あれからいくつか殺せんせーのイラストを投稿してそのまま寝落ちしてしまったようで、目が覚めた時には朝日が昇っていた。
「棗さん、おはようございます!!」
「ふぁ……おはようりっちゃん……」
重たい瞼を擦りながら、りっちゃんは朝から元気がいいなぁ……と寝起きの頭でぼんやり考えた。AIなので元気なのだろうが。
「それより棗さん!!凄いですよ!!」
「ん……何が……?」
「棗さんが投稿した殺せんせーのイラストですよ!!万バズ行ってます!!」
「……。……エッ!?」
律の言葉に一気に覚醒した棗は、即座に手元のスマホでTw○tterを確認する。通知を切っていたので気がつかなかったが、アプリ内の通知数がとんでもない事になっていた。
「しかも見てください、『殺せんせー』『触手なりけり』……殺せんせーに関するワードがトレンド入りしてます!!」
「えぇ!?」
確かに殺せんせーを好きになってくれる人が少しでも多いといいなと思ったが、流石にここまでの事態は想定しておらず少しビビる棗。
「あと、リプライを見てみてください!」
律に言われるがまま、ツ○ートのリプ欄を見る。そこには、「この先生可愛すぎ!」「えー、私もこういう先生に教わりたかった」「正直美化でもなんでもいい、殺せんせーめっちゃ尊い!」「他にも色々見たい!」という好意的なリプライが多く寄せられていた。中には海外からのリプもある。
「きっと棗さんの"好き"という気持ちが沢山の方に伝わったのですね……!」
安堵した。殺せんせーの人柄を好きだと言ってくれる人間が、世界中にこんなにもいる。その事実が、棗は何よりも嬉しかった。
「先生の良さが伝わった……めっちゃ嬉しい!流石殺せんせー!」
「はい!」
「あ、っていうか皆はどうしてるの?」
あれから一晩明けてしまったが、司令本部に軟禁状態のクラスメイト達からは当然だが全く音沙汰ない。
「烏間先生が言うには、明後日には本部を脱出して殺せんせーの元へ向かう予定との事です」
「なるほど……」
やはり烏間やイリーナは可能な限りで棗達の為に動いてくれているらしい。
「んー、取り敢えず私はどうしよう。このクラスで訓練受けてはいたしそれなりには動けるけどあくまで普通よりちょっと動けるか動けないかくらいのレベルで皆との実力差は大きいし、正直プロ相手に太刀打ち出来る自信ないな……」
それに、殺せんせーの素晴らしさも伝えたい。全てが終わった後も発信していく予定ではあるが。
「ですが棗さんもE組の生徒です。殺せんせーに会わなくては」
「うん、勿論会いたい。よーし、出来るだけ皆の足引っ張らないように少しでも練習しとくか。先生の素晴らしさも発信しながらね!」
「その意気です、棗さん!」
そして予定日。律の言っていた通り皆本部を脱出出来たようで、竹林からの連絡が入り棗も超体育着に着替えクラスメイト達と合流した。
「出来るだけ足手まといにならんように準備はしてきたけど、それでも皆ほどは動けんから迷惑かけるかも……」
「大丈夫、歌さん一人のフォローくらいは出来るよ」
「ん、でも頑張るね」
そこからは怒涛の勢いで事が進んだ。棗の役割と言えば精々スタンガンで止めを刺すこと位だったものだ。
途中で現れたなんか物凄い眼鏡の男との戦いは棗が安全な場所で待機している間に終わった。そんな死闘を終え、棗達はようやく殺せんせーの元へと辿り着く。
「殺せんせー!!」
殺せんせーの顔を見て安堵と嬉々の表情を浮かべ、棗達は殺せんせーの傍へ駆け寄った。
空にはレーザーの光が今にも零れ落ちそうに輝いている。
「なるほどねぇ……レーザー発射は日付が変わる直前ですか」
恐らく完全防御形態すら貫通するであろう光。
「殺せんせー、なんとかして逃げよう!!私達人質にでも何にでもなるから」
