トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」   作:ヤツメタウミエル

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担え銃……主に行進の際使用される銃の持ち方。銃身を肩に乗せ、右手でストックを支える。


vol.1:担え銃の夢

 ずっと昔の話だ。まだ最初の角も生えていなくて、物心がついて間もない頃。私にとっての世界は、家の近くの公園と幼稚園の遊具と、週末のスーパーマーケットくらいのものだった。

 欲しいものは、大抵がその世界の中に揃っていた。積み木、ブランコ、クレヨン、ふわふわのぬいぐるみ……すごく綺麗な、お姫様の絵本。

 

 それ以外の世界は知らなかったし、それほど好奇心が湧くわけでもなかった。その外にある物は無くても十分で、適切な歳になれば自ずと分かることだったから。

 多くの幼稚園児が抱くような『一年生になったら』なんて憧れも、自分には特に無かった。自分の見る大人達は、大して楽しそうでは無かったからだ。

 

 ……だから、友人が幼稚園からの脱走を提案した時も、全く乗り気では無かった。

 

「ちょ、ちょっと……!保育士さんに見つかったら怒られるよ……!」

「だいじょーぶ、そのときはリタちゃんがやったって言うから!」

「ぜんぜん大丈夫じゃないよ……!」

 

 友人に手を引かれ……というかほとんど誘拐され、どう見ても普通の三輪車とは思えない乗り物の荷台に載せられる。

 友人の不正魔改造三輪車の荷台から見た景色は初めてのものばかりだったけれど、振り落とされないよう掴まるのに必死で、全くそれどころでは無かった。

 

「どうなってるの、この三輪車……!」

「えーっとね、くーれーろっきとーエンジンとーさい?だよ!」

「ばか!あほ!」

 

 おおよそ三輪車が出していいものではないであろうスピードで、私達が向かったのはトリニティ総合学園だった。

 

「ここが『あくのすーじく』、トリニティだね!テーマパークに来たみたい、テンション上がるー!」

「わ、わたしたちゲヘナの生徒だよね……?」

「じゃあ見つからないよーにね!」

 

 友人が三輪車を降り、ずんずんと通りを歩いていく。

 こんな場所で一人になってしまうのは絶対に避けたかったので、渋々自分もついていった。

 

「お、丁度良いくらいの幼稚園児が居るじゃねぇか。こんな子供のトリニティ生ならアタシらでも誘拐できるぜ」

「痛い思いしたくなけりゃ大人しくしな!トリニティのお嬢様だろ、身代金は頂くぜ!」

「ひっ……」

「えー、わたしたちゲヘナなんだけどー」

「トリニティにゲヘナの幼稚園児が居るわけねぇだろ、すぐ分かる嘘吐くなよ」

「嘘じゃないもーん」

 

 普段の世界から一歩出ると、そこは危険でいっぱいだった。私達は不良に絡まれ、誘拐されそうになった。

 

「どう見ても悪そうな人たちを発見!どうしましょーボス!」

「え、わたしボスなの……?!」

「どーする?処す?処す?」

「逃げる!二手に分かれて!」

「りょーかいボス!」

「あ、逃げやがったぞ?!」

「弱そうな方がボスだ!追え!」

「なんで二人ともこっちに来るのー?!」

 

 不良に追われながら、こんな所二度と来るものかと決意を固めて走っていると、不意に曲がり角から出てきた人にぶつかってしまった。

 

「わっ?!」

「あうっ……ご、ごめんなさい……!」

 

 転んだ痛みで滲む視界を拭い、顔を上げて……次の瞬間、世界の全てが止まったような気がした。

 一目惚れ、とでも言うべきだろうか。目の前に居たのは、まるで絵本の中のお姫様がそのまま飛び出て来たかのような、とても可憐な少女だった。

 さらさらしたピンク色の髪に、芸術作品のように整った顔つき。真っ白で綺麗な、ふわふわの翼。金色の瞳が、陽光でキラキラと輝いている。

 そのどれもから、目が離せなくなってしまった。

 

「大丈夫?立てる?」

「えっと……」

「ゼェ、ハァ……待てコラァ!」

「何だこの幼稚園児、体力バケモンかよ……!」

 

 少女に見惚れて、マトモな思考が働かない。何も言えないでいると、さっきの不良達が追いついてきた。少女は不良達の方を一瞥し、私を庇うように前に出た。

 

「あ、なるほど。不良に追われてたんだね!大丈夫、助けてあげる!」

「何だコイツ、子供のくせに」

「子供じゃないよ!一年生になったんだもん!」

「人それを子供と呼ぶ」

「いっくよー!えいっ!」

 

 少女が銃を構えて引き金を引くと、空間が歪み、神秘的な大爆発が起きる。恐ろしかった不良は、あっけなく倒されてしまった。

 

