トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」 作:ヤツメタウミエル
アズサと情報を交換した後、廃墟からアリウスに戻ろうとしていたサオリ。しかし、手をドアにかけようとしたところで違和感に気付き、足を止めた。
よく見ると、先程通った廃墟のドアに、即席のブービートラップが仕掛けられている。とはいえ、ゲリラ戦のプロであるサオリにとっては大したことの無いものであったが。
(……目立ち過ぎている。囮か)
仕掛けた奴の罠の扱い方が下手なだけである。
サオリが飛び退いた直後、頭上からのかかと落としが空を斬った。サオリは即座に銃を構え、目の前の相手に向ける。
暗闇で光を放つ青い目が二つ、サオリをしっかりと捉えていた。
「……はぁ」
(確か、聖園ミカの執事か。単独ということは、ミカの指示ではなく独断。場所がバレたのは……アズサが尾けられたか?いや、だとしたら向こうに……)
(『ゲリラ戦対策の基本は、こっちから逆に奇襲して確実に掃討すること。失敗しても、先制攻撃さえ取って適切に追撃すれば潜伏する隙は与えずに済む。隠れた場所ごと一帯を吹っ飛ばしてもいいけど、爆発物慣れしてないお嬢さまじゃ無理でしょ』)
サオリの思考は、リタが放った追撃によって中断された。蹴り技を主体とし、ハンドガンでの銃撃を交えつつ絶え間無く攻撃を繰り出してくる。
リタは現在、普段と比べかなりの軽装だった。モーニングコートは綺麗に畳んで置かれており、普段二丁ある拳銃は一丁のみ。追加の弾倉や手榴弾、マシンガン入り防弾トランクケース等の装備は省かれている。とにかく重量を減らし、銃や弾薬まで削った近接特化の装備である。
「……っ!こいつ……!」
(『攻撃を途切れさせないで。誰でも頭部は弱点だから、そこに有効打を入れられる攻撃を続ければ、相手には回避か防御を強制できる。特に、よく訓練されてる相手なら尚更』)
頭部を防御させれば、腕のうち一本を標的のそばに固定できる。人間の腕は二本しかない。片目で頭を、片目でもう一方の手を見れば、ほとんどの奇襲は防ぐことができる。
サオリは回避と防御に通常の攻撃を挟むことはできるものの、爆発物を取り出すことができない。
(技術はそこまででもないが、身体能力は向こうが勝っている。その強みを押し付けてくるか……面倒な相手だ)
「……何が目的だ」
(『リタちゃんは騙されやすすぎるから、戦闘中相手の話は一切聞かないで。お喋りなら勝ってからでもできるでしょ』)
「……」
サオリの質問に対して、リタは何一つ答えない。
情報量が増えれば判断が増え、遅れる。発言のタイミングを見られれば行動のテンポを掴まれる。戦闘ではなく勝利を目的にするなら、戦闘中の会話はリタにとって何の益もないものだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
リタが一言も喋らないので、サオリもそれにつられて黙ってしまった。戦闘中でなければ、あまりにも気まずい状況になっていた。
戦闘シーンなら、もう少し掛け合いとかがあるべきものではないのだろうか。あまりにも文面が地味だ。
「……」
「……っ」
とても分かり辛いのだが、今はサオリがリタの蹴りを避け、空いた手で目潰しに砂を撒いたところである。
「……」
「……!」
リタは、それを一切気にせず攻撃を続ける。最初に接近した際、サオリの匂いは既に覚えていたのだ。目を一瞬閉じる程度で支障はない。
『視界を塞がれた状態で、正確な攻撃を……?!』とか、そのくらいのリアクションは取ってくれないものだろうか。
(『自分が行動するときも敵の行動を予測するときも、四肢に囚われすぎないで。想定外の攻撃は有効なことが多いから』)
「……!!う"う"うぅ"ぅ!」
「?!」
咄嗟にサオリが向けたライフルに、リタは噛みついた。銃はそのままひしゃげ、へし折れた。
しかし、不意を突かれ武器を失ったものの、サオリの判断は早い。即座に銃を手放したサオリは、手榴弾を取り出し二人の間で起爆した。
「……っ!」
サーモバリック手榴弾……現在キヴォトスでは製造が禁止されている、燃料気化爆薬を使った手榴弾である。
この距離ではサオリも巻き込まれるが、距離を取らなければどのみち負けるのだ。少なくとも一発なら耐え、十分に戦闘を継続できる。
「がっ……!」
「ぐあっ……!」
爆発と同時に、サオリは飛び退いた。しかし、それでもリタから距離を取ることはできなかった。
(『相手の手は封じるべきだけど、完封するのはまず無理だし、その必要もない。妨害していれば、相手は使用を焦る』)
