トリニティシツジモドキ「お嬢様、こちら午後の紅茶をフレイムスロワーで温めたものになります」   作:ヤツメタウミエル

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Freak……変人、変わり種、熱狂的愛好家。もしくは化け物。


Vol.2:The Freak

 角が伸びてきた、新学期の初日。私は被れない帽子を抱え、通学路をできる限りゆっくり歩いて学校へ向かった。

 

「あらリタさん……どうしましたの、その角?」

「その、これは……夏休みの間に生えて来ましたの」

「……」

「な、何ですの?」

「……いえ、別に。ただ、やっぱりリタさんもゲヘナの生徒なのだなぁ、と」

 

 最初に角を見られた時の反応は、かなり薄いものだった。別に、大したことではないんじゃないかと思ってしまう程に。

 実際、しばらくはこれまで通りの生活が続いて、劇的な変化は起きなかった。だけど、その頃から皆の中で私は『ゲヘナ出身』という認識になっていたのだろう。

 

 高学年にもなると、少しずつ道理というものが分かっていくもので。ゲヘナ対トリニティという構図は、高等部の生徒達を通じて迅速に浸透していった。

 少しずつ友達との距離が離れていって、居場所が教室の端の方に動いて行って。真綿で首を絞められるように、私の学校生活は苦しくなっていった。

 教科書のページが足りなくなったり、机が誰かのノートになったり。クラス換えで離れずに済んだ友人と疎遠になったり、晴れの日に『バケツを引っくり返したような』雨に降られたり。

 

「角が生えたら、その次は尖った尻尾でしょうか。その次は学友を撃つかもしれませんわよ」

「そういえば、どうしてここに来たのでしょう。わざわざ外部受験までしたのですから、何か目的があるのでは?例えば、トリニティに害を為すような……」

「確か████さんは、以前よくリタさんと話しておられましたよね。何か知っているのではなくて?」

「え、えっと……あの子は別に、そんな悪い子じゃないから……」

「あら……もしかしてあの人に脅されたりしていますの?」

「……そ、その……」

「どうか、教えてくださいまし。あなたの力になりたいのです」

「く、詳しいことは知らないけど、なんか怖い、かな……」

「そうですわよね。大丈夫、こちらは安全ですわ」

 

 教室では、よく陰口を聞いた。私にも聞こえるような声だったから、陰口と呼ぶのは違うかもしれないけど。

 

 自分の角のことは、すぐに嫌いになった。これさえ生えてこなければ、今でも普通に過ごせていたかもしれないと思っていたから。

 冬の終わり頃に、そんな角は勝手に抜け落ちた。これでまた、普通に戻れるかも……そんな幼稚な期待もしたけど、角が無くなっても『ゲヘナの()()()』の陰口は消えなかった。

 

「……学校、行きたくないな」

 

 誰に対処すべきは分かっていた。実際に行動する人や私を無視する人は沢山居たけど、それを主に指示していたのは、私のクラスメイトで、学年の中心的な人気者――とりあえずここでは、Aさんとしておこう――を筆頭とした数人程のグループだった。

 だけど、実際には何もできなかった。下手に事件を起こしてゲヘナ生的なイメージを持たれたくなかった、というのもあったけれど……単純に怖かったのだ。

 何か行動して、事態が今より悪化するのが怖かった。明確に私に敵意を向けている相手に、直接向き合うのが怖かった。合同火力演習と授業以外で撃ったことのない銃を、人に向けるのが怖かったのだ。

 

 大抵の生徒は見ないふりをする。学園の大人は問題に発展するのを恐れて曖昧に誤魔化すだけで、全く頼りにならない。

 その頃にはもう、記憶の中の少女も姿がぼやけてしまって。私は半分くらい、『中退は流石にマズいかな』という惰性で学校に通うようになっていた。

 


 

 私は教室に入るとき、まず目を閉じるようになった。

 

 ……少量の炸薬の匂い。ドアを開けると後ろに手を遣り、ドアに挟まれていた手榴弾を落ちる前に掴む。レバーが飛ぶ前に掴めた手榴弾を握り潰し、雷管をちぎり取ってポケットに隠す。

