死神」を大切に思っていると。きっと「死神」もいつか、そういう相手に巡り会えるとも。「死神」にとってその相手はあぐりだった。あぐり以外にそんな相手がいるとは思えなかった。その位、彼もまた……あぐりを大切に思っていたのだ。
彼女が最期に言ったのは……残された一年間、もし「死神」の時間をくれるのなら……彼女の生徒達を教えてあげて欲しいという事だった。この手ならばきっと、素敵な教師になれる。そう言い残して、彼女は逝った。
彼女の懐にあった、「死神」への誕生日プレゼントである巨大なネクタイ。それを、教師である事に使うことにした。彼女が見続けてきた生徒を、自分がこの目で見続けると。どんな時でも、この触手を離さないと、彼女にそう誓って、彼はその場を後にした。
──触手が彼に聞いてきた。
"どうなりたいのか"を。
「弱くなりたい」
彼はそう思った。
弱点だらけで、思わず殺したくなる程親しみやすく、この
こうして誕生したのが、マッハ20の新米教師。
すなわち、「殺せんせー」その人である。
こうして長い話が終わった。
「先生の教師としての師は、誰であろう雪村先生です」
目の前の人をちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで人を判断しない。彼女から、そんな教師の基礎を学んだ。殺せんせーは、それに自らの知識を加え、E組の生徒達と向き合う準備をしたのだ。
「自分の能力の限りを尽くし、君達に最高の成長をプレゼントする。そのためには、どんなやり方がベストなのか?」
考えて考えて辿り着いたのが、彼自身の残された命を使ったこの暗殺教室なのだ。
「前にも言いましたが、先生と君達を結びつけたのは、
彼はきっと、生徒達に「この先生を
真実を知った今、
次話で二学期編は終了となります。