トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
「海に行きましょう」
"「「「「?!」」」」"
リタは唐突に、しかし毅然とした口調で言い放った。
「海に行きましょう」
「あの、リタちゃん……?」
「今合宿中で、外出は禁止じゃ……」
「海に行きましょう」
「主張するにしても、せめて何か説明してくれない?!」
「こんなこと、前にもあったような気がします……水着で徘徊していた時でしょうか……」
もはやリタは、何一つ話を聞いていない。壊れたレコードと同じようなものであった。
「海に行きましょう」
「なんなんですか?!」
リタがこうなった原因は、一時間ほど前に遡る……
この日は朝から土砂降りの雨が降っており、洗濯物が全滅してしまった。そしてそれらを取り込もうとした結果、最後の一着だったパジャマまでビショ濡れになってしまった。
「うう……まだ外に、水に弱い服が……!!」
「もう手遅れですね……」
この際、最も悲惨なことになったのはリタであった。リタが持ち込んだパジャマ等の私服は、一部をミカが選んだことで機能性ではなくオシャレ優先になっており、必ずドライクリーニングにかけなければならないようなものもそこそこ含まれていた。全く合宿向きではないのだが、リタは普通に持ってきてしまっていたのだ。
ちなみに、この雨は深夜から降っていた。生き残りは当然ながらゼロであった。
「もこもこふわふわお気に入りの一軍パジャマ、その全てが……チクチクギチギチの衣服ではない何かになりました……」
「その……お気の毒に……」
「水に濡れただけで劇的に動きやすさが下がり、防寒効果も無くなる……メーカーは何のためにこんなものを……?乾燥地帯、特に夜間の局地戦か……?」
「いや、パジャマでしょ」
水着で毛布にくるまってリタが嘆いていると、さらに雷鳴が響き、電気が消えた。泣きっ面に蜂である。
「……問題が発生した。洗濯機が止まってる、それに蓋も開かない。困った」
「何なんですかこの天候は?!*ゲヘナスラング*!*上級ブラックマーケットスラング*!!」
「本当に落ち着いてください?!」
「わぁ、そんなえげつない語彙がこの世には存在するんですね……♡」
「エッチなのは駄目……駄目?……駄目!死刑!!」
「……ふぅー」
停電による暗闇の中では、リタがゆっくりと息を吐いたのは、とりあえず落ち着いたように思えた。しかし、彼女たちは知らなかった。暗闇の中で、リタの目が完全にガンギマっていたことを。
「タダでは起きませんよ……」
「海に行きましょう」
「そんなわけで、さっきからずっとこんな感じで……」
「水着しか無くなったのでしたら、それ即ち海でしょう。海と言えば水着、水着と言えば海です」
「でも、第二次特別学力試験も目前な上に、外出は禁止ですよね……?」
「以前行こうとした時は、散々なことになりましたが……」
ハナコは、以前リタに海へ行こうと誘われたときのこと(11話)を思い出していた。魔改造された装甲車両で校内を暴走し、なんやかんやで最終的に爆発オチとなった事件である。
「問題ありません。以前の失敗から教訓を得るのが、復習というものでございます」
そう言ってリタは懐からコントローラー的なものを取り出し、ボタンを押した。すると『桐藤空調有限公司・キリフジエアコン』と書かれたコンテナが自走してきた。
「今回のビークルは少々グレーな業者に依頼し、改造ついでにトリニティが最近発注した空調機に偽装して頂きました。自治区のどこであっても、不審に思われることは無いでしょう」
「おお、完璧な偽装だ……!」
「アズサちゃん?!おおじゃないですよ?!」
「さ、乗ってください。エンジンの起動にはまだ時間がかかりますが、空調もあるので内部はそこそこ快適でございます」
何故か流れで海に行くことになった補習授業部の生徒達。偽装されたコンテナが起動するまでの間、雑談に花を咲かせるのだった。
「ふふっ♡狭い密室に先生と生徒達……何も起きないはずもなく……」
「何も起きないから!エッチなのは駄目!」
「ええ、私、こういうこともしてみたかったので。テンションが上がっていると言いますか……」
「気持ちは分かる。私も、補習授業部に入ってからずっとそうだ。皆と一緒に勉強するのも、ご飯を食べるのも、一つ一つ、全部が楽しい」
「アズサちゃん……最初はあまり表情の変化も読み取れなくて心配でしたが、良かったです……!」