 何事も無かったかのように教室へ入り、席に着こうとして……椅子からする錆の匂いが、若干強くなっていることに気付く。金具が緩められた時に、擦れた錆が粉になって落ちたのだろう。

 揺れる椅子にダクトテープを巻いて、無理矢理補修してから座る。

 

「……よし、大丈夫」

 

 私に嫌がら……イタズラをする人はそれなりの数が居たけど、誰も大ごとにしたくはなかったのだろう。私自身に直接手を出されることは決して無かった。だから、十分にやりようはあった。

 私は普通の生徒でありたかった。だから、誰に何をされてもその『普通』を守れるように行動した。

 

 机や椅子にブービートラップが仕掛けられているのは、普通じゃない。だから、何処に居る時も常に警戒して、視覚で対応しきれないようなものは匂いや音で覚えた。

 僅かな火薬の匂いで爆発物に気付けるように何度も何度も訓練して、匂いや足音で人を判別できるくらいになって。最悪食らったとしても、効いた素振りは一切見せないように我慢して。私に対する害意の全てを、無かったことにした。

 

 教科書やノートが無くなるのも普通じゃない。だから、予備の教科書や文房具を常に持ち歩いて、無くなったものは最初から無かったことにした。

 予備も無くなった場合に備えて予習も完璧にしたから、成績は逆に前より良くなった。

 

 忌々しい角が生えてくるのも、普通じゃない。

 百鬼夜行の方には『鹿の角切り』という、安全を祈願する行事があるらしい。だから、これも普通のこと。

 最初は植木鋏だった。次は電動ノコギリ。色々試したけど、最終的に替えが利いて扱いやすい糸ノコギリとガーゼ、貧血予防サプリに落ち着いた。切った痕は髪で隠せば、見た目だけはちゃんと普通になれた。

 

「大丈夫、普通これは勝手に抜けるもの。痛いのは普通じゃない、私は普通、普通、普通なの」

 

 冬には自然に抜けるものだから、成長途中で切ったところで痛みはないはず。それが普通、ということにした。

 

 他人に優しくするのは、普通のことだ。あの少女がそうしていたのだから。だから、他人には何と言われても、ちゃんと優しく接した。

 要領が良い方ではなかったから、普通であろうとすると時間は足りなくなった。

 それで学校生活が疎かになるのは普通じゃないから、趣味の時間を大幅に削った。

 

 そうやって、せめて学校生活だけは一分のズレもなく、完璧に普通であるように……端から見れば何の問題も無い、普通の生徒であるように取り繕い続けて。

 トレンドが追えなくなって、素のセンスの無さが露呈した私服は迷走しだした。

 平日にずっと気を張っていたら、何もできずに眠るだけの休日が増えた。

 最終的に、人に優しくするのは他人のためなのか、自分が普通でいるためなのか分からなくなった。

 

 形式的に表向きの良い子を維持する私は、中身の無い『エセ生徒』になっていた。

 


 

 そんなハリボテの生活も、破綻するまでそう長くはかからなかった。

 

「……あ」

 

 ある日の放課後のことだ。偶然通りかかった空き教室で、数少ない友人の一人をAさん達が取り囲んでいた。

 その友人は誰にでも分け隔てなく接する優しい人で、人に嫌われるような要素は特に無かった。だから、こうなった原因は明らかだった……私に関わったせいで、巻き添えを喰らったのだ。

 

「███さん、なぜリタさんの味方をしますの?!」

「毅然とした態度を示さないから、あの生徒も増長するのです……!」

「あ、あの子は何も悪いことしてないじゃないですか……!それに、関わりたくないなら勝手にすればいいんです!そうやって干渉したりしないで……」

「いいえ、あのゲヘナ生がこの学園に居ること自体不適切なのです!同じ教室に居るだけで……!」

 

 思い通りにいかず、激昂した生徒の一人が銃を構える。焦った私は、何の手立ても無いままに飛び出した。

 

「しゅ、集団リンチ中に失礼いたしますわ……!」

「?!」

 

