クリスマスデートだからクリスマスまでに投稿したかったのに既に年が明けているという事実。つまり浅野君の誕生日も過ぎているというね。
今回文字数が1万超えました。
私とあなたは寒空の下でおデート
12月25日。
世間はクリスマス。街の装飾もクリスマス一色である。棗がケーキだサンタだと盛り上がっていたのは小学生半ばの頃くらいまでで、今はあまりそういう事に関心はなかった。
そんな棗が今日、冬休みだというのに寒空の下にいるのには、理由がある。
「おはよう、歌川さん」
改札を抜けた時、聞き馴染みのある声が聞こえて来た。声のした方を向けば、微笑を浮かべた学秀がそこにいる。
「おはよ、浅野くん」
休日に会うのは初めてで、私服姿の学秀が新鮮に映った。流石学秀、服装までイケメンである。
「こうやって学校の外で君に会えるなんて嬉しいよ。その服装もかわいいね、とてもよく似合ってる」
「あ、アリガト……浅野くんもカッコいいね」
「君とのデートだからね。とても悩んだよ」
「そ、そっかぁ……」
そう、棗がこうやって外にいる理由。それは、冬休み前に約束したデートの為である。まさか自分が誰かから告白されて、デートをする事になるとは……あまりにも現実味がなさ過ぎる。
「ん、どうかした?もしかして体調でも悪かったかな……」
「え、いや、そんな事ないよ!めっちゃ元気だよ!ただ……」
「ただ?」
「なんかこう……夢でも見てるみたいだなーって……あの時告白されたのって現実なんだなって思って」
「夢だと思われていたのか。それはちょっと傷つくなぁ、歌川さん」
眉尻を下げて、傷ついていますとでも言うような表情を作る学秀。それだけでも、棗には効果覿面である。
「えっ!?ごごゴメンネッ!?!?そーいうつもりじゃなくてだねっ!!えっと……ほ、ほら私、誰かの恋愛対象になるタイプの性格してないやん!?だから現実味がないなって思っちゃっただけで……あの……!!」
大慌てで弁明しようとする棗の様子がおかしかったのか、学秀は「っふ」と軽く吹き出す。
「大丈夫だよ歌川さん。冗談だから。でも、そうやって慌てる君も凄くかわいいね。好きだよ」
「ヒェッ……」
唐突な告白。あまりにも不意打ち過ぎて心臓に悪い。棗はもう、顔どころか耳まで全て真っ赤になっていた。
学秀はそんな棗の頬を指先でつつきながら言う。
「紅白まんじゅうみたいだね。かわいい」
「ゔ〜〜」
(居た堪れないんだけどぉ……浅野くんこんなキャラやったっけ……脳がバグる……元からバグってるけど……)
もう頭が沸騰してどうにかなってしまいそうだ。学秀は相変わらずふにふにと頬をつついている。空気は冷たいはずなのに、触れられたところから溶けてしまいそうなくらい顔が熱くて堪らない。
「い、いつまでそれするつもりなん??」
「僕としては、出来ればずっと触れていたいかな。でも、それだといつまで経っても動けないから、程々にしておくよ」
「ソッカ……」
これがもしゆったり過ごしている室内であれば、延々と頬をつつかれていたのだろうか。
「それにしても……マフラーの巻き方がかわいいね。リボンか。歌川さん自身がクリスマスプレゼントって事?」
「ちち違うから!!リボンみたいにするのがかわいいって思ったからしただけで、そういう意図は全然ないからね!!」
突然何て事を言い出すのだ、この男は。よくもまぁ、そんな小っ恥ずかしい事を平気で言えるものだ。
「……耳まで真っ赤」
今度は赤くなった耳をさわ……と撫でられ、擽ったさで反射的にびくんと肩を震わせ、「んひゃっ……!」と声を漏らしてしまった。思わず両手で口を塞ぐ。
「耳、弱いんだね」
緩く弧を描く学秀の口許。棗を見つめる瞳は熱が籠っていて。
「か、カンベンしてよぉ…」
「かわいいね、歌川さん。とってもかわいい。好き」
「ゔあ゛あ゛ぁ゛〜〜」
棗の脳味噌ではキャパオーバーだ。こんなもの、耐えられる筈もない。そもそも恋愛には不慣れなのだ。それなのにこんなことをされて、限界なのは当然である。
