超有能な幼なじみを堕落させたんだがなんかおかしい   作:散髪どっこいしょ野郎

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これからの時代

 鳴り響く目覚まし時計をそっと押して、私は起き上がる。

 

 部屋の電気を点けると、不自然なまでに清潔な部屋が照らし出された。私はここに引っ越してきてからずっと、この状態を維持している。埃一つの介入すら許せなかった。

 

 キッチンへ向かう。

 

 冷蔵庫から卵とニラ、鶏胸肉を取り出し、前日食べきれずに冷凍保存していた白米をレンジに入れる。

 

 食事は自炊。なるべく出費を減らしたかった。

 

 出来上がったものを全て胃に収めると空腹感は無くなったが、肝心の侘しさだけが色濃く残る。

 

 

「……」

 

 

 心臓を抑える。まだ、(あな)は広がるばかり。

 

 私は可落穸。鎖を引きちぎることができなかった、臆病者。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「おっはよ~穸ちゃん!」

 

「……おはよう」

 

 

 私は国内最難関の大学に通っている。今までとは違い、玲瓏はいない。

 

 

「今日の講義、鬼の増山教授だって~。あの人のテスト難しいんだよね……」

 

「……貴方がよければ教えようか?」

 

「いいの!?やりぃ!じゃ、今度カフェでコーヒーでも奢るよ!駅前に最近オープンした店があってね──」

 

 

 友達と呼べる間柄の人はいる。こんな私にもよくしてくれる、大切な存在。

 

 それでも尚、凍えるように寒い。

 

 玲瓏。貴方は私の光で、源だった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「お疲れ、可落さん。あとはわたしがやるから先に上がっちゃって」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 私は対人関係でも金銭面でも恵まれすぎていると思う。人生初のアルバイトはいい先輩に巡り会えた。

 

 私の両親はアルバイトにあまりいいイメージを抱いておらず、最初は反対されたもののいつまでも親に甘えてばかりではいられないと懇請したら渋々了承してもらえた。

 

 それが理由の半分。もう半分は、玲瓏の見ていた景色を知りたかったから。

 

 私はあらゆる面で恵まれている。温かいご飯が食べられる家があって、少なくない量の仕送りをしてくれる両親がいて、小さな頃から支え続けてくれた玲瓏がいて。

 

 だから少しでも彼に近づきたかった。あの強さが、一欠片でもいいから欲しかった。鎖を壊すことはできなくとも、いつか自由に飛べるように。

 

 それでもどうしてもフラッシュバックするのは、いつかの温かな記憶。

 

 幸せだった。玲瓏が隣にいてくれたから私は、私は、私は……。

 

 

「どうしたの可落さん、ぼーっとして」

 

「……すみません、少し気が抜けていたみたいです」

 

「大学大変なんだね~。今日はゆっくり休んで。しっかり元気になったら、また一緒に働こう」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 

 私はまた、自分を殺す。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『ねえ』

 

 

 それだけ打ち込み、送ることができず携帯を閉じる。これで何度目だろう。

 

 卒業してからも何度か会うことはあった。しかし今までと違う点はどれも()()()提案した再会であって、いつかのように私を連れ出してはくれなくなった。何度か出かけることはあったけど、玲瓏は消極的で。

 

 愛想を尽かされてしまったのかもしれない。当然だ。こんな、暗いだけの女に関わってくれていただけで奇跡だった。

 

 

「……玲瓏」

 

 

 寂しい。冷たい。凍えるように寒い。

 

 

「玲瓏……」

 

 

 手を伸ばしてみても、届かない。触れられない。

 

 もう彼の温もりを感じることはできない。

 

 

「……玲瓏……っ」

 

 

 堰を切ったように流れていく涙。拭ってくれる人は、ここにはいなかった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「……玲瓏、私、また賞を獲ったよ」

 

 

 きっかけは些細なことだった。

 

 誰に向けたわけでもない、されど彼には届いてほしいひとりごと。

 

 一度言い出したら止まらなかった。

 

 

「今日で必修科目の単位取得し終えたんだよ、玲瓏」

 

 

 いもしない彼に呟く日々。もちろんこんなことを人目がつく場所でできるわけがないから、家の中にいる時だけだけど。

 

 ……ねえ、玲瓏。私は貴方が欲しかった。今まで知らないつもりでいたけど、貴方を誰にも渡したくなかった。

 

 何もかも遅すぎる。この後悔を引きずったまま、私は生きていくのだろう。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「う゛ぅ゛~……バイバイ穸ちゃん。元気でね」

 

 

 ねえ

 

 

「可落さんの就職を祝って特別にパーティ開くことにしたの。だから今日は思いっきり楽しんでね!」

 

 

 ねえ

 

 

「────、────」

 

 

 ねえ、玲瓏。私、ちゃんと友達作ったよ。アルバイトも認めてもらえるくらいに上手くなったよ。

 

 就職活動は大変だったけど、ちゃんと一流企業に就職できたよ。

 

 玲瓏。

 

 ねえ、

 

 …………。

 

 ──貴方が私の全てだったのに。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「な、なあ可落さん。いくらなんでも仕事背負いすぎだよ。少しはオレたちのこと頼ってくれてもいいのに」