倉橋の言葉に多くの生徒が頷く。
「どんな貴人を人質に取ろうが……ここまで来たらもう発射は止めないでしょう。地球の命がかかってますから」
やはりもう、政府を止める術は無かった。
「殺せんせーは……わかってたの?こうなる事が」
「仮に先生が爆発せずとも、これだけ強大な力を持ち奔放に活動する怪物を……世界各国が恐れない筈はありません。どのみち息の根を止めてしまいたい。……と思うのが妥当でしょうねぇ」
「もっと早く来れてれば……捕まったりしなければ他に打つ手があったかもしれないのに!!バリアの発生装置を壊すなり……TVやネットに出まくって訴えたり!!」
不破の言いたい事も分かる。しかしそんな事をすれば棗達はもっと危険視され、厳重な監視下に置かれた可能性もある。
「発生装置の防備もまた鉄壁です。先生からの投石等に備え対空兵器まで配備している。君達の今の能力と装備では途中で捕まってしまったでしょう」
にょーんと目を伸ばしながら殺せんせーは言う。
「それほどにこの計画は完璧でした。技術と時間と人員が惜しげもなく注ぎ込まれていた。世界中の英智と努力の結晶の暗殺が……先生の能力を上回った事に敬意を感じ、その
当事者である殺せんせーがそう言うのだ。棗達が言う事はもう何も無いだろう。しかしクラスメイト達の表情は暗い。棗とて、変えられない結末だとしても悲しいものは悲しいのだ。
「……でもじゃあ、私達が頑張って来た事は……無駄だったの?」
「無駄な事などあるものですか、矢田さん。君達は……先生の爆発の確率が1%以下であると宇宙へ行ってまで突き止めてくれた。お陰で暗く沈んでいたE組に明るさが戻り、そこからの一ヶ月は……短かったけど本当に楽しかった。その過程が、心が大事なのです。習った過程の全てを尽くして君達は会いに来てくれた。先生としてこれ以上の幸福はありません」
殺せんせーは穏やかな、満足そうな表情を浮かべていた。
「……もう時間切れでいいだろーが」
それでもやはり納得出来ないのだろう。寺坂が声を上げ始める。
「たった1%だぞ!!そん程度のリスク俺等は余裕で飲めるっつってんだ!!なんで政府も世間も、一番近くで過ごした俺等の意見を聞こうとしねーんだ!!このタコエロい位で何の危険も無ぇのによ!!」
寺坂の言いたい事はご尤もだ。それでも、世間とはそういうものなのだろう。棗達が中学生という微妙な年齢だからというのも理由のひとつではありそうだが、例え成人していたとしても聞き入れてもらえたかは怪しい。
「『ガキの言葉に耳は貸さない。その代わり哀れんであげる』。侮辱に等しいわ」
そうは言えども、当事者でない者達からしてみたら本当の事を知る術などない。誰かから聞いた話でしか判断する事は出来ないのだから。
「分からん人には分からんよ。そこはしゃーない」
「歌川は悔しくねーのかよ!!」
「私基本的に他人に興味無いし、顔も知らない誰かの事は尚更どうでもいいと思う。そう思いたいなら思わせとけばいい。分かってくれる人もちゃんといるから」
棗の言葉に皆不思議そうな顔を向けてくる。
「皆が拘束されてる間、私SNSで殺せんせーのイラスト投稿したの。私の大好きなお茶目な殺せんせーの良さを見てもらえたら嬉しいなって思って……そしたら思いの外好評されてて、トレンド入りしたんよね……」
「えっ、棗ちゃんそんな事してたの!?」
「うん……勿論私が描いた事が真実かどうかとか本当の事は外の人達には分からんけど、それでも私が描いたありのままの殺せんせーの人柄を好きだって言ってくれる人がいっぱいいた。この先も殺せんせーを血も涙もない怪物だって思い続ける人もおると思うけど、私達の見た殺せんせーを好きでい続けてくれる人もおるんだよ。それだけでも私は凄く嬉しいなって思った」