「あああ浅野くんッ!!こ、ここ往来だよ!?休日とは言え他の椚ヶ丘の生徒だって通るかもしれないのに……ッ、う、噂になっちゃうよ……!?」
「僕としてはそれで構わないんだけどね。それに、休日にこうやって二人で出かけている時点で、見られたら噂になると思うけど」
「う、た、確かにそうだけど……!」
「僕と噂になるの、嫌?」
「なんでそんなずるい聞き方するん!?浅野くんのバカ!!」
心臓を壊しに来ているとしか思えない学秀の行動。棗はもう涙目である。けれど、嫌ではない。嫌ではないから困る。もうどうすればいいのか、棗には一切分からなかった。
「ホントにもう……どーゆーつもりさ……」
「ゆくゆくは君と恋人になるつもり」
「もう……もう……!溶けちゃう!顔が熱すぎて溶けちゃうよ……!スライムみたいになったらどーすんのさ……!」
「それは困るな。でも、歌川さんならどんな姿でもきっとかわいいよ」
先程から堂々巡りである。
棗はキャパオーバーを起こしそうになっているというのに、学秀は楽しげな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「それじゃあ、行こうか」
「ウン……」
ぎこちない返答をして、歩き出す。
最初に向かったのは、映画館を併設した商業施設だ。目的は、当然映画鑑賞である。今期上映されるミステリー系の映画を観るのだ。
「アニメ系じゃなくていいのかい?好きだろう?」
「好きだけど、こっちも気になっとったんよ。浅野くんと観るなら、断然ミステリー系の方が一緒に楽しめそうやし」
「……好きだ……」
「ファッ!?」
当然の如く手を取られて、息をするように愛を告げられた。学秀の事なのでふざけているわけではないのは分かるのだが、心臓が止まりそうだし心拍数が上がりそうだしで、心臓に負担がかかり過ぎて壊れるのではないかと思ってしまう。
「そッ、いうのは……心臓に、良くないと思います……」
「僕と一緒に楽しみたいと思ってくれる君があまりにも尊くて愛おしくて……」
「〜〜ッ!!」
キャパオーバーを起こして最早言葉が出ない。声にならない声で叫びつつ、棗は学秀から顔を逸らした。
「気を悪くした?」
「それは……してないけど……」
「それなら良かった」
ふにふにと頬をつつかれる。学秀は棗の頬がお気に入りらしい。頬を触られるのは学秀限定ではないので慣れてはいるが、告白されて以降学秀相手だとどことなく居た堪れない気持ちになってしまう。暫く頬をつついて満足したのか、何事も無かったかのように「ドリンクとかはいる?」と聞いてきた。
「う、うん」
「ポップコーンは食べる?」
「お昼ご飯いっぱい食べたいから要らない……」
「っ、そ、そうか……フッ」
「? なーに?」
口許を手で抑えて、肩を震わせる学秀。棗は思わず首を傾げた。
「たくさん食べたいって理由がかわいいなと思って……」
「そ、そう……」
売店でオレンジジュースだけを購入して、劇場内へと足を進める。二人の座席は最後部だ。前方の座席は見上げなくてはならないため首が痛くなるし、何より最後部は後ろの人を気にしなくてもいい。
「浅野くんは普段どの座席に座るの?そもそも映画館って行くの?」
学秀は何というか……自宅や図書館などで静かに本を読んだり勉強をしているイメージが強いので、映画館は足を運ぶ姿をイマイチ想像出来ない。
「まぁ、あまり来ないね。でも映画自体は嫌いじゃないよ。家で観たり、図書館の視聴覚ブースで観たりする。観るのは洋画が多いかな」
確かに、一人静かに映画鑑賞している姿は何となく想像出来る気がする。
「洋画かぁ。なんか吹き替え版とかじゃなくて字幕版とか、なんなら字幕すらないやつ観てそうやね」
「よく分かったね」
「浅野くんは勉強熱心だから、そうなんかなーって」
