【完結】その生徒、暗殺者に非ず。   作:クリオネf。t

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別れの時

 何時間にも感じた激戦が終わり、静寂が訪れた。しかし生徒達の表情に闘いが終わった事への安堵はなく、皆茅野を囲み悲しげな顔を浮かべている。

 

「茅野……」

「カエデちゃ〜ん……」

 

 ピクリとも動かず、力無く垂れる茅野の身体。

 

「……。とにかく降ろそう。敷くもの持ってくる」

「……降ろさないで、渚君。あまり雑菌に触れさせたくない」

 

 ボロボロになった殺せんせーが背後に立つ。先程までの戦いのダメージのせいか、足取りも覚束無い。

 

「皆さん。失った過去は取り戻せません。先生自身……多くの過ちを犯してきました。ですが過去を教訓に……繰り返さない事はできます」

 

 殺せんせーから細く美しい触手が伸びてくる。その中心に、何やら赤黒い球体。

 

「……え、何これ」

「茅野さんの血液や体細胞です。地面に落ちる前に全て拾い……無菌に保った空気で包んで空中に保管していました」

「ば……バトル中にそんな事を!?」

「君達を守るための触手だけは……闘いに使わず温存していましたから」

 

 やはり殺せんせーは抜かりない。

 

「今から……ひとつひとつ全ての細胞を繋げます」

 

 より速く、より精密に。この一年ずっと高めてきた能力を駆使して。

 

「あの時と同じ事があったとしても……同じ悲劇には絶対すまいと」

 

 空中に浮かぶ血液や細胞が丁寧に仕分けされ、分子振動で温めながら茅野の体内に戻されていく。光る触手からエネルギーを与えつつ、超高速で超精密に手術を進めていく。細胞は1ミクロンのズレもなく並べられ、優しく接着されていった。

 

「修復出来ない細胞もあるので、均等に隙間を作り先生の粘液で穴埋めします。数日のうちに彼女自身の細胞が再生して置き替わるでしょう」

 

 医者の道を目指す竹林は「ほおお…」と眼鏡を持ち上げながら食い入るようにその光景を見つめていた。

 

「血液も少々足りません。AB型の人、協力を」

 

 カルマやイトナから献血し輸血していく。

 

「中村さん。破壊された誕生日ケーキを拾ってきて先生の口に」

「はァ!?土まみれでグチャグチャの生ごみだけど」

「エネルギーが必要なんです!!戦闘中もずっと食べたかったし!!」

 

 うまいうまいとケーキを頬張りながら、手術は後半に入る。糸は一切使わず、痕ひとつ残さず傷口が塞がっていく。

 

「……ふう。あとは心臓が動けば蘇生します。『生徒が学校で土手っ腹をぶち抜かれた時の対処』。マニュアル通り完璧な筈です」

 

 「そんな大惨事フツー想定してねーよ!!」とツッコミが入る。確かにピンポイント過ぎる状況だ。

 

「……今だから言いますが、例え君達の体がバラバラにされても蘇生できるよう備えていました。先生がその場にいさえすれば」

「か……はっ……」

 

 茅野に息が戻る。そんな茅野の髪型を素早く元に戻す殺せんせー。

 

「……また……助けてもらっちゃった」

「何度でもそうしますよ。お姉さんでもそうしたでしょう」

 

 その場に歓喜が溢れ、皆が茅野へ駆け寄る。約一名危ない顔をしているような気がするが。

 

「くしゅっ。寒……ってうわぁ!?ていうか私何て格好!?」

 

 流石に破れた服はそのままなので、胸部分がはだけたような状態になっている。それをしゃがんでマジマジと見つめたイトナは、「可哀想」と一言零す。

 

「何が!?」

「クラスで一番低い棗でもD寄りのCはある」

「え、私!?」

 

 何故かこちらへ飛び火してきて驚愕した。

 

「いーじゃねーか。殺せんせー髪まで結ってくれたんだぜ」

 

 そう言って上着を被せる前原。流石は慣れているだけあってスマートである。

 

「いやいや、あの手厚い殺せんせーの治療だ。ちょっと位巨乳に治してるかもしれねーぞ」

「そーなの殺せんせー?」

 

 生徒達にようやくいつもの明るさが戻ってきた。そう思った時だった。

 どさりと気が抜けたように地面へと倒れ込む殺せんせー。

 

「ふぃーーっ、疲れました」

 

 その姿はいつになく満足気で、そして、いつになく弱々しく。

 

「皆さん。暗殺者が瀕死の標的(ターゲット)を逃がしてどうしますか」

 

 その言葉が指すことの意味は。

 

「わかりませんか?殺し時ですよ」

 

 楽しい時間とは、必ず終わるもの。

 

「それが……教室というものだから」

 

 膨れ上がっていくレーザーの光は予定に変更が無い事を雄弁に、残酷に物語っていた。今自分達が殺さずとも、時期に発射されるレーザーが殺せんせーの全てを破壊するだろう。

 暗殺期限まで30分を切り、今すぐにでも発射されてもおかしくはない時間だった。

 

「……皆」

 

 磯貝が口を開く。

 

「俺達自身で決めなきゃいけない。このまま手を下さずに……()に任せる選択肢だって勿論ある。手、上げてくれ。殺したくない奴……?」

 

 その場にいる生徒全員が静かに手を上げる。

 

「……OK、下ろして」

 

 沈黙が続く。

 

「…………。殺したい奴……?」

 

 ほぼ全員の生徒が手を上げた。

 上げなかったのは棗のみ。最初からずっと殺したくなかった、その気持ちは何があっても変えられないものだったから。

 