「ヒフミも、本当にいつも世話になってる。ありがとう」
「アズサちゃんっ!うわーん!!」
「ひ、ヒフミ。少し、息苦しい……」
「そういえば、トリニティのアクアリウムで『ゴールドマグロ』という魚が展示されているそうですね」
「あ、私もそれパンフレットで見ました!『幻の魚』と呼ばれているんですよね?」
「……じゅるり」
「ちょっとリタ?!何か不穏なこと考えてるでしょ?!」
「……いえ、ただ少し味が気になっただけです」
「それを『不穏』って言うのよ!!」
「どうやら近くの海で発見されたそうで……」
「……そういえば、海には一度も行ったことが無かったな」
「い、一回も?!じゃあ、これが初の海ということに……!」
「機関、緊急停止!戦車を……戦車を用意しなければなりません!!」
「ど、どうしましょう!正義実現委員会のクルセイダー巡航戦車、一両くらい持って行っては駄目でしょうか……?」
「駄目に決まってるでしょ?!なんで戦車なのよ?!」
「これが初めての海なんですよ?!戦車以外にあり得ないじゃないですか?!」
「
「では、今回はあくまで下見ということで、本番は日を改めて……!」
「あら……?水着の紐が……」パァン
「スケベすぎるのは駄目!死刑!!」
「大丈夫ですか、先生?!横になってください!」
「胸元を開けて楽にしましょう!」
「あら、ではついでに下も……いえ、いっそのこと全部脱がせましょう!」
「あはは……そ、そういえばアズサちゃん……最近、さらに可愛くなりましたね……!」
「ヒフミ?!そ、その……褒められるのは、あまり慣れてなくて……」
(可愛い)
(可愛い)
(可愛い)
「昔のアルバイトで一番楽しかったのは、やはりミレニアムでしょうか。個人製作ロケットのモルモッ……テストパイロットになりまして」
「今モルモットって言おうとしましたよね?!」
「絶対アンタが関わっちゃ駄目な分野じゃない?」
「ロケットでの墜落経験を買われまして」
「それより前に墜落したことがあったの?!」
「まぁ当時の経験は一回だけでしたが」
「そっちも墜落したの?!」
「ですが、どこかの無法地帯には、水着姿で覆面を被った『覆面水着団』なる犯罪集団が居るとか……」
「何その変態集団?!いや、まず犯罪集団な時点でアウトじゃないの!どうせ奇抜な見た目だけで、実力は大したことないでしょ?!」
「そうでもありませんよ、コハル様。この銀行強盗事件は、証拠を一切残さないことで有名な覆面水着団には珍しく、彼等が明確に関与したと分かっている事件なのですが……この通り、制圧から離脱まで完璧な少数精鋭による戦術を……」
「なんでアンタは銀行強盗に詳しいのよ?!」
「一時期、『銀行強盗なら五分で一億』などと考えていたこともありましたが……あまりにもリスクが高いのでやめたのです。一説では、覆面水着団による被害額は数千億円とも言われていますが……事実なら、正気の沙汰とは思えません。連邦生徒会を裏で牛耳る大人も絡んでいるとか……」
「…………」
そして雑談は、少しずつ踏み込んだ内容へと進んでいく。
「アズサちゃんは、もっとちゃんと寝た方が良いと思いますよ?深夜の見張りは減らしていただいて……」
「そうなのか……ごめん。実は、ブービートラップを設置していて……心配しないで、普通の生活をする上では問題ないように設置してるから」
「なるほど……ですが、それならそれで教えてくれると嬉しいです。どうしても、心配しちゃいますから」
「そうか……これからは気を付ける。私のせいで先生とみんなが被害を受けるのは、望むところじゃないから」
「私は別に……そんなのじゃない。だってこの世界は、全てが無意味で、虚しいものだ。だから、もしかしたら……。私はいつか裏切ってしまうかもしれない……みんなのことを、その信頼を、その心を……」
「……」
「アズサちゃん……?」
アズサは、深刻な表情で打ち明ける。場の空気が若干重くなったが……しかしここで、KYの極みであるリタは遠慮なく言い放った。
「あの……それは、そんなに深刻そうに言うことでしょうか?」
「?!」
「なにか事情がありそうな感じですが、そういう難しいことは分かりませんし……確かに、裏切られたらムカつくかもしれません。しかしそれだけで、今まで過ごしてきた全てが無意味になるわけではないでしょう?」