色んな国の言語が話せて世界中に友人がいると聞いたので、そういうコンテンツさえも学習の為に活かしていそうだな、と思ったのだ。そしてそれは間違いではなかったらしい。
「最近は君の好きなものを観たり読んだりしているよ。君の事をもっと知りたいから」
「ゔぉあ……」
「凄い声だね」
でもかわいい、と言いながらちょいちょいと頬を指でつつかれた。もう何度目かも分からない。
「ちなみに一体何を観たり読んだりしてるんですか……」
「うーん……有名所だとON○PIE○Eは漫画も読んだしアニメも少しだけ観た」
学秀が少年漫画を読み、アニメを観る。学秀とサブカルの組み合わせがあまりにもミスマッチ過ぎて、その姿を想像する事が全く出来ない。
「ああ、あと初めて声をかけた時、君が取ろうとしていた漫画も読んでみたよ」
「よ、読んだのか……や○君を……」
「『安達とし○むら』も読んだ。君は女性同士の恋愛やそれに近しいものが好きなの?」
棗にとって百合とは生きる糧である。かわいい女の子がかわいい女の子とくっつき、イチャイチャしている。かわいい女の子がかわいい女の子に淡い気持ちを抱く。それはとてつもなく尊い世界なのだ。この世のオアシスはそこにある。
「うん、好き」
断言した棗を学秀の瞳がじっと見つめている。何だかむず痒い。するりと、学秀の手が棗の手を取った。顔が近い。
「君自身は……女性の方が好きだったりするのかい」
真剣な表情で、ひたすら見つめられる。もしかして、男の自分が好意を向けて迷惑に思っていないか心配しているとか、そういう事なのだろうか。いやしかし、彼は棗の反応を見て脈がありそうだと認識している。人を見る目のある彼の事だし、それは確信と言っていい感覚だと思うのだが。
「れ、恋愛対象の性別にこだわりはない、よ……どっちであっても、いいなって思ったら……好きになるし……相手の方からスキンシップ取られるとドキッとするし……」
尻すぼみになりながら答えれば、握られた手に若干力が込められた。学秀は目尻を下げ、「なら良かった」と微笑む。
「そろそろ始まる頃かな」
何事もなかったかのように言われる。心臓がバクバクとうるさくて、情けない事に「ソウダネ……」とカタコトでしか返せなかった。これから上映が始まるというのに、ちゃんと集中出来るか……正直不安しか感じない。
しかし棗の頭は何とも単純に出来ていた。上映開始されて数秒でいとも容易く映画の世界へ誘われてしまったのである。主人公達が事件に巻き込まれ、謎を紐解いていく。そのドキドキ感、ワクワク感がたまらなく面白い。自分でもああでもない、こうでもない、と考察するのも楽しい。推理が当たるかと言えば、観察力はそこまで高くない為正直あまり当たらないことの方が多いが。
*
「面白かった〜!」
物語の幕が下り、劇場から出ても興奮が冷めず余韻に浸る。この余韻もまた、映画鑑賞の醍醐味だ。劇場出入口ではスタッフが空の容器の回収をしていて、「空になった容器はこちらへどうぞ〜」と声を上げている。それに対し「ありがとうございました〜」とにこやかに言いながら、棗はボックスへ空の容器を入れた。
「ねっ、浅野くん、面白かったね!」
キラキラと輝く瞳ではしゃぎながら、学秀の方を振り返る。彼は優しく目を細めながら「そうだね」と返した。
「表情をころころ変えながら真剣に見入る歌川さんはとてもかわいかった」
学秀の口から出たのは明らかに映画の感想ではなかった。まさかこの男、上映中ずっと棗の方を見ていたとでも言うのだろうか。
「わ、私を見てどーすんのさ!もー、映画に集中しなよ!」
「ん?勿論、映画の内容も面白かったさ」
特にあのシーンが……と今度はしっかり映画の感想を語り始めた。棗を見つつ、映画の内容もきっちり頭に入れているとは恐れ入った。器用なものである。
「丁度いい時間だね。お昼にしようか」
「っ、う、うん……」
自然な所作で手を取られて、指と指の隙間に指を絡められる。棗は宇宙を背負った。これは。
(か、完全に恋人繋ぎ……!!)