「歌川さんだけか。……歌川さん、どうする?」

「……。ずっと死んで欲しくないって、思っとったから。殺したいとは、どうしても思えんけど。……でも、私殺せんせーに言ったから。集団暗殺には参加するって……だから」

「……分かった」

 

 二学期末テストで目標を達成した事へのご褒美に教えてもらった弱点。全員で押さえられれば捕まえられる。

 それを今、実行する。

 

「……こうしたら……動けないんだよね、殺せんせー」

「その通りです、中村さん。握る力が弱いのが心配ですけどねぇ。」

 

 一年ずっと、褒められ叱られ育てられた殺せんせーの触手を、皆が強く握り直した。

 棗は殺せんせーの触手を押さえながら、その先端をぎゅっと力を込めて握った。まるで手を繋ぐように。

 

「ネクタイの下……心臓……だよね。最後は……誰が?」

「……」

 

 暫しの沈黙の後、渚が前へ出る。

 

「……お願い皆。僕に殺らせて」

 

 彼は暗殺の成績で首席だ。誰も文句は言わなかった。

 渚が殺せんせーの上へ乗り上げる。ナイフを突き立てる為ネクタイを捲ろうとすれば、「ネクタイの上から刺せますよ。もらったその日に穴をあけてしまったので」と言った。

 

「そのままにさかておきました。これも大事な縁ですから」

 

「…………。……さて、皆さん。いよいよですね。一人一人にお別れの言葉を言っていたら24時間あっても足りません。細かい事は教室に残したアドバイスブックに書いてきたので、長い会話は不要です。その代わり、最後に……出欠を取ります。一人一人先生の目を見て、大きな声で返事を下さい」

 

 これが最後の出欠確認となる。

 

「では……呼びます。……っと、その前に」

 

 覚悟を決めていたら肩透かしをくらい、皆がくっと体勢を崩した。

 

「先に先生方に挨拶しておかなくては」

 

 烏間もイリーナもE組の教員。殺せんせーの同僚だ。最後に言いたい事もあるだろう。

 

「イリーナ先生。参加しなくていいんですか?賞金獲得のチャンスなのに」

 

 イリーナは一瞬何かを考え、やがて口を開いた。

 

「私は充分もらった。ガキ共からも、……あんたからも。沢山の絆と経験を。この暗殺は……あんたとガキ共の絆だわ」

 

 イリーナもまた、この教室で成長した者の一人だった。

 

「……そして烏間先生。あなたこそが生徒達をこんなに成長させてくれた。これからも……彼等の相談に乗ってあげて下さい」

「……ああ。お前には散々苦労させられたが、この一年は忘れることはない。さよならだ。……殺せんせー」

 

 烏間が、初めて殺せんせーの名を口にする。

 

「……ええ」

 

 殺せんせーが応えたのはそれだけだったが、どこか嬉しさが滲んでいた。

 

「……お待たせしました。では皆さん、出欠を取ります」

 

 ようやく始まる。

 

「ま、まさか早退した人いませんよね?このタイミングで返事無かったら先生自殺しますからね」

 

 と思いきや、肝心な時に段取りが悪かった。「早よ呼べ!!」といつものようにツッコまれている。

 

「……では、カルマ君」

「……。はい」

 

「磯貝君」

「はい」

 

「棗さん」

「はいッ!!」

 

「岡野さん」

「……うん」

 

「奥田さん」

「は、はい!!」

 

「片岡さん」

「はい……」

 

「茅野さん」

「……はい」

 

「神崎さん」

「はい」

 

「木村君」

「はい……」

 

「倉橋さん」

「はいぃ〜……」

 

「渚君」

「はい……」

 

「菅谷君」

「……はい」

 

「杉野君」

「はい」

 

「竹林君」

「はい……」

 

「千葉君」

「はい」

 

「寺坂君」

「……おう」

 

「中村さん」

「はいよ」

 

「狭間さん」

「…………はい」

 

「速水さん」

「……はい」

 

「原さん」

「はい」

 

「不破さん」

「……はいっ」

 

「前原君」

「……ん」

 

「三村君」

「……はい」

 

「村松君」

「おう」

 

「矢田さん」

「……はい……」

 

「吉田君」

「はい……」

 

「……律さん」

「はい」

 

「…………イトナ君」

「……はい」

 

「本当に……本当に楽しい一年でした。皆さんに暗殺されて……先生は幸せです」

 

 旅立つ者から旅立つ者へ……命まるごとのエールを。

 渚のナイフの先が心臓に狙いを定める。

 クラス全員に、今までの記憶が走馬灯のように巡り巡る。

 渚の手は震えていた。

 そんな渚の首に、触手の先がピタリとあてられる。

 

「そんな気持ちで殺してはいけません。落ち着いて。笑顔で」

 

 渚の目から涙が溢れる。それでも笑顔を浮かべて。

 

「さようなら、殺せんせー」

「はい、さようなら」

 

 余計な言葉はもう口には出さなかった。

 感謝。惜別。全ての気持ちを刃に込めて。魂を注ぐように、全身で"礼"をするように。渚のナイフが差し出された。

 瞬間、殺せんせーの全身が眩しく優しく弾ける。光の粒子となって、生徒達の握った手から──消えていった。

 そこには、殺せんせーの身につけていた衣類のみが残されている。

 クラスメイト全員が泣いていた。

 声を上げ号泣する者。静かに咽び泣く者。

 そんな中で棗は一人、涙を流さずにその光景を見つめていた。

 

 (本当に悲しい時に泣けないって、あるんだなぁ……)

 

 間もなく12時になる。

 椚ヶ丘中学校卒業の日。

 一足先に棗達は……暗殺教室を卒業した。




本当にゴールまであと少し……!
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