トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
第二次特別学力試験を受けることすら叶わず、どうしたものかと悩んでいた補習授業部。その翌日、さらに寝耳に水の報せが入った。
「リ……リタちゃんが、『トリニティの裏切り者』?!」
「?!」
「ほ、ホントに居たの?!ていうか本当なの?!」
「……」
曰く……ティーパーティーホスト、桐藤ナギサと殴り合いのケンカをして気絶させ、逮捕されたとのこと。現在は正義実現委員会の下で勾留されているが、『私はリタじゃない』の一点張りである。
「殴り合……ナギサさんからも殴ったんですね?!」
「どうしてそうなったんですか?!」
「なぜ銃を使わなかったんだ?襲撃するにしても、もう少し脱出まで考えた侵入ルートを……」
「……とにかく、順を追って説明してください」
話は、第二次特別学力試験の後に遡る。もともと遠くにある目標より直前で目標が遠のく方がやる気は無くなるもので、一同は途方に暮れていた。
「もう嫌っ!!こんなことやってらんない!わかんない!つまんない!めんどくさい!」
「全く同感ですね。邪悪な権力の犬めが」
「あ、えっと、その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにするためですし……取り敢えずその、今はみんなで知恵を寄せ合って、何か良い方法を探さないと……」
ヒフミは何か建設的な話題を出そうとするが、打開案はろくに出てこない。
「『知恵を寄せ合う』、なるほど。悪くないのですが、あまりグッと来る感じではありませんね。もう少しこう、何か……ここは例えば、そうですね……『弱くて敏感な部分を寄せ合う』、という形でいかがでしょう?」
「いきなり何言ってんの?!エッチなのはダメ!死刑!」
「『志を寄せ合う』はいかがでしょう。心を一つにすれば、きっと退学までに生徒会も転覆可能かと」
「やめなさい、本当に死刑よ」
ナギサやミカも行方が知れず、結局その日は何の進展もないまま、少し勉強する程度で一日が過ぎてしまった。
「これからどうするの?!ティーパーティーの偉い人が私達を退学させようとしてるとか、どうしようもないじゃない……!」
「ここまで邪魔をされるとなると、確かに厳しいでしょうね……」
「『トリニティの裏切り者』とか訳分かんないんだけど?!退学になったら、正義実現委員会も、ハスミ先輩との約束も……」
「コハルちゃん……」
「……いいえ。そのお話を聞いた限り、先生は私たちのために言ってくださったのでしょう?むしろ感謝するべきことです。もし私がその場に居たら、もっとひどいことをしていたかもしれませんし……」
落ち込むコハルを筆頭に、沈んだ雰囲気になっている一同。リタでさえ今日は静かにしていた。
「そういえばリタちゃんは何を?さっきから何か書いていますが……」
「ああ、履歴書を書いておりました。ほぼクビ確定ですので」
静かだが、別に落ち込んでいるわけではなかった。しかし、補習の合格は半ば諦めているようだ。
もともと勉強など、リタにとっては苦手なことの最たるものである。それでも頑張ったのに、滅茶苦茶な変更の上試験さえ受けられず、リタは完全にスネていた。
「アンタは気楽でいいわね……」
「まあ、私は最悪でも解雇とトリニティ出禁程度ですので」
「空気読めないって言われない?」
「一時期そう言われすぎて、自分の名前がリタなのかクウキヨメナイなのか分からなかった時期がある程度にはよく言われます」
「『可愛い』と言われすぎたネコが、自分の名前がカワイイだと勘違いするような現象だな」
「とにかく、何と言うか……やってられません。こうも雑に扱われるなら、ここまでしてこんな学園に執着する意味もございません」
「……ああもう!さっきから何なのよ!」
コハルはキレた。合格の条件は前提すら絶望的。状況に改善の見込みは無く、全員が合格しなければならないのに一名諦めたような生徒まで居る。このような状況では、流石にこうなる。
「アンタだけなら勝手にしたらいいけど、一人でも不合格なら全員退学なのよ?!リタにとっては『こんな学園』なのかもしれないけど、私にとっては大事な場所なの!!それなのにさっきから、適当なことばっかり……!」