物凄く恥ずかしい。まだ交際すらしていないというのにと、思うところはたくさんある。されどもこれはデートであり、そうなると手を繋ぐという行為は何らおかしな事ではないとも言える。
それに、嫌ではなかった。この男、間違いなくそれを理解してやっている。棗が嫌がらない絶妙なラインを攻めているのだ。
最早抵抗する気すら起きず、大人しく受け入れた。大きい手だなと思いながら、控えめにきゅっと力を込めてみる。
「……」
「歌川さん」
「ひゃいっ」
盛大に噛んだ。穴があったら入りたいと心の底から思った。寧ろ誰か殺してくれと。
「……。おすすめの喫茶店に連れて行きたいんだけど、そうなると一度外へ出る事になるんだ。距離はここからそんなに離れていないから、そこまで時間はかからないけど……構わないかな」
「うん、大丈夫!歩くのは嫌いじゃないから」
寧ろ、学秀おすすめの喫茶店ならば行ってみたい。彼のおすすめならばきっとハズレはないだろう。個人的な感覚だと国内の飲食店でハズレなど早々無いとは思うが。
移動中はずっと手を繋がれていて、どうか知り合いとすれ違いませんようにと心の中で唱えながら歩いていた。揶揄われる揶揄われない云々抜きにしても、手を繋いでデートしているシーンを知り合いに見られるのは普通に気まずいし恥ずかしいのだ。最悪見られてもいいから、その場合どうか最後まで知らぬ振りを貫いて欲しい。
徒歩数分、連れて来られたのは落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。客はそれなりにいるが、騒がしくはない。ゆったりと過ごすのに丁度いい場所と言えるだろう。店主らしき男性が「いらっしゃい」と落ち着いた声で棗達を迎える。
「ここは静かだし、コーヒーも美味しいから……息抜きしたい時に来るんだ」
「そうなんだ」
「……何を注文する?」
メニューを渡されて、まじまじと見る。ランチセットも美味しそうだが、他のメニューも全部美味しそうだ。
「コーヒーだけでも色々あるなぁ……」
「この店のマスターはコーヒーに拘っているからね」
「そっかー……浅野くんがよく飲むのはどれなん?」
「そうだな……その時の気分にもよるけど、一番好きなのはグアテマラかな。全体的なバランスがいいから」
学秀はコーヒーにも詳しいらしい。彼の死角の無さには感服するばかりである。コーヒーに関する知識は棗にはさっぱりだが、飲む事自体は好きだ。コーヒーに拘りのある店のようだし、折角なので学秀が一番好きだと言ったグアテマラコーヒーを頼む事にした。
「じゃあそれ、飲んでみる」
(あとは何頼もうかな~。やっぱりオムライスかな?ナポリタンもいいな……両方頼んじゃおうかな)
あまり悩む時間が長すぎても学秀に迷惑をかけてしまう。棗は腹を決めた。
「私、オムライスとナポリタンとサラダにする」
「……本当にたくさん食べるんだね」
映画前に言っていた通り、お昼はたくさん食べるつもりだった。学秀の選ぶ店は敷居の高い場所になる可能性もあるかと思っていたが、この店は比較的庶民的なので安心して食べる事が出来そうだ。翌々考えたら、学秀が一般人相手にいきなり気後れしてしまうような場所を選ぶ筈がないのである。注文は学秀が流れるようにやってくれて、もう流石としか言いようがなかった。
「そう言えば前にお礼と言ってコーヒーをくれた事があったけど……僕が選ばなかった方はあの後どうしたんだい?」
料理が運ばれてくるまでの間、雑談を交わす。これは十中八九出会ったばかりの頃の話だ。そう言えばそういう事もあった。ほんの半月くらい前の出来事なのに、既に懐かしく思う。
「自分で飲んだ」
「そうか……ブラック、飲めたんだね」
「寧ろコーヒーはブラック派ですね」
カフェラテ等も飲めなくはないのだが、シンプルなのが一番である。
「……そう」
「うん」
「他には?紅茶は好き?甘いものは?」
何故だろうか、若干食い気味に質問されているような気がしてならない。
「紅茶はあんまり飲まないけど、嫌いではないよー。甘いのは、ものによる。クッキーとかチョコとかアイスは好き。出来れば食べたくないのは餡子」
