トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
「……
電車の座席に揺られる、今にも倒れそうな人影が一つ。
彼女の白い服には赤黒いシミが広がり、足元にまで血が垂れていた。
左手はあり合わせの布で吊られており、右手には求人情報紙。体のあちこちにサイズの合っていない絆創膏やら包帯やらが巻かれ、頭はアフロになっていた。ゲヘナの生徒特有の角は片方が根元から無くなっており、もう片方も半分取れかけの状態でブラブラ揺れている。
平然と電車に乗っているのが訳の分からないレベルの負傷であり、周りの乗客はその姿にドン引きしてできる限り距離を取っていった。
「あの辺で引き際を間違えていなければ、確実に逃げれましたよねぇ……会社も更地になりましたし……昔から肝心な所で要領が悪いと言うかなんと言うか……」
なんかブツブツ言っているのは、ゲヘナ学園所属の一年生、傭兵の呂畑リタだ。昨日まではブラックマーケットやゲヘナ自治区を中心に活動する傭兵だったのだが、昨日参加した大規模作戦で勤務先の傭兵仲介企業が蒸発(物理)し、自身もしっちゃかめっちゃかに負傷したことで『まず病院行ってから来い』と他のPMCにも雇ってもらえず、晴れて無職となってしまった。
医療機関に行くにも財布やら社宅の家財やらが吹き飛んで文無し。というわけで、彼女はどうにかして金を得なければならなかった。
『次はトリニティスクエア、トリニティスクエア。お出口は右側です。D.U.線、トリニティ環状線、中央線はお乗り換えです。The next station is Trinity square……』
「はぁ。クソめんどくせーですが、行きましょうか……」
床に付いた血を拭いて電車を降り、身だしなみを整えつつ目的地に向かう。
普通はゲヘナの生徒がトリニティの表通りを通ろうものなら、奇異の目線や陰口、その他トリニティ流おもてなしの嵐に遭い、メンタルが弱い者はすごすごと逃げ帰り、メンタルの強い者はブチ切れて銃撃戦を始めることになるだろう。
しかし、今のリタはゲヘナ以外の要素がゲヘナ要素を完全に飲み込んでいる。周囲の生徒視点でこの状況は『身の程知らずのゲヘナ生がトリニティにやって来た』ではなく『まだ日が出ているのに求人情報誌持ってるお化けが出た』であり、ある者は紅茶の飲みすぎだろうと考え震える手でコーヒーを啜り、またある者は神様仏様ペロロ様に赦しを求めながら目線を逸らさないようにしつつ離れていく。
「お、着いた。これでラスト一件ですね」
そんなことをまったく気にしていないリタの右手の求人情報誌には、『執事・メイド・身辺警護・家事代行サービス』と書かれたページが開かれていた。
「お疲れ様でした。採用については後日連絡させて頂きます」
「はい。本日はお時間を頂き、ありがとうございました。それでは失礼します」
「ミカ様、いかがでしたか?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
トリニティ総合学園二年生、パテル分派幹部の聖園ミカは辟易していた。
高校生になってからというもの、名家との血縁だとか武力だとかで幹部に祀り上げられた彼女の生活は、以前と比べてだんだん窮屈なものになってきていた。
他の派閥の幹部になったナギサとは、以前ほど気軽に会うことができない。他の友人も程度の差こそあれ、同じような状態である。
周りに居る生徒は、下手に出ては自分の顔色ばかり窺ってくる。もちろん、今回雇うことになった従者候補も同じだ。犬、猫、ロボット、生徒。そのうちの誰であれ、張り付けたような笑顔で四六時中近くに居られては、あまりにも気が休まらない。
面倒臭くない……例えば大して仕事をせず生活に干渉してこないが、居れば体面は保てる置き物のような執事やメイドは居ないものだろうか。
「最初の方の人とか、もうほとんど覚えてないし……この際適当に決めちゃおうかな。えいっ……うげっ」
誰でも大して変わらないと思い、適当に一枚取ってみる。その履歴書の上の方には、字は綺麗な割にサイズが無駄にデカい『ゲヘナ学園』の文字。
「ねーちょっとちょっと、なんかゲヘナの生徒が居るみたいなんだけど?ほらこれ」
「……ええ?そんなまさか、まずゲヘナの生徒なんかが応募すること自体……あ」
ミカが突き出した履歴書を見ると、それを見た生徒の顔は一気に青ざめた。彼女はゲヘナ学園とその生徒を蛇蝎の如く嫌っている。そんな彼女の従者に、一次選考とはいえゲヘナ生を通してしまったのは大問題だ。
「も、ももも申し訳ございません!すぐに叩き出して参りますので、少々お待ちくださいまし!」
慌ただしく生徒数人が出ていった後、廊下で銃声が響く。件のゲヘナ生は存外手強いらしく、しばらく経っても銃声は鳴り止まない。それどころか、銃声は少しずつ近づいてきた。
「ですから!手違いだったと言っているでしょう!」
「それはそっちの都合でしょうやんけ!とりあえず面接だけ受けさせてくださいやんけ!!」
「このっ……なんでその怪我で止まらないんですの、こいつ!」
「ちょ、そっちの腕折れてるから触んじゃねぇ……ですやで!」
