トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
地の獄……!どこかわからぬ地中の底の底……!亡者巣食う強制労働施設……!それこそが、忘れ去られたトリニティの闇……アリウス分校である……!
「暗いです、怖いです、帰っていいですかお嬢様」
「ダメだよ」
その地下迷宮兼大規模公共墓地であり、アリウスとトリニティを繋ぐ唯一の通路、カタコンベを進んでいく影が二つ。
「エデン条約ってあるでしょ?連邦生徒会長が失踪して一旦白紙になったけど、ナギちゃんが進めてるやつ」
「確か、ゲヘナとトリニティ間の和平条約でしたね……あり得るのでしょうか」
「難しいんじゃないかなぁ。ウチも向こうも綺麗にまとまってるわけじゃないし、風紀委員長はともかくトップがアレでしょ?」
「ああ、オウムとの口論に負けてリアルファイトでも負けたとかいう……」
「それは初耳だね」
アリウス分校は排斥された当時、反ゲヘナ派閥の中でも最も過激な学園であった。ゲヘナとトリニティの和平において、アリウスは最大の不穏分子なのだ。
条約実現の目処が立つ前にアリウスとトリニティが和解できなければ、もはやアリウスには触れることもできなくなるだろう。
「できるだけ早くアリウスと和解できれば、エデン条約に乗っかる形でまとめられないかなって。私もナギちゃんも三年生だから、下手に遅らせるわけにもいかないし」
「お嬢様は、よろしいのですか?以前はゲヘナを嫌っているようでしたが」
「まぁ、一年も一緒に居たら情も湧くかなぁ……よく考えたら、野蛮な生徒なんて、探せばウチにも居るわけだし。ゲヘナには特に多いだけで」
「あのお嬢様が、ゲヘナのことをそんな風に……地下ではありますが、傘を準備しておくべきでしょうか」
「やっぱリタちゃんムカつく!」
「よく言われます」
……とは言いつつ、内心リタはミカの変化を物凄く喜んでいた。
リタは、ゲヘナ学園を結構気に入っている。生まれ故郷というのもあるし、自由な校風の暮らしは楽しい。友人もゲヘナ出身の生徒が特に多い。
自分の好きな学園を、ミカが偏見に囚われず話してくれた。嬉しさのあまり、つい口角が上がってしまう。
人に見せられるような顔をしていないので、リタはそっぽを向いて歩いた。
ちゃんと見ていないので、当然ながらミカとはぐれた。
迷った。
遭難した。
トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 〜エデン条約編 完〜
定期的に構造が組み変わり、素人では絶対に脱出不可能なカタコンベ。その内を、リタはさまよい歩いていた。
「ふえええええん……」
泣きベソをかいてはいるものの、「地下建造物内では基本的に安全な水が手に入らないから泣くのはまずい」ということに気付いているため、涙は流さず真顔である。真顔で鳴き声だけ出している。
その変な所で発揮する冷静さをうまく活かしていれば、多分最初から迷うことも無かっただろう。
遭難一日目。探索は空振りに終わった。
この日リタは、カタコンベが六〜十八時間程で構造を変えていることに気付いた。闇雲に探索しても成果は得られないだろう。
おやつを持ってきていたので多少は食いつなげるが、水はそれほど多くない。たまに噴水のようなものを見かけたが、ほとんどは水が涸れていた。残っていたものも、そのまま飲んだら確実に腹を下すだろう。
リタはこの日探索した二通りの空間を、歩数から概算して書いておくことにした。少なくとも通行できる生徒は居たのだから、数日でパターンがループしている可能性もあるだろうと考えたのだ。
「鉛筆をナイフで削ると、消耗が早いですね……最低限、地形を記録できる分は残さないと」
遭難二日目。探索は進展なし。大型の松明のようなものを見つけたが、燃料は使い果たされていた。
小動物を見かけたが、すぐに逃げられてしまった。何も居ないよりかはマシなものの、獲れたとしても長期間食いつなぐことはできないだろう。
「よし、今日からあなたの名前は三男坊です。洞窟暮らしどうし、仲良くしましょう」
遭難三日目
探索は進展なし。しかし、どうにか小動物を捕まえることができた。焼いて食べた。
「ふいいいいい~~~……ごめんなさいごめんなさい……」
遭難四日目――カタコンベ
洞窟――視界悪し
聖園のことを想う。
食料切り詰める。
朝、スープ。昼、チーズ一切れ、ビスケット三枚。夜、スープ、チョコレート。
「この水、煮沸すれば飲めますね……藻が美味しいです」
リタが味音痴であったことは、かなりの救いであった。
遭難七日目
カタコンベをさまよう中で、リタはもはや遭難生活に適応し始めていた。
地形変化のパターンは未だ掴めていないものの、生物的な理解は結構早く進んだ。