「餡子全般が苦手?」
「うん、こしあんもつぶあんも苦手かな」
「お茶は何が好き?」
「緑茶。苦いのが好き」
「一番好きな食べ物は?」
「海鮮料理。特にお刺身」
「餡子以外で苦手な食べ物は?」
「うーん……思いつかん」
「好きな人のタイプは?」
「急に違う種類の入れて来んのやめようか!?」
思わずツッコみを入れると、学秀は悪びれもせず笑う。
「残念。流れで行けると思ったのにな」
「別にそんな聞き方せんでも初手で聞けばいいやん……」
「聞いてよかったのか。ついでに初恋がいつかも聞いてもいいかな?」
しれっと質問が追加された。確かに好きなタイプに関する質問は許可したけれど、それはまた少し違う質問な気がする。同じ恋愛系の質問であると言われればそうなのだが。
「自重してくれ……いや別に構わんけどさ。というか気になるの?初恋」
「勿論。君の事は何でも気になるよ」
「ぅおっふ……」
ストレートな物言いに何度目かわからない謎の鳴き声を漏らす。興味津々な表情でじいっと見つめられて、堪ったものではない、本当に。
「小学2年生の頃……かな……」
「へぇ」
「失礼します。先にお飲み物を。グアテマラコーヒーふたつになります」
丁度そのタイミングでコーヒーが先に来た。二人の前にコーヒーカップがことりと置かれる。「ありがとうございます」と礼を言えば、軽く会釈をした店員が「お料理の方はもう暫くお待ちくださいませ」と言い残して厨房へと戻って行った。
「じゃあ、改めて。好きなタイプは?」
「続き聞くのね……んー……そう言われると特別これっていうのはよくわかんないけど……でも初恋の子を好きになったきっかけは優しくしてもらった事だったから……優しい人……?」
しかし優しい人は周りにたくさんいる。優しければ誰でもいいだとかそういうことはないので、その人がその人であることが理由……なのかもしれない。そもそも子供の頃の恋愛であるからして、淡い憧れという側面が強いかもしれないし。
「……そう」
「あ、浅野くんは?わ、私の事好きって言ってくれてるけど……元はそんなに恋愛とかに興味なさそうなイメージ、ある」
「今もそんなに興味はないさ。僕が好きなのは君だけだし、興味を持つのも君の事だけだ」
「ソウナンダ……ちなみに初恋は……」
「ん?……君」
頬杖をつき、目を柔らかく細めながら真っすぐに棗の瞳を見ている。甘い、甘すぎる。声も表情も、全てが致死量レベルで甘い気がするのは決して棗の気のせいなどではない。最早視線だけで溶けてしまいそうな程である。食事はこれからだというのにどうしてくれるのだ。
思わずコーヒーに口をつける。この苦さが丁度いい位の空気なので本当に助かった。ココアなら糖分の過剰摂取で死んでいた。半分本気でそう思う。
「……美味しい……」
半ば現実逃避に近い形で呟く。美味しいと思ったのは本当だ。
「そうか。それならよかった」
学秀もカップを手に取り、コーヒーを啜った。そんな姿も様になる。美形は凄いな……と考える。ちなみにこれも半分は現実逃避である。
そうこうしているうちに注文した品がテーブルへ運ばれて来る。学秀の頼んだドリアはまだもう少し時間がかかるようだ。
「先に食べていてもいいよ」
「いいの?」
「冷めないうちに食べた方がいいからね」
「じゃあ……いただきます」
まずはオムライスに手をつける。見た目はよく見かけるシンプルなオムライス。卵は固すぎず柔らかすぎない塩梅。家庭で食べるような、親しみのある味だ。とは言え、基本的に何でも美味しいと感じてしまう鈍感舌なので特別美味しいかどうかを理解する事は出来ないのだが。
「♪」
ほくほくしながらオムライスを頬張る。ナポリタンにも手をつけた。こちらも美味しい。サラダも美味しい。美味しいものを堪能出来て、棗はこの上なく幸せだった。
「……」
視線を感じる。学秀がこちらをじっと眺めているのだ。この子今日ずっと私の事見てないか……?と思う棗の感覚は間違いではない。実際、ほぼ棗のことばかり見ている。
