超有能な幼なじみを堕落させたんだがなんかおかしい 作:散髪どっこいしょ野郎
目覚まし時計は6:00にセットしてあった。
「…………」
俺はまだ寝ている。このまま行けば目覚まし時計特有のけたたましい煩音が部屋中に鳴り響くことだろう。しかし──
「────ッ!」
アラームが鳴る予兆のカチリという起動音と同時に跳ね起き、思い切りその時計をぶっ叩いた。
「……へっ、304勝」
アラームが鳴るよりも早く起きるゲームは今のところ全勝。我ながら末恐ろしいぜ。
▫▫▫▫▫
「ふぁあ……」
俺の朝は早い。食パンを二枚トースターに入れ、冷蔵庫から卵を取り出す。フライパンに油を敷き卵を投入しながらかき混ぜる。おまけに野菜室からキャベツを引っ張り出して刻み込んだ。
「いただきまーす」
トーストにスクランブルエッグを乗せその上からケチャップ。刻みキャベツもあるときたもんだから最高の朝食だった。
父ちゃんは既に出勤、母ちゃんは夜勤の疲れを取るために眠っている。だからある程度の自炊能力は身についていた。つってもこの程度で料理とは呼ばないが。
「さーてと」
食事後は朝のラジオ体操を済ませショルダーバッグに水筒と秘密道具を忍ばせる。アイツの元に向かう準備は万端だった。
▫▫▫▫▫
「おーい、
「うん。少し待ってて」
『
「おまたせ。行こ」
「おし。あ、これがお前の分な」
穸の家には虫取り網は無いため、俺が二人分調達した。
季節は夏真っ盛り。夏休みという天国と宿題という地獄が両立した世界を、俺たちは生きている。
▫▫▫▫▫
「お、ツツジがあるじゃん。穸も吸うか?」
「毒持ちの可能性があるからやめた方がいいと思う」
「物知りだなーお前は」
まず第一に。俺は女心を知らない。どこに行けば喜ぶのかとか、どんな言葉をかけられたら嬉しがるとか、そういうことは知らないし知るつもりもなかった。
穸は女だ。本当は女友達と仲良くしたいのだろう。だが俺は容赦しない。虫取りという小学生のガキしかやらなそうなことを強要させてやる(実際小学生なのだが)。俺ってば超ワルじゃん。
穸は俺の頼みを断らない。学校では欠点無しの完璧人間の穸が、俺にはいいようにされている。それもまた優越感を助長させた。
というわけで俺は穸と遊ぶことが多かった。基本的に俺が押しかけて勝手に連れだしている。
「おい見ろ!でっけーカブトムシだぞあれ!」
「……本当だ」
それからは二人心ゆくまで虫取りを楽しんだ。これぞ夏休みなのだ。
▫▫▫▫▫
「あ゛~麦茶美味え~……お前も飲むか?てか飲め。脱水症状起こしたらやべえぞ」
「じゃあ、いただこうかな」
雑菌がつかないようにするため水筒を口から離して飲んでいる。穸もそれに
夏の発汗量はバカにならない。そして夏と言えば麦茶。家には大量にストックしてあるため持ち出しても怒られはしない。
「そろそろ飯にすっか。ちょっと待ってろ。魚捕ってくる」
「私も付き添うよ。川に一人は危ないし」
「あ?……それもそうだな。じゃ頼むわ」
ショルダーバッグから秘密道具その一、折りたたみ式ナイフを取り出す。山菜採りやちょっとした工作にうってつけだ。魚の捕り方?それは気合いよ気合い。
「スー……。……オラァ!」
クマもかくやと思うぐらいのパワフルさで魚を数匹ゲット。そこらに落ちてた空き缶を使って山菜やキノコと一緒に煮込むことにした。ちなみにキノコの採取は物知りな穸に全て任せている。というか穸なら俺以上に上手く魚を捕ることができるが、ここは男の意地ということで俺が担当。アイツホントハイスペック。
「美味そ~……そろそろ食えるか?」
「味付けが無いけど……」
「ああそれなら俺が持ってきた」
ショルダーバッグから秘密道具その二を取り出す。言わずと知れたスパイス調味料だ。これを振りかけるだけで料理はより高みへと昇る。
魚の下処理はナイフで済ませてあるため心配ご無用。火は普通に秘密道具その三、ライターで点けた。文明の利器最高ー!