 途端に視線が集まり、重くのしかかる。気の利いた言葉など、何一つ出てくるはずもない。

 ……それでも、何かしなければいけない。無関係の人にまで飛び火してしまったのは、私が他人を恐れて、何一つ行動せずやり過ごそうとしていたせいだから。

 

「……あ、あの!Aさん、ですわよね。私に、その……色々と、イタズラしていたのは」

「そうですわ」

 

 Aさんははぐらかすこともなく、シンプルに答えた。

 

「あ……あの、こうして直接話すの、初めてですよね。ほとんど初対面というか」

「そうですわね」

「私、あなたのこと、何も知らないんです。何か悪いことをしたこともありませんし、あなたに恨まれたり嫌われたりするようなことも身に覚えがありませんの。……せめて、何故このようなことをするのか、教えていただけませんか」

「うーん……私も別に、あなたのことは何も知りませんわ。ゲヘナのことは当然嫌いですが、あなたのことを個人的に特別嫌っているわけでもありませんの」

「なら、どうして……?」

 

 Aさんの答えは、当時の私には全く理解できないものだった。

 

「空気を読んだだけですわ」

「……はい?」

「そういうものですのよ。この学園で、ゲヘナの生徒が誰からでも好かれるわけがないでしょう?ですが、誰もそんなことは言えないのです。この人が嫌い、あの人と一緒に居たくない……そういうことは誰もが思いますけれど、実際に言ってしまったらそれは嫌な人でしょう?」

「だからそういう空気を出して、誰かに代わりに行動してもらうのですよ。『好かれている人』が好かれることをしなければ、その時点で『空気の読めない人』ですもの」

「私は(不特定多数)がそう思ったから、その通りにしただけですわ」

 

 何を言っているのか、全く分からない。理解できない。空気って何?皆っていうのは、あなたじゃないの?

 

 ただただ怖い。怖い。怖い怖いこわいこわいこわい。

 

 目の前のAさんが、私には、ばけものにみえて

 

「ですから……」

「ひっ……!」

 

 ばけものが、こっちにくるから

 

「こ、ないで……!」

 

 わたしは、じゅうをかまえて、うった

 

 

 

 ぱん。

 

 乾いた音が響いて、一気に頭が冷える。

 

「……あ」

 

 人を銃で撃つのは、初めてだった。ぴったり眉間に当たったらしく、Aさんは呆気なく倒れた。

 

(ああ、どうしよう。人を銃で撃っちゃった)

(どうしよう。だって、怖かったから、私……あれ?)

 

(もう、怖くないじゃん)

 

 Aさんは、ただの人間に戻っていた。

 

「Aさんが撃たれましたわ?!」

「やっぱり、ゲヘナの生徒は……!」

 

 他の生徒が、私に銃を向ける。バカスカ撃たれるけど、だいたい角を折る時の一割くらいの痛さ……つまり、ほとんど痛くない。

 

「このっ……」

「1マガジン撃ち込んだのに、何故効きませんの?!」

 

 全然効いていないのは、向こうにも分かっているらしい。皆の、泣きそうなくらいに揺れている瞳には……憎悪なんて、微塵も宿ってはいなかった。

 

 そして、やっと私にも理解できた。

 

 

 

「ひっ……」

(ああ――)

 

 

 

「こないで、この、ばけもの……!」

(――ばけものは、わたしだ)

 

 

 

 恐怖。私を見る目には、ただそれだけがあった。きっと、ずっとそうだったんだろう。恐怖は、憎悪よりずっと強い感情だ……それを抱くとき、自分は安全圏に居られないから。

 私はAさんが怖かった。理解できない存在だったから。皆も同じだったんだろう。

 怖かったから、私は何も行動できなかった。私が直接手を出されなかったのは、皆もそうだったからなんだろう。

 Aさんを撃って、私は怖くなくなった。皆も私にここから去ってもらって、怖くなくなりたかったんだろう。

 

 何も危害を加えて来なくても、ゲヘナは彼等の敵だ。いつ敵になるか分からない相手と一緒に過ごすのは、あまりにも居心地が悪かっただろう。笑顔で接してくるのは、とても気味が悪かっただろう。

