トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」   作:ヤツメタウミエル

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「今日からまた無職ですかぁ……」

 聖園ミカには悩みがあった。最近雇った執事、リタのことである。

 意外なことに、彼女は気が利く。四六時中ベタベタついて来るわけではないのに……もっとも、そういうタイプなら試用期間は無視して即座にクビにしようと思っていたが……呼んだ時や必要になった時には、すぐにどこからともなく出てくる。

 ……しかし、気が利くことと役に立つことは必ずしも同義ではない。必要な時にその場に居るからといって、彼女が適切な対応をすることなど全くと言って良いほど無いのだ。

 

「お嬢様、お茶の時間でございます」

「だから、そういうことはしなくていいって言ってるでしょ?ゲヘナの生徒が淹れた紅茶なんて私が飲むと……」

「私は淹れておりませんよ。自販機で買った奴ですので、素人の紅茶よりは良いかと」

「それはもう執事じゃなくてただのパシリだよね?!」

「お茶請けにはスコーンを作るつもりでしたが、材料が無残にも消し炭と化しましたのでこちらを。経費で買っておいたケーキでございます」

「それ食品サンプルだよ」

「なんか固いし味がしないな、これが本場の味かなどと思っておりましたが……なるほど」

「食べたの?!あとつまみ食い!」

 


 

「お茶をお注ぎしますね」

「思いっきりこぼれてるよ。無駄に高い所から注ぐの、別に意味無いからね?」

「申し訳ありません、お嬢様。糸目キャラで通していると手元があまりよく見えないもので」

「それ見えてないの?!世の中の糸目キャラやってる人は、だいたい薄目開けてるんだよ?!」

「こうでしょうか」

「ウィンク下手な人みたいになってるからやめといたほうがいいよ」

「そうですか、ではやはり閉じておきます……熱っっっづ!!」

「糸目キャラやめなよもう!」

 


 

「お嬢様、お怪我をなさったのですか?」

「うぅ、まさか落とした隕石が自分に当たるなんて……」

「おいたわしや……アロエを塗ったくっておきますね。今朝のちぎりたてでございます」

「民間療法かぁ……比較的マシかなぁ」

「お嬢様、それは明らかに基準がイカれております」

「誰のせいだと思ってんの?!」

 

 ……と、だいたいこんな感じである。普段周りを振り回しているミカが常にツッコミに回っているのは、かなり珍しい光景だった。

 初めは『ミカ様がゲヘナの生徒を飼い慣らした』という内容だった学内の噂も、リタがフリーダムにやりすぎているせいで内容が変わってきている。試用期間が過ぎたら解雇するのは前提としても、その前にこのどうしようもないエセ執事を多少使える程度には矯正し、誤解を解いておく必要があった。

 

「そんなわけでナギちゃん、何か良い案ない?」

 

 そこでミカが頼ることにしたのは、彼女の幼馴染でありフィリウス派幹部の二年生、桐藤ナギサだった。

 

「そう言われましても……まず、ミカさんの性格では根本的に相性が悪いのではないですか?私がエデン条約推進派だからといって、ゲヘナ嫌いのあなたがそこまで無理をしなくても……」

「うーん、それはそうなんだけど……それ以前の問題って言うか、なんて言えばいいのかな?言語は通じてるのに会話が成立しないって言うか……」

「流石にそれは言い過ぎではありませんか?確かに、文化や考え方が違えば戸惑うこともあるでしょう。ティーパーティーに居ると忘れてしまいがちですが、時として腹を割って話し合うことは何よりも大切ですよ」

 

 ナギサはリタのことをよく知らない。リタとは数回挨拶程度の会話をしたくらいで、見た目や立ち振る舞いしか見ていないため、ナギサは彼女の本性を全くと言っていいほど理解していなかった。それどころか、ナギサは彼女のことを高く評価していた。

 

(リタさんはミカさんの執事として『角を折った』のですから、今度はこちら側からも歩み寄る姿勢を見せなければ)

 

 ゲヘナの生徒の角は、そうすぐに生え代わるようなものでもなければ、銃撃戦や事故で簡単に折れるようなものでもない。そのため、ナギサはリタが『トリニティに居るため自身の角を折った』と思っていた。