「いただきます」
「いただきまーす」
過去には虫を生で食ったこともあったが味が最悪だったのでネットの動画知識で最低限処理はするようにしている。自然系配信者マジやべぇ。
魚を一口。……うん、美味い。
「美味えな」
「うん」
強がっていても俺には分かる。本当は一流シェフが作った豪華絢爛な食事をしたいのだろう。コイツはそこそこ良い生まれだし生活水準が高い。そんな穸にこんな野性味あふれる食べ方を強要する、この背徳感がマジでたまらない。
「ふははは……」
「……また変な笑い方してる」
▫▫▫▫▫
「はー遊んだ遊んだ……。なあ、そろそろか?」
「……ごめん。もうすぐ時間」
「なんで謝るんだよ。お前を勝手に連れだしたのは俺なんだぞ」
「……ありがとう」
ありがとう、だあ?ククク……コイツも中々強かだな。
穸は多くの習いごとを掛け持ちしている。今日はたまたま自由時間が多かったが、普段は誘えても一時間か二時間くらいしかない。
習いごとでクタクタなところを休ませず遊びに連れだす俺。……なんて悪なのだろう。将来は大魔王か?
それにありがとうなどと言ってみせる穸の精神強度にも驚きだが、内心怒り心頭に発しているに違いない。
まあ、いい。今のうちに余裕ぶってろ。俺の穸堕落計画は始まったばかりなのだから。
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「頼む!宿題写させてくれ!」
「……しょうがないな」
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「はー……明日から学校かぁ……」
「嫌なの?」
「授業が面倒くせぇ。ってかお前もそうだろ?高校生の塾通ってんだから」
穸はエリート中のエリート。小~中学生レベルの勉強は赤子の手を捻るようにできる。なんなら高校生級の教科も習熟しているのだから手に負えない。
「私は……そんなに嫌いじゃない。貴方もいるし」
「……ふはは、お前がそれを言うか」
極悪人の俺がいるから嫌いじゃないだと?冗談も大分上手くなってるな。皮肉のつもりか?俺からすれば涼風のようなものだけどな!
「それにしても、お前の部屋涼しいなー!ちょっと眠くなってきたぜ」
「寝てく?夕方には起こすよ」
俺の家は節約の面であまり自由にエアコンを使えない。扇風機は使えるが、この酷暑の中では力不足感が否めない。
「んじゃあお言葉に甘えて眠るわ」
「……私のベッド使っていいよ?」
愛用のショルダーバッグを枕に寝ようとした俺を穸が咎める。しかしもう眠気はピークに達していたため、柔らかなカーペットの上で入眠しようとした。
「……まだ起きてる?」
問われるが無言を貫く。その方が面白そうと思ったからだ。
「……私も寝ようかな」
そう言って、穸が隣に横たわるのを感じ取った。穸の部屋なんだから普通にベッド使えばいいものを、何故か俺の横で。
その後ガチ寝した俺だったが夕飯時前に起こされ、普通に家へ帰った。
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「はー……面倒くせぇ……」
ぼやきながら校内の美術室に向かう。運動会を間近に控え、専用の委員会に入ってる俺にはやらなければならないことが多かった。今日は応援幕の設置。
「それじゃあ、運ぼうか」
「へ~い……」
先生と同級生数人で応援幕を運んでいく。俺の通っている学校はそれなりに運動会に力を入れているため、保護者からは好感触だが準備する生徒たちからは非難囂々だ。
その後一時間程かけて最終調整をし、俺が帰るのは空がすっかり赤くなってからのことだった。
「はー疲れた」
「お疲れ」
「お前も律儀だよな。先に帰ればいいのに」
「……貴方と一緒がいい」
「物好きなヤツ」
俺がどんな時間に終わろうと穸は頑なに一緒に帰ろうとする。
……まさか、コイツは──
──俺を利用してぼっちになるのを回避しようとしているのか!?
そう考えれば納得がいく。穸は同級生から畏敬の目で見られることはあっても親しげに話しかけられることは無い。
一応女友達はいるようだが数人のグループなためあぶれる事態もあるのだろう。それをコイツは、俺を利用して……。
ククク、なるほどなるほど。お前も一筋縄ではいかないってことか。上等だ。俺もお前を堕落させまくってやるからな、覚悟しとけ!