だからそれだけでいい。怪物としてではない殺せんせーの記憶も確かに誰かの中に残るのだから。
「棗さん……先生の為にそんな事を」
「先生の為というか、私の為です。私の大好きな先生をこのクラスの事を知らない誰かにも知ってもらって、尊さを共有したいなっていうオタク思考です」
「そ、そうですか……でも、先生は嬉しいですよ。その位先生の事を好きでいてくれて」
「はい!何があってもずっと、先生は私達の大好きで大切な先生ですよ!ね、皆!」
殺せんせーを悪く思われる事へのもどかしさは中々消えないだろう。それはそれだけ殺せんせーの事を思っているという証拠でもある。自分の大切なものを悪く言われていい気分になる者などいない。
「当たり前だろ、なァ」
「おう!」
「うん、そうだね」
「それでも先生の事悪く言われるのは嫌だな……」
複雑そうな生徒達の姿を見て、「皆さん、先生からアドバイスをあげましょう」と言う。
「君達はこの先の人生で……強大な社会の流れに邪魔をされて望んだ結果が出せない事が必ずあります。その時、社会に対して原因を求めてはいけません。社会を否定してはいけません。それは率直に言って時間の無駄です。そういう時は『世の中そんなもんだ』……と悔しい気持ちをなんとかやり過ごしてください。やり過ごした後で考えるんです。社会の激流が自分を翻弄するならば……その中で自分はどうやって泳いでいくべきかを。やり方は学んだ筈です。このE組で、暗殺教室で。いつも正面から立ち向かわなくていい。避難しても隠れてもいい。反則でなければ奇襲もしていい。常識外れの武器を使ってもいい。殺る気を持って焦らず腐らず試行錯誤を繰り返せば……いつか必ず素晴らしい結果がついてきます」
「君達全員、それが出来る一流の
「……ケッ。こんな時まで授業かよ」
「ヌルフフフ、こんな時だからこそ出来る授業です。教師たるもの、教育のチャンスは逃しませんよぉ。でもね、君達が本気で先生を救おうとしてくれた事。ずっと涙を堪えていたほど嬉しかった。本当ですよ」
棗も、殺せんせーが自分達と一緒に色んな事をして向き合ってくれた事がとても嬉しかった。殺せんせーが先生になってくれて本当に良かったと、棗は静かに微笑む。
「……ところで中村さん。山中の激戦でも君の足音は大人しかったですねぇ。しかも……甘い匂いがするようですが?」
殺せんせーは目敏く……いや、耳聡くもしくは鼻聡く中村が持参した物を察知していた。
「月が爆発した日から今日で丁度一年でしょ。確か雪村先生は……今日を殺せんせーの『誕生日』にしたんだよね」
中村がポシェットから取り出した小さな箱の中には、小さなケーキが入っていた。ブランドに関してはよく分からないが、とてもお洒落な見た目だし高級そうだ。
「小っちゃいけどブランドもんの高級ケーキよ。これを崩さず持って来れる私の体術を褒めて欲しいな……って聞けよ!!」
殺せんせーは中村の話そっちのけでケーキに顔を寄せ今にも食いつきそうな勢いで呼吸を荒くする。
「だって……だって、一週間ぶりのスウィーツ!」
「ああもう、ヨダレが垂れる!!皆とっとと歌っちゃうよ!!」
「サンハイ!!」という中村の声を合図に皆がバースデーソングを歌い始める。小さなケーキなので一本のみの蝋燭。殺せんせーが殺せんせーとして生まれ変わってからは丁度一年なので、一本だけというのも間違ってはいないのかもしれない。
「オラ、吹き消せ殺せんせー!!一本しかねーんだから大事にな!!」
すぅぅぅ、と蝋燭の火を消す為に空気を吸い込む。
とても和やかな空気が、そこに流れていた。
――筈だった。
めっちゃ急ピッチで進めてる感。