 ゲヘナの生徒のほとんどに生えている角は、彼女たちのアイデンティティの最たるものである。ゲヘナの生徒が角を折るということは、トリニティの生徒が翼から羽根を抜き服か何かで隠して過ごすようなものであり、『自分はトリニティに害を為さない』という明確な意思表示として受け取られる。そのため周りの生徒はリタに対して直接的な行動をとらず、嘲笑や皮肉だけに留めていたのだ。

 

「リタさんはゲヘナの生徒ですから、ああいった仕事には詳しくないでしょう。多くのトリニティ生からは距離を置かれ、召使いとしての指導も受けられていないと聞いています」

「それでも、彼女なりに職務を果たそうとはしているのでしょう?でしたら、まずは……正しい形で、我が校の文化を知って頂いてはいかがでしょうか。私も彼女とは一度話してみたいと思っていましたので、ここはひとつ、任せて頂けませんか」

「うーん……まぁ、私が色々言うより実際に見た方が早いか」

「ええ、百聞は一見に如かずとも言いますからね」

 

 微妙にミカと認識が噛み合わないまま、ナギサは予定の調整を始めるのだった。リタがトリニティとゲヘナの『和解の象徴』になるのではないか、などという儚い望みを抱いて。目を覚ませ。

 


 

「おはようございます、ナギサ様。本日はお招きいただきありがとうございます」

「ええ、こちらこそお時間を頂きありがとうございます」

「今日からまた無職ですかぁ……」

 

 一週間後の休日、ナギサとリタはトリニティ郊外のとある画廊に来ていた。壁には主にロールケーキの絵、そして歴史的価値のある小難しい絵画が飾られている。

 ナギサがゲヘナとトリニティの今後に色々と期待を寄せる一方、リタは全てを諦め死んだ目をしていた。

 

 リタはナギサのことをよく知らない。ミカと仲が良く、結構偉い人というくらいの認識だ。

 ナギサに誘われた当初は、休日はゲームして寝る位の予定しか無いので承諾した。しかしよく考えたら、休日に遊びに誘われるほど自分とナギサは仲が良いわけではない。せいぜい数回挨拶した程度だ。そこから彼女の勘が導き出した答えは……『トリニティ特有の無駄に迂遠なクビ宣告に違いない』というものであった。

 心当たりならいくらでもある。執事の仕事についてはスパイアクション映画や漫画の偏った知識しか持っておらず、紅茶に至っては先週までインスタントかペットボトルのものしか知らなかったのだから。

 初めは採用される気が無かったとはいえ、大人にピンハネされない給料は以前の十倍にもなり、給与が出るようになった残業は大幅に減り、集中砲火を喰らいながら戦車に刺突爆雷で突っ込む必要もない最高の職場だ。初任給の明細を見てからというもの、彼女は傭兵稼業をだいぶ阿呆臭いと思うようになっていた。そんなわけで、今この職場を失うのはかなり辛いものがある。

 

「リタさん」

「……っ?!」

「こちらは第十四代フィリウス分校と協力関係にあった私掠船船長の肖像で、当時のオデュッセイア海洋高等学校との対立関係を……」

「……ふぅ」

「この絵はトリニティにおいて抽象派を代表する画家、『ポーリングメディウム界の非エロニムス』ことハヅキ氏の代表作で……」

 

 色々と絵画の説明をするナギサに対して、普段のリタであれば「すみません、よく分かりませんでした」などとスマートスピーカーのような返事を繰り返していただろう。

 しかし今の彼女はクビを宣告されることにビビり散らかしており、ナギサの説明を全く聞いていない。そのおかげで、開けば途端に失言が飛び出る口は閉じられていた。

 

「ところで、リタさん」

「は、はいっ」

「気に入った絵画などはありましたか?」

「……!!」

(これは……お嬢様が教養マウントでぶん殴ってくるやつですね。なろう系で見たことがあります)

 