「?!」
(『奥の手を使った直後が、一番無防備だからね』)
距離を取らなければ負ける、そうサオリが確信していたのと同じように、リタも『一度でも距離を取られたら勝てない』と確信していたのだ。
爆発を受け流さず至近距離でモロに喰らいながらも、リタは大きく仰け反りつつ飛び出し、サオリの袖を掴み、上着ごと引き寄せる。
「な……」
「っらあああぁぁ!!」
そして、上体を起こす勢いのままに繰り出されたリタ渾身の頭突きが、爆発の衝撃から立ち直っていないサオリの頭部を捉えた。
鈍い音が響く。さらに何度も、何十回と頭突きが続くうちに、サオリのヘイローが点滅し、消えた。
(『ダブルタップを忘れないで。その方が確実だし、気絶する時間も延びる』)
そしてもう二回、鈍い音が響いた。全身血みどろで火傷だらけになったまま、リタはサオリを血のついた麻袋に詰め、ふらふらと引き摺っていった。
一方その頃。ヒフミ、ハナコ、そしてコハルは、先生の部屋に集まっていた。
試験会場が、正義実現委員会に封鎖されたのだ。
「リタさんが脱獄していたことが、発覚してしまったようで……明日私達が試験を受ける第19分館は、『治安悪化に伴う試験会場の保護』という名目で正義実現委員会に厳重に警備……事実上、封鎖されています。学内では、リタさんに対して指名手配が行われていて……」
「それじゃあ、リタちゃんは……!」
「それに、リタちゃんだけの問題とも限りませんし、私達も素直に試験を受けさせてもらえるかどうか……」
リタが脱獄して補習を受けていたことは何らかの形で発覚し、再びティーパーティーの警戒も強められた。
正義実現委員会が厳戒態勢を張っているような場所に指名手配犯が侵入するなど、ほぼ不可能だ。
補習授業部の生徒は確実に全員退学となるわけではなくなったが、不合格となった場合の処遇はティーパーティーに委ねられる。リタに協力するような『もう一人の裏切り者』が居るとしたら、それもまとめて退学になるだろう。
さらに、現在最優先で遠ざけるべきと思われているのがリタなだけであって、全員怪しいことには変わりがない。
大人しく四人で試験を受けたとして、普通に試験を受けられるか、そしてそれで終わる話かは分からないだろう。
「……私のせいだ」
少し遅れて、アズサが戻ってきた。普段と様子が違い、深刻な顔つきをしている。
「アズサちゃん?!どこに行ってたんですか?!」
「……みんな、聞いて。話したいことがある」
「おや、皆様お揃いで……私の顔に何か付いておりますか?」
その直後に、リタが戻ってきた。普段と様子が違い、『前が見えねぇ』みたいな顔つきをしている。
「何か付いてますかって、酷い怪我が付いてますよ?!ボコボコになってます!」
「ご心配なく、ツバ付けとけば治る範疇です」
「ああもう、全身血塗れよ?!ツルギ先輩とでも戦ったの?!」
コハルがリタの顔面に手榴弾(治療用)を投げつける。リタの顔の腫れが引き、神妙な雰囲気が戻ってきてから、アズサはポツポツと話し始めた。
「みんなにずっと、隠していたことがあった。でも、ここまで来たら隠してはおけないから……」
「アズサちゃん、顔色が悪いです……大丈夫ですか?」
「具合でも悪いの?」
「あさりの味噌汁をどうぞ。落ち着きますよ」
「二日酔いなわけないでしょ」
「いや、ありがとう……」
味噌汁を啜り、アズサは話を続ける。
「ティーパーティーの桐藤ナギサが探してる、『トリニティの裏切り者』は、私だ」
「はい……?」
「?!」
「……」
「……あっ」
そうアズサが打ち明けると、ヒフミとコハルは驚き、おおよそのことは分かっていた先生とハナコは話の続きを待ち、リタは背負っていた袋を慌てて隠した。
それからアズサは、自分がアリウス分校のスパイであることについて話した。
自分の任務が、ティーパーティーホスト、桐藤ナギサの暗殺であること。自分はアリウスを裏切り、ナギサをアリウスの生徒から守ろうとしていること。ヒフミ達が疑われた原因は自分にあり、自分はヒフミ達を騙していたこと。
「アズサちゃんは嘘つきで、裏切り者だった……そういうことで、合っていますね?」
「いつか、言った通りだ。私はいつか、皆の心も、皆の信頼も……皆の心も、裏切ってしまうことになると」
「本当にごめん。この状況は、全て私のせいだ……だから、私を恨んで欲しい」
先生の言葉に、ハナコ達も同意する。
「……そうですね。それでもアズサちゃんはこうして私たちを信じて、本心を語って、謝ってくれました。……ごめんなさい、さっきは厳しい言い方になってしまって」