「そんなに見られると流石に食べづらいよ浅野くん……」
「ごめん。本当に美味しそうに食べるなと思って」
「実際美味しいよ」
「食事の時すらかわいいんだな、君は」
「ングッ……何言ってんのマジで……」
勘弁して欲しい。せめて食事に集中させてくれと思った。別に嫌というわけではないが。
「お待たせしました〜、チキンドリアとサラダになります」
「ああ、ありがとうございます」
「ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」
「はい」
「では、ごゆっくりどうぞ〜」
伝票を置いて、店員が去って行く。
「……浅野くん、食べなくていいの?君の、来たよ?私ばっか見てると折角の美味しい料理冷めちゃうよ」
ドリアだからそう早くは冷めないだろうが、このまま見られ続けてもこっちがやりづらいのだ。
「そうだね。じゃあ、僕も頂くとするよ」
いただきます、と言って学秀がドリアをスプーンで掬う。
「……歌川さん」
「んー?」
「口開けて。ほら、あーん」
「エッ!?!?えっと……」
ドリアの乗ったスプーンが、棗の方へ差し出される。当の本人は満面の笑みを浮かべていた。予想だにしない出来事に戸惑うが、しかしすぐに受け入れた。諦めとも言う。
「あ、あー、ん……!んまぁ……」
「かわいい……」
「ん……まさか浅野くんの口から『あーん』なんて言葉が出るとは思わなんだ……」
「まだたくさんあるよ」
「まだ食べさせるつもり!?自分の分なくなるよ……!?」
「ドリアなら君に食べさせやすそうだと思ったから頼んだんだよ」
「まさかの餌付け目的!!」
「僕の手ずから料理を食べる歌川さん……最高にかわいい」
(大丈夫か、この子……)
完全に優等生キャラが外れていないだろうか。全て素でやっているのだろうが……最初の方のキャラから大分離れている気がする。
「浅野くんもちゃんと食べよーね……というか食べてくれ〜……」
「分かった」
案外素直に自分の食事を始めた学秀だが、彼の使っているスプーンは先程棗に餌付けしたスプーンである。学秀本人が気にしないならいいか……と思い、棗も気にしない方向にした。
「……浅野くん」
「ん、どうかした?」
「浅野くんもナポリタン食べる?」
学秀がドリアを分けてくれたのだから、自分も分けたかった。あと、美味しいものは共有すべきである。
「歌川さんが食べさせてくれるの?」
「…………」
真顔になった。ええいままよ!とナポリタンを巻いたフォークを学秀の方へ差し出す。
「ど、どーぞ……」
何の躊躇いもなく、学秀は運ばれたナポリタンを口にした。これまでの棗達のやり取りは傍から見ると間違いなくバカップルそのものである。
「ん、美味しいね」
「ウン」
どんなに恥ずかしくとも、どんなにドキドキしようとも、食事は変わらず美味しかった。何とも名状しがたいこの気持ちを誤魔化すように、もぐもぐとひたすら食事を頬張る。
*
「ごちそうさまでした……」
「……不思議だね。あの量がどこに入って行くのか気になるよ」
食事を終えた棗をまじまじと見つめながら学秀が言う。別に、普通より少し食べる位でそこまで大喰らいというわけではないと思うが。
「普通に胃袋だと思うけど……」
「はは、そうだね」
「それに普通よりちょっと食べるくらいだよ?ラーメン3杯とかは流石に入らない」
「2杯は食べられるんだ」
少しズレた返答に、可笑しそうに笑う。うん、美少年だ。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
席を立ち会計へ向かえば、学秀はさり気なく棗の分まで払おうとしてきた。
「え、あ、浅野くん!?自分で食べた分は自分で払うよ!?というか、映画のチケット代二人分出してもらったわけだから寧ろこっちは全部私が支払うべきというか」
そもそも、どう考えても棗の方が頼んだ品数も多いのだ。
「別に気にしなくていいのに。君のお金は君の好きなものに使いなよ」
「いや、でも」
「僕も僕の好きなものにお金を使ってるだけだよ」