「……!その、コハル様……」
「私だって、皆に迷惑かけないように頑張ったのに……私、バカだし、これ以上どうすればいいか分かんないし……!なのに、私と同じくらいバカなくせに、何も考えてないし……!」
「コハルちゃん……」
「ごめんなさい……無理矢理気楽に考えようとしておりましたが、私もどうすればいいか分からなくて」
リタは普段から気楽に生きようとしているが、そのせいでコハルにノンデリをかましてしまった。そのことに気付いたリタも落ち込み、補習授業部はもはやお通夜のような様子であった。
「トリニティで指名手配喰らったりしたら、もうお嬢様にも会えませんし……」
「無理、無理よ……!ここまで、すっごい頑張ったのに……!私、バカなのに……ううっ……」
「……と、とりあえず、今日はもう休みませんか?何か、何かしらきっと方法はあると思います……いいえ、あるはずです。頑張って見つけます。それに先生も手伝ってくれますし……」
「ヒフミちゃんも、きちんと休んだ方が良いですよ?ここまでずっと無理されてましたし……私も、一緒に考えますから。コハルちゃんとリタちゃんの勉強も、ヒフミちゃんのことも手伝います。とにかく今日は、一旦休むとしましょう」
第三回特別学力試験まで、あと6日。先の展望に悩む生徒、秘密を抱え悩む生徒、そして反省し、心を新たに余計なことをやらかす意思を固めようとする生徒。それぞれが、ひとまず眠りに就くことにした。
その夜、珍しくリタが先生の部屋を訪ねてきた。
「あの、先生。夜分遅くに失礼いたします」
「少々、相談したいことがありまして」
普段のモーニングコートではなく、荒々しくも繊細さを感じさせる毛筆で『おハーブ』と書かれたTシャツとショートパンツといったルーズな格好ではあったが、いつもよりやや真剣な顔であった。
「……先生。先生は、どうやって心を自分に従わせますか」
「私は、もともとゲヘナの生徒です。ですから、またここに居場所が与えられるなんて思ってもみませんでした。何と言うか……夢の中に居るみたいな感覚がずっとあって。だからか、たまに自分でも驚くほどふざけたことをすることがあります」
「私は別に頭が良いわけでもありませんし、難しいことはよく分からないので心のままに行動してきました。自由、と言えば聞こえは良いですが……ただ、困難から逃げて好き勝手やっているだけなのかもしれません」
「先ほどコハル様が怒った時も……ああ思うくらい嫌なことはありましたが、ここに居たいとは本当に思っているのです。なのに自分は、あんな事を口走ってしまいました。その方が気楽だから、と」
トリニティの裏切り者、友人の退学、アリウス分校。彼女の周りはいつの間にか、彼女が思い描いていたものよりずっと深刻なものばかりになっていた。
どれもこれも、考えなしのままでは乗り切れないことばかりだ。
「最近はどうも、難しいことばかり起きて……今になっても私は、覚悟ができていないんです。結構、適当に生きてきましたから」
「本当のことを知らなければなりませんが、知りたくないことばかりです。戦わなければなりませんが、大事な誰かの敵にはなりたくありません。賭けに出なければなりませんが、取り返しのつかないことに向き合いたくは無いのです」
「……それでも、やらなければならない。そんな時、どうすれば思い通りに、勇気を出せるのでしょうか」
「しかしそれでは、今の私は何もできません」
「本当の願い……暫し、お待ちください」
リタはどこからともなく木魚を取り出し、ポクポクと叩き始めた。そして、しばらくしてから鈴を取り出して鳴らした。
「……はい。考えをまとめるには、もう少し時間がかかりそうですが……一つ分かったことがあります。私はかなりの果報者だ、と」
リタは立ち上がってコートを羽織り、先生を米俵のように抱え上げた。
「そして、今やるべきことも分かりました。問題は一つずつ片付けていきます。まずは、ナギサ様の顔面を殴りに参りましょう」
そしてリタは窓を開け、先生を抱えたまま飛び出した。