 どうして私は、『悪いゲヘナ生でない』というだけで、『善いゲヘナ生』だと思ってもらえると思っていたんだろう。どうして他人が、主体的に私を理解しようとする努力をしてくれると思っていたんだろう。

 その人の見た目や肩書きより、その人の本質を見なさいなんて綺麗事、まかり通るわけがない。表面的なものだって、その人の本質の一部なんだから。

 

 私は、皆からすれば、化け物。普通の少女にはなり得ない、紛い物のエセ人間だ。

 

「……あの」

「ひっ……?!」

「帰ります。ちょっと通してください」

「……」

 

 帰りにコンビニに寄って、スキンケアもせず泥のように眠った。

 自分のことは、あまりにも滑稽だった。乾いた笑いは出ても、涙は全く出なかった。

 


 

 次の日、私は若干晴れやかな気持ちで登校した。

 ドアを開けると手榴弾が落ちて、目の前で爆発した。ちょっと擦り傷ができたけど、全然痛くない。

 

London Bridge is falling down(ロンドン橋落ちた、),falling down,falling down(落ちた、落ちた)

 

 ちょっとだけご機嫌に、歌いながら落書きの書かれた机に座る。

 妙に手に馴染んだハンドガンを取り出し……天井に数発撃つ。

 

 そして、鞄からは……沢山のC4爆薬。

 コンビニで簡単に買えた。扱い方はググったら出てきた。

 

London Bridge is falling down(ロンドン橋が落ちたよ)――」

「?!」

「ば、爆弾ですわ?!正義実現委員会を呼びなさい!」

「だから私はゲヘナ生を入れるなど、反対だったのです……!」

「とにかく、さっさと避難しますわよ?!」

 

 皆が我先にと逃げていって、あっという間に教室には私一人だけが残った。これで安全だ。

 そりゃあ、怖いだろう。嫌いだろう。他人は怖いもの。だから、嫌いになる。ハリネズミのトゲみたいに、他人に『嫌い』を向けて自分を守るのだ。

 私も、それに倣おう。みんな、嫌いだ。大嫌いだ。もうここには居たくない。私は、馬鹿で野蛮なゲヘナ生でいい。

 

「――My Fair Lady.(私の愛しい、美しい人よ)

 

 教室が、爆炎に包まれる。焦げて、焼け落ちて、醜い黒に変わる。カラフルなものは何一つ残らず、私が憧れるものも、もうここには無い。

 

 数年間をトリニティで過ごした私は、その過程で二つの教訓を得た。

 一つ目は、銃は何より効果的な解決策であること。

 

「銃って最高ですわね。面倒くさいもの、難しいもの、全部まとめて吹っ飛ばせる……わざわざ話をしたり、分かり合ったりするなんざ、ちゃんちゃらおかしいですわ。だって、最高の解決策が手元にあるんですもの」

 

 そして、もう一つ。場所や環境で人間が変わることなど無く、行き着く先は同じなのだと。

 

「私は、いわゆる……頭ゲヘナの不良、というやつですわ」




トリカスA……主にリタのいじめを指示していたリーダー格のカス。大抵の相手に優しく、クラスの和を乱さないよう普通に行動していた。リタに撃たれた後ゲヘナ生が若干トラウマになる。
トリカスB……リタの陰口を本気で言っていた、責任感が強いカス。友人を守るのが彼女の普通なので、勇気を振り絞って皆の前に立った。
トリカスC……将来の夢は正義実現委員会のカス。悪に立ち向かうのが彼女の普通なので、勝てないとは思っていたがリタを撃った。

袋角……成長途中の鹿の角。柔らかく神経や血液が通っており、皮膚に覆われている。成長後は神経や血液の通っていない骨の塊になり、自然に抜け落ちる。毎日2〜3cm伸びる。
リタ……純トリニティ産の頭ゲヘナ。適応能力と常在戦場で成長してきた謎生物。ボッコボコに負傷しても平然としているのはギャグ補正ではなく、痛みの基準がズレているため。
リタ*テラー……だいたいジャミラ。
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