「信頼とは強固なものですが、重荷になるようなものではありません。もしもアズサ様の言うとおりになったとして、河川敷で喧嘩でもして仲直りすれば済む話です。その時は思う存分、殴り合いましょう。私達は、友人なのですから」
「それは……そういうものなのか?」
「ええ、たぶんそういうものです」
それを聞いていたハナコが、意を決したように口を開いた。
一応同学年として、昔のリタのことを聞いていたハナコは、もう少し踏み込むことにしたのである。
「あの……でしたら、リタちゃん」
「はい?」
「リタちゃんは、███さんのことは……どう思っていますか?」
「そうですね、スチュ6で負ける度台パンしたり、相手をわざとミリ残しして屈伸煽りした結果負けて絶叫したりするのは本当によろしくないかと」
「いや、そうではなくて……六年前、初等部五年生の時の事件について……」
「……ああ!」
そして二人同時に、矛盾してはいないものの180°違う発言が飛び出た。
「教室で起きた爆発の犯人がリタさんということになって、調査も正式な審問会も無く、退学に追い込まれた……」
「ムシャクシャして教室を吹き飛ばしたら少々被害が拡大しすぎてしまって、現行犯で逮捕されて退学になった……」
「「……へ?」」
当事者と噂の間には、色々と齟齬があるものである。現行犯逮捕なら詳細な調査も必要はなく、罪状が確定しているなら決める必要があるのは刑罰だけで、審問も略式で十分なのだ。
「あの、じゃあ退学を主張した███さんのことも恨んでは……」
「何故恨みを?退学だけで済むよう、色々と尽力して下さった恩人なのですが……」
「」
こうして、ハナコのトリニティに対する悪印象が一つ消えた代わりに、リタに対するイメージがさらに確固としたものになるのであった。
「そういえば、リタちゃんは以前にも、私を海へ連れて行こうとしましたよね。どうしてそこまで海にこだわるんですか?」
「そうですね。カニ漁船関連の想い出も色々とありますが……ハナコさんが、楽しくなさそうでしたので」
「……私ですか?」
「はい。初めてハナコさんにお会いしたのは、水着で校舎を徘徊していた時でしたが……あまり、楽しそうには感じませんでした。周りの目を気にして、その姿を他人に示すためだけに行動しているようで」
「……」
「どういうわけか、『自由になる』ことと『自由である』ことは別のことになりがちです。心のままに行動しようとしたはずなのに、その過程で他人からの目線を気にしなければならなくなって、思い通りにいかなくなる……そんな方を、私はよく知っています」
「そういう方は、難しく考えすぎなのです。『本当に大事なものは目に見えない』と言われた時に、空を見上げずに顕微鏡を覗き込む。そんな、百鬼夜行の古い歌で言うところの『見る阿保*1』というやつです」
「しかし、『水着を着る』ということは本来、とても楽しいことのはずなのです。ですから、せっかくですので……一番楽しい、海をお見せしたいと思いまして」
ハナコはこれまでになく真面目なリタの発言に、暫し驚いてから破顔した。
「……ふふ、そうですね。本当に、楽しいです」
「ええ、何よりでございます。それでは、離陸しますね」
「偽装した意味無いじゃないですか!」
『キリフジエアコン』と書かれたコンテナからローターが飛び出し、大出力のエンジンによって高速回転を始める。内部はギシギシと、どう考えても異常な音を立て始めた。
「あの、これ本当に大丈夫なんですか……?!」
「ええと、説明書によると……『必ずエンジンが起動して十分に加速してから、ターボを起動してください。爆発の危険があります』」
「ああ……」
二度目の海もまた、爆発オチに終わるのであった。コンテナは上下に真っ二つになり、上半分がそのまま飛んで行った。
「な、ななな何ですのアレは……UFO?!」
「何で、ティーパーティーの空調機が飛んでいますの……?!」
コントロールを失ったコンテナはオートで海岸まで飛んでいき、民間のビーチ管理者にスクラップとして売り払われ消息を絶った。空調機の業者にティーパーティーが問い合わせたところ『まだ出荷していない』と返され、さらにはエデン条約が近いこともあり、未解決の怪事件としてさらなる追及は避けられることになる。
「皆様、見てください……空が、晴れました」
「いや、どうすんのよこの状況」
「ススまみれですね……」
そして補習授業部は、コンテナの下半分から、晴れた空と未確認飛行物体を眺めるのだった。
会話文書く方が楽しい……