「まぁ、少女には秘密の一つ二つ、必ずあるものでございます。墓場まで持っていくようなこともあるのですから、正直に言ってくださった相手を責めるのは少々不公平でしょう」
「私も別に、アリウスとか裏切り者とか、話にはついていけてないけど……そういうのは関係なく、アズサのことは友達だと思ってるから!」
「わ、私もです!アズサちゃんが私たちの心を裏切ったとか、アズサちゃんのせいだとか……そんなこと、絶対にありません!これまでも、これからも……!まだまだ一緒に、行きたい場所も、したいこともたくさんあるんです!」
「私はいつか裏切ってしまうかもしれない」、そうアズサが言った時、それに対してリタは「河川敷で喧嘩でもして仲直りすれば済む話」とバッサリ片づけた。
しかし、結果はそれ以上で……アズサとヒフミたちは、河川敷で殴り合うまでもなく仲直りができてしまうのだった。
「補習授業部は、疑いの目を向けられた生徒の集まりです。アズサちゃんは、スパイとしてはここから抜け出す方が動きやすかったでしょうし、そうすることもできたでしょう。それでも、ここに居ることを選んだのは……補習授業部での学園生活が、あまりに楽しかったから」
「……」
「目標に向かって努力すること、ヒフミちゃんにコハルちゃん、リタちゃんに先生……皆で目標に向かって、知らないことを学ぶことが楽しかった。そんな楽しい時間を、壊したくなかったから……そうではありませんか?」
「それは……うん……そうかもしれない。皆で、勉強をして、一緒にいろんなことをして……それが、楽しかった。知りたいことも、まだまだ沢山ある」
「アズサちゃん……」
そしてアズサと同じように、ハナコにとっても、こうして過ごした時間は何より愛しく、かつては憧れたものだった。
「知ったような口を利きましたが……分かるんです。何せ……同じように思った人が、居ましたから」
彼女はどうも要領が人一倍良く、周囲から過大な期待をかけられ、嘘偽りに塗れたいやな出来事に巻き込まれてきた。その結果、誰にも本心を話せず、誰にも本当の自分を見せられない生活を強いられていた。
「その人にとって、全ては無意味で、学園は監獄のように感じられて。退学しようとしていたんです。ですが、その人とアズサちゃんは違って……」
アズサは書類を偽造して編入したのだから、事件がどう転んだとしても、最後にはトリニティにもアリウスにも居られなくなる。それなのに、アズサは一生懸命、短い学園生活を全力で楽しんでいた。初め、『その人』は、それが何故か理解できなかった。
「『全ては虚しいもの』。その後に、アズサちゃんはいつも付け加えていました……『それでも全力を尽くさない理由にはならない』と。そうして、いつしか彼女も気づいたんです……学園生活の楽しさに」
アズサ達によって、諦めず進むことを決めたハナコ。そして、リタもそれと同じような体験をしていた。
「ハナコ様の気持ちは……少し、分かる気がします。私は実際に退学まで行きましたので」
「確か、リタさんも教室を爆破して、トリニティを退学になったんでしたね……」
「ええ。あれが、人生初の爆破テロでしたね。その頃、私は……私の夢は……トリニティの、普通の生徒になることでした」
……普通。ただそれだけのために、リタは苦手な勉強を頑張り、小学校受験までして、学園の壁を越えようとしたのだ。
「私も皆様みたいに……可愛く、なりたかったんです」
「自分の角は、生えてくるたびに折るくらい嫌いで。本当は、ふわふわして可愛らしい翼が欲しかったんです。結局、私はゲヘナ生まれですから、周りにはロクに馴染めなくて……諦めて退学になってしまいました」
「ですから、ここに戻ってきたのもあくまでアルバイトと割り切って、普通の学校生活は諦めていました。ですが、ここにあなた達が居てくれて……私の夢は、叶ったんです」
「リタちゃん……」
「ですから、私も……少しでも、お力添えをと」
そう言ってリタは後ろから、血の付いたデカい麻袋を取り出した。
その時、うっすらと袋からヘイローが灯った。
「んん……?」
「あ、やべ」
即座にリタは袋を壁に叩きつけた。ヘイローがまた消えた。
「ちょ、あの、人が?!」
「うわぁ……」
「あの、誰か入って……?」
「ヘイロー壊したりしてないわよね?!」
「安心してください、大体私の血です。あまり外傷は与えておりません」
そして、リタが袋の中身を出すと、アズサは目を見開いた。
「サオリイィィ?!」
この辺とこの先の話は書いてて楽しいです。好き勝手やれるので……