 

「……大丈夫です。今日中には必ず終わらせますから」

 

「……わたしからもだけど、可落さんいつも他人の仕事代わりにやってくれるじゃない。一応わたしたち先輩なのよ?たまには休んでも文句は言われないし、言わせないわ」

 

「……大丈夫です。私は大丈夫ですから」

 

 

 ……私は大丈夫。私は大丈夫……。

 

 ……或いは、埋められない空白を仕事に打ち込むことで誤魔化そうとしていたのかもしれない。使わない財産だけが無駄に貯まっていく。

 

 

「…………」

 

 

 私を気遣ってくれた先輩方には先に帰ってもらい、私は一人で残業に耽っている。

 

 もう辺りは暗い。ため息を一つ零してから帰宅準備を始めた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 骨身に染みる寒さだった。外は思っていた以上に夜真っ只中で、舞い落ちる雪は色彩を無くしたようにも見受けられた。

 

 社会人になってからますます玲瓏と会えなくなった。就いた職業が多忙なこともあり、かつての青空は遠くに消えてしまった。

 

 なんのために働くのか。働くために生きているのか。

 

 自分が自分でなくなっていくような感覚。こんな時、貴方がいれば──

 

 

「よ!元気か?」

 

「……え?」

 

 

 枯れたような冬の日。彼は、確かにそこに。

 

 

「……玲瓏」

 

 

 幻覚じゃない。思い出じゃない。ああ。やっぱり。貴方だけが、私の──

 

 

 

 

 

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 

 

 

 

 

 ッッッぶねえ緊張したぁ~……。心臓まだバクバク言ってる。まさかここまで憔悴しているとは。

 

 穸の大学生時代は時たま会うことはあったが、ここまでヤバくなってるなんて聞いてねぇぞ。俺に不満を発さないあたりやっぱコイツ優しいな。

 

 何故再び穸の前に現れたのか。理由は色々だが、コイツの笑顔を俺はまだ見てない。それまでは諦めないでいようと思ったからだ。

 

 当時の俺はコイツのことを想うなら身を引くべきだのなんだのとお上品なことを考えていたが、やっぱり俺はカスらしく、俺のやりたいように生きると決めた。嫌われていたとしても好きにさせてやる。そんぐらいの意気込みがあってこその『幅野玲瓏』だ。

 

 

「玲瓏……玲瓏……会いたかった……」

 

「……悪かったな。色々」

 

 

 いくら人気(ひとけ)が無いとはいえ往来で長い間抱きしめられていると羞恥心が湧いてくる。しかし無理やり引き剥がすのも憚られたため、しばらくは穸のしたいようにさせた。俺も大分丸くなったなぁ。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

『住まいを一緒にして』

 

 

 なんとか落ち着いた穸から飛び出してきた提案は度肝を抜くものだった。

 

 最悪私が養うからとも言っていたが流石にそれは俺のプライドが許さない。ということで互いの職場が比較的近い場所に住居を移すことにした。それでも通勤経路が結構面倒くさいものになってしまったが。

 

 別に仕事は嫌いじゃない。働いた後に食うコンビニのホットスナックは格別だからな。

 

 そしてその次に言われた言葉は割と想像通りのものだった。

 

 

『ずっと一緒にいて』

 

 

 ……ほうほう。なるほどな。要するにこれは──

 

 ──一生かけて償えというメッセージ!これまで散々いいようにしてきた報いを受けろということなのだろう。

 

 仕方ない。惚れた弱みだ。だからといって俺が穸を堕落させないわけではないがな!

 

 

「ふははは……!」

 

「……変な笑い方」

 

 

 おっと、そういえば今日はお互いに休日。何かしようかと聞いたが一緒にいてくれるだけでいいと言われたのだった。

 

 ……ん?なんなら穸もう墜ちてないか?

 

 

「……ミッションコンプリート」

 

「……?」

 

 

 俺の当初の目的、穸を堕落させるという願いは無事叶った──のだが、なんかおかしい。

 

 まず俺の満足度もなんかおかしいし穸の様子もなんかおかしい。

 

 今まで一時的な独占しかできていなかったが、本格的に同棲するようになって満足度が倍増してる。まずそこがなんかおかしい点。

 

 もう一つが穸の態度。俺の所為でとことんまで堕とされたのにも関わらず俺を責めるどころか礼まで言ってのける始末。いやそれはコイツの優しさと言えばそれまでなのだが、なんかおかしい。

 

 ……まあいっか!なんやかんやで幸せだし。

 

 

「穸」

 

「なに?」

 

「愛してんぜ!」

 

「……っ、わた、し、も」

 

「なんだよー急に泣いて。やなことでもあったのか?」

 

 

 やなこと。ああそうか、大嫌いな俺に告られたことだな!ならば──と、次の行動を起こすより速く、穸は俺を抱きしめていた。力強。

 

 

「うおっとと、お前急に甘えん坊になったな」

 

「貴方がいてくれるのなら、私はそれでいい。それがいい……」

 

 

 ……嬉しいこと言ってくれるじゃねえかこの野郎。

 

 ククク……ハーッハッハァ!見てろよ穸!これから俺のことめっちゃ好きにさせてやるからな!

 

 

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