「……すごい」

「ふふーん、すごいでしょ!」

「あ、あの、ありがとうございます!」

「気にしないで!えっと、幼稚園の年長さんだよね?だったら来年にはトリニティ初等部の一年生だから、私先輩だもん!助けるのは当然だよ!」

「トリニティの、一年生……」

「うん、楽しみだよね!それじゃ私は、お茶会に遅れたらまたナギちゃんに怒られちゃうからこれで!またねー!」

 

 その少女は、可愛くて、強くて、格好良くて……まるで、物語の主人公のお姫様みたいで。私はその日初めて、普段の自分から一歩踏み出してでも、欲しいものを見つけた。

 

「……私も」

「あの子みたいに、なりたい……!」

 

 プロ野球選手だとか、人気モモチューバーだとか。たいていの子供は、誇大妄想じみた夢を妄想するもので。私の場合それは、『トリニティの可憐な少女』だった。

 友人には爆笑されたけど、なんやかんやで応援もしてくれた。

 

 幼稚園の卒業前に行われる、トリニティ初等部の外部入学試験。枠はかなり狭く、合格するためにはかなり優秀な成績を出さなければならなかった。

 勉強は物凄く苦手だったけれど、要領が悪い分は時間をかけて補って。紆余曲折はあったものの、最後にはどうにかこうにか……

 

「……や……」

『合格証 受験番号086 呂畑リタ』

『上記の者はトリニティ総合学園初等部外部入学試験に合格したことを証する』

「やったあ……!!」

 

 念願の、トリニティへの切符を手に入れることができたのだった。ただ、それは決してゴールではなかったけれど。

 


 

 それから三年くらい経って。私は結構、トリニティでもうまくやっていたと思う。

 

「おはようございます、リタさん」

「ええ、おはようございます。██さん」

「改めて、先日のお礼をと思いまして……以前教えていただいた算数の文章題、似たものが課題に出ましたの。助かりましたわ」

「お気になさらず、教育BDだけでは分かりづらい部分が出て当然ですもの。お互い様ですわ」

 

 成績は結構良い方で、目立つ素行不良も一切無かった。クラスの中心からは少し離れているものの不仲なクラスメイトはおらず、それなりに友人もできた。

 暴力沙汰は苦手だったから、銃撃戦はできる限り避けてきた。言葉遣いにも気をつけていたし、当時の自分には角も無かったから、その頃はいわゆる『ゲヘナの角付き』ってイメージも持たれていなかったと思う。

 

「今日の通学時、ティーパーティーの███様と話しましたの!流石は高校生と言うか、大人の余裕のようなものがあって……」

「新入生挨拶の時の方ですわね。立ち振舞いが綺麗で、気品を感じますわ」

「憧れの先輩ですわー!」

 

 あの時の少女はとんでもなく偉いやんごとなき家の出身らしくて、一生徒が気軽に会おうとすることはできなかった。

 だから私は『それならティーパーティーとか入って偉くなって会いに行く!』なんて、何も知らない小学生特有の目標を掲げていた。今考えると絶対に無理だけども。

 

「やはりリタさんも、将来はティーパーティーに所属されるのでしょうか?」

「リタさんは優秀ですものね、この前も……」

「許されるならそうしたいものですわ。私にも、憧れている先輩が居りますの」

「どなたですの?リタさんの性格なら、やっぱりフィリウス派の██様とか……」

 

 あの子みたいになりたかった。何事も真面目にこなし、言葉遣いには気を付けた。人の頼みは二つ返事で聴いて、困った人は見逃さないよう周りに気を遣う。そんな模範的な生徒であろうとした。化粧や髪形にも手を出してみて、少しでも可愛くなろうとした。

 その試みは、おおよそ成功だったと思う。ゲヘナ生だと知っていても、私を好いてくれる生徒はそこそこ沢山居て、少しずつでも理想に近づいているつもりだった。ただ、それも全て小四頃までの話。

 

「……あれ?」

 

 その年の夏休み最終日のことは、今でもよく覚えている。やるべきことは毎日真面目にコツコツやっていたから、別に宿題に追われていたわけでは無かったけれど……そういう問題じゃない。

 その日は新学期が待ちきれなくて、トリニティ初等部の可愛い制服を久し振りに着てみて……違和感に気付いた。初等部生用の帽子が、被れないのだ。

 

「……どうしよう、これ」

 

 真っ白でふわっとした可愛らしい帽子には、夏の間に伸びてきた二本の角が引っかかっていた。




幼稚園時代の友人……魔改造大好き。11話に出てきた魔改造水陸両用戦車の製作者。
小学生時代のリタ……本を読むのが好きだった。あだ名は『名誉トリニティ生』。
ミカ……小一で幼稚園児の脳を焼いた有望株。
初等部の制服……翼用のオプションはある。角がある人の着用は想定していない。
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