 絵について答える→無学さが露見する→鼻っ柱をへし折られる→クビを宣告される。おそらくこんな感じだろうと、表に出ない分脳内では物凄く失礼な思考が巡る。

 普段の彼女なら、ロールケーキの絵の中で最もおいしそうなものを何も考えず選んでいただろう。しかし、時給十倍の職を失うという重圧で彼女の胃はシクシクと痛んでおり、ロールケーキのような重いものを受け入れる余裕は全く無かった。おそらく今日の夕飯はおかゆになるだろう。

 珍しく三大欲求より理性が優先されることとなり、リタはどう答えるべきか考え始めた。

 

(まず肖像画とか風景画とかその辺の歴史がありそうなでっかいやつ……説明は全く聞いていなかったので、質問一つされたら即アウトですね。避けるべきでしょう)

(では、抽象がどうとか言われていた奴は……これはマジで何なんでしょうか?ただの落書きにしか見えませんが……これなら私でも描けそうじゃ……いや、おそらくトラップでしょうね)

(できる限り無難に、この辺のロールケーキ……は今見たくもないので一旦置いておいて、端っこの方のやつから当たり障りの無いように……)

「……私は、この絵が好きです」

「!……理由を、お聞きしても?」

 

 リタが選んだのは、画廊の端の方にある小さな花の絵。

 それは奇しくも、以前ナギサが初めて賞を取り、ここに展示されることになった作品だった。色々と思い入れもあるので「消去法で無難に選びました」とか舐めたことをほざいたらロールケーキをぶち込まれること請け合いの、無難どころの話ではないこの画廊最大の地雷原である。下手な考え休むに似たりというやつだ。

 

「理由、ですか……そうですね」

 

 そんなことを露ほども知らないこのアホは、何か言われても教養に左右されない感想を言おうと頑張っていた。

 

「何と言うか……頑張った、という感じがするからでしょうか」

「それは……ここにあるものは、全て同じではありませんか?」

(全て……え、この線一本だけのよくわからんやつもですか?これが頑張って書いたやつならこっちの肖像画とか全身複雑骨折しながら描いたんですか?いやとにかくここはそれっぽいことを捻り出さなければ……)

「この絵、何度も描き直していますよね。向きや位置、光の当て方を変えた跡が残っています」

「それは……そうですね。ミスの修正や、よく見ると色が混ざってしまった箇所も……」

 

 初めて賞を取ったときは嬉しかったが、それはそれとして他の作品と比べてしまうと若干見劣りする作品だ、とナギサは感じていた。そのため展示する位置も、画廊の端の方にしていた。

 

「他の作品には、そういった点がほとんどありません。最初からそう作ると決められ、その通りに制作された……浮世離れしたようなものに感じます。完璧なものより、ある程度余白のあるものの方が、私は好きです」

「……なるほど」

(……存外、素朴な感性の持ち主なのでしょうか)

(いや『なるほど』って何なんですか?)

 

 リタはこの後ボロカスにこき下ろされると予想していたが、ノーコメントだとそれはそれで怖い。ナギサからすれば他愛のない話だが、リタからすれば常にクビ一歩手前なのだ。

 ナギサのリタに対するイメージが実質以上に良くなっていく一方、リタのナギサに対するイメージは『解雇をチラつかせながら弄んでくるドS』となっていた。

 

 どうにかこうにか絵画鑑賞を乗り切り画廊から出たところで、リタは自然に帰るタイミングを窺っていた。

 

(帰りたいです……この人怖いです……)

「この後はトリニティスクエアの音楽堂でオペラがあるのですが、いかがですか?」

「はい、喜んで……」

「演目はメェルディの『カズレイ』、公演時間は三時間ほどで……」

「勘弁してください……」

「今、何か言いましたか?」

「いえ、なにも」

 

 どうせクビになるなら、せめて一思いに言って欲しい。というか今すぐ帰らせて欲しい。そう思いながらリタは助け舟を求め、辺りを見回し……天から降ってきた、蜘蛛の糸を見つけた。

 

「ナギサ様、失礼します」

「?!」

 

 右手でナギサを抱え、左手で防弾仕様のブリーフケースを掲げる。それとほぼ同時に、金属音が鳴り響いた。

 