カタコンベ内には、一般的な洞窟とは異なるものの、独自の生態系が成立するのに十分な生物的多様性があったらしい。葬儀用の花から繁殖した花やコケが天窓から光の当たる場所に集中し、それらを中心に小動物の集まるコロニーが形成されている。
ここで獲れる生物の一部には衛生的な問題があるものや毒のあるものも居るが、植物だけでもかなりの期間食いつなげるだろう。
そんなことを考えながら、リタは端っこの方に生えていた花を引っ掴み瓶に詰めた。それは奇しくも、以前アズサが見かけ、「全ては虚しい、それでも全力を尽くす」と決めるきっかけになった花と同じ種類の花であった。
「廃墟から砂糖が見つかれば、アルコールが作れるかもしれませんからね。使えそうなものは何でも持っていきましょう」
まぁ、これもまた強い生き方なのかもしれない。方向性は違うが。
遭難十日目
「よし、完成……これで移動できますね!」
そう言ったリタの目線の先にあるのは、廃墟や兵器の残骸から組み上げられた大型の台車だった。中には土と食用可能な植物、土壌を維持するための小さな生物等が積まれ、簡易的なビオトープが成立している。乾いた草でできた簡素な寝床や作業台も併設である。
この一週間と少しの探索で、出口はまだ分かっていないものの、天窓や噴水へ到達する方法は掴むことができた。この台車と共に移動して植物を適切に育て、適宜比較的大型の動物を飼っていけば、もはや食糧問題は発生しないだろう。積み込んだ土壌と砂利によって、水も濾過できるようになった。
さらに、問題があると思われていた小動物も、イネ科の植物から簡易的に作ったぬか床に数日間漬けておけば(原理は不明だが)腹を壊す心配なく食べられるということが判明した。
問題はデカくて重すぎるということだが、その辺はキヴォトス神秘パワー(物理)で解決できた。
遭難十二日目
リタは簡易的な道具を揃え、カタコンベに使用されている石材から刃物を作り始めた。サバイバルナイフがあることで、黒曜石のような扱いが難しい石も簡単に切り出すことができ、より鋭利な細石刃式の道具をも作成できた。
ところで、その石器を作るのに使ったものは何なのか思い出してはどうだろうか。
それを使ってリタが作ったものが、槍と投槍機であった。
物を投げることに関して、人間ほど優れた生物はそう居ない。弓矢の発明以前、人類最大の武器は投擲であったと言われている。物を投げて狩りを行うことで生存し、進化してきた人間は、アトラトルのような器具を使えば初速20m/sほどで槍を投げられるのだ。キヴォトスの生徒であれば、その二倍は下らないだろう。
話は変わるが、現在彼女が腰に下げているベレッタ92Fの銃口初速は約380m/sである。
遭難十四日目
この日は、かなり劇的な変化があった。カタコンベに迷い込んだ猫を追って、遭難したアリウスの生徒と遭遇したのだ。
「~~~~~!!~~?」
「~~~!~~~?!」
そこで問題が発生したのが、二者間の意思疎通である。最初は身振り手振りでどうにかしようとしていたのだが、それで不足する意味を補うために絵が使用された。
そこから、頻繁に使う絵を簡略化するため、象形文字のようなものが作られていく。
『日本語でおk』
その一言さえあれば、このような手間がかかることは無かったはずなのだが。
遭難二十一日目
「ナパパウ、ペリーコロイ?」
「ケパウ!パパウパウパウ!」
音声言語と文字言語の統一が行われたことで、二人の意思疎通はより円滑になり、リタは生存のための知識の共有を完全に終えることができた。
アリウスの生徒は暴政から逃れ、カタコンベで生活することを決めたらしい。脱出を目指すリタとは、ここで別れることになった。
彼女はそこで他の遭難者にもこの生活様式を伝えるようになり、最終的に一つの民族が形成されていくこととなる。
かつての古代ミレニアムGKB文明*1とは異なり、明確な主体が存在しない、横の緩いつながりからなる文明である。
以後数年間カタコンベに住み着いた生徒たちは、流浪の身であったことから、後にこう呼ばれることになる。
「浪人生」と。
遭難三十日目
「ポイ……ポイミ、ポポポーポ、ポーポポ!(ついに……ついに、出口を見つけましたよ……!)」
さまようこと三十日。ついにリタは、カタコンベの出口にたどり着いた。
思えば、地下生活も長かった。地上に出たら、まずはセミを採ろう。そんなことを考え、ビオトープ付リヤカーと共に一歩を踏み出し……
カタコンベを抜けると、そこはアリウスだった。
「ヘドパウ!(畜生!)」
三十日間もカタコンベで過ごせば、方向感覚など無いも同然。彼女は完全に逆方向に出てしまったのだった。
野生化リタは最初「かねて血を畏れたまえよ」とか「かゆ……うま……」みたいなレベルで野生化させようと思っていたのですが、ネズミとかヒヨリの銃身とか噛みちぎったり、唸って威嚇したりする少女はさすがに世界観がヤバいと思ったのでボツにしました。