「ククク……」
「……また変な笑い方してる」
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「次のテスト、勝負しようぜ。負けた方が何でもするって条件で」
「……急だね」
俺たちの通っている学校は、というか俺たちの代はテストがそこそこ難しい。引っかけ問題や応用問題も多数見られる。
そこで持ちかけたのは勝負。たまにはコイツにも反撃の機会を与えなければ面白くない。全て思いのままっていうのは虚しいからな。
負けてやるつもりはない。だが負けるんだろうなとは思う。悔しいが穸はかなりできるヤツだし。
まず俺がすべきことは照準を合わせて勉強すること。狙いに行くのは当然『勝ち』だ。
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「私の勝ち、だね」
「ちっくしょぉ……」
結果は俺の負け。流石にコイツに挑むのは無謀が過ぎた。
「じゃあなんだよ、お願いごと。言っとくけど金のかかるやつは無理だぞ」
「今じゃなくて、あとにとっておいていい?」
おおっとそうきたか。この爆弾は中々手強くなりそうだ。
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「修学旅行かぁ……」
「……貴方は、誰の所に行くの?」
「まずマストがお前だろ?あと三人どうするかなぁ……」
「……」
「なんだよ。鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「私で、いいの?」
「何言ってんだお前。修学旅行だからって逃げられると思うなよ」
「…………」
嫌か?嫌だろうな。普段散々だる絡みする俺から離れられないんだもんな。
それでも俺は手心を加えてやらない。俺は俺のしたいようにする。
穸との旅行かぁ……。修学旅行なんてダルそうだと思ってたけど俄然やる気が出てきたな。
その後の班員集めはすんなり終わり、俺たちは回る場所などを決めていた。
穸はとにかく消極的だった。自己主張なんて一切せず、ただ唯々諾々と班員に従うのみ。……やっぱりコイツ″自分″がねぇな。
「可落さんはどこに行きたいとかないの?」
班員の一人が問いかけるが、穸は遠慮がちに目を伏せる。
「私は……一緒に行けたらどこでも」
「穸ってば自我うっっすいんだもんなぁ。俺からしても張り合いがねぇよ」
すると班員の二人がひそひそと話し出す。俺は結構耳がいいから内容は簡単に聞き取れた。
「ねぇ……やっぱりこの二人」
「うん……だよね」
だが何を言っているのか理解できない。俺と穸がどうしたというのだろう。
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「なあ穸。自由時間一緒に回らねえか?」
「……いいの?」
「いいもなにも、俺がそうしたいだけだ」
修学旅行当日でも俺は徹底的に堕とし抜く。班員の女子と楽しくキャッキャなんてさせない。
厳粛で清潔な穸が、俺という俗物に毒されていく。そう考えただけで脳内麻薬がドバドバだ。
観光は有り体に言うと楽しかった。穸を独占している優越感もそうだが、単純に旅行自体が楽しかった。
「おい穸。そろそろ自由時間終わるし宿戻んぞ」
「……ちょっと待って」
「ん?どうした。なんかあったのか」
「……もうちょっとだけでいいから、貴方といたい」
「!ククク……しょうがねぇな」
ただでやられっぱなしなのも気に食わないのか、穸は俺との時間をできるだけ引き延ばそうとしていた。流石に先生に怒られるのは嫌なのか、解放時間ギリギリまで俺とのひとときを味わっているようだった。これが屈辱の味だ。よく噛み締めろ。
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「今日まで早かったー……」
「……うん」
卒業の日はあっという間にやってきた。無論、俺と穸の通う中学校は同じだ。この地域は中学校が少ない故に。
今日まで至福の時間だった。何もかも完璧で他を寄せ付けない『絶対』だった穸が、俺色に染められていくのが。
穸からすれば俺は鬱陶しくてしかたないだろう。コイツは
だが──
「穸」
「なに?」
「中学生活、覚悟しとけ」
「……うん。楽しみにしてる」
「ふはは……強がりやがって」
▫▫▫▫▫
キュープレスオーバードーズという言葉がある。幸福の飽和状態に置かれた生き物は思考を停止するという現象だ。
彼といる間は何も考えなくて済んだ。それくらいに幸福で、楽しかった。
『
私は
習いごとも、スポーツも、勉強も、やれるからやっていただけ。本当は玲瓏みたいに自由でいたかった。
でも、周りはそれを望まなかった。だから私は自分を殺し続けた。
玲瓏だけだった。私を解き放ってくれたのは。
みんな私を『完璧』だと思っている。実際それはある程度正しかった。私はやろうと思ったことはなんでもできた。ピアノでも水泳でもダンスでも、常にトップの成績を叩き出しいくつもの賞を獲った。
玲瓏以外にも友達はいる。それでも、その人たちと玲瓏を並べられたら私は間違いなく玲瓏以外を切り捨てる。
彼は、私の太陽だった。私と対等であり続けてくれた。私の知らない世界を見せてくれた。
羨望も期待もうんざりだ。私も彼のように自由に羽ばたきたい……けど、そのためには私を縛る鎖を断ち切らなければならない。私にそんな強さは無い。
だから、玲瓏を求めた。
自分を殺す度心が錆びついていく。それでも彼といる間だけ私は息をしていられる。
『なー穸。今日は最強バッタ決定戦しようぜ!』
『穸ー。駄菓子屋行こうぜ駄菓子屋!』
『あっははは!すげーな穸!』
枯れた世界の中で、貴方だけが強く輝いていた。
ちなみにキュープレスオーバードーズという単語は投稿者の造語です