一方その頃、ナギサはティーパーティーのセーフハウスの一つで、大量の紅茶を飲みつつ執務をこなしていた。
「……トキさん、紅茶をもう一杯淹れてください」
「お言葉ですが、今日飲んだ紅茶に含まれるカフェインは既に一日の摂取基準を超過しています。推奨できません」
「いいですから」
トキは少し逡巡した後、従うことにした。
「……畏まりました。まずはティースプーン二杯程の茶葉を取り、こちらを港に入れます」
「ティーポットに入れてください?!」
「ガルルルルル!!」
完璧なメイドとしてナギサの健康を維持しようとするトキ、執務のためカフェインを摂ろうとするナギサ、そして唐突に表れたデカいヒグマ。
エゾヒグマ……学名Ursus arctos yesoensis。成獣のオスであれば体長約1.9 - 2.3mにもなる、非常に強靭なクマである。
「?!」
「ナギサ様、下がってくださ……先生が餌食になっています?!」
「ど、どうしましょう?!」
「落ち着いてください、ナギサ様。小口径の弾丸はクマには致命傷になりません。獲物に手を出したりして、下手に刺激すれば襲われますよ」
「そ、そうですか……」
ヒグマは先生をテーブルの上に乗せ、ゆっくりと立ち上がった。
「た、立ち上がりましたよ?!」
「これは威嚇ではなく、周囲を確認するための行動です。危険はありません」
「そうなのですね……」
そしてどこからともなく流れ始めたユーロビートと共に、前足を激しく動かし始めた。
「こ、これは何ですか?!」
「パラパラですね。80年代に流行したダンスです。危険はありません」
「そう……いや、おかしいですよね?!」
「ヒグマがパラパラを踊るわけがありません……何者ですか。正体を現しなさい」
「ククク……バレてしまっては仕方ない」
「隠す気ゼロでしたよ?!」
「ある時はクマ、そしてまた、ある時はクマ……して、その正体は……!」
クマの頭が取れ、その中から鼻メガネを付けたリタが現れた。
それと同時に、セーフハウス後方の道路あたりで爆発が起きた。トリニティの防空網を突き抜けたそれは、4500-lb CP/RA……通称ディ〇ニーボム。投下後固体燃料ロケットによって加速し、超音速で目標に到達し、トーチカや要塞を破壊する初期型の地中貫通爆弾である。直撃した場所にはかなりの大穴が開き、カタコンベの地下空間を巻き込んで陥没が起きた。
「リタさん?!何故あなたがこのセーフハウスを、いや、先程の爆発は……いえ、もはやその段階ではありませんね。あなたが、『トリニティの裏切り者』……そういうことですか」
「その辺は勝手に解釈していただいて結構ですよ。ですが私はただ、ナギサ様の顔面をブン殴りに来ただけでございます」
「だいたい、ティーパーティーホストに対してこのような行為を働くということは……」
「知ったこっちゃありません。この前は随分と好き勝手なさったではありませんか?腹が立ちますね。気に入らない奴はブン殴るもの、万魔殿議長だってブン殴れます。というわけでナギサ様、ケンカをいたしましょう」
そう言うとリタは二丁の拳銃を取り出し、分解して足元に落とした。
「こちらはハンデでございます。ナギサ様は銃をお使いになって結構ですが……ティーパーティーのホストともあろうものが、まさか丸腰の相手に二人がかりでは挑みませんよね?それとも、怖いのですか?」
「……ふざけないでください!」
安い挑発だが、ナギサは乗ってきた。裏切り者の生徒、命を狙われるという極限状態の恐怖、そして火種をまき散らすゲヘナのエセ執事。もともとナギサは色々といっぱいいっぱいだったところに、トリニティの裏切り者っぽいものが出てきたのだ。彼女は冷静さを失っていた。
「私一人で十分です!銃も必要ありません……誰があなたなんか!あなたなんか怖いものですか!!」
「野郎、ぶちのめしてやります!!!」
「決まりですね。ではトキ様、こちらをお願いします」
「かしこまりました。あと一応、身体検査に協力をお願いします」
リタはクマの着ぐるみからゴングを取り出し、トキに渡した。
本来は何を隠し持っているのか分からない相手なのでナギサが直接戦うべきではないのだが、トキは万一に備えて銃のセーフティを外しておくだけに留めた。