「さっさと正実を呼びなさいまし!多少はやるようですが、流石に正規の戦力には敵わないでしょう……!」
妙な話し方で叫びながら進撃して来た生徒はドアを三回ノックし、その場に静止した。ドアの向こうでティーパーティーの生徒たちがゲヘナの生徒を捕えるため奮闘しているらしいが、効果は薄いようだ。
「……仕方ないから、ちょっとだけ面接してさっさと帰ってもらおうか」
「申し訳ありません、ミカ様。……どうぞ」
「失礼します、やで。よろしくお願いします……このような姿で申し訳ありませんが、最近少々慌ただしかったもので」
「うわっ」
生徒数人を引きずりながら入って来た生徒はお辞儀をし、椅子の横に立つ。どういうわけか面接時のマナーだけはしっかりしているが、振る舞いに対して八割弱ホラー映画に出てくるミイラのような見た目があまりにもかみ合わない。どこのPMCにも「まず病院に行け」と言われるのが当然である。
「……どうぞ」
「失礼いたします、やで」
「えー……自己紹介をお願いします」
「ゲヘナ学園所属、帰宅部の呂畑リタ、ですわ。前職はPMCに勤めておりまして、前線の突破や強襲揚陸、対ゲリラ戦や突入作戦等様々な現場で積んだ経験は身辺警護に活かせると考えております、やで」
「それで、志望動機は?」
「不採用になるためです、わ。求職活動をしたと認められれば学園所属の生徒には一応失業保険が降りるので、とりあえず医療費に充てれば傭兵稼業を再開できると思いまして、さかいに。あとついでにトリニティを観光しようと思いまして、やねん」
「うわっ」
「わーお……これだからゲヘナの生徒は……」
この発言には二人ともドン引きである。トリニティの生徒は、常に建前というものを使うものだ。仮に受かる気のない面接を受けるようなアホがトリニティに居たとしても、それをぶっちゃけてしまうようなことは無いだろう。
「ゲヘナの生徒、と一括りにするのはいかがなものかと」
「同じでしょう?野蛮で、頭が悪くて……」
「私は小学校中退して高校の入学試験には替玉を使ったクチですので、まだゲヘナの生徒の方がマシですよ、ですわ」
「しょうがっ……?!どうやったらゲヘナごときの入学試験で替玉が必要になるんですの?!」
「……んふっ」
どうやらコイツはゲヘナの生徒よりも若干酷い存在らしい。既に不採用は確定なので面接はいつでも打ち切れるのだが、人事担当の生徒は変な所で真面目であった。
「あと、さっきからその口調は何なんですの?!方言にしても、不自然が過ぎましてよ?!」
「……お嬢様は関西弁で喋るものと思っていたのですが……『ですわ』とよく言っているでしょう?」
「関西弁とお嬢様言葉は違いますのよこのクソお馬鹿!あなたのはです→わ↑、正しくはで↑す↓わ↑ですわあぁ!!」
「ふっ、かんさい……んふっ」
ブチ切れて台パンする人事担当の生徒を横に、ミカは若干ツボってしまっていた。午前から何十人と、大して変わらない真面目な人の相手ばかりしていたので、笑いの沸点が大幅に下がっていたのだ。
彼女が想定していたリタの人物像は、態度の悪いいかにも不良もしくはヤクザという感じのものだった。しかし実際のリタは言葉遣いがそれなりに丁寧で顔だけは良く、そこから繰り出されるクソみたいな言動が酷くシュールだった。
一方、ブチ切れた人事担当の生徒は勢いよく立ち上がり、怒りのままにビシッとリタの角を指さす。
「だいたい!汚らしいゲヘナの角付きが、伝統あるこのトリ……あっ」
その指先が触れた瞬間、取れかけだったリタの角は重力への抵抗を諦め、落ちて床に突き刺さった。
「角無いですね」
「やかましいですわ!」
勢いを削がれた生徒は席に戻り、深いため息をついた。
「はぁ、どっと疲れましたわ……もういいですわよね?採用については後日連絡しますので、もう帰ってください」
「ええ、本日はお時間を頂きありがとうございました。それでは失礼します」
「じゃ、またねー☆」
退室するリタに手を振り、ミカはリタの履歴書を眺める。やる気が全くなく、見た目だけに限っては問題ない。それはまさに、彼女が求めていた『置物』にピッタリだった。
ミカが一次選考の通過者リストにリタを追加すると、人事担当の生徒は目を見開いた。
「……正気ですか?」
「いやー、最近連邦生徒会長が、ゲヘナとの平和条約がどうこうって言ってるでしょ?最悪ああいうのと関わり合いにならなきゃいけないなら、今のうちに慣れておくのもアリかなーって。試用期間の一ヶ月が過ぎたらクビにすればいいし」
「それに、問題を起こしてくれたら、それはそれでゲヘナを遠ざける口実にもなるじゃんね?」
さすがに『私生活に熱心に干渉してこない、噂とかを立ててこない、かつ見た感じはマトモな人が良かった』とは言いづらいが、理由はいくらでも後から作れる。
「それにまぁ、私の方が強いし」
「あっ……なら問題ありませんね」
一つ誤算があるとすれば、彼女が雇ったのは『やる気のない無能』などではなく、『やる気がある無能な上に頭ゲヘナ野郎』だったということである。
リタ……骨が折れてても根性とギャグ補正で動けるタイプ。学力はロクに無いが、社会人としてのスキルは多少ある。
ミカ……この頃は普通にゲヘナが嫌い。実現可能なレベルにまでエデン条約の話がまとまるとは、夢にも思っていなかった。