「えぇ……??」
映画は学秀と一緒に楽しめるものを観たが、それは棗が選んだものだ。それに先程棗に餌付けしたいが為にドリアを頼んだという旨の発言をしていた。学秀が好きなものというよりも、棗の好きなものなのでは。
「君は僕の好きな女の子だから」
「ほぁ……」
「だから、気にしなくていいよ」
「う、うん……」
物凄く優しい顔で、またトンデモ発言をされてしまった。しかも店主や少ないながらもちらほらいる客の前で。これは外堀を埋められているのだろうか。それとも自然と出て来た言葉なのだろうか。どちらにせよ嘘ではないのだろうけれども。
ここで問答していても周りに迷惑だろうし、一旦は折れる事にする。
「やっぱダメじゃん!」
店を出た後、力強く言った。学秀はきょとんとした顔でこちらを見たのち、眉を下げる。
「……デート、良くなかった?」
「そんな事は絶対にない!楽しい!そ、そーじゃなくて!浅野くんは、さ。私とこ、恋人になりたいんだよね?」
「勿論」
「じゃあさ、対等なわけやん?アニメキャラとかアイドルとかキャバ嬢とかさ……推しとかとは違うやん。一方的な関係じゃ、ないでしょ?だから」
「……なるほど。確かにそうだね。ごめんね、君の気持ちを無視してしまった」
棗の言わんとする事を理解した学秀は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「そ、そんな顔せんでよ〜!気持ちは凄く嬉しいんだよ!それは本当だからね!」
「ありがとう、歌川さん。君は本当に優しいね。そういうところが好きなんだ。……とても」
こちらを真っ直ぐと見つめる瞳に、目が離せない。
正直もう大分絆されている自覚はあるのだが、まだ確信には至っていないので、付き合うという判断は下すことが出来ずにいる。
「……うん」
小さく返事をすると、そっと手を差し出された。繋ごうという事だろう。拒むことなくその手に自分の手を重ねる。
「どこへ行こうか。折角だから、君の行きたい場所にしよう」
「じゃあ……本屋さん、行こ」
「……本当にそれでいいの?」
「うん。本屋さん、一日中居座れるくらいには好きなんだ」
「そうか。それじゃあ、そうしようか」
二人は書店へと向かう。
書店では棗の好きな漫画作品についてもっと教えて欲しいと言われ、ひたすら作品の良さやキャラの尊さを説いていた。棗の話を聞き終わった学秀が迷わずその作品を手に取った時、「本当に私の好きな漫画読んでるんだな……」と不思議な気分を味わった。
逆に、学秀の気に入っている小説作品も教えてもらった。その中で特に興味を持ったものを、好きな漫画の新巻と共に購入する。
「いい買い物出来たなー。これ、読んだら感想言うね」
「ああ、楽しみにしているよ」
デートの時間もそろそろ終わりを迎えようとしている。最初は家まで送ろうとしてくれていたが、母が最寄り駅まで車で迎えに来てくれる事を伝えると少し残念そうな顔をして諦めてくれた。多分誰も迎えに来れなければ本気で同じ電車に乗って自宅まで送り届けるつもりだったのだろう。迎えがあってよかった。
「君と別れるのは寂しいな」
「今生の別れじゃないんだから……」
「それでも……君ともっと一緒にいたいと思ってしまうんだよ」
「……そっかぁ」
棗の乗る列車が到着し、ドアが開く。
「それじゃあ……またね。今日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、僕のお願いに付き合ってくれてありがとう。一日中ずっと幸せだった。また、デートしてくれるかな」
「……うん、いーよ……」
「ありがとう。じゃあ、また」
「うん。バイバイ」
ドアが閉まり、列車が走り出す。手を振る学秀に、手を振り返す。やがて駅が遠退いて学秀の姿も見えなくなっても……ずっと鼓動が鳴り止まなくて。
(……心臓、うるさいな……)
そう思いながら、ぎゅうっと自身の胸を押さえつけた。
浅野君、君は一体何処へ向かっているんだ(キャラ的な意味で)
駄目だこいつ…早くなんとかしないと…(中の人ネタ)