「ええ、先生のことは信頼しておりますので……あと、トリニティの裏切り者としては、リタ様の行動には非合理的な点が多すぎますから。冷静に考えればナギサ様を殴りに来ただけだと分かります。ですので、まぁ大丈夫でしょう」
「それでは、赤コーナー、ティーパーティーホスト、桐藤ナギサ。青コーナー、挑戦者、呂畑リタ。レフェリー兼実況兼解説は、私飛鳥馬トキでお送りします」
「それでは、ラウンド1……ファイッ!!」
ゴングが鳴ると同時に、リタとナギサが距離を詰める。そしてトキは二人の間から出ようとしたが、これがうまくいかなかった。
リタはブラックマーケットでのケンカの経験を活かし、足さばきでナギサを翻弄しようとしたが、その動きの方向がトキとダブってしまったのだ。その結果、リタとナギサはトキを挟んでグルグル回り始めた。
「……あの、一旦私から離れて……」
「せいっ!」
「はっ!」
しかし、ブチ切れているナギサは止まらない。トキの隙間からリタを殴ろうとしてパンチを繰り出し、リタもそれに応じて反撃を繰り出そうとする。その結果、二人の拳に挟まれる形でトキが殴られることになった。
「やめてくださ、痛っ」
「ええい!」
「そぉい!」
「パワードスーツ【アビ・エシュフ】移行」
トキにボコボコにされた二人は、フラフラの状態で殴り合いを始めることになった。
「このっ!」
「っと」
意外なことに、殴り合いはリタの防戦一方で進んだ。しかし、優勢というわけではない。ナギサが振り回す拳は、大半がガードされていた。
「好き勝手言って……!私だって、やらなければいけないことがあるんです……!」
「そうですね。一通りの話は聞いております」
「それなのに、うまくいかないことばかりで、まだ何一つ……!誰が、こんなことを……!ゲヘナ、連邦生徒会、それともミレニアムが……?!どこもかしこも……!」
「疑う範囲が広いですね。面倒では?」
「考えないわけにはいかないでしょう?!……セイアさんが殺されたら、次は私で、その次は……だから、私が……ミカさんを……!!」
「……なるほど」
ナギサが勢いのままそこまで話したところで、リタはナギサの拳を掴んで止めた。
「ナギサ様、パンチがヘナチョコでございます。夕食は、お召し上がりになりましたか」
「……放しなさい」
それに従いリタが手を放すと、即座に次のパンチが飛んだ。しかし、力のないそれは大したダメージにはならない。
そのままバランスを崩して倒れかけたナギサを、リタが受け止めた。
「ちゃんとお休みになっておられますか。睡眠時間が短いと、将来的に死亡率が1.5倍にもなるそうですよ」
「そんなこと、関係ありません……!私が、やらないと……!あなたに何と言われようと、ヒフミさんに嫌われても……それでも……わたしが……!」
「ハンカチをどうぞ、服で拭くと肌に悪いです。あとヒフミ様は多分、そう簡単に人のことを嫌うような方ではありませんよ」
「不安でも、辛くても、メシは食って、ちゃんと寝てください。とりあえず今日はもう、お休みになってはいかがですか」
「しかし、今できるだけのことは……」
「えい」
「?!」
リタはナギサを抱きしめ、そして勢いよく後方に倒れ込んだ。プロレス等で使用される必殺技、ジャーマンスープレックスである。
「ごふっ?!」
「ヨシ。おやすみなさいませ、ナギサ様」
ナギサが気絶したことを確認し、リタはナギサを小脇に抱えて寝室に運び、ベッドに乗せて布団をかけた。
「トキ様、ナギサ様は色々と大変なようですので、無理やりにでもお世話をお願いしますね」
「ええ、当然です」
「はい、気遣いのできる執事ですので。それに、これで疑う必要のある方が一人減りました」
「そして私は空気の読める完璧なメイドですので、あえて手出しをしませんでした。ピース、ピース」
「それ、良い感じでございますね。パクらせていただきましょう、ピースピース」
とりあえずこれで、ナギサがエデン条約関連の何かを企んでいる、という線は完全に消え、睡眠不足もマシになった。ただし、色々と新しい問題は発生したのだが。
ナギサ……久々にちゃんと寝た。
リタ……人間誰しも暴れればスッキリするものだと思っている。