「トリニティのお嬢様が、大した護衛も付けずに外出たぁいい度胸だなァーッ!」

「身代金の七割でテメーの墓石を買ってやるぜェーッ!」

 

 弾丸を防ぎ切ったリタが顔を上げると、通りを十数人ほどの不良が走って来るのが見えた。

 トリニティは治安が良いとはいえ、裕福な自治区故に逮捕覚悟でワンチャンを狙う犯罪者も居る。生徒を誘拐して身代金をせしめ、逮捕される前に複数箇所に隠しておき、仲間に回収してもらう『KAMIKAZE』と呼ばれる手口だ。

 

「少々お待ちください、ナギサ様。すぐに片づけますので」

 

 リタが執事について知っているのは、映画や漫画の偏った知識である。往々にして、そういったものに登場する執事キャラは戦闘能力が高いものであり、そこに関してだけはリタも自信があった。何しろ、この数年間は腕っぷしだけで飯を食ってきたのだから。

 

「こちらは本日の鉛玉になります!」

 

 ブリーフケースに仕込まれたマシンガンで適当に弾幕を張り、不良たちの足並みを乱す。どうやら素人らしく、一人がヘッドショットを喰らって倒れた。

 これなら問題は無い。そう判断したリタは弾の切れたケースを踏み台に飛び上がり、不良たちの真ん中に着地した。

 

「皆様、お帰りくださいませ……いたた」

 

 囲まれて撃たれながら、彼女が取り出したのは二丁のハンドガン。統計学的に有利な攻撃位置で戦い、最大のダメージを最大の人数に与える驚異的な戦闘術……ガン=カタである。

 

「一名様!二名様!三名様……グレネードです、ご賞味ください!!」

「なんだコイツ?!」

「クソ、当たってるはずだろ……!」

 

 統計学がこのアホに理解できるだろうか。理解できるわけが無い。正確に言うと、これはガン=カタなどではなく、ただ敵陣の真ん中で適当に撃ちまくるだけのフィジカルゴリ押しである。

 しかし、一応敵全員が射程内に入るため、被弾を全く考慮しなければ効果的な戦術ではあった。一人ずつ確実に敵が減っていく。味方が次々に倒れるのを見た不良のリーダー格は、やり方を変えることにした。

 

「な、なぁ!お前、ゲヘナの生徒だろ?!」

「はい、そうですが」

「だったらアンタもトリニティの奴らにムカついたりするよな?!ここはひとつ、協力しないか?トリニティのお嬢様なら、身代金はたっぷり手に入る!私達とアンタで、5:5でどうだ?」

「……お断りします」

 

 若干迷ったものの、リタは弾倉に残った最後の弾を不良の眉間に叩きこんで呟いた。

 

「少なくとも1:9でしょう」

 

 行きに送ってもらったティーパーティーの自動車は、流れ弾でパンクしていた。時計を見ると、今から歩いて行っても公演には間に合いそうにない。内心で不良たちに礼を言いながら、リタはナギサの方に駆け寄っていった。

 

「ナギサ様、お怪我はありませんか?」

「ええ、ありがとうございます……これからも、よろしくお願いしますね」

「……!!」

 

 『これからもよろしくお願いします』……即ち、どうにか今回はクビを回避できたということだ。勝手にビビり散らかしていたリタは胸を撫で下ろし、ナギサが急に態度を変えた理由について考え始めた。

 おそらく、先ほどの戦闘だ。小学校では、戦闘能力の高い生徒や成績の良い生徒は、一種のステータスとして結構ちやほやされたものだ。それと同じようなことが高校でもあるとすれば、辻褄が合う。

 

(やはり武勲……武勲は全てを解決する……!!)

 

 ナギサが『問題のある人ばかりが目立つだけで、やっぱりゲヘナには分かり合えるような人も居るのですね』とか考えている一方で、リタは鎌倉武士的な思想に傾倒していくのだった。




ナギサ……ミカは良い執事を見つけたと思っている。
ミカ……リタに脳を破壊されてナギサがおかしくなったと思っている。
リタ……クビにならなくて良かったと思っている。ナギサ怖い。
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