トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
「その、言うべきことは色々とあるのですが……まずは謝罪を。先程はリタさんが失態を晒し、その上先生まで巻き込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「私は反対したからね、ナギちゃん?」
どうにかこうにか騒動を収拾し、午後三時からはかなり遅れたティータイム。ティーテーブルを取り巻く状況に対し、ナギサは一つずつ対処していくことにした。
「まさかリタさんが致命的な方向音痴だったとは……ミカさんも、知っていたなら普通に教えてくださればよかったのに」
「問題はそこじゃないんだけどなぁ……!」
「はい、何なりとお申し付けください」
その方針は、先生としても同じであった。
「できる限り近くでお守りすべきかと思いまして……嫌でしたか?」
「あの、トキさん。先生と話をしているのに、顔すら見えないのですが……」
「その代わりに、私の可愛い顔は見えております」
「そういう問題ではありませんよ?!」
どうにかこうにか、渋々といった顔のトキを退かす。次にナギサが目を向けたのは、一輪車に乗って壁を垂直に走りながら、吹き戻しを吹いてシマエナガと戯れているリタであった。
「ピーヒャラピロリロ」
「ピピピッ」
「あの、リタさん。一体何を?」
「ふふ、可愛いですね。あなたにはヴィットリオ・ヴェネトと名付けましょう」
「ジュリィッ」
「ほらこっちですよヴィットリオ・ヴェネト。スロー、スロー、クイッククイックスロー……」
「本当に何をやっているのですか?!」
ナギサが声をかけると、リタは焦点の合っていない目をナギサの方へ向け、ホラー寄りの顔で微笑んだ。
「ああ、ナギサ様。ただいま私、クビ確定無敵モードに入っておりまして」
「クビ確定無敵モード?!」
「ふふふ、*ゲヘナスラング*!」
「まだしませんから落ち着いてください!本当に解雇しますよ?!」
リタは即座に姿勢を正し、吹き戻しをしまった。シマエナガはまだ、彼女の周りを飛び回っているままだが。
「あの、ミカさん……もしかして、彼女はよくこのような状態に……?」
「よくどころか、こっちの状態になってることの方が多いよ?」
「なっ……?!」
とりあえず状況は若干落ち着いたので、ナギサは無理矢理にでも話を進めることにした。
「……そろそろ本題に入りましょうか。単刀直入に言いますが……」
「ていうか私、いつも言ってたよね?私達、十年来の幼馴染なんだよ?もうちょっと、ちゃんと話聞いてくれてもいいっていうか……」
「この度トリニティでは、成績不振の生徒を集め、学力の改善を目指す『補習授業部』を創設することになりまして……」
「ナギちゃん?ねーねー、聞こえてる?もしかして無視?ナーギーちゃーん?」
「しかし私達はゲヘナ学園との不可侵条約『エデン条約』の調印を目前に控えておりまして、手一杯なのが現状です」
「ナギちゃんが本気で無視した……ぐすん……私、ちょっと傷ついたかも……」
「そこで、先生に依頼を……ああもう
ナギサはキレた。大量の問題、話の腰を折る幼馴染、そしてどこから雇ってもマトモに機能しない使用人。このままではナギサ、スネイルみたいになってしまいます。
「今、私が説明をしているのですよ?!」
「ひえっ……」
「それなのにさっきからずっと!横でぶつぶつぶつぶつと……!」
「どうしても黙れないのでしたら、その小さな口に……」
「ロールケーキをぶちこみますよっ?!」
「「……。」」
「ヒイッ」
そこからは疾風怒濤であった。
まず、リタがナギサにビビり、その辺で見つけた良い感じの棒と同じくらい真っ直ぐになる。
それに驚いたシマエナガが飛び立ち、ミカの視界を遮る。ナギサの発言に気を取られていたミカは驚き、バランスを崩して椅子ごと倒れそうになった。
「わわっ?!」
「モード2、移行します!」
そこでトキがロングスカートをパージし、機動力を活かして受け止めようと突っ込む。しかしミカは、その鬼神が宿る体幹によって椅子ごと姿勢を立て直したため、勢いよく元の位置に戻る椅子の角が、トキの頭部に直撃する結果となった。
軽い脳震盪を起こしたトキはそのままリタの足元に突っ込み、体勢を崩したリタはティーテーブルの脚の一つに頭をぶつけた。
「ごふっ?!」
「ぐえっ?!」
「?!」
脚が折れたテーブルはリタがぶつかった衝撃で倒れかけ、それを支えようとナギサが手を伸ばす。
その眼前に、大混乱に陥ったシマエナガが羽ばたき、テーブルを掴もうとした手は逸れた。
その手はカップが乗ったソーサーを叩き、叩かれたソーサーは飛び上がってナギサの額にクリーンヒット。ティーカップは宙を舞った。
ところで話は変わるが、ナギサはアイスティーを飲まず、客にも出さない。なぜなら彼女は、紅茶は必ず温かい状態で飲むものという信条を持っているからだ。
これは単なるこだわりではなく、合理的な方法論でもある。長い時間をかけ、現代にまで至った紅茶のほとんどは、熱い状態で飲むことを前提として品種にも製法にも改良を加え続けられたものだからだ。
良い紅茶を、より良い状態で楽しんでもらいたい。紅茶を愛するトリニティの淑女としての、粋な心遣いである。その心遣いは、先生をしっかりと捉えた。
主に顔面を。
シッテムの箱のお陰で大事には至らなかったものの、普通に滅茶苦茶熱い。先生は床を転げ回った。
「……どうしよ、これ……」
途方に暮れるミカに、さらに追い討ちがかかる。
「失礼します、ナギサ様。大きな物音がしたので、確認をと……?!」
ノックをして入ってきたティーパーティーの生徒は、わなわなと震え始めた。
頭部に一際大きなたんこぶを作り、倒れているトキ。同じくたんこぶを作り、風紀委員長に相対したカスミ、つまりちいかわのような顔で倒れているリタ。転げ回る先生。机に突っ伏したナギサ。そして、その上で飛び回るシマエナガ。
「……ちょっと待って。あなたがこの光景を見て思ったことは分かるし、そう思っちゃっても仕方ないと思うけどね?それは勘違いだから、まず話を……」
「大変ですわー?!ミ、ミカ様がナギサ様とシャーレの先生に対して、クーデターを起こしましたわあぁぁ?!」
「*トリニティスラング*」
一部始終を見ていなければ、誰もがこう思うだろう。
「なっ、何ですってー?!」
「ミカ様がご乱心であるぞ!であえ、であえい!」
「成功すれば謀反ではないわ!者ども、やっておしまい!」
「正義実現委員会をお呼びなさい!」
「む、無理です!弾薬倉庫の立てこもり事件で、正実はかかりきりになっていて……」
「だ、誰がそんなことを?!」
「確か……アズサさんという方でしたわね?」
「……アズサって、白洲アズサさんですの?確か、あの方はミカ様の紹介で転校してきたと……」
「まさかミカ様は、ここまで読んで……!」
ミカは全てを諦め、倒れているリタと同じようにちいかわとなった。
「わっ……WAR……あ……」
一難去って、また一難。この騒動の収拾をつけるため、補習授業部の結成は一日遅れることになるのだった。